78章
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トロデーン城の入口で大泣きしながらお別れをして、三人を見送ったのが十日前のこと。
復活したその日から、トロデーン城は日常を取り戻し始めた。
ラプソーンを倒して私を復活させる、なんていうとんでもないことを成し遂げたエイトは、今日から一ヶ月の休養を命じられた。
私もエイトと同じ期間の休みをもらっても良かったけど、私自身はラプソーンを倒す戦いには参加していないから、十日間だけ休みをもらって、近衛兵の仕事に復帰している。
エイトは「一年くらい休暇がほしかった」と冗談のように言っていたけど、エイトなら半年くらい休暇があってもよかったんじゃないかな、というのは私の感想だ。
お昼になって、食堂でみんなとご飯を食べながら、私は何度も手を握ったり開いたりした。
(なんか、なんていうか……)
食堂の中は、近衛兵と一般兵も一緒になっているから、結構ガヤガヤしている。
その喧騒すらもどこか遠い出来事のようで……。
有り体に言えば、現実味がなかった。
「どうしたんだ? ぼーっとして、食べないのか?」
「あっ、隊長……。その……いまいち現実味がないなぁって」
「城が復活したことか?」
「それもあるんですけど、自分が生きてることに……」
夢でも見ているみたいに、なんだか心がふわふわしている。
ひょっとするとこれは本当に夢で、この夢から醒めたら、私はいよいよ消滅してしまうんじゃないか。
そんなふうなことを、ずっと考えている。
隊長は何も言わずに私の前に座った。
「エイトはまだ休暇中なんだな」
「暗黒神を倒した張本人ですからねぇ。さすがにきついですよ」
「お前だって、長く苦しい旅を続けてくれたじゃないか」
「……私は、暗黒神との最終決戦には参加していないので。疲労感もありませんし、休むよりは働いてるほうが性に合うというか」
「ワーカーホリックは感心しないな」
「げぇ、そんなんじゃないです。勘弁してください」
はははと笑った隊長がパンをちぎって口へと放り込む。
私もスープを飲んで、パンにバターを塗った。
働いている方が性に合うというのは本当。
ただ、本当の理由は……何かしていないと、ひどく落ち着かないからだ。
一週間だけ休みをもらったけど、その時でさえ何もしていないのが落ち着かなくて、城の雑用を手伝っていたくらいだ。
もちろん陛下と姫様に見つかって怒られたけど。
「城を救う旅がお前を成長させたんだろうなぁ。お転婆で騒がしかったお前がいなくなって、少し寂しいよ」
「そりゃあ色々ありましたから」
曖昧な一言で返して、パンを口に押し込む。
それからスープを飲み干して、トレーを持って席を立った。
「お先です」
「おう、ゆっくりしとけ」
隊長に頭を下げて、カウンターのおばちゃんにトレーを渡す。
……賑やかで、活気に溢れるトロデーン城。
やっぱり実感が沸かないや。
「……まぁ、私が暗黒神を倒したわけじゃないもんな」
なんだか私まで英雄扱いされてるけど、私は暗黒神退治をみんなに任せて、死んじゃったもんな。
私は英雄でも救世主でもなんでもなくて……。
本当なら、私はここにいないはずだった。
なのに──いいのかなぁ、こんな幸せをもらって。
生きていること自体がありえないことで、幸福なことなのに。
……またこうして、トロデーン城のみんなと暮らすなんて日常、私が受け取っちゃってもいいのかなぁ。
* * *
「──うーん……」
僕の目の前には、色とりどりの花がいい香りを漂わせている。
花屋の前で、何度目かの唸り声が喉から出てきた。
お店の人も「いつまで悩んでんだ」と言いたげな笑顔だ。
そりゃあ僕だってさっさと決めてしまいたいけど、こういう時に渡すものは慎重に選ばないと……。
「まあ、エイト? 何をしているの?」
「え、わ、ミーティア姫」
遠くから声が掛かったかと思ったら、ミーティア姫がこちらへと足早に歩いてきた。
艶のある黒い髪が、陽光を受けてキラキラと輝く。
……そういうところで、やっぱりレイラと姫はちょっとだけ血筋を感じる。
でもトロデ王曰く、姫は母君と瓜二つなんだったっけ。
でも黒髪に緑の瞳は、さほど珍しくもないか。
「今日はお休みなのよね? お買い物の邪魔をしてしまったかしら」
「いえ、邪魔などと……」
「お花を買うの? レイラに渡すのかしら!」
「はい、そのつもりで……。……昨日まで休暇だったくせに、レイラが全然捕まらなくて、伝えられなかったので」
何をとは言わずにそうぼかして伝えると、小首を傾げた姫が「はっ」と息を呑んだ。
「プロポーズね!?」
「声が大きいです」
「ご、ごめんなさい! それでお花屋さんの前で悩んでいたのね……!」
「内緒話の域まで声量を落とさなくても大丈夫ですよ」
ああなんだか、少し前のレイラを思い出すなぁ。
旅をするにつれて、レイラはどんどん大人びていった。
それが悪いわけじゃないけど……旅に出たばかりの頃の、賑やかで底抜けに明るかったあの子が、少し懐かしい。
「レイラの好きな花は知らないの?」
「聞いたことがなくて……。花とは無縁の生活を送ってきてしまったので」
「花言葉に絡めてみるのはどう?」
「花言葉……どんなものがあるんですか?」
「そうねぇ、今ある花だと……」
露店の軒先に並んだ花を眺め、姫が一本の花を取る。
小ぶりな白い花が一本の茎にたくさん咲いている、可愛らしい花だ。
「それは?」
「ストックよ。花言葉は愛の絆、豊かな愛、永遠の恋。ガラスの花瓶に挿して渡すのも、素敵だと思いませんこと?」
なるほど、それならプロポーズにもってこいだ。
レイラは花瓶も持っていないだろうから、花瓶ごと渡してあげるときっと喜ぶ。
「さすがミーティア姫ですね。ありがとうございます」
「お役に立てたなら何よりですわ。……ねぇエイト、ちゃんとレイラのことを幸せにしてあげてね」
どこか寂しそうな横顔がそう言って、首を傾げる。
もちろん、レイラは僕が絶対に幸せにすると決めているけど……なぜそんなことを?
「レイラは一度だけ、死んでしまったでしょう? だから、色んなものを欲しがらないようになってしまったと感じるの」
「……」
「だからエイト、ちゃんとレイラの我儘に振り回されてあげてね? それが約束できなければ、ミーティアはエイトにレイラをあげられませんわ!」
そう言って笑うミーティア姫に、僕はしっかりと頷いた。
もちろんそのつもりだ。
十年間、片想いをしてきたんだから。
レイラの我儘なら、喜んで振り回されてやる。
生きているだけで十分だなんて、言わせない。
復活したその日から、トロデーン城は日常を取り戻し始めた。
ラプソーンを倒して私を復活させる、なんていうとんでもないことを成し遂げたエイトは、今日から一ヶ月の休養を命じられた。
私もエイトと同じ期間の休みをもらっても良かったけど、私自身はラプソーンを倒す戦いには参加していないから、十日間だけ休みをもらって、近衛兵の仕事に復帰している。
エイトは「一年くらい休暇がほしかった」と冗談のように言っていたけど、エイトなら半年くらい休暇があってもよかったんじゃないかな、というのは私の感想だ。
お昼になって、食堂でみんなとご飯を食べながら、私は何度も手を握ったり開いたりした。
(なんか、なんていうか……)
食堂の中は、近衛兵と一般兵も一緒になっているから、結構ガヤガヤしている。
その喧騒すらもどこか遠い出来事のようで……。
有り体に言えば、現実味がなかった。
「どうしたんだ? ぼーっとして、食べないのか?」
「あっ、隊長……。その……いまいち現実味がないなぁって」
「城が復活したことか?」
「それもあるんですけど、自分が生きてることに……」
夢でも見ているみたいに、なんだか心がふわふわしている。
ひょっとするとこれは本当に夢で、この夢から醒めたら、私はいよいよ消滅してしまうんじゃないか。
そんなふうなことを、ずっと考えている。
隊長は何も言わずに私の前に座った。
「エイトはまだ休暇中なんだな」
「暗黒神を倒した張本人ですからねぇ。さすがにきついですよ」
「お前だって、長く苦しい旅を続けてくれたじゃないか」
「……私は、暗黒神との最終決戦には参加していないので。疲労感もありませんし、休むよりは働いてるほうが性に合うというか」
「ワーカーホリックは感心しないな」
「げぇ、そんなんじゃないです。勘弁してください」
はははと笑った隊長がパンをちぎって口へと放り込む。
私もスープを飲んで、パンにバターを塗った。
働いている方が性に合うというのは本当。
ただ、本当の理由は……何かしていないと、ひどく落ち着かないからだ。
一週間だけ休みをもらったけど、その時でさえ何もしていないのが落ち着かなくて、城の雑用を手伝っていたくらいだ。
もちろん陛下と姫様に見つかって怒られたけど。
「城を救う旅がお前を成長させたんだろうなぁ。お転婆で騒がしかったお前がいなくなって、少し寂しいよ」
「そりゃあ色々ありましたから」
曖昧な一言で返して、パンを口に押し込む。
それからスープを飲み干して、トレーを持って席を立った。
「お先です」
「おう、ゆっくりしとけ」
隊長に頭を下げて、カウンターのおばちゃんにトレーを渡す。
……賑やかで、活気に溢れるトロデーン城。
やっぱり実感が沸かないや。
「……まぁ、私が暗黒神を倒したわけじゃないもんな」
なんだか私まで英雄扱いされてるけど、私は暗黒神退治をみんなに任せて、死んじゃったもんな。
私は英雄でも救世主でもなんでもなくて……。
本当なら、私はここにいないはずだった。
なのに──いいのかなぁ、こんな幸せをもらって。
生きていること自体がありえないことで、幸福なことなのに。
……またこうして、トロデーン城のみんなと暮らすなんて日常、私が受け取っちゃってもいいのかなぁ。
* * *
「──うーん……」
僕の目の前には、色とりどりの花がいい香りを漂わせている。
花屋の前で、何度目かの唸り声が喉から出てきた。
お店の人も「いつまで悩んでんだ」と言いたげな笑顔だ。
そりゃあ僕だってさっさと決めてしまいたいけど、こういう時に渡すものは慎重に選ばないと……。
「まあ、エイト? 何をしているの?」
「え、わ、ミーティア姫」
遠くから声が掛かったかと思ったら、ミーティア姫がこちらへと足早に歩いてきた。
艶のある黒い髪が、陽光を受けてキラキラと輝く。
……そういうところで、やっぱりレイラと姫はちょっとだけ血筋を感じる。
でもトロデ王曰く、姫は母君と瓜二つなんだったっけ。
でも黒髪に緑の瞳は、さほど珍しくもないか。
「今日はお休みなのよね? お買い物の邪魔をしてしまったかしら」
「いえ、邪魔などと……」
「お花を買うの? レイラに渡すのかしら!」
「はい、そのつもりで……。……昨日まで休暇だったくせに、レイラが全然捕まらなくて、伝えられなかったので」
何をとは言わずにそうぼかして伝えると、小首を傾げた姫が「はっ」と息を呑んだ。
「プロポーズね!?」
「声が大きいです」
「ご、ごめんなさい! それでお花屋さんの前で悩んでいたのね……!」
「内緒話の域まで声量を落とさなくても大丈夫ですよ」
ああなんだか、少し前のレイラを思い出すなぁ。
旅をするにつれて、レイラはどんどん大人びていった。
それが悪いわけじゃないけど……旅に出たばかりの頃の、賑やかで底抜けに明るかったあの子が、少し懐かしい。
「レイラの好きな花は知らないの?」
「聞いたことがなくて……。花とは無縁の生活を送ってきてしまったので」
「花言葉に絡めてみるのはどう?」
「花言葉……どんなものがあるんですか?」
「そうねぇ、今ある花だと……」
露店の軒先に並んだ花を眺め、姫が一本の花を取る。
小ぶりな白い花が一本の茎にたくさん咲いている、可愛らしい花だ。
「それは?」
「ストックよ。花言葉は愛の絆、豊かな愛、永遠の恋。ガラスの花瓶に挿して渡すのも、素敵だと思いませんこと?」
なるほど、それならプロポーズにもってこいだ。
レイラは花瓶も持っていないだろうから、花瓶ごと渡してあげるときっと喜ぶ。
「さすがミーティア姫ですね。ありがとうございます」
「お役に立てたなら何よりですわ。……ねぇエイト、ちゃんとレイラのことを幸せにしてあげてね」
どこか寂しそうな横顔がそう言って、首を傾げる。
もちろん、レイラは僕が絶対に幸せにすると決めているけど……なぜそんなことを?
「レイラは一度だけ、死んでしまったでしょう? だから、色んなものを欲しがらないようになってしまったと感じるの」
「……」
「だからエイト、ちゃんとレイラの我儘に振り回されてあげてね? それが約束できなければ、ミーティアはエイトにレイラをあげられませんわ!」
そう言って笑うミーティア姫に、僕はしっかりと頷いた。
もちろんそのつもりだ。
十年間、片想いをしてきたんだから。
レイラの我儘なら、喜んで振り回されてやる。
生きているだけで十分だなんて、言わせない。
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