Episode.3-1
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織田が滅んだ日ノ本へ名乗りを上げた、覇王・豊臣秀吉
その軍師・竹中半兵衛の策略により、東国は伏兵による潜伏侵略で翻弄された
軍師を欠き、奥州を辛くも再平定した伊達軍は、囚われの右目を奪還すべく、大阪への行軍を開始
豊臣軍に包囲され身動きの取れなかった武田との共闘を断り、しかし道中で西海の鬼・長曾我部元親との共闘となった
その手前で、猿飛佐助の手により大阪城から脱出した片倉小十郎は、伊達軍と合流し、豊臣軍の小田原征伐を告げる
そして自身は播磨に向かい、竹中半兵衛との決着を
伊達軍は小田原へと先回りして、豊臣秀吉を迎え撃ち──伊達軍はこれに勝利した
夏の小田原で繰り広げられた、奥州筆頭と覇王の戦いは、日ノ本の知るところとなった
そして──季節は再び一つ巡り、夏の手前の季節を迎えていた
*********************
山野に放った鷹が、その鋭い鉤爪に兎を抱えている
餌をやって兎を離させ、それは私が回収した
「よく訓練された鷹でございますね」
「俺のお気に入りだ」
一歩先を行くそのお方が、右腕に鷹を乗せてこちらを振り向き、ニッと口角を上げた
竜のように鋭い左目
右目を覆う鍔型の眼帯
独眼竜──奥州筆頭・伊達政宗様
戦場を好むこのお方も、ただ今はつかの間の平穏を楽しみ、鷹狩に興じる最中
ここ暫くは周辺も静かなもので、昨年の騒ぎが嘘であるかのようだ
……昨年、伊達軍は豊臣による潜伏侵略を受け、軍師たる片倉様を拐かされた
更に間を置かずして、周辺の各勢力が揃って伊達へ反旗を翻し、南部、津軽、相馬、そして因縁浅からぬ蘆名と各所で激突
辛くも勝利を収めたものの、その損害は相当なものとなった
降伏の調停は留守を預かる重臣の方々に任せ、我々は片倉様を救出すべく、大阪へ南下を開始
途中、同じく潜伏侵略によって包囲されていた偽の武田軍──豊臣軍と交戦するも、信玄公らと共にこれを撃破
これを機に共闘すべしとの提案を受けたけれど、それすらも竹中半兵衛の掌の上であることを危惧し、我々伊達軍は単独での大阪進軍を続行した
……が、尾張に差し掛かる頃の山中で、海賊を名乗る軍団──なんとそれは長曾我部元親殿と配下たちだった──と遭遇
意気投合した両軍は、一時共闘の関係をとり、大阪へ──向かうが、そこで片倉様が松永久秀の手へ渡ったと知らされる
行き先を大阪から松永久秀の元へと変更した我々を待ち受けていたのは、「竜の右目はここにはいない」という言葉と、大量の爆弾
その結果として足止めを許してしまったものの、なんと佐助の手引きで片倉様が大阪城から脱出し、我々と合流した
豊臣軍は小田原へ入り、別働隊として竹中半兵衛は播磨へ──その知らせを片倉様より受け取り、我々は進路を一転、小田原へ向かうこととなった
竹中半兵衛の企みを阻止すべく、片倉様は単身で播磨へ
長曾我部軍は予定通り大阪城へ向かい、捕らわれている配下の救出へ
小田原へと先回りをした伊達軍は、小田原城にて豊臣軍と激突
大将同士の一騎打ちは、覇王の圧倒的優勢かと思われたが──気力を振り絞った独眼竜の一太刀の前に、覇王はとうとう力尽きた
竹中半兵衛は片倉様によって討たれ、こうして豊臣軍は天下の趨勢からその名を消したのだった──
「綾葉」
ふと昨年のことを思い返していると、不意に名を呼ばれた
我が名は美稜綾葉
奥州美稜家の女当主を務める身だ
奥州美稜家は、信州にあった旧美稜家を前身とする家
旧美稜家とは私の最初の嫁ぎ先で……数年前、織田軍によって一夜で滅ぼされた家だ
つまり私は、奥州の生まれではない
私の生まれは美濃の斎藤家──蝮の異名で知られた、斎藤道三の次女
元の名を揚羽
旧美稜家へ輿入れしてからは名を変え、綾葉と名乗っている
滅んだ旧美稜家ではあったが、なんと当主の美稜隆政様は、織田に半ば人質のようになりながら存命だった
二年前、織田を討つべく出陣した伊達軍は、設楽原で浅井長政率いる浅井軍と激突
結末は──明智光秀の手により、我ら伊達軍諸共、種子島で射殺された
怒りに燃えた独眼竜は明智光秀に斬りかかるも、戦況不利を見込んだ片倉様は撤退を進言
退避を訴えた長政公の妻・お市の方と共に、私は織田側へ人質となり、設楽原からの伊達軍撤退を成功させた
撤退の途上で大将が倒れた伊達軍は、そのまま武田の躑躅ヶ崎館へ
私は安土城にて、美稜隆政様と五年ぶりの再会を果たし、その後、私たちは手薄になった安土城から抜け出すことに成功した
しかし甲斐では降り続く豪雨によって竜王の堤が決壊
その混乱に乗じて、明智光秀によって信玄公が深手を負い、辛くも命は拾われたものの、目を覚まさぬままとなった
織田側のやり口に到底許せぬ怒りを覚えた伊達軍筆頭は、その場で伊達軍の解散を宣言
単身で京の本能寺へ向かい、織田信長の討伐を決意した
信玄公の仇を討つべく、武田軍からは真田幸村が同行するも、本能寺で待っていたのは、燃え盛る炎と──欺かれた明智光秀だった
一方、躑躅ヶ崎館には、武田、上杉、徳川、浅井・朝倉、そして美稜の生き残りたちが集結
織田包囲網を結成した我々は、後詰として本能寺へ向かうが……その途上、織田信長は安土城にいるとの情報が入った
本能寺にて蒼紅と合流した私たちは、明智光秀の討伐を片倉様に託し、近江の安土城へ
死闘の末に織田信長を打ち倒したけれど──その戦いで、美稜隆政様は討死
信州美稜家は歴史から名を消した
……かに思えた
紆余曲折ありつつも、美稜家は奥州にて再興し、現在は奥州伊達軍の一翼を担う勢力として、重用されている
「いかがなさいましたか、藤次郎様」
いけない、つい反応が遅れてしまった
藤次郎──とは、政宗様の仮名
私だけが呼ぶことを許された御名前だ
若い衆は『筆頭』、片倉様は『政宗様』と呼ぶ中で、私も昨年までは同じように『政宗様』とお呼びしていた
けれど奥州を再平定した際、私は藤次郎様と畏れ多くも恋仲となり、覇王を倒した暁には仮名で呼ぶと約束を取り付けられてしまったのだ
「例の野郎については、何か聞いてるか」
「石田三成でございますか」
藤次郎様に問われたのは、昨年から動向を注視している、豊臣軍の生き残り
秀吉の左腕を称したその男は、この一年で日ノ本各地に波乱を起こしているらしい
噂の中には、藤次郎様へ並々ならぬ憎悪を抱いているとか何とか……
ただしあくまで噂の域を出ず、私たち従者もなかなか全容を掴めずにいる、というのが正直なところだ
「各地に斥候を出してはいますが、これといった情報はなく……
力及ばず、申し訳ございません
藤次郎様の御心を乱す輩を野放しにするのは、私たちも本意ではないのですが」
「そこまで気にしろとは言わねぇが、そうか……
ま、そう遠くねえうちに、野郎とは会うことになりそうだがな」
「……」
豊臣秀吉を討った張本人である以上、何らかの恨みを買うことは承知の上なのだろう
私たちにできることは、藤次郎様をお守りする事
藤次郎様が凶刃に倒れるような事態だけは、防がなければ
……私はもう、大切な人を失うわけにはいかないのだから
その軍師・竹中半兵衛の策略により、東国は伏兵による潜伏侵略で翻弄された
軍師を欠き、奥州を辛くも再平定した伊達軍は、囚われの右目を奪還すべく、大阪への行軍を開始
豊臣軍に包囲され身動きの取れなかった武田との共闘を断り、しかし道中で西海の鬼・長曾我部元親との共闘となった
その手前で、猿飛佐助の手により大阪城から脱出した片倉小十郎は、伊達軍と合流し、豊臣軍の小田原征伐を告げる
そして自身は播磨に向かい、竹中半兵衛との決着を
伊達軍は小田原へと先回りして、豊臣秀吉を迎え撃ち──伊達軍はこれに勝利した
夏の小田原で繰り広げられた、奥州筆頭と覇王の戦いは、日ノ本の知るところとなった
そして──季節は再び一つ巡り、夏の手前の季節を迎えていた
*********************
山野に放った鷹が、その鋭い鉤爪に兎を抱えている
餌をやって兎を離させ、それは私が回収した
「よく訓練された鷹でございますね」
「俺のお気に入りだ」
一歩先を行くそのお方が、右腕に鷹を乗せてこちらを振り向き、ニッと口角を上げた
竜のように鋭い左目
右目を覆う鍔型の眼帯
独眼竜──奥州筆頭・伊達政宗様
戦場を好むこのお方も、ただ今はつかの間の平穏を楽しみ、鷹狩に興じる最中
ここ暫くは周辺も静かなもので、昨年の騒ぎが嘘であるかのようだ
……昨年、伊達軍は豊臣による潜伏侵略を受け、軍師たる片倉様を拐かされた
更に間を置かずして、周辺の各勢力が揃って伊達へ反旗を翻し、南部、津軽、相馬、そして因縁浅からぬ蘆名と各所で激突
辛くも勝利を収めたものの、その損害は相当なものとなった
降伏の調停は留守を預かる重臣の方々に任せ、我々は片倉様を救出すべく、大阪へ南下を開始
途中、同じく潜伏侵略によって包囲されていた偽の武田軍──豊臣軍と交戦するも、信玄公らと共にこれを撃破
これを機に共闘すべしとの提案を受けたけれど、それすらも竹中半兵衛の掌の上であることを危惧し、我々伊達軍は単独での大阪進軍を続行した
……が、尾張に差し掛かる頃の山中で、海賊を名乗る軍団──なんとそれは長曾我部元親殿と配下たちだった──と遭遇
意気投合した両軍は、一時共闘の関係をとり、大阪へ──向かうが、そこで片倉様が松永久秀の手へ渡ったと知らされる
行き先を大阪から松永久秀の元へと変更した我々を待ち受けていたのは、「竜の右目はここにはいない」という言葉と、大量の爆弾
その結果として足止めを許してしまったものの、なんと佐助の手引きで片倉様が大阪城から脱出し、我々と合流した
豊臣軍は小田原へ入り、別働隊として竹中半兵衛は播磨へ──その知らせを片倉様より受け取り、我々は進路を一転、小田原へ向かうこととなった
竹中半兵衛の企みを阻止すべく、片倉様は単身で播磨へ
長曾我部軍は予定通り大阪城へ向かい、捕らわれている配下の救出へ
小田原へと先回りをした伊達軍は、小田原城にて豊臣軍と激突
大将同士の一騎打ちは、覇王の圧倒的優勢かと思われたが──気力を振り絞った独眼竜の一太刀の前に、覇王はとうとう力尽きた
竹中半兵衛は片倉様によって討たれ、こうして豊臣軍は天下の趨勢からその名を消したのだった──
「綾葉」
ふと昨年のことを思い返していると、不意に名を呼ばれた
我が名は美稜綾葉
奥州美稜家の女当主を務める身だ
奥州美稜家は、信州にあった旧美稜家を前身とする家
旧美稜家とは私の最初の嫁ぎ先で……数年前、織田軍によって一夜で滅ぼされた家だ
つまり私は、奥州の生まれではない
私の生まれは美濃の斎藤家──蝮の異名で知られた、斎藤道三の次女
元の名を揚羽
旧美稜家へ輿入れしてからは名を変え、綾葉と名乗っている
滅んだ旧美稜家ではあったが、なんと当主の美稜隆政様は、織田に半ば人質のようになりながら存命だった
二年前、織田を討つべく出陣した伊達軍は、設楽原で浅井長政率いる浅井軍と激突
結末は──明智光秀の手により、我ら伊達軍諸共、種子島で射殺された
怒りに燃えた独眼竜は明智光秀に斬りかかるも、戦況不利を見込んだ片倉様は撤退を進言
退避を訴えた長政公の妻・お市の方と共に、私は織田側へ人質となり、設楽原からの伊達軍撤退を成功させた
撤退の途上で大将が倒れた伊達軍は、そのまま武田の躑躅ヶ崎館へ
私は安土城にて、美稜隆政様と五年ぶりの再会を果たし、その後、私たちは手薄になった安土城から抜け出すことに成功した
しかし甲斐では降り続く豪雨によって竜王の堤が決壊
その混乱に乗じて、明智光秀によって信玄公が深手を負い、辛くも命は拾われたものの、目を覚まさぬままとなった
織田側のやり口に到底許せぬ怒りを覚えた伊達軍筆頭は、その場で伊達軍の解散を宣言
単身で京の本能寺へ向かい、織田信長の討伐を決意した
信玄公の仇を討つべく、武田軍からは真田幸村が同行するも、本能寺で待っていたのは、燃え盛る炎と──欺かれた明智光秀だった
一方、躑躅ヶ崎館には、武田、上杉、徳川、浅井・朝倉、そして美稜の生き残りたちが集結
織田包囲網を結成した我々は、後詰として本能寺へ向かうが……その途上、織田信長は安土城にいるとの情報が入った
本能寺にて蒼紅と合流した私たちは、明智光秀の討伐を片倉様に託し、近江の安土城へ
死闘の末に織田信長を打ち倒したけれど──その戦いで、美稜隆政様は討死
信州美稜家は歴史から名を消した
……かに思えた
紆余曲折ありつつも、美稜家は奥州にて再興し、現在は奥州伊達軍の一翼を担う勢力として、重用されている
「いかがなさいましたか、藤次郎様」
いけない、つい反応が遅れてしまった
藤次郎──とは、政宗様の仮名
私だけが呼ぶことを許された御名前だ
若い衆は『筆頭』、片倉様は『政宗様』と呼ぶ中で、私も昨年までは同じように『政宗様』とお呼びしていた
けれど奥州を再平定した際、私は藤次郎様と畏れ多くも恋仲となり、覇王を倒した暁には仮名で呼ぶと約束を取り付けられてしまったのだ
「例の野郎については、何か聞いてるか」
「石田三成でございますか」
藤次郎様に問われたのは、昨年から動向を注視している、豊臣軍の生き残り
秀吉の左腕を称したその男は、この一年で日ノ本各地に波乱を起こしているらしい
噂の中には、藤次郎様へ並々ならぬ憎悪を抱いているとか何とか……
ただしあくまで噂の域を出ず、私たち従者もなかなか全容を掴めずにいる、というのが正直なところだ
「各地に斥候を出してはいますが、これといった情報はなく……
力及ばず、申し訳ございません
藤次郎様の御心を乱す輩を野放しにするのは、私たちも本意ではないのですが」
「そこまで気にしろとは言わねぇが、そうか……
ま、そう遠くねえうちに、野郎とは会うことになりそうだがな」
「……」
豊臣秀吉を討った張本人である以上、何らかの恨みを買うことは承知の上なのだろう
私たちにできることは、藤次郎様をお守りする事
藤次郎様が凶刃に倒れるような事態だけは、防がなければ
……私はもう、大切な人を失うわけにはいかないのだから
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