72章
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祭壇の間──透明な階段を上って、岩で出来たアーチをくぐった先には、深紅の体表を持つ巨大な竜が眠っていた。
……これが、竜神王。
僕らの気配に気付いたのか、竜神王が目を閉じたまま顔をこちらに向け、鼻をひくひくさせる。
そうしてカッと目を見開き、低く唸り声を上げた。
『人間がなにゆえ、ここに現れる? ……そうか。我が贄となることを望むのだな? ならば望み通りにしてくれよう!』
「まだ何も言ってねぇってのに、問答無用かよぉ!?」
「言ったって通じるわけないでしょ! 相手は正気じゃないんだから!!」
「レイラの代わりにボケるのだけはやめてくれヤンガス!!」
「とにかくみんな、構えて!! 行くぞ!!」
ククールがタンバリンを叩いて、ゼシカがピオリムを唱える。
ふと思い出した僕は、フバフバチーズを取り出してトーポに食べさせた。
三口で食べきったトーポが息を吐き出し、僕らの周りを光の衣が包み込んだ。
「さすがエイト!」
「ゼシカ、避けろ!!」
ククールの声が竜神王の咆哮にかき消される。
竜神王がゼシカの頭上から牙を剥く。
避けたように思われたけど、ゼシカが腕を押えて膝をついた。
すかさずククールがベホマを唱えて、ゼシカが立ち上がる。
ヤンガスの兜割りが決まって、僕がはやぶさ斬りで続いた。
「ゼシカ、マジックバリアだ!」
「……! 分かったわ!」
ゼシカがマジックバリアを張った瞬間、竜神王が雄叫びを上げた。
マジックバリア越しでもビリビリと鼓膜が破れそうになる。
多少の傷は大したことないけど、竜神王の攻撃はまともに食らわなくてもかなりの深手を負わされる。
それが来なくても、灼熱の炎が皮膚を焦がすような勢いだ。
(……勝てるのか? こんな相手に、四人で……)
迷いが心の中に生まれる。
それが僕の動きを鈍くした。
避けろ、とククールが叫ぶ。
けれど頭上に気付くより先に、竜神王の牙が、僕の身体に深く突き刺さった。
目の前が暗くなって、体に力が入らなくなる。
ああ、こんなところで死ぬんだ。
僕……まだ、レイラとの約束を、果たしてないのに──。
さわさわと耳元で草が揺れる音。
ぱちりと目を開けると、空には竜が一匹、悠々と泳いでいる。
ここは……あの世?
すると僕は、竜神王と戦って……死んだのか。
手を握ったり開いたりしてみても、なんの感触もない。
起き上がってじっと手を見つめていると、誰かが僕と背中合わせに座ってきた。
誰だろうと振り返ろうとすると、「振り返るな」と優しい声が咎める。
「あなたは?」
「ふふ、名乗るほどの者じゃない、と答えておこうか」
「……」
「死んじまったなぁ、お前」
「……やっぱり、僕は死んだんだ」
今頃三人で、竜神王を相手に戦っているのかもしれない。
僕もそちらに戻らなければいけないんだろうけど、なんだか……もう、ひどく疲れてしまった。
戦う意味を見出せなくたったと言ったほうが正しいか。
「やめるか? 旅。ここで」
「う……ん、どうだろう……」
「今のお前は、戦えてない。そんな奴が戦場に戻ったって、足を引っ張るだけだよ」
「……でもまだ、あの子との約束が」
「約束なぁ。でも守れずに死んだろ?」
「……うん」
膝を抱えて蹲る。
どうしてか、この人の前では意地を張ることも出来ない。
だから心に正直になって、弱音を零すことしかできなかった。
「……戦う意味が見えなくなってしまったんだ。僕が守りたかった人は、もうこの世界のどこにもいない。守りたかった人を自分から犠牲にさせて……どうして僕は、それでも戦わなきゃいけないんだろう」
「……それが、約束だったからだろ?」
優しく寄り添うような声。
聞いたこともない声だったのに、どうしてか安心する。
約束、そうだ、僕は約束した。
暗黒神を倒すって、世界を平和にするって。
それは僕がそうすると答えたものではなかったかもしれないけど、でもあの子は僕らにその願いを託した。
「今ここでお前が足を止めたら、お前の大切な人が守りたかったものも全部、消えてなくなるんだ。それでも、もうここでお終いにするか?」
「……嫌だ」
「じゃあ立ち上がれ。立って歩け。前だけ見て、まっすぐ、ただひたすらにまっすぐ。後ろなんて振り返るな。お前の道は、前にしか伸びていないんだ」
背中合わせに座っていた人が、力強い声で僕の背中を押した。
にわかに手足に力が戻ってきて、急いで立ち上がる。
ここでのんびりしてる場合じゃない、早くみんなのところに戻らないと。
走り出そうとした僕の背中に、誰かの手が触れた。
「……本当に振り返ったら駄目なの」
「ああ、駄目だ。言ったろ、お前の道は前にしか伸びていないんだって。頑張れよ、エイト。俺たちはここから、お前のことを見守っていてやるから」
「……ねぇ、やっぱり名前だけでも教えて」
「いずれ知ることになる。俺が教えるわけにはいかない」
「そんなの……寂しいよ」
「寂しいか、そうだよなぁ。……お前、ずっと寂しい思いしてたんだもんな。悪かったよ、お前のことを守ってやれなくて。本当は守りたかったんだ、お前のことも、あの人のことも。でも何も出来なかった。人間なんて、所詮そんなものなのかもな」
後悔のような言葉を並べて、その人が「でも」と否定する。
「お前はまだ、間に合うだろ?」
「──」
「こんなところで諦めるなよ。だってお前には力がある、仲間もいる。人間ひとりが成せることなんてほんの少しだけど、人間が集まれば、できることはうんと増えるもんだ」
「……うん」
「大丈夫。神様は頑張った奴のことはちゃんと見てる。ご褒美くらいくれるさ、世界を救うなんて偉業を成し遂げれば。……そら、もう行け。いいか、振り返るなよ、分かったか」
「うん。……ありがとう、見知らぬ人」
ぽん、と背を叩かれ、その人がこちらに背を向ける気配。
そうしてその人は、立ち去る間際に、小さな声で言った。
「……大きくなったな、エイト」
はく、と喉が空気を呑む。
振り返りたい衝動に駆られて、それを押さえ込んで走る。
知らないうちに涙が溢れて、それを拭うことも出来ずに僕は走った。
(……父さん。父さん、父さん──)
振り返らないと決めた。
前だけを見て進むと決めた。
それでも、振り返ってしまいたかった。
あなたの存在を探していたんだと、そう叫んで抱き締めたかった。
顔も名前も知らない、だけど僕をこの世に産んでくれた両親。
いつか会えるだろうか。
暗黒神を倒して、平和になった世界を生きて、生き抜いて、天寿を全うできたときには、きっと──。
心の奥で、声が何度も呼びかける。
仲間の声だ、僕を呼ぶみんなの声が聞こえる。
その声に返事をして、光の中へと飛び込んだ──。
「……立ち止まるな。振り返るな。お前の道は、前にしか伸びていない」
風に吹かれる草原で、その人は去っていく姿を見つめて呟いた。
背後に大きな竜が降り立ち、そっと隣に歩み寄る。
「泣いてたわ、あの子」
「強くなっても、まだ十八だもんな。酷な旅をここまでよく頑張ったと思うよ」
「そうね。……本当に、よく頑張ってるわ。ねぇ、あの子、あなたにそっくりだったわね」
「はは。そりゃまぁ、あのクラビウスが俺と見間違えるくらいだしなぁ──」
草原に風が吹く。
眩い光はとうになく、どこまでも澄み切った青空と、永遠に続く緑の野原が広がっているだけだった。
……これが、竜神王。
僕らの気配に気付いたのか、竜神王が目を閉じたまま顔をこちらに向け、鼻をひくひくさせる。
そうしてカッと目を見開き、低く唸り声を上げた。
『人間がなにゆえ、ここに現れる? ……そうか。我が贄となることを望むのだな? ならば望み通りにしてくれよう!』
「まだ何も言ってねぇってのに、問答無用かよぉ!?」
「言ったって通じるわけないでしょ! 相手は正気じゃないんだから!!」
「レイラの代わりにボケるのだけはやめてくれヤンガス!!」
「とにかくみんな、構えて!! 行くぞ!!」
ククールがタンバリンを叩いて、ゼシカがピオリムを唱える。
ふと思い出した僕は、フバフバチーズを取り出してトーポに食べさせた。
三口で食べきったトーポが息を吐き出し、僕らの周りを光の衣が包み込んだ。
「さすがエイト!」
「ゼシカ、避けろ!!」
ククールの声が竜神王の咆哮にかき消される。
竜神王がゼシカの頭上から牙を剥く。
避けたように思われたけど、ゼシカが腕を押えて膝をついた。
すかさずククールがベホマを唱えて、ゼシカが立ち上がる。
ヤンガスの兜割りが決まって、僕がはやぶさ斬りで続いた。
「ゼシカ、マジックバリアだ!」
「……! 分かったわ!」
ゼシカがマジックバリアを張った瞬間、竜神王が雄叫びを上げた。
マジックバリア越しでもビリビリと鼓膜が破れそうになる。
多少の傷は大したことないけど、竜神王の攻撃はまともに食らわなくてもかなりの深手を負わされる。
それが来なくても、灼熱の炎が皮膚を焦がすような勢いだ。
(……勝てるのか? こんな相手に、四人で……)
迷いが心の中に生まれる。
それが僕の動きを鈍くした。
避けろ、とククールが叫ぶ。
けれど頭上に気付くより先に、竜神王の牙が、僕の身体に深く突き刺さった。
目の前が暗くなって、体に力が入らなくなる。
ああ、こんなところで死ぬんだ。
僕……まだ、レイラとの約束を、果たしてないのに──。
さわさわと耳元で草が揺れる音。
ぱちりと目を開けると、空には竜が一匹、悠々と泳いでいる。
ここは……あの世?
すると僕は、竜神王と戦って……死んだのか。
手を握ったり開いたりしてみても、なんの感触もない。
起き上がってじっと手を見つめていると、誰かが僕と背中合わせに座ってきた。
誰だろうと振り返ろうとすると、「振り返るな」と優しい声が咎める。
「あなたは?」
「ふふ、名乗るほどの者じゃない、と答えておこうか」
「……」
「死んじまったなぁ、お前」
「……やっぱり、僕は死んだんだ」
今頃三人で、竜神王を相手に戦っているのかもしれない。
僕もそちらに戻らなければいけないんだろうけど、なんだか……もう、ひどく疲れてしまった。
戦う意味を見出せなくたったと言ったほうが正しいか。
「やめるか? 旅。ここで」
「う……ん、どうだろう……」
「今のお前は、戦えてない。そんな奴が戦場に戻ったって、足を引っ張るだけだよ」
「……でもまだ、あの子との約束が」
「約束なぁ。でも守れずに死んだろ?」
「……うん」
膝を抱えて蹲る。
どうしてか、この人の前では意地を張ることも出来ない。
だから心に正直になって、弱音を零すことしかできなかった。
「……戦う意味が見えなくなってしまったんだ。僕が守りたかった人は、もうこの世界のどこにもいない。守りたかった人を自分から犠牲にさせて……どうして僕は、それでも戦わなきゃいけないんだろう」
「……それが、約束だったからだろ?」
優しく寄り添うような声。
聞いたこともない声だったのに、どうしてか安心する。
約束、そうだ、僕は約束した。
暗黒神を倒すって、世界を平和にするって。
それは僕がそうすると答えたものではなかったかもしれないけど、でもあの子は僕らにその願いを託した。
「今ここでお前が足を止めたら、お前の大切な人が守りたかったものも全部、消えてなくなるんだ。それでも、もうここでお終いにするか?」
「……嫌だ」
「じゃあ立ち上がれ。立って歩け。前だけ見て、まっすぐ、ただひたすらにまっすぐ。後ろなんて振り返るな。お前の道は、前にしか伸びていないんだ」
背中合わせに座っていた人が、力強い声で僕の背中を押した。
にわかに手足に力が戻ってきて、急いで立ち上がる。
ここでのんびりしてる場合じゃない、早くみんなのところに戻らないと。
走り出そうとした僕の背中に、誰かの手が触れた。
「……本当に振り返ったら駄目なの」
「ああ、駄目だ。言ったろ、お前の道は前にしか伸びていないんだって。頑張れよ、エイト。俺たちはここから、お前のことを見守っていてやるから」
「……ねぇ、やっぱり名前だけでも教えて」
「いずれ知ることになる。俺が教えるわけにはいかない」
「そんなの……寂しいよ」
「寂しいか、そうだよなぁ。……お前、ずっと寂しい思いしてたんだもんな。悪かったよ、お前のことを守ってやれなくて。本当は守りたかったんだ、お前のことも、あの人のことも。でも何も出来なかった。人間なんて、所詮そんなものなのかもな」
後悔のような言葉を並べて、その人が「でも」と否定する。
「お前はまだ、間に合うだろ?」
「──」
「こんなところで諦めるなよ。だってお前には力がある、仲間もいる。人間ひとりが成せることなんてほんの少しだけど、人間が集まれば、できることはうんと増えるもんだ」
「……うん」
「大丈夫。神様は頑張った奴のことはちゃんと見てる。ご褒美くらいくれるさ、世界を救うなんて偉業を成し遂げれば。……そら、もう行け。いいか、振り返るなよ、分かったか」
「うん。……ありがとう、見知らぬ人」
ぽん、と背を叩かれ、その人がこちらに背を向ける気配。
そうしてその人は、立ち去る間際に、小さな声で言った。
「……大きくなったな、エイト」
はく、と喉が空気を呑む。
振り返りたい衝動に駆られて、それを押さえ込んで走る。
知らないうちに涙が溢れて、それを拭うことも出来ずに僕は走った。
(……父さん。父さん、父さん──)
振り返らないと決めた。
前だけを見て進むと決めた。
それでも、振り返ってしまいたかった。
あなたの存在を探していたんだと、そう叫んで抱き締めたかった。
顔も名前も知らない、だけど僕をこの世に産んでくれた両親。
いつか会えるだろうか。
暗黒神を倒して、平和になった世界を生きて、生き抜いて、天寿を全うできたときには、きっと──。
心の奥で、声が何度も呼びかける。
仲間の声だ、僕を呼ぶみんなの声が聞こえる。
その声に返事をして、光の中へと飛び込んだ──。
「……立ち止まるな。振り返るな。お前の道は、前にしか伸びていない」
風に吹かれる草原で、その人は去っていく姿を見つめて呟いた。
背後に大きな竜が降り立ち、そっと隣に歩み寄る。
「泣いてたわ、あの子」
「強くなっても、まだ十八だもんな。酷な旅をここまでよく頑張ったと思うよ」
「そうね。……本当に、よく頑張ってるわ。ねぇ、あの子、あなたにそっくりだったわね」
「はは。そりゃまぁ、あのクラビウスが俺と見間違えるくらいだしなぁ──」
草原に風が吹く。
眩い光はとうになく、どこまでも澄み切った青空と、永遠に続く緑の野原が広がっているだけだった。
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