Episode.02
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「――川中島、でございますか」
春の訪れを感じる今日この日
軍議の時間、我らが奥州筆頭の第一声は「川中島にいく」だった
「近々、そこで武田と上杉が一戦交えるらしい
そこをついて、一気に獲る」
「一気に獲ると申されますが……」
思わず横目で片倉様を見てしまったが、この件は彼も承諾済みであるらしい
ならば私が否を唱える余地はない
「片倉様が良しと判断なされたのでしょうが……」
「Of course!」
「ある意味、英断でございますね」
これについては片倉様も苦笑いで頷いた
どうなるかは分からないが、どちらかでも獲れれば良し
どちらともを相手にできるほど、武田も上杉も容易くやられてはくれないだろう
しかしそれは一般的な軍の話
我々は奥州を統べる伊達軍、型破りが売りである
「委細承知、私も力を尽くします」
「蒼誠繚乱――
期待してるぜ、若葉」
「お任せください」
政宗さんの刀の峰と銃身を軽く重ねる
これは彼からの信頼の証だ
片倉様には、未だ全幅の信頼をお寄せいただけてはいないけれど
恐らくうっすらと勘づいているのだろう
私が彼らに隠し続けている『嘘』に
それが何かは分からなくても、「何かを隠している」ということには気付いている
けれど誤解だけはしないでほしい
私は伊達を欺くために嘘をついているのではない
私が想定していない余計な火種を、奥州に持ち込まないためだ
全てを明かすのは、私の悲願が果たされた時
その時はこの首、喜んで双竜へ捧げよう
*********************
――私の日常は、炎の赤と共に終わりを告げた
私の希望は、宵闇の黒と共に塗り潰された
託された願いと刀を抱えて、私だけが生き永らえてしまって
『生き延びてくださいませ』
ただその一言だけが、私を死の道から辛うじて遠ざけている
――ああ、まただ
ズキズキと痛む額を押さえて、私はため息をついた
閉めきった障子は、それでも月明かりを部屋に通してくれる
……また、赤い夢を見た
私の人生が大きく狂った日の夢を
布団を出て、縁側に出る
そうして夜空に浮かぶ星を見上げた
今宵は新月、空に月の姿はなく、星々が瞬くのみだ
追っ手から逃れ、どこぞの山中でひとり明かした夜は、満月だったのを思い出す
……勝敗など、火を見るよりも明らかだった
それでも彼らは立ち向かった
元より服従などという考えは持ち合わせていなかったのだろう
圧倒的な兵力差でも立ち向かい、そして……
私が結末を知ったのは、奥州へ辿り着いてからだ
完全なる美稜の敗北
あてもなく逃亡を続けているうち、私は希望が潰えたことを悟った
(……ずいぶん遠くまで来てしまった)
あのとき思ったことと同じことを胸中で呟く
「……彦一郎様」
ああ、なぜ……
なぜ、私を逃がしたのです?
私がどれほどあなたを想っているか、あなたはご存じのはずなのに
……忘れられない
あなたの笑顔も、声も、温かくて大きな手も
あなたは私の心そのもので、拠り所で、私の全てだった
だから、私からあなたを奪ったやつらを許さない
私があなたの仇を討とうとすることは間違っていませんよね?
なぜなら、私は……
――美稜彦一郎隆政の正室なのだから
たとえ主君の政宗様が室にと仰っても、この心はあなただけをお慕いしておりますから……
私は美稜の妻
お家の仇は、必ずこの手で――
「何をしてやがる」
決意を秘めた無言の自問自答は、ただ一人の声によって遮られた
現れたのは伊達軍の軍師、片倉小十郎様だ
「……片倉様」
「夜逃げする算段でもつけていやがったか」
「そのようなこと……
ただ眠れなかっただけにございます
美稜の城が落ちた日のことを、夢に見てしまいまして」
片倉様の瞳が鋭く細められる
それには気付かぬふりをして、ひとつ深呼吸をした
「美稜は織田の手によって滅び、当主だった美稜隆政と正室は自害した
影武者だったてめぇは家宝の刀を託され、ひとり城から逃がされここまで来た……だったか」
「ええ、おっしゃる通りでございます
何か誤りでもございましたか?」
「どうにも腑に落ちねぇもんだと思ってな
なぜ正室本人ではなく、影武者のてめぇが逃がされた?」
「それは私が綾葉様にお伺いしとうございます
なぜ私のような者を生かしたのか、私も疑問でしかないのです」
「てめぇの意志でそうしたってことも有り得る」
「まさか、ご冗談を
主を差し置いて影たる私が生き延びるなど、どうして許されましょう
……何より、私も死ぬつもりでした
元々が命に意味を持たぬ者です
人質になるにせよ何にせよ、普通ならば綾葉様に代わって私が敵方の手に落ちるべきところでした」
嘘は言っていない
私はあの落城で、美稜と運命を共にするつもりだった
けれどそうさせてもらえなかったし、彦一郎様は最初から私を逃がすつもりだった
渡されたのは家宝の刀と、十分すぎるほどの路銀だけ
侍女に手を引かれる私は最後まで彦一郎様へ手を伸ばしたけれど、彼が私の手をとることはついぞ無かった
愚かなことだ、私は美稜以外に生きる場所を知らないというのに
「だからその敵討ちをしようって腹づもりか」
「主君の仇を討つことは、残された者の義務であると存じます
私が人も殺せぬか弱い乙女であれば話は別であったやもしれませぬが、片倉様もご存知の通り、私は私の前に立ちはだかる者を排除するのに躊躇などせぬ性ゆえ」
頭を下げて部屋へ戻ろうと背を向ける
首筋にひたりと冷たいものが近付けられたのは、その瞬間だった
「忘れるな」
「……」
「てめぇは政宗様の信頼を勝ち取った
お心に背くことは許さねぇ」
「私が政宗様のご意思に背くことなどありえません
……織田を倒す、その目的は一致しているはずでございましょう」
無言の後、片倉様の刀が首元から離れた
どこまでも警戒心が強い
……政宗様が大胆に動かれるぶん、片倉様が慎重なくらいで釣り合いが取れているということではあるけれど
「おやすみなさいませ」
一礼して部屋に戻り、障子を閉める
……忘れるな
今の私は美稜若葉であり、この首はいずれ双竜によって刎ねられるものだということを――
春の訪れを感じる今日この日
軍議の時間、我らが奥州筆頭の第一声は「川中島にいく」だった
「近々、そこで武田と上杉が一戦交えるらしい
そこをついて、一気に獲る」
「一気に獲ると申されますが……」
思わず横目で片倉様を見てしまったが、この件は彼も承諾済みであるらしい
ならば私が否を唱える余地はない
「片倉様が良しと判断なされたのでしょうが……」
「Of course!」
「ある意味、英断でございますね」
これについては片倉様も苦笑いで頷いた
どうなるかは分からないが、どちらかでも獲れれば良し
どちらともを相手にできるほど、武田も上杉も容易くやられてはくれないだろう
しかしそれは一般的な軍の話
我々は奥州を統べる伊達軍、型破りが売りである
「委細承知、私も力を尽くします」
「蒼誠繚乱――
期待してるぜ、若葉」
「お任せください」
政宗さんの刀の峰と銃身を軽く重ねる
これは彼からの信頼の証だ
片倉様には、未だ全幅の信頼をお寄せいただけてはいないけれど
恐らくうっすらと勘づいているのだろう
私が彼らに隠し続けている『嘘』に
それが何かは分からなくても、「何かを隠している」ということには気付いている
けれど誤解だけはしないでほしい
私は伊達を欺くために嘘をついているのではない
私が想定していない余計な火種を、奥州に持ち込まないためだ
全てを明かすのは、私の悲願が果たされた時
その時はこの首、喜んで双竜へ捧げよう
*********************
――私の日常は、炎の赤と共に終わりを告げた
私の希望は、宵闇の黒と共に塗り潰された
託された願いと刀を抱えて、私だけが生き永らえてしまって
『生き延びてくださいませ』
ただその一言だけが、私を死の道から辛うじて遠ざけている
――ああ、まただ
ズキズキと痛む額を押さえて、私はため息をついた
閉めきった障子は、それでも月明かりを部屋に通してくれる
……また、赤い夢を見た
私の人生が大きく狂った日の夢を
布団を出て、縁側に出る
そうして夜空に浮かぶ星を見上げた
今宵は新月、空に月の姿はなく、星々が瞬くのみだ
追っ手から逃れ、どこぞの山中でひとり明かした夜は、満月だったのを思い出す
……勝敗など、火を見るよりも明らかだった
それでも彼らは立ち向かった
元より服従などという考えは持ち合わせていなかったのだろう
圧倒的な兵力差でも立ち向かい、そして……
私が結末を知ったのは、奥州へ辿り着いてからだ
完全なる美稜の敗北
あてもなく逃亡を続けているうち、私は希望が潰えたことを悟った
(……ずいぶん遠くまで来てしまった)
あのとき思ったことと同じことを胸中で呟く
「……彦一郎様」
ああ、なぜ……
なぜ、私を逃がしたのです?
私がどれほどあなたを想っているか、あなたはご存じのはずなのに
……忘れられない
あなたの笑顔も、声も、温かくて大きな手も
あなたは私の心そのもので、拠り所で、私の全てだった
だから、私からあなたを奪ったやつらを許さない
私があなたの仇を討とうとすることは間違っていませんよね?
なぜなら、私は……
――美稜彦一郎隆政の正室なのだから
たとえ主君の政宗様が室にと仰っても、この心はあなただけをお慕いしておりますから……
私は美稜の妻
お家の仇は、必ずこの手で――
「何をしてやがる」
決意を秘めた無言の自問自答は、ただ一人の声によって遮られた
現れたのは伊達軍の軍師、片倉小十郎様だ
「……片倉様」
「夜逃げする算段でもつけていやがったか」
「そのようなこと……
ただ眠れなかっただけにございます
美稜の城が落ちた日のことを、夢に見てしまいまして」
片倉様の瞳が鋭く細められる
それには気付かぬふりをして、ひとつ深呼吸をした
「美稜は織田の手によって滅び、当主だった美稜隆政と正室は自害した
影武者だったてめぇは家宝の刀を託され、ひとり城から逃がされここまで来た……だったか」
「ええ、おっしゃる通りでございます
何か誤りでもございましたか?」
「どうにも腑に落ちねぇもんだと思ってな
なぜ正室本人ではなく、影武者のてめぇが逃がされた?」
「それは私が綾葉様にお伺いしとうございます
なぜ私のような者を生かしたのか、私も疑問でしかないのです」
「てめぇの意志でそうしたってことも有り得る」
「まさか、ご冗談を
主を差し置いて影たる私が生き延びるなど、どうして許されましょう
……何より、私も死ぬつもりでした
元々が命に意味を持たぬ者です
人質になるにせよ何にせよ、普通ならば綾葉様に代わって私が敵方の手に落ちるべきところでした」
嘘は言っていない
私はあの落城で、美稜と運命を共にするつもりだった
けれどそうさせてもらえなかったし、彦一郎様は最初から私を逃がすつもりだった
渡されたのは家宝の刀と、十分すぎるほどの路銀だけ
侍女に手を引かれる私は最後まで彦一郎様へ手を伸ばしたけれど、彼が私の手をとることはついぞ無かった
愚かなことだ、私は美稜以外に生きる場所を知らないというのに
「だからその敵討ちをしようって腹づもりか」
「主君の仇を討つことは、残された者の義務であると存じます
私が人も殺せぬか弱い乙女であれば話は別であったやもしれませぬが、片倉様もご存知の通り、私は私の前に立ちはだかる者を排除するのに躊躇などせぬ性ゆえ」
頭を下げて部屋へ戻ろうと背を向ける
首筋にひたりと冷たいものが近付けられたのは、その瞬間だった
「忘れるな」
「……」
「てめぇは政宗様の信頼を勝ち取った
お心に背くことは許さねぇ」
「私が政宗様のご意思に背くことなどありえません
……織田を倒す、その目的は一致しているはずでございましょう」
無言の後、片倉様の刀が首元から離れた
どこまでも警戒心が強い
……政宗様が大胆に動かれるぶん、片倉様が慎重なくらいで釣り合いが取れているということではあるけれど
「おやすみなさいませ」
一礼して部屋に戻り、障子を閉める
……忘れるな
今の私は美稜若葉であり、この首はいずれ双竜によって刎ねられるものだということを――
1/3ページ