第四十二話 遊歩
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成実さんが家督を継いで一ヶ月
お祝いの言葉を述べる書簡も少なくなってきて、大分成実さんも落ち着いた、今日この頃
西の方では桜が咲き始めたらしい
奥州でお花見ができるのはまだまだ先……だそうだ
「あ、夕華」
「はい?」
「悪いけど俺の部屋から墨を持ってきてくれねえか?」
「墨だけですか?」
「あー、じゃああと紙も」
「ふふっ……お疲れ様です」
労いの言葉をかけて、成実さんの部屋から、積んである墨と紙を手に取って部屋を出ようとして
「あ……」
髪に手をやって気付いた
簪、付け忘れてる
「失くしたくなくて、付けなかったんだけど……」
今や一国の姫、そういうところには気を配ってもいいだろう
なるべく仙台にいた頃と同じような生活ができるように、お城の人たちからは配慮を受けてるけど
郷に入っては郷に従えって言葉もあるし……
隣にある私の部屋から、簪もついでに持ち出した
「成実さーん」
「お、ご苦労さん!」
丁度ひと区切りがついたのか、成実さんは湯呑を手に私を迎えた
休憩中の成実さんの邪魔にならないところに紙と墨を置く
「姫様、お茶は」
「お願いします」
小姓に私の分のお茶もお願いして、成実さんの少し後ろに座る
懐から簪を取り出して、髪を纏めて挿した
「それ、まだ使ってたのか」
「え?」
仕事をしてるんだと思ってた成実さんが、頬杖をついて私を見ていて
それ、とは私が今使った簪のことらしい
「その簪、俺が去年買ってやったやつだろ」
「ああ、はい
成実さんからの贈り物ですし
私自身が気に入ってるんで」
「そっか
それならいいんだけど」
成実さんの手が、簪を取った
纏めた髪がパラリと解けていく
「結構細かい傷とかあるな」
「まあ……一年くらい使ってますからね」
「よし、今度城下で新しいのでも買うか」
「えっ」
これ、まだ使えるのになあ……
成実さんが髪を纏めなおして、簪を挿してくれた
「……別に、これを捨てろとか言ってねえぞ」
「へ?」
「ただ、お前には、何っつうか……
ずっと綺麗でいてほしいし……」
「し……成実さん……」
「だーもう!
とりあえず行くぞ、城下!」
「今からですか!?」
「おう!」
「成実さん、執務!」
「帰ってやる!」
「そんなこと言ってのらりくらりと言い訳して、明日に持ち込むんじゃないですか!?」
「んなことするわけねえだろ!
梵じゃあるまいし!!
ほら、行くぞ!」
「ちょっと!!」
成実さんに腕を引かれて、私は半ば引っ張られるように城外へ出た
後で家臣に怒られても私は知らない
* * *
失礼いたします、と声が聞こえて、返事をする
小十郎の手にある書簡を見て、俺はため息をついた
「そう肩を落とされますな
治める地が増えればご政務も増えるのは自明のことです」
「I know.
全部寄越せ、すぐに終わらせる」
「こちらに
書状は伝令役に持っていかせまするが」
「そっちの箱に入ってる分だ」
「御意」
カタン、と箱を動かす音がして、小十郎が左目の視界の端に映り込む
と思うと、一通の書簡をわざとらしく置いていった
「これは何だ?」
「差出人は文を見れば一目瞭然かと」
悪戯のような笑みを持たせた口元を睨みつけて、封を切る
見たことの無い字……楷書で書かれた文とは珍しい
記憶の中にある相手の中には楷書を使う者はいなかったはずで、小首を傾げながら文を読んだ
『拝啓、藤次郎兄様
春の気配が近くなった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか』
これは……夕華からの文だったか
口元が綻ぶのが自分でも分かる
「あいつが文を寄越すとはな」
「夕華様が仙台を離れなければ、無かったことですな」
喜多のお作法教室とやらの中には、文字の読み書きも含まれていたらしいしな
文字が読めないわけではないが、夕華が育った時代とは文字の書き方が大きく違っていたらしい
「みみずが這ったような字ですね……」と言われたのは未だに覚えている
「……ほお、花見か」
「西の方では桜が咲き始めたとか」
「奥州はまだまだだな
雪こそ降らねぇが、桜が咲くほど暖かくはねぇ」
筆に墨をつけて、ふと気付く
あいつ、この時代の文はもう読めるんだったか?
「……小十郎」
「はっ」
「夕華は文字は……読めるんだよな?」
「はい、義姉によりますれば、それほど癖のない字であれば、とのこと」
「OK!
だったら問題ねぇな」
余分につけた分の墨を落として、紙に筆を走らせる
夕華が読みやすいように気を配って、そこに文を認めた
花見の時は成実と一緒に帰って来い、と付け加えて
「小十郎、原田に頼む」
「承知いたしました」
小十郎も幾分か優し気に双眸を緩めて、残りの書簡と一緒に手にして部屋を出ていった
ふう、と筆をおいて肩を揉む
……しまった、読んだら燃やせって書き足すのを忘れてた
お祝いの言葉を述べる書簡も少なくなってきて、大分成実さんも落ち着いた、今日この頃
西の方では桜が咲き始めたらしい
奥州でお花見ができるのはまだまだ先……だそうだ
「あ、夕華」
「はい?」
「悪いけど俺の部屋から墨を持ってきてくれねえか?」
「墨だけですか?」
「あー、じゃああと紙も」
「ふふっ……お疲れ様です」
労いの言葉をかけて、成実さんの部屋から、積んである墨と紙を手に取って部屋を出ようとして
「あ……」
髪に手をやって気付いた
簪、付け忘れてる
「失くしたくなくて、付けなかったんだけど……」
今や一国の姫、そういうところには気を配ってもいいだろう
なるべく仙台にいた頃と同じような生活ができるように、お城の人たちからは配慮を受けてるけど
郷に入っては郷に従えって言葉もあるし……
隣にある私の部屋から、簪もついでに持ち出した
「成実さーん」
「お、ご苦労さん!」
丁度ひと区切りがついたのか、成実さんは湯呑を手に私を迎えた
休憩中の成実さんの邪魔にならないところに紙と墨を置く
「姫様、お茶は」
「お願いします」
小姓に私の分のお茶もお願いして、成実さんの少し後ろに座る
懐から簪を取り出して、髪を纏めて挿した
「それ、まだ使ってたのか」
「え?」
仕事をしてるんだと思ってた成実さんが、頬杖をついて私を見ていて
それ、とは私が今使った簪のことらしい
「その簪、俺が去年買ってやったやつだろ」
「ああ、はい
成実さんからの贈り物ですし
私自身が気に入ってるんで」
「そっか
それならいいんだけど」
成実さんの手が、簪を取った
纏めた髪がパラリと解けていく
「結構細かい傷とかあるな」
「まあ……一年くらい使ってますからね」
「よし、今度城下で新しいのでも買うか」
「えっ」
これ、まだ使えるのになあ……
成実さんが髪を纏めなおして、簪を挿してくれた
「……別に、これを捨てろとか言ってねえぞ」
「へ?」
「ただ、お前には、何っつうか……
ずっと綺麗でいてほしいし……」
「し……成実さん……」
「だーもう!
とりあえず行くぞ、城下!」
「今からですか!?」
「おう!」
「成実さん、執務!」
「帰ってやる!」
「そんなこと言ってのらりくらりと言い訳して、明日に持ち込むんじゃないですか!?」
「んなことするわけねえだろ!
梵じゃあるまいし!!
ほら、行くぞ!」
「ちょっと!!」
成実さんに腕を引かれて、私は半ば引っ張られるように城外へ出た
後で家臣に怒られても私は知らない
* * *
失礼いたします、と声が聞こえて、返事をする
小十郎の手にある書簡を見て、俺はため息をついた
「そう肩を落とされますな
治める地が増えればご政務も増えるのは自明のことです」
「I know.
全部寄越せ、すぐに終わらせる」
「こちらに
書状は伝令役に持っていかせまするが」
「そっちの箱に入ってる分だ」
「御意」
カタン、と箱を動かす音がして、小十郎が左目の視界の端に映り込む
と思うと、一通の書簡をわざとらしく置いていった
「これは何だ?」
「差出人は文を見れば一目瞭然かと」
悪戯のような笑みを持たせた口元を睨みつけて、封を切る
見たことの無い字……楷書で書かれた文とは珍しい
記憶の中にある相手の中には楷書を使う者はいなかったはずで、小首を傾げながら文を読んだ
『拝啓、藤次郎兄様
春の気配が近くなった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか』
これは……夕華からの文だったか
口元が綻ぶのが自分でも分かる
「あいつが文を寄越すとはな」
「夕華様が仙台を離れなければ、無かったことですな」
喜多のお作法教室とやらの中には、文字の読み書きも含まれていたらしいしな
文字が読めないわけではないが、夕華が育った時代とは文字の書き方が大きく違っていたらしい
「みみずが這ったような字ですね……」と言われたのは未だに覚えている
「……ほお、花見か」
「西の方では桜が咲き始めたとか」
「奥州はまだまだだな
雪こそ降らねぇが、桜が咲くほど暖かくはねぇ」
筆に墨をつけて、ふと気付く
あいつ、この時代の文はもう読めるんだったか?
「……小十郎」
「はっ」
「夕華は文字は……読めるんだよな?」
「はい、義姉によりますれば、それほど癖のない字であれば、とのこと」
「OK!
だったら問題ねぇな」
余分につけた分の墨を落として、紙に筆を走らせる
夕華が読みやすいように気を配って、そこに文を認めた
花見の時は成実と一緒に帰って来い、と付け加えて
「小十郎、原田に頼む」
「承知いたしました」
小十郎も幾分か優し気に双眸を緩めて、残りの書簡と一緒に手にして部屋を出ていった
ふう、と筆をおいて肩を揉む
……しまった、読んだら燃やせって書き足すのを忘れてた
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