22 小さくて大きな願い事
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願われたものの小ささに、憤りさえ浮かばなかった
胸に秘め続けていたのであろう願いの切なさに、悔しさだけがつのる
「……お嬢様」
涙の跡が残る頬に新倉の手が触れる
俺は与えてやらなければならない
こいつが望んだものを、それ以上のものを
痛みも恐怖も感じなくていい、ただの当たり前の毎日を
俺たちが過ごしてきた当たり前の日常が、夕歌にとっては手を伸ばしても届かないものだった
俺たちが何を願わずとも得られた当たり前の幸福が、夕歌のたった一つの願いだった
他の奴らと同じような幸せでいいのだと
特別な幸せなどいらないのだと
──それは、十四歳の少女が願うには、あまりにも悲しすぎた
どれほどの痛みを耐えてきたのだろう
どれほどの苦しさを、どれほどの悲しみを
この小さな体は受け止めてきたのだろう
涙を流すことに怯えて、ほんの僅かでも嫌がる素振りを見せたことに慄いて
強ばった顔からは血の気が引いていく
僅か一年にも満たなかった時間の中で、どれほどの傷を負ってしまったのだろう
家族を一度に失って、立ち直る間もなく、ただ理不尽に虐げられて……
助けを求める声は塞がれ、伸ばした手は踏みつけられ、安息の地を探す希望さえ握り潰される
耐えきれないのは自分が弱いから
痛みを痛みとも思わない心があれば、苦しむこともないのだと
誰かを信じようとするから、裏切られたと思うのだと
救うつもりもない手を愚かにも掴んでしまうから、救われないのだと
もがけばもがくほど落ちていく、苦痛の蟻地獄
剣道だけが夕歌の支えだった、剣道をしている時だけが夕歌の心をギリギリのところで踏み留まらせていた
あまりにも救いがない話
救いなどどこにもありはしなかった一年間
他人には弱さを曝け出していいと、受け止めると言っておいて、自分にはそれを許さない
「寝かせてくる」
「お願いします」
抱きかかえて、階段を上る
二人の寝室にあるベッドの真ん中に下ろして、布団をかけてやる
何をしてやれるかなんて、もう分からない
けれど、夕歌が目覚めた時に心細くないように、側にいることはできる
今はただ、ゆっくりと休んでほしい
「Good sleep,my dear.」
22 小さくて大きな願い事
――ふと、目が覚めた
一瞬だけぼんやりとして、今まで自分が寝ていたことに気付く
まずい、せっかく用意してくれていた晩ご飯を無駄にさせてしまった
血の気が引いて飛び起きると、隣から「どうした?」と声が聞こえてきた
「ひゃう!?」
「Ah……sorry.
伝えてなかったな、お前は俺と一緒にいつも寝てるんだ」
「そ、れは、夫婦だから?」
「Right.」
そうだったのか……私は本当にこの顔面国宝と夫婦なんだな……
何がどうしてそうなったのか知らないけど、私ってすごいな……
「それよりどうした?
また悪い夢でも見たか」
「あ、いえ……あの、お夕飯、せっかく作っていただいたのに、無駄にしてしまったと思って
本当にすみません……!」
「気にすんな、新倉に食わせた
いくらかは残ってるから、食べたきゃ明日の朝メシで食えばいいさ
それより、晩メシを食ってないなら腹減っただろ
夜食でも作るか?」
「えっあっ、いいえ!
お腹が空いたのは寝ちゃえば大丈夫なので!」
今までだって、毎晩必ず夕食が用意されていたわけではなかった
家の人の機嫌が良い時は用意されていたけど、機嫌が悪かったり、お祝い事の席だったりすると、途端に私の存在はなかったことにされる
そういう時は、寝てしまうに限るのだ
昼食を食べられただけでもありがたかった──五百円しかもらえなかったけど
一日一食なんてザラだったから、五百円で買えるお昼では足りないこともあるけど、文句は言えない
そんなことがあったから、いつものようにそうするつもりで口にしたのだけれど
政宗さんは形のいい眉を寄せると、ベッドを降りて部屋を出て行ってしまった
「……え」
これはどうした方がいいんだろう
ベッドの中で固まってしまうと、政宗さんが部屋の入り口に戻ってきた
「Come on,honey.」
……来いってことか
そう理解したのと同時に、私は慌ててベッドを出て、部屋を飛び出した
胸に秘め続けていたのであろう願いの切なさに、悔しさだけがつのる
「……お嬢様」
涙の跡が残る頬に新倉の手が触れる
俺は与えてやらなければならない
こいつが望んだものを、それ以上のものを
痛みも恐怖も感じなくていい、ただの当たり前の毎日を
俺たちが過ごしてきた当たり前の日常が、夕歌にとっては手を伸ばしても届かないものだった
俺たちが何を願わずとも得られた当たり前の幸福が、夕歌のたった一つの願いだった
他の奴らと同じような幸せでいいのだと
特別な幸せなどいらないのだと
──それは、十四歳の少女が願うには、あまりにも悲しすぎた
どれほどの痛みを耐えてきたのだろう
どれほどの苦しさを、どれほどの悲しみを
この小さな体は受け止めてきたのだろう
涙を流すことに怯えて、ほんの僅かでも嫌がる素振りを見せたことに慄いて
強ばった顔からは血の気が引いていく
僅か一年にも満たなかった時間の中で、どれほどの傷を負ってしまったのだろう
家族を一度に失って、立ち直る間もなく、ただ理不尽に虐げられて……
助けを求める声は塞がれ、伸ばした手は踏みつけられ、安息の地を探す希望さえ握り潰される
耐えきれないのは自分が弱いから
痛みを痛みとも思わない心があれば、苦しむこともないのだと
誰かを信じようとするから、裏切られたと思うのだと
救うつもりもない手を愚かにも掴んでしまうから、救われないのだと
もがけばもがくほど落ちていく、苦痛の蟻地獄
剣道だけが夕歌の支えだった、剣道をしている時だけが夕歌の心をギリギリのところで踏み留まらせていた
あまりにも救いがない話
救いなどどこにもありはしなかった一年間
他人には弱さを曝け出していいと、受け止めると言っておいて、自分にはそれを許さない
「寝かせてくる」
「お願いします」
抱きかかえて、階段を上る
二人の寝室にあるベッドの真ん中に下ろして、布団をかけてやる
何をしてやれるかなんて、もう分からない
けれど、夕歌が目覚めた時に心細くないように、側にいることはできる
今はただ、ゆっくりと休んでほしい
「Good sleep,my dear.」
22 小さくて大きな願い事
――ふと、目が覚めた
一瞬だけぼんやりとして、今まで自分が寝ていたことに気付く
まずい、せっかく用意してくれていた晩ご飯を無駄にさせてしまった
血の気が引いて飛び起きると、隣から「どうした?」と声が聞こえてきた
「ひゃう!?」
「Ah……sorry.
伝えてなかったな、お前は俺と一緒にいつも寝てるんだ」
「そ、れは、夫婦だから?」
「Right.」
そうだったのか……私は本当にこの顔面国宝と夫婦なんだな……
何がどうしてそうなったのか知らないけど、私ってすごいな……
「それよりどうした?
また悪い夢でも見たか」
「あ、いえ……あの、お夕飯、せっかく作っていただいたのに、無駄にしてしまったと思って
本当にすみません……!」
「気にすんな、新倉に食わせた
いくらかは残ってるから、食べたきゃ明日の朝メシで食えばいいさ
それより、晩メシを食ってないなら腹減っただろ
夜食でも作るか?」
「えっあっ、いいえ!
お腹が空いたのは寝ちゃえば大丈夫なので!」
今までだって、毎晩必ず夕食が用意されていたわけではなかった
家の人の機嫌が良い時は用意されていたけど、機嫌が悪かったり、お祝い事の席だったりすると、途端に私の存在はなかったことにされる
そういう時は、寝てしまうに限るのだ
昼食を食べられただけでもありがたかった──五百円しかもらえなかったけど
一日一食なんてザラだったから、五百円で買えるお昼では足りないこともあるけど、文句は言えない
そんなことがあったから、いつものようにそうするつもりで口にしたのだけれど
政宗さんは形のいい眉を寄せると、ベッドを降りて部屋を出て行ってしまった
「……え」
これはどうした方がいいんだろう
ベッドの中で固まってしまうと、政宗さんが部屋の入り口に戻ってきた
「Come on,honey.」
……来いってことか
そう理解したのと同時に、私は慌ててベッドを出て、部屋を飛び出した
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