Episode.2-18

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小田原での豊臣秀吉との大戦から一月あまりが過ぎた


夏の盛りを迎える奥州は伊達屋敷


長閑な里にある広大な敷地に、一人の男の怒号が響き渡った


「はぁぁぁぁああ!?」


出処は伊達軍軍師・片倉小十郎の居室


なんだなんだと伊達の兵達が集まったが、それを追い払ったのもまた怒号を上げた張本人である


「何も無かったから散った散った」と兵達を持ち場に返し、そうしてその男――伊達成実はどっかりと腰を下ろし直した


「こじゅ兄、それマジで言ってんのか?」
「そんなくだらねぇ冗談を俺が言うとでも?」
「そりゃそうなんだが、えぇ……?」


伊達成実が頭を抱えるのも無理はない


片倉小十郎とて、それを耳にした瞬間、頭を抱えたのだ


「だが綾葉の言うことも一理ある……
奥州美稜家が興されて一年ほど経つが、領内の統治も安定していて、財政も堅実だ
だがそれは綾葉美稜衆共が、余計な贅沢を禁じて倹約に務めてきたお陰でもある」
「だからって、嫁入り道具を用意しないなんて……」


伊達成実が頭を抱えたまま呻く


先月に浮上した、伊達政宗と美稜綾葉の婚儀


婚礼衣裳の用意や各家からの祝いの品などの手配をどうするかと、男所帯ならではの悩みを抱えていた最中のことだ


「嫁入り道具は用意致しません」


淡々とした口振りで、美稜綾葉が――事もあろうに嫁入りする本人が、そう言ったのだ


これには伊達家がひっくり返るかと言うほどの悲鳴が起きた――主に伊達の兵達から


「あっ、姐御ッ!?」
「嫁入り道具が無いなんて、そんなのいくら何でも!」
「あんまりです、姐御……!」
「筆頭の嫁さんになるってのに……!?」


そういう反応は予想していたところなのだろう


美稜綾葉はいつもの微笑を浮かべたまま頷いた


「私が嫁ぎますのは、奥州全土を統べ、更にはいずれ日ノ本をも統べるに至るお方――奥州筆頭、伊達政宗様にございます
私はその一員として戦いに身を置き、共に戦場を駆け抜ける所存なれば、奥方らしく家に籠るわけにはまいりません
……それに、私は伊達家当主の妻であると同時に、奥州美稜家の当主でもあります
どちらにせよ異例のことでございますので、嫁入り道具は持参致しません
これまでと変わらず、一家臣として扱ってくださいますようお願い申し上げます」


そんな会話があってからというもの、片倉小十郎も美稜綾葉の説得にかなり手を焼いている


伊達政宗など言わずもがなだ


嫁入り道具がいる、いらないで一ヶ月も平行線を辿るとは思いもしなかった


「なーるほどなぁ……」


伊達成実は右目の愚痴を聞き届け、頭を抱える姿勢から背を戻した


腕を組んで考えるが、妙案など浮かぼうはずもない


「こう、何とかして用意してやれねぇもんかね?」
「俺もそれとなく伊達で用意してやると言ってみたが、そんな気遣いは無用だと突っ撥ねられてな」
「頑固だよなぁ、綾葉
……つってもさぁ、奥州美稜の財政は堅実に増えてるんだろ?
嫁入り道具を作るくらいなら出来るんじゃねぇの?」
「おそらくな
だがそうしねぇ理由があるんだろう
……考えたくはねぇが、例えば――」


片倉小十郎がそこで言葉を切り、何かに思い至ったようにため息をついた


それはそれは深いため息で、伊達成実が「えぇ……?」と更に怪訝な声を出す


「心当たりあんのかよ」
「……綾葉に対する俺の理解が正しけりゃ、綾葉は自分だけの嫁入り道具を作ろうとしているわけじゃねぇ
だから嫁入り道具は持って来ねぇと言ったんだ
一人分なら作れる・・・・・・・・――そういうことだろう」
「はぁ?
なら自分の嫁入り道具を作りゃあいいだけの――
……おい待て、もしかして綾葉の奴」


伊達成実もようやくそこに思い至って、絶句した


二人分作る余裕はないが、一人分なら嫁入り道具を用意出来る


武家の妻らしく振る舞うことのない己より、嫁入り道具を有効活用してくれそうな人物が一人、奥州美稜家は嫁入りを控えている


――綾葉の腹心たる侍女、千夜だ


「あいつ、千夜の分を用意するから自分の分は要らねぇってかよ!?」
「そう考えてるんなら納得がいく
元々綾葉は、政宗様の嫁になることを想定してなかったからな……
それに加えて、政宗様と綾葉よりも先に、俺と千夜の話が進んじまったのもあるだろう」
「ああ……それもまぁ、言っちまえば梵と綾葉が意気投合して、あれやこれやと話を進めたせいだけどな……」


深いため息をついて、伊達成実は口を閉ざした


綾葉が千夜を優先したという事実が真実だとするなら、もうひとつ恐ろしい懸念がある


聞きたくないが確認しなければと、伊達成実は恐る恐る口を開いて尋ねた


「なぁ、それさぁ……千夜、知ってると思う?」
「今はまだ知らねぇはずだ
知ってたらこうも穏やかに過ごせちゃいねぇだろうからな」
「知られた時が地獄だぞ、これ」
「……だろうな」


千夜の耳に入れば、間違いなく千夜は片倉小十郎との婚儀を遅らせるだろう


何よりも主君である美稜綾葉の幸せを願い続けてきた侍女だ


その主人が己よりも千夜を優先するというのだから、千夜からしてみれば理解不能である


「どうしたもんかね……」


投げやりな口調でそう嘆く


伊達成実の本音は、蝉の合唱に掻き消されて誰の耳にも届かなかった
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