63章
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肩に乗る重みが増した事に気付いて、僕はそっとレイラの体を横たえた。
そのまま寝かせるのは服が汚れてしまうから、僕のロングジレを床に広げて、その上にレイラをそっと寝かせる。
レイラは夢の中でも僕たちに向かって謝っているのか、寝顔は穏やかとはほど遠い。
「……ねえエイト。私たち、これからどうなっちゃうのかしら……」
ゼシカの呟きに顔を上げると、いつもは溌剌として勝ち気な眉尻が下がっている。
あのヤンガスでさえ、ここに来てからは騒ごうとしない。
マイエラ修道院の牢屋に入れられた時は、濡れ衣だって騒いでいたのに。
「今度こそラプソーンを止められるはずだったわ。それなのに……」
「……どうしたらいいんだろうな」
さすがの僕にも、どうやったらここから出られるかは浮かばない。
看守は人数の力でなんとでもできるけど、そもそもこの牢屋の扉が開かない。
でも、どうにかしてここから出ないと……。
「そういやぁ、トロデのおっさんたち、法皇さんのお屋敷の入口に置いてきちまいやしたね……。おっさん、無事だといいんでがすが。アッシは心配でげす」
「流石に馬車を引いて、法皇の館と大聖堂を繋ぐ通路には入れないからね……。どうにか無事であることを祈るしかないな……。無能な家臣で申し訳ないよ。まさかこんなことになるなんて」
二人と会話したところで、ずっと黙り込んだままのククールが気になった。
ククールは格子に背を向けて、ぼんやりと足元を見つめている。
「ククール……」
そっと声をかけると、ククールがゆっくりと顔を持ち上げた。
整った顔立ちは無表情の中に哀しみを抱えている。
無理もない、マルチェロさんからの仕打ちは、ククールにとってあまりにも……。
「……正直、ちょっと混乱しててさ。しばらくそっとしておいてくれ」
そうとだけを答えて、ククールはまた口を閉ざした。
うん、と小さく頷いて、それから僕はニノ大司教の元へと歩み寄った。
それが不振な動きに見えたのか、看守が座っていたテーブルを拳で叩いて怒鳴りつけてきた。
「おい! お前、何してる!? 騒いだって無駄だ。てめぇらは死んだってそこから出られねぇんだ。分かったら大人しくしてやがれ!」
「す、すみません……」
「出せ! 出さんか!! これは何かの間違いなんじゃ! わしは大司教、ニノ大司教だぞ!? わしもこの若者たちも、何一つ罪は犯しておらん! これはマルチェロの陰謀なのだ!」
看守に向かって無実を訴え続けるニノ大司教は、やがて叫ぶのも疲れたのか、ただ見えない空を見上げて呟いた。
「……神よ。初めて心からあなたに祈ります。どうか我らを……法皇様をお守りください……」
無音の世界。
死が満ちる空間。
大罪人が最期を迎える流刑地──煉獄島。
神は、こんな地の底からの祈りに、はたして応えてくれるんだろうか。
* * *
──爽やかな風が吹く森の中で、幼い手が木の実を拾っていく。
籠いっぱいに積まれた木の実を落とさないように背中に背負って、僕は城へと歩き始めた。
足元をトーポが走って、追い越しては僕を振り返る。
それを繰り返しながら城の入口である坂へたどり着いた時だった。
誰かがこちらに向かって歩いて来る。
着ている服はボロボロで、手足は擦り傷だらけ。
靴も履いていなくて、素足で歩くその子は、髪の毛が長いから女の子だと分かった。
僕と同じ歳くらいの女の子が、どうしてこんなボロボロになって歩いているのか。
女の子がふらつきながらも僕を見つけて、割れた唇が震えながら何かを伝える。
「なに?」
背中の籠を下ろして女の子に駆け寄った僕の耳に、「み……ず」というそれだけが囁かれた。
水、この子は水と言った。
慌てて腰から下げていた水筒の水を蓋を開けて、その子の口元に持っていく。
こく、こく、とゆっくり女の子が水を飲んで、それから不意にバタンと倒れてしまった。
「えっ!? だ、大丈夫!?」
死んだかもしれない?
でも小さく背中が上下していたから、生きている。
慌てて坂道を駆け上がって、門番の兵士に声をかけた。
最初は邪険に扱われてしまったけど、僕を探していたらしいメイド長が現れてくれたから、僕はメイド長に叫んだ。
「門の前に女の子が倒れてます! 助けてください!」
「まったく! トロデーン城は孤児院ではないんですよ!!」
そう言いつつもメイド長は門を出て坂道を駆け下りていく。
僕も後ろから慌てて追いかけると、メイド長は女の子の生死を確認した後、ひょいっと抱き上げて城へ連れて行こうとしていた。
そうして僕を見下ろして一言。
「あなたは籠を持ってきなさい。中身を落とすんじゃありませんよ!」
「は、はい!」
置き去りにしていた籠を背負って、ゆっくりと坂道を歩く。
そうしてトロデーン城の中に戻ると、女の子は使用人が寝泊まりする部屋に運ばれて、医師の診察を待っていると言われた。
木の実を台所に運んですぐ、手ぬぐいと水を張った桶を持って、女の子の部屋へ急いだ。
ちょうど部屋に到着する頃、部屋の中からお医者様が出てきた。
大人たちの会話を聞く限りでは、「栄養失調」で「危険な状態」だったらしい。
医師を見送ったメイド長が僕に気付いて、ドアを開け放つ。
そうして「そばにいて差し上げなさい」と優しい声で命じたのだった。
部屋に入ると、女の子は手当を受けた姿で眠っていた。
ミーティアそっくりの、黒い髪。
でも布団から出ている腕はすごく細くて、少しでも力を入れればすぐに折れてしまいそうだった。
「……エイト?」
「あっ……ミーティア」
部屋の入口から顔を覗かせたのは、この国の姫であるミーティア。
「入ってもいいかしら?」と問われたので頷くと、ミーティアは僕の隣に歩いてきて、そっと女の子を覗き込んだ。
「あなたを見つけた時と似ているわ」
「えっ?」
「森の中で倒れていたあなたもね、こんなふうにボロボロで……ひどい熱だったのよ」
「……そうだったんだ」
「この子の目が覚めたら、一緒にお話しましょうね。お友達になりたいわ」
「うん、僕も。この子には僕がついてるから、ミーティアは戻らないと。そろそろ先生の授業だよ?」
そうね、と肩を落とすミーティアに手を振って、パタンと閉められたドアから視線を外す。
すぅすぅと眠り続けるこの子は、なんて名前なんだろう。
どこから来て、どうしてこんな目に遭ってしまったんだろう。
友達になれるといいな。
王様にお願いして、同じ小間使いにしてもらえないかな。
けれど後に僕に知らされたのは、この子が名前以外の全てを忘れてしまっていること。
どこから来たのかも、なんていう家の子なのかも、何が起きて彷徨っていたのかさえ、何一つ分からないということだった。
それでも女の子──レイラは、僕と同じく城の小間使いになって、僕やミーティアと共にトロデーン城で暮らすことになった。
初めは怯えるような目をすることもあったけど、少しずつ僕たちと打ち解けてきて、屈託のない笑顔を浮かべてくれることも増えた。
今にしてみれば、きっと最初は同情だった。
誰もが知らないどこかで大変な思いをして、なんとかここまで辿り着いてくれたレイラに、僕は同じ境遇を重ねて憐れみを抱いたんだ。
……でも今ははっきりと言える。
君のことが好きなんだって。
大好きで大好きで仕方なくて、片時も離れたくない。
だから神様。
どうかこの子を連れていかないで。
レイラが犠牲にならない方法をどうか教えてください──。
そのまま寝かせるのは服が汚れてしまうから、僕のロングジレを床に広げて、その上にレイラをそっと寝かせる。
レイラは夢の中でも僕たちに向かって謝っているのか、寝顔は穏やかとはほど遠い。
「……ねえエイト。私たち、これからどうなっちゃうのかしら……」
ゼシカの呟きに顔を上げると、いつもは溌剌として勝ち気な眉尻が下がっている。
あのヤンガスでさえ、ここに来てからは騒ごうとしない。
マイエラ修道院の牢屋に入れられた時は、濡れ衣だって騒いでいたのに。
「今度こそラプソーンを止められるはずだったわ。それなのに……」
「……どうしたらいいんだろうな」
さすがの僕にも、どうやったらここから出られるかは浮かばない。
看守は人数の力でなんとでもできるけど、そもそもこの牢屋の扉が開かない。
でも、どうにかしてここから出ないと……。
「そういやぁ、トロデのおっさんたち、法皇さんのお屋敷の入口に置いてきちまいやしたね……。おっさん、無事だといいんでがすが。アッシは心配でげす」
「流石に馬車を引いて、法皇の館と大聖堂を繋ぐ通路には入れないからね……。どうにか無事であることを祈るしかないな……。無能な家臣で申し訳ないよ。まさかこんなことになるなんて」
二人と会話したところで、ずっと黙り込んだままのククールが気になった。
ククールは格子に背を向けて、ぼんやりと足元を見つめている。
「ククール……」
そっと声をかけると、ククールがゆっくりと顔を持ち上げた。
整った顔立ちは無表情の中に哀しみを抱えている。
無理もない、マルチェロさんからの仕打ちは、ククールにとってあまりにも……。
「……正直、ちょっと混乱しててさ。しばらくそっとしておいてくれ」
そうとだけを答えて、ククールはまた口を閉ざした。
うん、と小さく頷いて、それから僕はニノ大司教の元へと歩み寄った。
それが不振な動きに見えたのか、看守が座っていたテーブルを拳で叩いて怒鳴りつけてきた。
「おい! お前、何してる!? 騒いだって無駄だ。てめぇらは死んだってそこから出られねぇんだ。分かったら大人しくしてやがれ!」
「す、すみません……」
「出せ! 出さんか!! これは何かの間違いなんじゃ! わしは大司教、ニノ大司教だぞ!? わしもこの若者たちも、何一つ罪は犯しておらん! これはマルチェロの陰謀なのだ!」
看守に向かって無実を訴え続けるニノ大司教は、やがて叫ぶのも疲れたのか、ただ見えない空を見上げて呟いた。
「……神よ。初めて心からあなたに祈ります。どうか我らを……法皇様をお守りください……」
無音の世界。
死が満ちる空間。
大罪人が最期を迎える流刑地──煉獄島。
神は、こんな地の底からの祈りに、はたして応えてくれるんだろうか。
* * *
──爽やかな風が吹く森の中で、幼い手が木の実を拾っていく。
籠いっぱいに積まれた木の実を落とさないように背中に背負って、僕は城へと歩き始めた。
足元をトーポが走って、追い越しては僕を振り返る。
それを繰り返しながら城の入口である坂へたどり着いた時だった。
誰かがこちらに向かって歩いて来る。
着ている服はボロボロで、手足は擦り傷だらけ。
靴も履いていなくて、素足で歩くその子は、髪の毛が長いから女の子だと分かった。
僕と同じ歳くらいの女の子が、どうしてこんなボロボロになって歩いているのか。
女の子がふらつきながらも僕を見つけて、割れた唇が震えながら何かを伝える。
「なに?」
背中の籠を下ろして女の子に駆け寄った僕の耳に、「み……ず」というそれだけが囁かれた。
水、この子は水と言った。
慌てて腰から下げていた水筒の水を蓋を開けて、その子の口元に持っていく。
こく、こく、とゆっくり女の子が水を飲んで、それから不意にバタンと倒れてしまった。
「えっ!? だ、大丈夫!?」
死んだかもしれない?
でも小さく背中が上下していたから、生きている。
慌てて坂道を駆け上がって、門番の兵士に声をかけた。
最初は邪険に扱われてしまったけど、僕を探していたらしいメイド長が現れてくれたから、僕はメイド長に叫んだ。
「門の前に女の子が倒れてます! 助けてください!」
「まったく! トロデーン城は孤児院ではないんですよ!!」
そう言いつつもメイド長は門を出て坂道を駆け下りていく。
僕も後ろから慌てて追いかけると、メイド長は女の子の生死を確認した後、ひょいっと抱き上げて城へ連れて行こうとしていた。
そうして僕を見下ろして一言。
「あなたは籠を持ってきなさい。中身を落とすんじゃありませんよ!」
「は、はい!」
置き去りにしていた籠を背負って、ゆっくりと坂道を歩く。
そうしてトロデーン城の中に戻ると、女の子は使用人が寝泊まりする部屋に運ばれて、医師の診察を待っていると言われた。
木の実を台所に運んですぐ、手ぬぐいと水を張った桶を持って、女の子の部屋へ急いだ。
ちょうど部屋に到着する頃、部屋の中からお医者様が出てきた。
大人たちの会話を聞く限りでは、「栄養失調」で「危険な状態」だったらしい。
医師を見送ったメイド長が僕に気付いて、ドアを開け放つ。
そうして「そばにいて差し上げなさい」と優しい声で命じたのだった。
部屋に入ると、女の子は手当を受けた姿で眠っていた。
ミーティアそっくりの、黒い髪。
でも布団から出ている腕はすごく細くて、少しでも力を入れればすぐに折れてしまいそうだった。
「……エイト?」
「あっ……ミーティア」
部屋の入口から顔を覗かせたのは、この国の姫であるミーティア。
「入ってもいいかしら?」と問われたので頷くと、ミーティアは僕の隣に歩いてきて、そっと女の子を覗き込んだ。
「あなたを見つけた時と似ているわ」
「えっ?」
「森の中で倒れていたあなたもね、こんなふうにボロボロで……ひどい熱だったのよ」
「……そうだったんだ」
「この子の目が覚めたら、一緒にお話しましょうね。お友達になりたいわ」
「うん、僕も。この子には僕がついてるから、ミーティアは戻らないと。そろそろ先生の授業だよ?」
そうね、と肩を落とすミーティアに手を振って、パタンと閉められたドアから視線を外す。
すぅすぅと眠り続けるこの子は、なんて名前なんだろう。
どこから来て、どうしてこんな目に遭ってしまったんだろう。
友達になれるといいな。
王様にお願いして、同じ小間使いにしてもらえないかな。
けれど後に僕に知らされたのは、この子が名前以外の全てを忘れてしまっていること。
どこから来たのかも、なんていう家の子なのかも、何が起きて彷徨っていたのかさえ、何一つ分からないということだった。
それでも女の子──レイラは、僕と同じく城の小間使いになって、僕やミーティアと共にトロデーン城で暮らすことになった。
初めは怯えるような目をすることもあったけど、少しずつ僕たちと打ち解けてきて、屈託のない笑顔を浮かべてくれることも増えた。
今にしてみれば、きっと最初は同情だった。
誰もが知らないどこかで大変な思いをして、なんとかここまで辿り着いてくれたレイラに、僕は同じ境遇を重ねて憐れみを抱いたんだ。
……でも今ははっきりと言える。
君のことが好きなんだって。
大好きで大好きで仕方なくて、片時も離れたくない。
だから神様。
どうかこの子を連れていかないで。
レイラが犠牲にならない方法をどうか教えてください──。
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