07 絶望又は希望
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何かが軋む音がした
それは平穏に過ぎていくと信じていた日常からの、崩壊の合図か
それとも俺達に助けを求めたくても求められない夕歌の、小さな悲鳴か
……窓の外が明るい
今日もまた一日が始まる
07 絶望又は希望
翌朝、朝食を作っていると、夕歌がパジャマ姿のまま降りてきた
顔色はいくらかマシになったが、それでもまだ、良いとは言えない
「Good morning.
よく眠れたか?」
努めて明るく声を掛けると、夕歌はどこかぼんやりとしたまま、ゆっくりと俺を見つめた
「……政宗、さん」
「顔、洗ってこい
もうすぐ朝飯が出来る」
こくん、と頷いた夕歌が洗面所へと消えていく
それから程なくして戻ってきた夕歌は、少しは頭も冴えたのか、背中もしゃっきりと伸びていた
「おはようございます、政宗さん」
「……ああ、おはよう」
皿をテーブルに置いて、夕歌と向かい合う
手を合わせて箸を持っても、夕歌は不安そうに時計を見上げていた
「どうした?」
「……和真さん、遅いなって……」
釣られて時計を見上げる
確かに、いつもなら新倉がやってくる時間だ
「……支度に手間取ってんだろ」
「そう、だと良いんですけど……」
浮かない表情のまま、夕歌が玉子焼きを口にする
……結局、俺達が家を出る時間になっても、新倉はやって来なかった
夕歌の髪をセットして、家の前で迎えを待つと、迎えに来たのは綱元で
「新倉はどうした?」
「それが、早朝から藤野に呼び出されたようで」
「……Ah?」
嫌な予感がする
ともかく、今は大学に向かうのが先だ
ワゴン車の助手席には成実が座っていて、道中でいつも通り、真田と春日山、親泰を拾っていくらしい
「……成実」
「ん?」
「夕歌のこと、頼むぞ」
「おう、大体のことは新倉から聞いてるぜ
まぁ任せとけって、俺たちといる間は、こいつが落ち込んでる暇なんかないからな」
いつもならここで突っ込みを入れるはずの夕歌は、ただ口を引き結んで、掌を握り締めていた
……俺達と出会う前までも、こうやって耐えてきたんだろうか
「……夕歌、手、開け」
「え……」
「掌を怪我すると危ねぇだろ
どうしても握るんなら、俺の手でも握ってろ」
「でも、そしたら政宗さんの手が」
「お前に握り締められたくらいで怪我するかよ」
そう言い切ると、おずおずと夕歌の手が俺に触れた
そして、ぎゅう、と握り締められて
「………」
その手を握り返す
……夕歌の手は、小刻みに震えていた
父方の親戚からは冷遇され、頼みの綱だった母方の叔父からは否定された
もう、こいつの心の拠り所は、俺達の処にしかない
「大丈夫だ、夕歌、don't worry.
お前の手は絶対に離しはしねぇ」
「………」
「お前を否定する奴は、ここには一人もいねぇよ
野郎のことは一旦忘れろ……な?」
「……はい」
震える声が頷く
その身体を抱き寄せて、安心させるように背中を撫でた
* * *
例の三人を拾って、大学に着いてからは、夕歌は多少なり元気を取り戻せたようで
「それじゃ、またlunch timeにな、honey」
「はい、また後で、darling」
笑顔で別れてくれた様子に、ほっと胸を撫で下ろす
……おそらく、少しは強がりも含まれているだろうが
「……政宗様」
「今は様子見しかねぇな」
「そう、ですな……」
「……歯痒いな」
「なぜ、と思います」
綱元がそう呟いて、悔しそうに頬を歪めた
「なぜ、夕歌がここまで追い込まれなければならないのか……」
「………」
「何の力にもなれないことが、ここまで悔しいものだとは思いませんでした」
綱元にとって、夕歌は可愛い後輩であり、同時に守るべき対象でもある
そんな相手が苦しんでいて、普段通りで居られるほど、人間は捨てていない
「……政宗様、何があっても、夕歌の手を離されぬように
政宗様にまで手を離されてしまえば、夕歌は二度と……」
その先を言うのは躊躇われたのか、口を閉ざした綱元が頭を下げて通路で別れていく
分かってる、と口の中で呟いて、俺も講義棟へ急いだ
分かっている──俺が夕歌の手を離した、その瞬間に、夕歌の命が意味を持たなくなること
夕歌は二度と、その瞳に光を映すことはないこと
そうならないように……俺は、夕歌を離してはいけない
……ま、離すつもりは毛頭ないわけだが
そうじゃなけりゃ、結婚だってするつもりもなかっただろうしな
それは平穏に過ぎていくと信じていた日常からの、崩壊の合図か
それとも俺達に助けを求めたくても求められない夕歌の、小さな悲鳴か
……窓の外が明るい
今日もまた一日が始まる
07 絶望又は希望
翌朝、朝食を作っていると、夕歌がパジャマ姿のまま降りてきた
顔色はいくらかマシになったが、それでもまだ、良いとは言えない
「Good morning.
よく眠れたか?」
努めて明るく声を掛けると、夕歌はどこかぼんやりとしたまま、ゆっくりと俺を見つめた
「……政宗、さん」
「顔、洗ってこい
もうすぐ朝飯が出来る」
こくん、と頷いた夕歌が洗面所へと消えていく
それから程なくして戻ってきた夕歌は、少しは頭も冴えたのか、背中もしゃっきりと伸びていた
「おはようございます、政宗さん」
「……ああ、おはよう」
皿をテーブルに置いて、夕歌と向かい合う
手を合わせて箸を持っても、夕歌は不安そうに時計を見上げていた
「どうした?」
「……和真さん、遅いなって……」
釣られて時計を見上げる
確かに、いつもなら新倉がやってくる時間だ
「……支度に手間取ってんだろ」
「そう、だと良いんですけど……」
浮かない表情のまま、夕歌が玉子焼きを口にする
……結局、俺達が家を出る時間になっても、新倉はやって来なかった
夕歌の髪をセットして、家の前で迎えを待つと、迎えに来たのは綱元で
「新倉はどうした?」
「それが、早朝から藤野に呼び出されたようで」
「……Ah?」
嫌な予感がする
ともかく、今は大学に向かうのが先だ
ワゴン車の助手席には成実が座っていて、道中でいつも通り、真田と春日山、親泰を拾っていくらしい
「……成実」
「ん?」
「夕歌のこと、頼むぞ」
「おう、大体のことは新倉から聞いてるぜ
まぁ任せとけって、俺たちといる間は、こいつが落ち込んでる暇なんかないからな」
いつもならここで突っ込みを入れるはずの夕歌は、ただ口を引き結んで、掌を握り締めていた
……俺達と出会う前までも、こうやって耐えてきたんだろうか
「……夕歌、手、開け」
「え……」
「掌を怪我すると危ねぇだろ
どうしても握るんなら、俺の手でも握ってろ」
「でも、そしたら政宗さんの手が」
「お前に握り締められたくらいで怪我するかよ」
そう言い切ると、おずおずと夕歌の手が俺に触れた
そして、ぎゅう、と握り締められて
「………」
その手を握り返す
……夕歌の手は、小刻みに震えていた
父方の親戚からは冷遇され、頼みの綱だった母方の叔父からは否定された
もう、こいつの心の拠り所は、俺達の処にしかない
「大丈夫だ、夕歌、don't worry.
お前の手は絶対に離しはしねぇ」
「………」
「お前を否定する奴は、ここには一人もいねぇよ
野郎のことは一旦忘れろ……な?」
「……はい」
震える声が頷く
その身体を抱き寄せて、安心させるように背中を撫でた
* * *
例の三人を拾って、大学に着いてからは、夕歌は多少なり元気を取り戻せたようで
「それじゃ、またlunch timeにな、honey」
「はい、また後で、darling」
笑顔で別れてくれた様子に、ほっと胸を撫で下ろす
……おそらく、少しは強がりも含まれているだろうが
「……政宗様」
「今は様子見しかねぇな」
「そう、ですな……」
「……歯痒いな」
「なぜ、と思います」
綱元がそう呟いて、悔しそうに頬を歪めた
「なぜ、夕歌がここまで追い込まれなければならないのか……」
「………」
「何の力にもなれないことが、ここまで悔しいものだとは思いませんでした」
綱元にとって、夕歌は可愛い後輩であり、同時に守るべき対象でもある
そんな相手が苦しんでいて、普段通りで居られるほど、人間は捨てていない
「……政宗様、何があっても、夕歌の手を離されぬように
政宗様にまで手を離されてしまえば、夕歌は二度と……」
その先を言うのは躊躇われたのか、口を閉ざした綱元が頭を下げて通路で別れていく
分かってる、と口の中で呟いて、俺も講義棟へ急いだ
分かっている──俺が夕歌の手を離した、その瞬間に、夕歌の命が意味を持たなくなること
夕歌は二度と、その瞳に光を映すことはないこと
そうならないように……俺は、夕歌を離してはいけない
……ま、離すつもりは毛頭ないわけだが
そうじゃなけりゃ、結婚だってするつもりもなかっただろうしな
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