Episode.06
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政宗様と慶次殿の手合わせから時は経ち、夕刻――
降り続いた雨も上がり、屋敷の軒先からは滴がポタリと落ちるくらいだ
空が茜に染まる中、私と片倉様は政宗様の居室に集まっていた
開け放した障子戸の柱に背を預けて座り、政宗様は庭へ顔をやったままだ
「この小十郎、安堵いたしました」
片倉様は微かな微笑みを浮かべてそう言った
政宗様は依然として庭を見やったままだ
「……何の話だ」
「桶狭間にて、あなた様が魔王に臆されたことにございます」
政宗様は何もおっしゃらない
片倉様の発言の意図を探っているのだろう
「頼もしくなられましたな」
「テメエ……
皮肉もいい加減に――」
「政宗様ご自身も、お気付きになられた筈
あれは、あなた様が死ねない――決して死んではならないお立場にあられることを、全身全霊をもって実感した瞬間に他なりません
あれこそ、民の命、その誇り、明日を一身に背負う者……
一国の主の姿にございます
この小十郎が諭す前に、あの風来坊が気付かせてくれ申した
しかしながら……挑まずにはおられますまい」
政宗さんが僅かに反応を見せた
そう、たとえどれほどの重責をその身に背負い、それ故に魔王と相対して恐怖したのだとしても――
だからこそ私達は、立ち向かわなければならない
日ノ本を恐怖にて統べんとする、あの第六天魔王を
「奥州の民も、そして兵たちも、一蓮托生の覚悟はできております
無論この――」
「この若葉も、覚悟などとうに出来ております」
片倉様に言われる前に続けてそう申し出る
政宗様と共に織田を討つと決めてから今日まで、その覚悟を捨てたことなど一度もない
「小十郎、若葉――」
「初陣以来、片時も離れたことのない右目も、ここにおりますれば
……もっとも、近頃はあなた様をお諌めするばかりでしたが」
「……そうだったな」
片倉様から視線を外して、政宗様が立ち上がった
その隻眼は既に力強さを取り戻している
桶狭間から戻って以来、その瞳は焦燥と苛立ちを滲ませていた
けれど今、政宗様のお顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとされている
「誰かが戦らなきゃならねえ
だったら、やるのはこの俺だ」
声音にも覇気が戻ってきた
良かった、いつもの不敵な政宗様だ
奥州筆頭はこうでなければ
「Go straight.
背中は預けたぜ、小十郎」
「承知」
二人の心が一つになったのを感じて、私も笑みをこぼした
これ以上は語る言葉もあるまい
何より私には、この城に住まう者としての仕事がある
「それでは、前田慶次殿のお世話もございますので、私はこれで……」
「Stop、若葉」
圧を伴った声が私の動きを止める
先程とは一変して、政宗様の瞳は何かを探るように鋭かった
「テメェ……何を隠してやがる」
「は……?」
問われた言葉の意味を理解するのに、数秒を要した
――まずい
直感が告げたのは危機感
もしや彼は、気付いてしまったのか
美稜若葉と名乗る私の、本当の正体に
「ずいぶんあの風来坊と仲良くしてやがったが……
アイツと知り合いなのか」
「……ええ、まあ」
あの時のやり取りを見られていたのだろう
だとすると白を切るわけにはいかない
素直に頷くと、二人の目がすっと細められた
「綾葉様は織田家の家臣であった、美濃の斎藤家ご出身であらせられました
それゆえか、綾葉様や美稜家に敵意の無い織田家臣の方々は、時折遊びにいらしてくださったようでございまして
私も慶次殿のお顔を拝見したことは何度かございます
あの頃から、各地を放浪してばかりのようでしたけれど」
「……つまり風来坊と知り合ったのは美稜に仕えていたからであって、お前自身は美稜一族じゃねえんだな?」
「確かに姓こそ戴きましたが、私はただの臣下の家の者です」
「どこの家だ」
政宗様の問いには首を振った
それに相応しい『答え』を、『私』は持っていない
「常々申し上げておりますように、私には綾葉様の影となる前の記憶がございません
ですので、伝え聞いた話にはなりますが――幼い頃、路地裏暮らしをしておりました私は、幸運に恵まれたのか、美稜に仕える武家に拾われました
初めは住み込みで小間使いの真似事などしておりましたが、当時の美稜家当主のご命令で、そのまま養子となりまして
美稜に仕える者の中でも古参の家でございましたので、幼い頃は若君である隆政様のお相手として、城に登ったこともあるそうでございます
その後に、輿入れなさった綾葉様と私のお顔がそっくりだということで、影として綾葉様に仕えるよう命を受けました
武家の女子としての嗜みよりも、武芸を好んでしまった私の性格が、どうやら功を奏したようで」
女としての嗜みよりも、と自分で言いながら泣けてくる
それなりに品位は身に付いていたと思いたいけれど、斎藤家でそういったことを指導してくれる者はいなかった
だから、姫としての作法を本格的に学んだのは、美稜に来てからだ
たった三年程度の付け焼き刃ではあるけれど……武家の女性としての教養はちゃんとある……と思う
……私が作り上げたこの話、筋は通っているはずだ
幸運を手繰り寄せた娘は、美濃から輿入れしてきた姫の影武者として生きるよう命じられた
そして美稜が滅ぶ間際、敬愛する主君の手により逃がされた――
これが、『美稜若葉』という人間が辿った数奇な人生の顛末だ
降り続いた雨も上がり、屋敷の軒先からは滴がポタリと落ちるくらいだ
空が茜に染まる中、私と片倉様は政宗様の居室に集まっていた
開け放した障子戸の柱に背を預けて座り、政宗様は庭へ顔をやったままだ
「この小十郎、安堵いたしました」
片倉様は微かな微笑みを浮かべてそう言った
政宗様は依然として庭を見やったままだ
「……何の話だ」
「桶狭間にて、あなた様が魔王に臆されたことにございます」
政宗様は何もおっしゃらない
片倉様の発言の意図を探っているのだろう
「頼もしくなられましたな」
「テメエ……
皮肉もいい加減に――」
「政宗様ご自身も、お気付きになられた筈
あれは、あなた様が死ねない――決して死んではならないお立場にあられることを、全身全霊をもって実感した瞬間に他なりません
あれこそ、民の命、その誇り、明日を一身に背負う者……
一国の主の姿にございます
この小十郎が諭す前に、あの風来坊が気付かせてくれ申した
しかしながら……挑まずにはおられますまい」
政宗さんが僅かに反応を見せた
そう、たとえどれほどの重責をその身に背負い、それ故に魔王と相対して恐怖したのだとしても――
だからこそ私達は、立ち向かわなければならない
日ノ本を恐怖にて統べんとする、あの第六天魔王を
「奥州の民も、そして兵たちも、一蓮托生の覚悟はできております
無論この――」
「この若葉も、覚悟などとうに出来ております」
片倉様に言われる前に続けてそう申し出る
政宗様と共に織田を討つと決めてから今日まで、その覚悟を捨てたことなど一度もない
「小十郎、若葉――」
「初陣以来、片時も離れたことのない右目も、ここにおりますれば
……もっとも、近頃はあなた様をお諌めするばかりでしたが」
「……そうだったな」
片倉様から視線を外して、政宗様が立ち上がった
その隻眼は既に力強さを取り戻している
桶狭間から戻って以来、その瞳は焦燥と苛立ちを滲ませていた
けれど今、政宗様のお顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとされている
「誰かが戦らなきゃならねえ
だったら、やるのはこの俺だ」
声音にも覇気が戻ってきた
良かった、いつもの不敵な政宗様だ
奥州筆頭はこうでなければ
「Go straight.
背中は預けたぜ、小十郎」
「承知」
二人の心が一つになったのを感じて、私も笑みをこぼした
これ以上は語る言葉もあるまい
何より私には、この城に住まう者としての仕事がある
「それでは、前田慶次殿のお世話もございますので、私はこれで……」
「Stop、若葉」
圧を伴った声が私の動きを止める
先程とは一変して、政宗様の瞳は何かを探るように鋭かった
「テメェ……何を隠してやがる」
「は……?」
問われた言葉の意味を理解するのに、数秒を要した
――まずい
直感が告げたのは危機感
もしや彼は、気付いてしまったのか
美稜若葉と名乗る私の、本当の正体に
「ずいぶんあの風来坊と仲良くしてやがったが……
アイツと知り合いなのか」
「……ええ、まあ」
あの時のやり取りを見られていたのだろう
だとすると白を切るわけにはいかない
素直に頷くと、二人の目がすっと細められた
「綾葉様は織田家の家臣であった、美濃の斎藤家ご出身であらせられました
それゆえか、綾葉様や美稜家に敵意の無い織田家臣の方々は、時折遊びにいらしてくださったようでございまして
私も慶次殿のお顔を拝見したことは何度かございます
あの頃から、各地を放浪してばかりのようでしたけれど」
「……つまり風来坊と知り合ったのは美稜に仕えていたからであって、お前自身は美稜一族じゃねえんだな?」
「確かに姓こそ戴きましたが、私はただの臣下の家の者です」
「どこの家だ」
政宗様の問いには首を振った
それに相応しい『答え』を、『私』は持っていない
「常々申し上げておりますように、私には綾葉様の影となる前の記憶がございません
ですので、伝え聞いた話にはなりますが――幼い頃、路地裏暮らしをしておりました私は、幸運に恵まれたのか、美稜に仕える武家に拾われました
初めは住み込みで小間使いの真似事などしておりましたが、当時の美稜家当主のご命令で、そのまま養子となりまして
美稜に仕える者の中でも古参の家でございましたので、幼い頃は若君である隆政様のお相手として、城に登ったこともあるそうでございます
その後に、輿入れなさった綾葉様と私のお顔がそっくりだということで、影として綾葉様に仕えるよう命を受けました
武家の女子としての嗜みよりも、武芸を好んでしまった私の性格が、どうやら功を奏したようで」
女としての嗜みよりも、と自分で言いながら泣けてくる
それなりに品位は身に付いていたと思いたいけれど、斎藤家でそういったことを指導してくれる者はいなかった
だから、姫としての作法を本格的に学んだのは、美稜に来てからだ
たった三年程度の付け焼き刃ではあるけれど……武家の女性としての教養はちゃんとある……と思う
……私が作り上げたこの話、筋は通っているはずだ
幸運を手繰り寄せた娘は、美濃から輿入れしてきた姫の影武者として生きるよう命じられた
そして美稜が滅ぶ間際、敬愛する主君の手により逃がされた――
これが、『美稜若葉』という人間が辿った数奇な人生の顛末だ
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