21 失くした日々
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……だれ?」
問うてくる声は、いつもより随分と幼かった
言葉を失った俺の代わりに成実が「は?」と聞き返す
「何ふざけてんだよ?」
「え……?
あ、ごめんなさい……!
えっと、あの、新しい親戚の方、ですか?」
「お前……何言って……?」
嘘をついているようには見えない
そもそも、こんな見え透いた嘘をつく理由もない
予想していたどんなものよりも、最悪のシナリオだ
夕歌、どうしてお前は、そっちを選ぶんだ?
どうして手に入れられたものを捨ててまで、独りで耐えようとしてしまうんだ
まるでそれは、初めから自分が受け取ってはいけないものだったように
俺達と積み重ねた夕歌の時間は、呆気ないほど容易く、この傷だらけの手から零れ落ちていった
21 失くした日々
頭が真っ白になって答えられないまま、不自然な沈黙が続いた
どう言えばいい?
お前は記憶を失っているんだと、そんなことを伝えるのは、あんまりにも酷じゃねぇか
一つ呼吸を置いて、苛立つ心と、とっ散らかった頭の中をスッキリさせる
今はコイツに聞かれたことを答えるのが先だ
俺が誰か、と問われれば、答えは――
「……俺は伊達政宗、お前の家族だ」
「梵?」
「こっちの喧しいのは伊達成実、俺の従兄弟だ
お前とは同い年になる」
「………」
「お前は?」
ぽかんとして聞いていた夕歌が、ハッとして「ごめんなさい!」と体を起こす
その肩を掴んで、ベッドへと戻した
「えっ?」
「寝ていていい
酷い怪我だからな、起き上がるのはやめておけ」
「……はい」
「Good girl.」
驚いたように目を丸くした夕歌が、布団を手繰り寄せる
成実が肩まで布団を掛けてやると、やはり驚いたようにこちらを見てきた
「どうした?」
「……あの、どうして?」
「何が?」
「どうして私なんかに優しくしてくれるんですか……?」
「は、いや……別に、普通に……当たり前の事じゃねぇの?」
「違うと思います、私に優しくする必要なんてないです
だって今までの人達がそうでした」
「お前──」
「ごめんなさい、一ヶ月か二ヶ月ほどだけど、ご迷惑をおかけします」
夕歌がそう言って笑う
けれど、瞳は笑っていなかった
この先の日常にある何もかもを諦めきった瞳は、どこまでも深い闇のようだ
「……私、斎藤夕歌です
中学三年……生、で……?」
不意に夕歌の声が途切れた
先程と同じく、困惑するような瞳が向いている
「……あの、ごめんなさい
私って、ほんとに中学三年生ですか?」
「あ、えっと……」
言葉に詰まった成実が俺を肘でつついた
どうやら俺に丸投げしたらしい
ため息をついてから少し考え、俺は当たり障りのない──夕歌の傷に触れない情報を教えることにした
「……お前は今、大学一年の十九歳だ
結婚して苗字も斎藤から伊達に変わってる」
「え……え?」
「言ったろ、俺はお前の家族だ
俺がお前の旦那で、お前は俺の妻だ」
「……え!?」
衝撃が強すぎたせいか、夕歌が飛び起きた
ハッと慌てたようにもう一度ベッドに横になったが、混乱しているようだ
無理もない、夕歌は今……幸せだった頃の記憶を忘れてしまっている
「え、私あの……え?
私いつの間に結婚した!?」
「高二の春休みに」
「学生結婚!?
お兄さんってそんなに年上……に、見えないんですけど……!?」
「まぁ一つしか違わないしな」
「お父さんとお母さん、反対しなかったんですか……?」
「むしろ親父が勧めてきた見合い話だったしな……」
そもそもその見合い話が舞い込む随分前から、俺と夕歌が付き合っていたおかげで、結婚までトントン拍子にいってしまったところはある
というか、俺だって学生のうちに結婚するつもりはなかった
全ては親父が暴走してくれたおかげだ──今では感謝しているが
「明日の夕方には迎えに来る
それまでは新倉がいてくれるらしい」
「にいくら……?」
「お前の世話係だ
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるだろうぜ」
「あー、だろうなぁ……
夕歌に合わせる顔がないとか言ってるくらいだし、償いの意味も込めて死ぬほど世話焼いてきそう
頑張れよ、夕歌」
「頑張るんですか!?
世話を焼かれるのを!?」
どちらかと言えば、それに抵抗なり難色を示すなりするのを、だが
とはいえ何を言ったところで、今の新倉は聞きやしないだろう
夕歌を守れなかったことを心底後悔してるようだしな
もう二度と──という思いは、誰よりも強いだろう
夕歌を守ることが使命であれば尚のこと
「帰るぞ、成実」
「おう
じゃあな夕歌、また明日」
「……は、はい」
今日はゆっくりと休んでほしい
そうして明日、少しでも元気な顔で──
* * *
呆然とした表情のままの夕歌を残して、病室を出る
ドアが閉じた瞬間
「……っ」
梵の背中から伝わる、怒りと悲しみと後悔
誰よりも夕歌の心の傷に寄り添ってきたのが梵だ
どれほど夕歌が傷つけられても、梵は夕歌の心の拠り所であり続けた
けれど──ああ、あいつは
そんな心の拠り所さえ、忘れて……そんなものは弱さだと、切り捨ててしまったんだ
違う、違うんだ夕歌
それを持つことは弱さじゃない
それがあるから人は強くなれるんだ
自分を支えてくれる手があるから、どこまでだって強くあれるんだ
なぁ、夕歌
それを梵に教えてくれたのは、お前だったのに
お前が梵にとってそういう存在になってくれたから、梵は救われたのに
お前自身は、どうして独りで立とうとするんだ?
立ち上がれないほどに傷ついても、どうして耐え切ろうとしてしまうんだ?
「……悔しいよ」
「………」
「なんであいつばっかり……」
親友だと思っていた
親友という立場だからこそ、梵とは別の角度から支えてやれると自惚れた
ああ、本当に滑稽で──本当に、俺は夕歌のことを上辺だけしか知らなかったんだ
問うてくる声は、いつもより随分と幼かった
言葉を失った俺の代わりに成実が「は?」と聞き返す
「何ふざけてんだよ?」
「え……?
あ、ごめんなさい……!
えっと、あの、新しい親戚の方、ですか?」
「お前……何言って……?」
嘘をついているようには見えない
そもそも、こんな見え透いた嘘をつく理由もない
予想していたどんなものよりも、最悪のシナリオだ
夕歌、どうしてお前は、そっちを選ぶんだ?
どうして手に入れられたものを捨ててまで、独りで耐えようとしてしまうんだ
まるでそれは、初めから自分が受け取ってはいけないものだったように
俺達と積み重ねた夕歌の時間は、呆気ないほど容易く、この傷だらけの手から零れ落ちていった
21 失くした日々
頭が真っ白になって答えられないまま、不自然な沈黙が続いた
どう言えばいい?
お前は記憶を失っているんだと、そんなことを伝えるのは、あんまりにも酷じゃねぇか
一つ呼吸を置いて、苛立つ心と、とっ散らかった頭の中をスッキリさせる
今はコイツに聞かれたことを答えるのが先だ
俺が誰か、と問われれば、答えは――
「……俺は伊達政宗、お前の家族だ」
「梵?」
「こっちの喧しいのは伊達成実、俺の従兄弟だ
お前とは同い年になる」
「………」
「お前は?」
ぽかんとして聞いていた夕歌が、ハッとして「ごめんなさい!」と体を起こす
その肩を掴んで、ベッドへと戻した
「えっ?」
「寝ていていい
酷い怪我だからな、起き上がるのはやめておけ」
「……はい」
「Good girl.」
驚いたように目を丸くした夕歌が、布団を手繰り寄せる
成実が肩まで布団を掛けてやると、やはり驚いたようにこちらを見てきた
「どうした?」
「……あの、どうして?」
「何が?」
「どうして私なんかに優しくしてくれるんですか……?」
「は、いや……別に、普通に……当たり前の事じゃねぇの?」
「違うと思います、私に優しくする必要なんてないです
だって今までの人達がそうでした」
「お前──」
「ごめんなさい、一ヶ月か二ヶ月ほどだけど、ご迷惑をおかけします」
夕歌がそう言って笑う
けれど、瞳は笑っていなかった
この先の日常にある何もかもを諦めきった瞳は、どこまでも深い闇のようだ
「……私、斎藤夕歌です
中学三年……生、で……?」
不意に夕歌の声が途切れた
先程と同じく、困惑するような瞳が向いている
「……あの、ごめんなさい
私って、ほんとに中学三年生ですか?」
「あ、えっと……」
言葉に詰まった成実が俺を肘でつついた
どうやら俺に丸投げしたらしい
ため息をついてから少し考え、俺は当たり障りのない──夕歌の傷に触れない情報を教えることにした
「……お前は今、大学一年の十九歳だ
結婚して苗字も斎藤から伊達に変わってる」
「え……え?」
「言ったろ、俺はお前の家族だ
俺がお前の旦那で、お前は俺の妻だ」
「……え!?」
衝撃が強すぎたせいか、夕歌が飛び起きた
ハッと慌てたようにもう一度ベッドに横になったが、混乱しているようだ
無理もない、夕歌は今……幸せだった頃の記憶を忘れてしまっている
「え、私あの……え?
私いつの間に結婚した!?」
「高二の春休みに」
「学生結婚!?
お兄さんってそんなに年上……に、見えないんですけど……!?」
「まぁ一つしか違わないしな」
「お父さんとお母さん、反対しなかったんですか……?」
「むしろ親父が勧めてきた見合い話だったしな……」
そもそもその見合い話が舞い込む随分前から、俺と夕歌が付き合っていたおかげで、結婚までトントン拍子にいってしまったところはある
というか、俺だって学生のうちに結婚するつもりはなかった
全ては親父が暴走してくれたおかげだ──今では感謝しているが
「明日の夕方には迎えに来る
それまでは新倉がいてくれるらしい」
「にいくら……?」
「お前の世話係だ
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるだろうぜ」
「あー、だろうなぁ……
夕歌に合わせる顔がないとか言ってるくらいだし、償いの意味も込めて死ぬほど世話焼いてきそう
頑張れよ、夕歌」
「頑張るんですか!?
世話を焼かれるのを!?」
どちらかと言えば、それに抵抗なり難色を示すなりするのを、だが
とはいえ何を言ったところで、今の新倉は聞きやしないだろう
夕歌を守れなかったことを心底後悔してるようだしな
もう二度と──という思いは、誰よりも強いだろう
夕歌を守ることが使命であれば尚のこと
「帰るぞ、成実」
「おう
じゃあな夕歌、また明日」
「……は、はい」
今日はゆっくりと休んでほしい
そうして明日、少しでも元気な顔で──
* * *
呆然とした表情のままの夕歌を残して、病室を出る
ドアが閉じた瞬間
「……っ」
梵の背中から伝わる、怒りと悲しみと後悔
誰よりも夕歌の心の傷に寄り添ってきたのが梵だ
どれほど夕歌が傷つけられても、梵は夕歌の心の拠り所であり続けた
けれど──ああ、あいつは
そんな心の拠り所さえ、忘れて……そんなものは弱さだと、切り捨ててしまったんだ
違う、違うんだ夕歌
それを持つことは弱さじゃない
それがあるから人は強くなれるんだ
自分を支えてくれる手があるから、どこまでだって強くあれるんだ
なぁ、夕歌
それを梵に教えてくれたのは、お前だったのに
お前が梵にとってそういう存在になってくれたから、梵は救われたのに
お前自身は、どうして独りで立とうとするんだ?
立ち上がれないほどに傷ついても、どうして耐え切ろうとしてしまうんだ?
「……悔しいよ」
「………」
「なんであいつばっかり……」
親友だと思っていた
親友という立場だからこそ、梵とは別の角度から支えてやれると自惚れた
ああ、本当に滑稽で──本当に、俺は夕歌のことを上辺だけしか知らなかったんだ
1/3ページ