Episode.12
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彦一郎様と逃走の決意を固めてから二日後
鈍色の雲が低く垂れ込んで、雨が降りそうな天気だ
松永久秀の一件はどうなったのだろう
三人は、政宗様の六爪は無事だろうか
祈りつつも室内から空を見上げていると、この数日で聞き慣れた足音が聞こえてきた
朝の会議を終えた彦一郎様が部屋へと現れる
手には一通の手紙が握られていた
「松永は倒され、行方不明になっているそうだ」
微笑みと共に、彦一郎様がそう伝えてくる
手紙は偵察用に放った斥候からの報告であるらしい
「捕らえられていた兵達は負傷しつつも全員無事
政宗公の刀も取り戻したらしい」
「良かった……」
ほっと胸をなでおろす
斥候の知らせでは、政宗様はまだお目覚めではないという
松永久秀はその機を狙って行動に出たのだろうと思われる
片倉様がしっかりと対処してくださったようだ
「ああ、報告を聞いて私も安堵した
じきに政宗公も目を覚まされよう」
「はい
本当に、良かった……」
これは斥候からではなく、姉様からの情報だということで、彦一郎様は礼を言わねばな、と呟いた
伊達の動向を教えてくださるのは嬉しい
けれど……やはり私たちは、ここに留まるべきではない
「もう間もなく、信長様も薩摩へ向かわれる」
声を低くして、彦一郎様が囁く
姉様と森蘭丸は上杉へ、明智光秀は駿府へと、安土から離れることが決まっている
つまり数日の間、この城は手薄になるのだ
「蘭丸殿や明智殿、濃姫様が出陣された後が私たちの出番だ
夜陰に乗じて門番を気絶させ、外に出る
一度きりしかない好機だ、必ず成功させるぞ」
「……はい」
伊達にお世話になっていた頃は、こんなことをしたことなどなかった
彼らは常に正面突破、こういった工作などはしない主義だ
それはそれで爽快ではあるのだけれど、だからこそ策を弄する相手と戦う時は、片倉様が主軸となって動いていた
伊達の流儀――『誰一人死なせない』というそれは、政宗様がかつて奥州を平定した際に口にした約束だ
あれからそう年月は経っていないけれど、政宗様は無茶苦茶な戦い方は控えるようになった気がする
「……政宗公のことを慕っているのだな」
「尊敬してはおりますけれど、彦一郎様はお手本になどなさらぬほうが宜しいかと
私と片倉様が何度肝を冷やしたことやら……」
「綾葉も随分と強くなったな
美稜に来た頃は、内気で俯いてばかりだったお前が――」
「む、昔のことにございますれば!」
反論しながら頬が熱くなる
それでも彦一郎様のおっしゃる通りだ
美稜に来た頃と比べれば、私も随分と明るい性格になったと思う
……まあ、あの中にいて、暗い性格でいられるほうが難しいもの
良くも悪くも感化されてしまった点は否めない
「……昔の私のほうが、彦一郎様の好みでございましたか?」
「まさか!
今の綾葉のほうがもっと好ましいぞ
昔の物静かなお前も愛らしかったが、今のお前は溌剌としていて生気に充ちている
きっと今が本来のお前なのだろう
伊達の気風に合っていたのもあるやもしれんな
はぁ……それを引き出したのが政宗公だと思うと、無性に腹も立つのだが
無事にここを抜け出して甲斐に辿り着いたならば、一言くらい挨拶を申さねばな?」
一気にそう捲し立てて、彦一郎様はにっこりといい笑顔を浮かべた
政宗様と顔を合わせるなり「うちの嫁が大層世話に」と、それはそれは固い握手を交わしそうだ
(……会わせないほうが良いかしら、お二人……
でも嫌味に言いくるめられて何も言えなくなる政宗様は、ちょっと見てみたいのよね……)
他人を挑発する言葉や、自分を優位にするための屁理屈ならつらつら出てくるお人だけれど、相手に屁理屈を捏ねられると弱いというのを、私は知っている
ともあれ彦一郎様は今、とても危険な綱渡りをしている最中だ
城内では気が抜けないだろうけれど、私のいるお部屋の中では、肩の力を抜いてほしい
取り留めのない会話をしながら時間は過ぎ、部屋に夕餉が運ばれてきてからはあっという間だった
出陣式などで城内が騒がしくなり、彦一郎様も留守番役として見送りに参加された
そしてその夜、薩摩へと魔王が出陣
その翌朝、明智光秀が三河へ向けて出陣した
姉様と蘭丸殿もその後を追うように越後へと出陣し、城内は一気に閑散とした
彦一郎様はいつも通りに城内で過ごされている
私はただ、いつも通りに部屋でじっとしていた
こういった計画は闇の中で行われるのが正しい
下手に動いて明るみに出てしまえば、おそらく私も彦一郎様も命はない
彦一郎様は非常に頭が切れる
ここはあの方にお任せするべきだ
(陽が落ちていく)
夕闇が濃くなっていく空を見上げ、私は心を落ち着けるために息を吐いた
夕餉が運ばれてくる少し前に、彦一郎様がお部屋へ戻ってきた
やはりいつも通り他愛のない話をして、夕餉を済ませる
そして、夜――
「――綾葉」
障子をわずかに開けて、彦一郎様が身を滑らせて入ってきた
「彦一郎様」
「お前の二丁銃だ
弾はすでに装填してある
それから、これが予備の弾丸だ」
二丁銃をホルダーに差し込んで、弾丸を懐にしまう
月は――三日月、満月よりは光も弱い
「月は雲に隠れている
動くなら今しかない」
「はい」
手渡されたのは、織田の兵が身に纏う外套
おどろおどろしい模様で嫌悪感が込み上げるけれど、素早く羽織った彦一郎様を見習って私もそれを身につけ、頭巾を深く被った
そっと廊下に出て、気配を探りながら歩いていく
ここは居住区域だから人の気配はないけれど、本殿は宿直役が見回りをしている
息を殺して歩き、人の気配を注意深く読みながら歩く
誰ともすれ違わなかったのは奇跡だ
恐らく、彦一郎様が用意していた織田兵の羽織が役に立っているのだろう
万が一歩いている所を視界の端に目撃されても、宿直役だと誤解してもらえる
……気持ち悪い柄だから、早く脱ぎ捨てたいのだけれど
鈍色の雲が低く垂れ込んで、雨が降りそうな天気だ
松永久秀の一件はどうなったのだろう
三人は、政宗様の六爪は無事だろうか
祈りつつも室内から空を見上げていると、この数日で聞き慣れた足音が聞こえてきた
朝の会議を終えた彦一郎様が部屋へと現れる
手には一通の手紙が握られていた
「松永は倒され、行方不明になっているそうだ」
微笑みと共に、彦一郎様がそう伝えてくる
手紙は偵察用に放った斥候からの報告であるらしい
「捕らえられていた兵達は負傷しつつも全員無事
政宗公の刀も取り戻したらしい」
「良かった……」
ほっと胸をなでおろす
斥候の知らせでは、政宗様はまだお目覚めではないという
松永久秀はその機を狙って行動に出たのだろうと思われる
片倉様がしっかりと対処してくださったようだ
「ああ、報告を聞いて私も安堵した
じきに政宗公も目を覚まされよう」
「はい
本当に、良かった……」
これは斥候からではなく、姉様からの情報だということで、彦一郎様は礼を言わねばな、と呟いた
伊達の動向を教えてくださるのは嬉しい
けれど……やはり私たちは、ここに留まるべきではない
「もう間もなく、信長様も薩摩へ向かわれる」
声を低くして、彦一郎様が囁く
姉様と森蘭丸は上杉へ、明智光秀は駿府へと、安土から離れることが決まっている
つまり数日の間、この城は手薄になるのだ
「蘭丸殿や明智殿、濃姫様が出陣された後が私たちの出番だ
夜陰に乗じて門番を気絶させ、外に出る
一度きりしかない好機だ、必ず成功させるぞ」
「……はい」
伊達にお世話になっていた頃は、こんなことをしたことなどなかった
彼らは常に正面突破、こういった工作などはしない主義だ
それはそれで爽快ではあるのだけれど、だからこそ策を弄する相手と戦う時は、片倉様が主軸となって動いていた
伊達の流儀――『誰一人死なせない』というそれは、政宗様がかつて奥州を平定した際に口にした約束だ
あれからそう年月は経っていないけれど、政宗様は無茶苦茶な戦い方は控えるようになった気がする
「……政宗公のことを慕っているのだな」
「尊敬してはおりますけれど、彦一郎様はお手本になどなさらぬほうが宜しいかと
私と片倉様が何度肝を冷やしたことやら……」
「綾葉も随分と強くなったな
美稜に来た頃は、内気で俯いてばかりだったお前が――」
「む、昔のことにございますれば!」
反論しながら頬が熱くなる
それでも彦一郎様のおっしゃる通りだ
美稜に来た頃と比べれば、私も随分と明るい性格になったと思う
……まあ、あの中にいて、暗い性格でいられるほうが難しいもの
良くも悪くも感化されてしまった点は否めない
「……昔の私のほうが、彦一郎様の好みでございましたか?」
「まさか!
今の綾葉のほうがもっと好ましいぞ
昔の物静かなお前も愛らしかったが、今のお前は溌剌としていて生気に充ちている
きっと今が本来のお前なのだろう
伊達の気風に合っていたのもあるやもしれんな
はぁ……それを引き出したのが政宗公だと思うと、無性に腹も立つのだが
無事にここを抜け出して甲斐に辿り着いたならば、一言くらい挨拶を申さねばな?」
一気にそう捲し立てて、彦一郎様はにっこりといい笑顔を浮かべた
政宗様と顔を合わせるなり「うちの嫁が大層世話に」と、それはそれは固い握手を交わしそうだ
(……会わせないほうが良いかしら、お二人……
でも嫌味に言いくるめられて何も言えなくなる政宗様は、ちょっと見てみたいのよね……)
他人を挑発する言葉や、自分を優位にするための屁理屈ならつらつら出てくるお人だけれど、相手に屁理屈を捏ねられると弱いというのを、私は知っている
ともあれ彦一郎様は今、とても危険な綱渡りをしている最中だ
城内では気が抜けないだろうけれど、私のいるお部屋の中では、肩の力を抜いてほしい
取り留めのない会話をしながら時間は過ぎ、部屋に夕餉が運ばれてきてからはあっという間だった
出陣式などで城内が騒がしくなり、彦一郎様も留守番役として見送りに参加された
そしてその夜、薩摩へと魔王が出陣
その翌朝、明智光秀が三河へ向けて出陣した
姉様と蘭丸殿もその後を追うように越後へと出陣し、城内は一気に閑散とした
彦一郎様はいつも通りに城内で過ごされている
私はただ、いつも通りに部屋でじっとしていた
こういった計画は闇の中で行われるのが正しい
下手に動いて明るみに出てしまえば、おそらく私も彦一郎様も命はない
彦一郎様は非常に頭が切れる
ここはあの方にお任せするべきだ
(陽が落ちていく)
夕闇が濃くなっていく空を見上げ、私は心を落ち着けるために息を吐いた
夕餉が運ばれてくる少し前に、彦一郎様がお部屋へ戻ってきた
やはりいつも通り他愛のない話をして、夕餉を済ませる
そして、夜――
「――綾葉」
障子をわずかに開けて、彦一郎様が身を滑らせて入ってきた
「彦一郎様」
「お前の二丁銃だ
弾はすでに装填してある
それから、これが予備の弾丸だ」
二丁銃をホルダーに差し込んで、弾丸を懐にしまう
月は――三日月、満月よりは光も弱い
「月は雲に隠れている
動くなら今しかない」
「はい」
手渡されたのは、織田の兵が身に纏う外套
おどろおどろしい模様で嫌悪感が込み上げるけれど、素早く羽織った彦一郎様を見習って私もそれを身につけ、頭巾を深く被った
そっと廊下に出て、気配を探りながら歩いていく
ここは居住区域だから人の気配はないけれど、本殿は宿直役が見回りをしている
息を殺して歩き、人の気配を注意深く読みながら歩く
誰ともすれ違わなかったのは奇跡だ
恐らく、彦一郎様が用意していた織田兵の羽織が役に立っているのだろう
万が一歩いている所を視界の端に目撃されても、宿直役だと誤解してもらえる
……気持ち悪い柄だから、早く脱ぎ捨てたいのだけれど
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