24 終わりよければ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
客間の一室を用意してもらって、そこに夕歌を寝かせた
成実達は帰らせた
今は俺だけが夕歌の傍についている
「政宗様、ご入浴の準備が整いました」
「……All right.
夕歌を頼む」
森口にそう言い残して部屋を出る
浴場へと向かう途中で、藤野の婆さんとすれ違った
「あの子はまだ寝てるのね」
「ああ」
「苦しんでいる様子はない?」
「……見たところはな
どんな夢を見ていやがるかは分からねぇ」
そう、と婆さんの表情に陰りが落ちる
その顔を見てしまったら、問わずにいられなかった
「アンタ……なぜ夕歌を叩いた?」
「………」
「あれだけ夕歌を助けたがってただろう
何か理由があったんじゃねぇのか」
「……そうね、私はずっとあの子を助けたかった
助けたかったのよ、息子から
私が恨まれることになってでも、助けたかった
あの時の私では、大っぴらにあの子を守ってあげられなかったの
だから私はあの子の敵になるようにした
そうすることで、あの子の居場所をあなた達の所に完全に移すことができれば……
こちら側に歩み寄らせないようにすれば、息子もおいそれと手を出せないと、そう思ったの」
結果、その目論見は潰えた
奴は婆さんの予想とは反対に、夕歌を誘拐して、この屋敷で凶行に及んだ
おびただしい殴打の痕と顔の腫れ、そして出血
どれほどのものだったかは、想像に難くない
「あの子が逮捕され、取締役からも下ろされた以上、息子の子……一番下の孫にこの会社を継がせることはないわ
かといって、やはり夕歌に継がせるというのも、虫のいい話かしらね」
諦念漂う笑みを残して、婆さんは自室へと向かっていった
いつもはしゃんと伸びている背が、その時ばかりは気弱に俯いていた
24 終わりよければ
風呂から上がって、森口と交代した
まだ目を覚まさない夕歌は、ただすやすやと眠っている
明日には目を覚ましてくれるだろうか
夕歌の声が聞こえない世界は、あまりにも空虚だ
室内灯のリモコンで明かりを落とす
ナツメ球が薄暗く照らす部屋の中で、俺は夕歌をそっと抱き締めて眠った
――そのせい、だろうか
どこかの家の階段の下に俺は立っている
作りからして、一般家庭の階段だ
その階段を、上から誰かが降りてきていた
極力音を立てないように、静かに一段ずつ降りてくるその人物は、随分と着古されたセーラー服を纏う夕歌だった
「夕歌?」
呼び掛けには応じない
……これは、夢でいいのか
夢にしてはあまりにもrealすぎる
息を潜めるように階段を降りているその体が、急に傾いた
『あっ――』
背後から押されたのだと分かったのは、夕歌の後ろに学生服を着た野郎がいたからだ
「夕歌ッ!」
咄嗟に抱き留めようと腕を伸ばす
が、俺の腕をすり抜けて、夕歌は階段を落ちていった
ほとんど段数はなかったとはいえ、三段目から落ちれば相当な痛さだ
『邪魔なんだよ
さっさとどけよ、ゴミ以下なんだから』
「テメェ、今なんて――」
ああ、そうか、俺の声は誰にも聞こえちゃいねぇ
階段から落ちて立ち上がれず、うずくまったままの夕歌の身体が足で蹴られて転がっていく
……こんな扱いを受けていたのか、夕歌は
『……ごめんなさい』
感情のない声が、ゾッとするほど冷えた音でそう呟く
ゆっくりと立ち上がった夕歌は、左足を引きずりながら玄関へと向かっていった
足を痛めたのだろう、その足でどこに行くつもりなんだ
やめろ、やめてくれ
頼むから病院に行ってくれ、間違ってもそのまま学校になんて行くな
『……遅刻しないようにしなきゃ、また殴られる……』
その、絶望のような一言が聞こえて
俺は言葉を失って立ち尽くすしかなかった
夕歌の後を追って外へと飛び出す
片足を庇いながら学校へ向かう夕歌を見ていられなかった
光のない真っ暗な瞳、痩けた頬、手入れもされず傷んだ髪
(もう、たくさんだ)
夢なら覚めてくれ
きっとこれは、夕歌にとっては日常のひとつでしかない
それがはっきりと伝わってきて、怒りも悲しみも遠くへ飛んでしまった
そうして思い知った
俺達が勝手に思い描いていたものの何倍、いや何十倍、夕歌の過去は絶望しかなかったのだと――
成実達は帰らせた
今は俺だけが夕歌の傍についている
「政宗様、ご入浴の準備が整いました」
「……All right.
夕歌を頼む」
森口にそう言い残して部屋を出る
浴場へと向かう途中で、藤野の婆さんとすれ違った
「あの子はまだ寝てるのね」
「ああ」
「苦しんでいる様子はない?」
「……見たところはな
どんな夢を見ていやがるかは分からねぇ」
そう、と婆さんの表情に陰りが落ちる
その顔を見てしまったら、問わずにいられなかった
「アンタ……なぜ夕歌を叩いた?」
「………」
「あれだけ夕歌を助けたがってただろう
何か理由があったんじゃねぇのか」
「……そうね、私はずっとあの子を助けたかった
助けたかったのよ、息子から
私が恨まれることになってでも、助けたかった
あの時の私では、大っぴらにあの子を守ってあげられなかったの
だから私はあの子の敵になるようにした
そうすることで、あの子の居場所をあなた達の所に完全に移すことができれば……
こちら側に歩み寄らせないようにすれば、息子もおいそれと手を出せないと、そう思ったの」
結果、その目論見は潰えた
奴は婆さんの予想とは反対に、夕歌を誘拐して、この屋敷で凶行に及んだ
おびただしい殴打の痕と顔の腫れ、そして出血
どれほどのものだったかは、想像に難くない
「あの子が逮捕され、取締役からも下ろされた以上、息子の子……一番下の孫にこの会社を継がせることはないわ
かといって、やはり夕歌に継がせるというのも、虫のいい話かしらね」
諦念漂う笑みを残して、婆さんは自室へと向かっていった
いつもはしゃんと伸びている背が、その時ばかりは気弱に俯いていた
24 終わりよければ
風呂から上がって、森口と交代した
まだ目を覚まさない夕歌は、ただすやすやと眠っている
明日には目を覚ましてくれるだろうか
夕歌の声が聞こえない世界は、あまりにも空虚だ
室内灯のリモコンで明かりを落とす
ナツメ球が薄暗く照らす部屋の中で、俺は夕歌をそっと抱き締めて眠った
――そのせい、だろうか
どこかの家の階段の下に俺は立っている
作りからして、一般家庭の階段だ
その階段を、上から誰かが降りてきていた
極力音を立てないように、静かに一段ずつ降りてくるその人物は、随分と着古されたセーラー服を纏う夕歌だった
「夕歌?」
呼び掛けには応じない
……これは、夢でいいのか
夢にしてはあまりにもrealすぎる
息を潜めるように階段を降りているその体が、急に傾いた
『あっ――』
背後から押されたのだと分かったのは、夕歌の後ろに学生服を着た野郎がいたからだ
「夕歌ッ!」
咄嗟に抱き留めようと腕を伸ばす
が、俺の腕をすり抜けて、夕歌は階段を落ちていった
ほとんど段数はなかったとはいえ、三段目から落ちれば相当な痛さだ
『邪魔なんだよ
さっさとどけよ、ゴミ以下なんだから』
「テメェ、今なんて――」
ああ、そうか、俺の声は誰にも聞こえちゃいねぇ
階段から落ちて立ち上がれず、うずくまったままの夕歌の身体が足で蹴られて転がっていく
……こんな扱いを受けていたのか、夕歌は
『……ごめんなさい』
感情のない声が、ゾッとするほど冷えた音でそう呟く
ゆっくりと立ち上がった夕歌は、左足を引きずりながら玄関へと向かっていった
足を痛めたのだろう、その足でどこに行くつもりなんだ
やめろ、やめてくれ
頼むから病院に行ってくれ、間違ってもそのまま学校になんて行くな
『……遅刻しないようにしなきゃ、また殴られる……』
その、絶望のような一言が聞こえて
俺は言葉を失って立ち尽くすしかなかった
夕歌の後を追って外へと飛び出す
片足を庇いながら学校へ向かう夕歌を見ていられなかった
光のない真っ暗な瞳、痩けた頬、手入れもされず傷んだ髪
(もう、たくさんだ)
夢なら覚めてくれ
きっとこれは、夕歌にとっては日常のひとつでしかない
それがはっきりと伝わってきて、怒りも悲しみも遠くへ飛んでしまった
そうして思い知った
俺達が勝手に思い描いていたものの何倍、いや何十倍、夕歌の過去は絶望しかなかったのだと――
1/4ページ