第十五話 平穏
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翌日、お昼過ぎに成実さんは目を覚ました
「……あれ、俺……?」
ぼんやりと天井を見上げる成実さんが、起き上がろうと身体を捩って
「う……ッ!」
「まだ起き上がっちゃだめですよ」
悶えた成実さんの額にある手ぬぐいを取り替える
「夕華……?」
「はい、夕華です」
「そ、か……俺は、川越で……」
目を閉じた成実さんがそう呟いて、私を見つめた
「お前の怪我は大丈夫か?」
「はい、大きな怪我でもないので」
小袖から見えてしまう包帯
深い傷というわけではないんだけど、右腕のあちこちがスパッと切れているので、痛いといえば痛い
「梵は……」
「兄様もお部屋でお休みです」
「……そっか」
目を閉じた成実さんが、苦し気に呻く
微かに寄せられた眉根が傷の深さを物語っていた
「成実さんが目を覚ましたって報告してきます
原田さん、心配されてましたから」
「……頼む」
それだけを何とか吐き出した成実さんが、再び意識を手放す
本調子でもないのに起き上がろうとするからだ
「今は、ゆっくりと休んでください」
成実さんに声をかけて、お部屋を出る
小十郎さん達は兄様の部屋にはいなかったので、小十郎さんのお部屋を覗いてみると
「夕華様」
「あ、綱元さんに原田さん
小十郎さんは……?」
「小十郎様なら、今は厠に」
と、こちらへ戻ってくる重い足音が聞こえて、部屋の主が戻ってきた
「夕華様……!
申し訳ございませぬ、ご足労を」
「いいえ、皆さんは戦の処理に追われていてお忙しいでしょうから……」
「お気遣い、痛み入ります
して、このようなところに御用とは?」
「あっ、そうでした
成実さんが目を覚ましたので、一応のご報告に」
「そうでしたか……安房殿が」
原田さんがホッと安堵の息をつく
綱元さんも表情を和らげた
「とはいっても、すぐにまた眠ってしまわれたので……」
「まぁ、成実は政宗様以上に深手を負っていましたからね」
「受け答えははっきりしていましたか?」
小十郎さんの問いに頷く
少しの会話だったけど、ちゃんと受け答えは出来ていた
「ならば、問題は無いでしょう」
「そうですね
政宗様は如何ですか?」
「政宗様はもうお目覚めだ
起き上がれるほどには、まだ回復なさっておられねぇが」
「昨日の今日で起き上がれるならば、重傷とは言いますまい
ふふ、それでは俺は、可愛い我が主を甘やかして参ります」
ご機嫌な綱元さんがお部屋を出ていく
甘やかすなんて……綱元さんか小十郎さんくらいにしかできない発言だ
「……確かに、普段は生意気で憎たらしいというか」
「はは……あれでいてお可愛らしいところもあるのですよ、夕華様」
「そうですねぇ
そんな殿が大人しいと、ただただ可愛らしいばかりです」
「……皆さんって、兄様のことを幼い頃からご存じなんですよね」
「ええ、昔の殿はそれはそれは荒れていて、家中からも良い目では見られていませんでした」
「そんな時だったな、俺が梵天丸の傅役に命じられたのは」
「そうでしたね……」
あの兄様が荒れていたとは……驚きだ
五歳くらいなんて可愛い話がてんこ盛りみたいな時期のはずなのに……
「……右目を失明されてからは、内に引き籠るようになってしまわれたものでしたが」
「懐かしい話だな」
「それからしばらく経ってからでしたよね、小十郎様が家中の家老やらを殴って大騒ぎになった上に、梵天丸様の右目を抉り出したのは」
「そうだったな……
当初は俺が右目になって差し上げなければと青臭いことを思ったが……まぁ、今となっちゃあそれが始まりだったな」
「兄様にそんな過去が……」
小十郎さん、家老を殴ったのか……
相当頭に来てたんだろうな……
「それ以降は、以前のように快活になられまして
当時の梵天丸様は、それはそれはお可愛らしく、聡明で好奇心旺盛で……」
「それまでが本当に大変でした……」
「殿もでしたが、小十郎様も相当荒れてましたからね、出会った頃は
毎日毎日梵天丸様と大きな傷を作っては……
本当に心配しましたよ、荒療治にも程があります」
「……悪かったな」
「……あれ?
原田さんっておいくつでしたっけ」
「三十です」
「えぇ!?」
「殿も言っていたでしょう?
小十郎様は歳以上に老けておられると」
「おい原田」
「小十郎様と私が一つ違いとは到底思われませんよ……」
原田さんの言葉はごもっとも
どう考えたって小十郎さんの方が年上に見える
「……ゴホン、ともかく
そのときの小十郎の役目は、梵天丸に剣術を教えることでした」
「荒れてはいましたが、剣の腕は確かでしたから
毎日のように怒鳴り合いが響く米沢城でしたね」
「……そうだったな」
小十郎さんがばつの悪い顔になる
主相手にやりすぎたと思っているのだろう
「……そうやってぶつかるうちに、兄様の信頼を得ていったんですね」
「そういうことにしていただけると助かります……」
「ふふ、小十郎様が可哀想ですし、何より殿の居らぬところで昔話をしようものなら、殿が怒りますからね
本当は殿の可愛らしい話などいくらでもあるのですが……
ここまでにしておきましょうか」
「えっ、それすごく気になるんですが!!」
「私よりも小十郎様のほうがたくさんご存知ですよ」
「そうなんですか、小十郎さん!?」
「夕華様、何卒ご容赦を……」
た、確かに、自分の知らないところで過去の話をされたなら、絶対に怒るだろうな
私だって怒るもん……
ド短気な兄様が怒らないわけないか……
「そういえば、綱元さんが兄様のことを甘やかすって言ってましたけど……」
「……ご覧になるが宜しいでしょう」
視線を合わせない小十郎さんに不安を覚えつつ、兄様の部屋へと行ってみる
そっと中を覗くと……
「さ、政宗様
柿を剥いて参りました、手ずから食べさせて差し上げましょう」
「……お前が優しいと妙に怖いんだが、裏があったりしねぇだろうな」
「何を仰いますか、そのようなことあるはずがないでしょうに
さ、甘くて美味しいですよ」
「………」
「それとも、この綱元の老いた手では食べたくないと……」
「んなこと言ってねぇだろうが!」
……何だろう
傍目に見れば、主を献身的に看病する重臣の光景でいいはずなのに
綱元さんの笑顔が怖い気がするのは、どうしてなんだろう……
「悪いな、迷惑かける」
「いえいえとんでもございません
普段被っている迷惑に比べれば、大したことではありませぬ
快復なさってからも今のように穏やかであれば……とは常々思うておりますが」
絶対今のが本音だった!!
兄様を甘やかすなんてとんだ出まかせだ、やっぱりちょっとだけ嫌味がこもってた!!
だから小十郎さんがついて行きたがらなかったのか……と納得しながら、そっと兄様の部屋から離れた
……申し訳ないが、触らぬ鬼に嫌味無し、である
「……あれ、俺……?」
ぼんやりと天井を見上げる成実さんが、起き上がろうと身体を捩って
「う……ッ!」
「まだ起き上がっちゃだめですよ」
悶えた成実さんの額にある手ぬぐいを取り替える
「夕華……?」
「はい、夕華です」
「そ、か……俺は、川越で……」
目を閉じた成実さんがそう呟いて、私を見つめた
「お前の怪我は大丈夫か?」
「はい、大きな怪我でもないので」
小袖から見えてしまう包帯
深い傷というわけではないんだけど、右腕のあちこちがスパッと切れているので、痛いといえば痛い
「梵は……」
「兄様もお部屋でお休みです」
「……そっか」
目を閉じた成実さんが、苦し気に呻く
微かに寄せられた眉根が傷の深さを物語っていた
「成実さんが目を覚ましたって報告してきます
原田さん、心配されてましたから」
「……頼む」
それだけを何とか吐き出した成実さんが、再び意識を手放す
本調子でもないのに起き上がろうとするからだ
「今は、ゆっくりと休んでください」
成実さんに声をかけて、お部屋を出る
小十郎さん達は兄様の部屋にはいなかったので、小十郎さんのお部屋を覗いてみると
「夕華様」
「あ、綱元さんに原田さん
小十郎さんは……?」
「小十郎様なら、今は厠に」
と、こちらへ戻ってくる重い足音が聞こえて、部屋の主が戻ってきた
「夕華様……!
申し訳ございませぬ、ご足労を」
「いいえ、皆さんは戦の処理に追われていてお忙しいでしょうから……」
「お気遣い、痛み入ります
して、このようなところに御用とは?」
「あっ、そうでした
成実さんが目を覚ましたので、一応のご報告に」
「そうでしたか……安房殿が」
原田さんがホッと安堵の息をつく
綱元さんも表情を和らげた
「とはいっても、すぐにまた眠ってしまわれたので……」
「まぁ、成実は政宗様以上に深手を負っていましたからね」
「受け答えははっきりしていましたか?」
小十郎さんの問いに頷く
少しの会話だったけど、ちゃんと受け答えは出来ていた
「ならば、問題は無いでしょう」
「そうですね
政宗様は如何ですか?」
「政宗様はもうお目覚めだ
起き上がれるほどには、まだ回復なさっておられねぇが」
「昨日の今日で起き上がれるならば、重傷とは言いますまい
ふふ、それでは俺は、可愛い我が主を甘やかして参ります」
ご機嫌な綱元さんがお部屋を出ていく
甘やかすなんて……綱元さんか小十郎さんくらいにしかできない発言だ
「……確かに、普段は生意気で憎たらしいというか」
「はは……あれでいてお可愛らしいところもあるのですよ、夕華様」
「そうですねぇ
そんな殿が大人しいと、ただただ可愛らしいばかりです」
「……皆さんって、兄様のことを幼い頃からご存じなんですよね」
「ええ、昔の殿はそれはそれは荒れていて、家中からも良い目では見られていませんでした」
「そんな時だったな、俺が梵天丸の傅役に命じられたのは」
「そうでしたね……」
あの兄様が荒れていたとは……驚きだ
五歳くらいなんて可愛い話がてんこ盛りみたいな時期のはずなのに……
「……右目を失明されてからは、内に引き籠るようになってしまわれたものでしたが」
「懐かしい話だな」
「それからしばらく経ってからでしたよね、小十郎様が家中の家老やらを殴って大騒ぎになった上に、梵天丸様の右目を抉り出したのは」
「そうだったな……
当初は俺が右目になって差し上げなければと青臭いことを思ったが……まぁ、今となっちゃあそれが始まりだったな」
「兄様にそんな過去が……」
小十郎さん、家老を殴ったのか……
相当頭に来てたんだろうな……
「それ以降は、以前のように快活になられまして
当時の梵天丸様は、それはそれはお可愛らしく、聡明で好奇心旺盛で……」
「それまでが本当に大変でした……」
「殿もでしたが、小十郎様も相当荒れてましたからね、出会った頃は
毎日毎日梵天丸様と大きな傷を作っては……
本当に心配しましたよ、荒療治にも程があります」
「……悪かったな」
「……あれ?
原田さんっておいくつでしたっけ」
「三十です」
「えぇ!?」
「殿も言っていたでしょう?
小十郎様は歳以上に老けておられると」
「おい原田」
「小十郎様と私が一つ違いとは到底思われませんよ……」
原田さんの言葉はごもっとも
どう考えたって小十郎さんの方が年上に見える
「……ゴホン、ともかく
そのときの小十郎の役目は、梵天丸に剣術を教えることでした」
「荒れてはいましたが、剣の腕は確かでしたから
毎日のように怒鳴り合いが響く米沢城でしたね」
「……そうだったな」
小十郎さんがばつの悪い顔になる
主相手にやりすぎたと思っているのだろう
「……そうやってぶつかるうちに、兄様の信頼を得ていったんですね」
「そういうことにしていただけると助かります……」
「ふふ、小十郎様が可哀想ですし、何より殿の居らぬところで昔話をしようものなら、殿が怒りますからね
本当は殿の可愛らしい話などいくらでもあるのですが……
ここまでにしておきましょうか」
「えっ、それすごく気になるんですが!!」
「私よりも小十郎様のほうがたくさんご存知ですよ」
「そうなんですか、小十郎さん!?」
「夕華様、何卒ご容赦を……」
た、確かに、自分の知らないところで過去の話をされたなら、絶対に怒るだろうな
私だって怒るもん……
ド短気な兄様が怒らないわけないか……
「そういえば、綱元さんが兄様のことを甘やかすって言ってましたけど……」
「……ご覧になるが宜しいでしょう」
視線を合わせない小十郎さんに不安を覚えつつ、兄様の部屋へと行ってみる
そっと中を覗くと……
「さ、政宗様
柿を剥いて参りました、手ずから食べさせて差し上げましょう」
「……お前が優しいと妙に怖いんだが、裏があったりしねぇだろうな」
「何を仰いますか、そのようなことあるはずがないでしょうに
さ、甘くて美味しいですよ」
「………」
「それとも、この綱元の老いた手では食べたくないと……」
「んなこと言ってねぇだろうが!」
……何だろう
傍目に見れば、主を献身的に看病する重臣の光景でいいはずなのに
綱元さんの笑顔が怖い気がするのは、どうしてなんだろう……
「悪いな、迷惑かける」
「いえいえとんでもございません
普段被っている迷惑に比べれば、大したことではありませぬ
快復なさってからも今のように穏やかであれば……とは常々思うておりますが」
絶対今のが本音だった!!
兄様を甘やかすなんてとんだ出まかせだ、やっぱりちょっとだけ嫌味がこもってた!!
だから小十郎さんがついて行きたがらなかったのか……と納得しながら、そっと兄様の部屋から離れた
……申し訳ないが、触らぬ鬼に嫌味無し、である
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