Episode.2-18
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小田原での豊臣秀吉との大戦から一月あまりが過ぎた
夏の盛りを迎える奥州は伊達屋敷
長閑な里にある広大な敷地に、一人の男の怒号が響き渡った
「はぁぁぁぁああ!?」
出処は伊達軍軍師・片倉小十郎の居室
なんだなんだと伊達の兵達が集まったが、それを追い払ったのもまた怒号を上げた張本人である
「何も無かったから散った散った」と兵達を持ち場に返し、そうしてその男――伊達成実はどっかりと腰を下ろし直した
「こじゅ兄、それマジで言ってんのか?」
「そんなくだらねぇ冗談を俺が言うとでも?」
「そりゃそうなんだが、えぇ……?」
伊達成実が頭を抱えるのも無理はない
片倉小十郎とて、それを耳にした瞬間、頭を抱えたのだ
「だが綾葉の言うことも一理ある……
奥州美稜家が興されて一年ほど経つが、領内の統治も安定していて、財政も堅実だ
だがそれは綾葉や美稜衆共が、余計な贅沢を禁じて倹約に務めてきたお陰でもある」
「だからって、嫁入り道具を用意しないなんて……」
伊達成実が頭を抱えたまま呻く
先月に浮上した、伊達政宗と美稜綾葉の婚儀
婚礼衣裳の用意や各家からの祝いの品などの手配をどうするかと、男所帯ならではの悩みを抱えていた最中のことだ
「嫁入り道具は用意致しません」
淡々とした口振りで、美稜綾葉が――事もあろうに嫁入りする本人が、そう言ったのだ
これには伊達家がひっくり返るかと言うほどの悲鳴が起きた――主に伊達の兵達から
「あっ、姐御ッ!?」
「嫁入り道具が無いなんて、そんなのいくら何でも!」
「あんまりです、姐御……!」
「筆頭の嫁さんになるってのに……!?」
そういう反応は予想していたところなのだろう
美稜綾葉はいつもの微笑を浮かべたまま頷いた
「私が嫁ぎますのは、奥州全土を統べ、更にはいずれ日ノ本をも統べるに至るお方――奥州筆頭、伊達政宗様にございます
私はその一員として戦いに身を置き、共に戦場を駆け抜ける所存なれば、奥方らしく家に籠るわけにはまいりません
……それに、私は伊達家当主の妻であると同時に、奥州美稜家の当主でもあります
どちらにせよ異例のことでございますので、嫁入り道具は持参致しません
これまでと変わらず、一家臣として扱ってくださいますようお願い申し上げます」
そんな会話があってからというもの、片倉小十郎も美稜綾葉の説得にかなり手を焼いている
伊達政宗など言わずもがなだ
嫁入り道具がいる、いらないで一ヶ月も平行線を辿るとは思いもしなかった
「なーるほどなぁ……」
伊達成実は右目の愚痴を聞き届け、頭を抱える姿勢から背を戻した
腕を組んで考えるが、妙案など浮かぼうはずもない
「こう、何とかして用意してやれねぇもんかね?」
「俺もそれとなく伊達で用意してやると言ってみたが、そんな気遣いは無用だと突っ撥ねられてな」
「頑固だよなぁ、綾葉も
……つってもさぁ、奥州美稜の財政は堅実に増えてるんだろ?
嫁入り道具を作るくらいなら出来るんじゃねぇの?」
「おそらくな
だがそうしねぇ理由があるんだろう
……考えたくはねぇが、例えば――」
片倉小十郎がそこで言葉を切り、何かに思い至ったようにため息をついた
それはそれは深いため息で、伊達成実が「えぇ……?」と更に怪訝な声を出す
「心当たりあんのかよ」
「……綾葉に対する俺の理解が正しけりゃ、綾葉は自分だけの嫁入り道具を作ろうとしているわけじゃねぇ
だから嫁入り道具は持って来ねぇと言ったんだ
一人分なら作れる ――そういうことだろう」
「はぁ?
なら自分の嫁入り道具を作りゃあいいだけの――
……おい待て、もしかして綾葉の奴」
伊達成実もようやくそこに思い至って、絶句した
二人分作る余裕はないが、一人分なら嫁入り道具を用意出来る
武家の妻らしく振る舞うことのない己より、嫁入り道具を有効活用してくれそうな人物が一人、奥州美稜家は嫁入りを控えている
――綾葉の腹心たる侍女、千夜だ
「あいつ、千夜の分を用意するから自分の分は要らねぇってかよ!?」
「そう考えてるんなら納得がいく
元々綾葉は、政宗様の嫁になることを想定してなかったからな……
それに加えて、政宗様と綾葉よりも先に、俺と千夜の話が進んじまったのもあるだろう」
「ああ……それもまぁ、言っちまえば梵と綾葉が意気投合して、あれやこれやと話を進めたせいだけどな……」
深いため息をついて、伊達成実は口を閉ざした
綾葉が千夜を優先したという事実が真実だとするなら、もうひとつ恐ろしい懸念がある
聞きたくないが確認しなければと、伊達成実は恐る恐る口を開いて尋ねた
「なぁ、それさぁ……千夜、知ってると思う?」
「今はまだ知らねぇはずだ
知ってたらこうも穏やかに過ごせちゃいねぇだろうからな」
「知られた時が地獄だぞ、これ」
「……だろうな」
千夜の耳に入れば、間違いなく千夜は片倉小十郎との婚儀を遅らせるだろう
何よりも主君である美稜綾葉の幸せを願い続けてきた侍女だ
その主人が己よりも千夜を優先するというのだから、千夜からしてみれば理解不能である
「どうしたもんかね……」
投げやりな口調でそう嘆く
伊達成実の本音は、蝉の合唱に掻き消されて誰の耳にも届かなかった
夏の盛りを迎える奥州は伊達屋敷
長閑な里にある広大な敷地に、一人の男の怒号が響き渡った
「はぁぁぁぁああ!?」
出処は伊達軍軍師・片倉小十郎の居室
なんだなんだと伊達の兵達が集まったが、それを追い払ったのもまた怒号を上げた張本人である
「何も無かったから散った散った」と兵達を持ち場に返し、そうしてその男――伊達成実はどっかりと腰を下ろし直した
「こじゅ兄、それマジで言ってんのか?」
「そんなくだらねぇ冗談を俺が言うとでも?」
「そりゃそうなんだが、えぇ……?」
伊達成実が頭を抱えるのも無理はない
片倉小十郎とて、それを耳にした瞬間、頭を抱えたのだ
「だが綾葉の言うことも一理ある……
奥州美稜家が興されて一年ほど経つが、領内の統治も安定していて、財政も堅実だ
だがそれは綾葉や美稜衆共が、余計な贅沢を禁じて倹約に務めてきたお陰でもある」
「だからって、嫁入り道具を用意しないなんて……」
伊達成実が頭を抱えたまま呻く
先月に浮上した、伊達政宗と美稜綾葉の婚儀
婚礼衣裳の用意や各家からの祝いの品などの手配をどうするかと、男所帯ならではの悩みを抱えていた最中のことだ
「嫁入り道具は用意致しません」
淡々とした口振りで、美稜綾葉が――事もあろうに嫁入りする本人が、そう言ったのだ
これには伊達家がひっくり返るかと言うほどの悲鳴が起きた――主に伊達の兵達から
「あっ、姐御ッ!?」
「嫁入り道具が無いなんて、そんなのいくら何でも!」
「あんまりです、姐御……!」
「筆頭の嫁さんになるってのに……!?」
そういう反応は予想していたところなのだろう
美稜綾葉はいつもの微笑を浮かべたまま頷いた
「私が嫁ぎますのは、奥州全土を統べ、更にはいずれ日ノ本をも統べるに至るお方――奥州筆頭、伊達政宗様にございます
私はその一員として戦いに身を置き、共に戦場を駆け抜ける所存なれば、奥方らしく家に籠るわけにはまいりません
……それに、私は伊達家当主の妻であると同時に、奥州美稜家の当主でもあります
どちらにせよ異例のことでございますので、嫁入り道具は持参致しません
これまでと変わらず、一家臣として扱ってくださいますようお願い申し上げます」
そんな会話があってからというもの、片倉小十郎も美稜綾葉の説得にかなり手を焼いている
伊達政宗など言わずもがなだ
嫁入り道具がいる、いらないで一ヶ月も平行線を辿るとは思いもしなかった
「なーるほどなぁ……」
伊達成実は右目の愚痴を聞き届け、頭を抱える姿勢から背を戻した
腕を組んで考えるが、妙案など浮かぼうはずもない
「こう、何とかして用意してやれねぇもんかね?」
「俺もそれとなく伊達で用意してやると言ってみたが、そんな気遣いは無用だと突っ撥ねられてな」
「頑固だよなぁ、綾葉も
……つってもさぁ、奥州美稜の財政は堅実に増えてるんだろ?
嫁入り道具を作るくらいなら出来るんじゃねぇの?」
「おそらくな
だがそうしねぇ理由があるんだろう
……考えたくはねぇが、例えば――」
片倉小十郎がそこで言葉を切り、何かに思い至ったようにため息をついた
それはそれは深いため息で、伊達成実が「えぇ……?」と更に怪訝な声を出す
「心当たりあんのかよ」
「……綾葉に対する俺の理解が正しけりゃ、綾葉は自分だけの嫁入り道具を作ろうとしているわけじゃねぇ
だから嫁入り道具は持って来ねぇと言ったんだ
「はぁ?
なら自分の嫁入り道具を作りゃあいいだけの――
……おい待て、もしかして綾葉の奴」
伊達成実もようやくそこに思い至って、絶句した
二人分作る余裕はないが、一人分なら嫁入り道具を用意出来る
武家の妻らしく振る舞うことのない己より、嫁入り道具を有効活用してくれそうな人物が一人、奥州美稜家は嫁入りを控えている
――綾葉の腹心たる侍女、千夜だ
「あいつ、千夜の分を用意するから自分の分は要らねぇってかよ!?」
「そう考えてるんなら納得がいく
元々綾葉は、政宗様の嫁になることを想定してなかったからな……
それに加えて、政宗様と綾葉よりも先に、俺と千夜の話が進んじまったのもあるだろう」
「ああ……それもまぁ、言っちまえば梵と綾葉が意気投合して、あれやこれやと話を進めたせいだけどな……」
深いため息をついて、伊達成実は口を閉ざした
綾葉が千夜を優先したという事実が真実だとするなら、もうひとつ恐ろしい懸念がある
聞きたくないが確認しなければと、伊達成実は恐る恐る口を開いて尋ねた
「なぁ、それさぁ……千夜、知ってると思う?」
「今はまだ知らねぇはずだ
知ってたらこうも穏やかに過ごせちゃいねぇだろうからな」
「知られた時が地獄だぞ、これ」
「……だろうな」
千夜の耳に入れば、間違いなく千夜は片倉小十郎との婚儀を遅らせるだろう
何よりも主君である美稜綾葉の幸せを願い続けてきた侍女だ
その主人が己よりも千夜を優先するというのだから、千夜からしてみれば理解不能である
「どうしたもんかね……」
投げやりな口調でそう嘆く
伊達成実の本音は、蝉の合唱に掻き消されて誰の耳にも届かなかった
1/3ページ