三十一章
夢小説設定
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ここに来るのは三度目だ
一年前も訪れた場所に、また戻ってくることになるとは
それも、まったく同じ理由で
「……緊張してきちゃったな」
手を握り合わせながら呟いて、目の前にある建物を見上げる
……冬のとある日、私は受験生として、再び大学へやってきた
前回は真弘、祐一と
でも今回は──更に大所帯だ
「……サインコサインタンジェント……」
「拓磨、さっきからそれしか言ってないよ?」
「ふん……馬鹿の一つ覚えだな」
「てめぇだってさっきから化学の公式ばっか呟いてるだろうが、灰色頭」
「はいはい、ここまで来て喧嘩しない!」
二人とも緊張してるのか、いつもより喧嘩も覇気がない
……というか、一番騒ぎそうな人物が静まり返っているせいで、なおのこと調子が狂っているというか
「真弘先輩が静かなのって、落ち着かないですね……」
「珍しいこともあるもんだな……」
「そうなのよ……
朝ご飯で変なもの食べさせたっけ……」
「お前はどういう心配の仕方をしてんだよ」
呆れたような顔で言って、真弘がさっさと歩いていく
受験会場となる教室は、五人ともまばらで、私と珠紀ちゃんが同じ教室
真弘は遼と一緒で、拓磨だけひとり別の教室だ
「珠紀ちゃん、行こう」
「は、はい!」
男性陣と別れて、受験会場へと入る
同じ受験生の人たちはみんな机に向かって最後の追い込みをかけていて、私と珠紀ちゃんはこくりと唾を飲むと、それぞれの席に座った
そうして、時計の針が九時を刻んだ、瞬間
「──始め!」
二度目の大学受験が、始まった
* * *
試験を終えた私たちは、受験生の流れに従って講義棟から外へと出た
すいすいと先に行ってしまう珠紀ちゃんを呼び止めたかったけど、鳩尾の辺りが冷えてしまったせいか、声が出ない
思わず目の前がくらりと暗転しかけた時──
「危ねぇ!」
誰かがそんな声と共に、私の体を引き寄せた
混濁しかけた頭を持ち上げて背後を見やると、私を支えていたのは真弘だ
「あ、れ……どうして……」
「話は後だ
ひとまずここを出て、あいつらと合流するぞ」
真弘の手が私の手をしっかりと握って、人の波を縫うように歩いていく
そうしてようやく人だかりを抜けた先には、珠紀ちゃんと拓磨と遼がいて、私たちを待っていた
「優佳先輩、真弘先輩!」
「あー良かった……
見失ったままはぐれたのかと思いましたよ」
「ご、ごめん……」
「とりあえず、帰るぞ」
遼がそう言って歩き出して、珠紀ちゃんと拓磨もそれを追いかける
私もそうしようとしたところで、足がもつれてふらついてしまった
「大丈夫か」
私の身体を支えてくれたのはやっぱり真弘で、耳元で低い声がそう囁いた
ここで頷いても良かったけど……真弘の前では、強がらないって約束した
「……ごめん、ちょっとだけ、どこかで休みたい……」
「わかった
──おい、珠紀!」
真弘の声が風に乗って珠紀ちゃんのところへ届く
振り返った珠紀ちゃんは私たちよりはるか先に行ってしまっていたけど、私たちがついてきていないと気付いてすぐに走って戻ってきてくれた
「優佳先輩、どうしました!?」
「人に酔ったらしい
拓磨、そこの自販機で温かいお茶、買ってこい」
「うす」
真弘が自分の鞄から財布を取り出して、拓磨に投げる
震えが止まらない手を握り締めて、私は体を縮こまらせた
……結局、一年経ってもこれだ
「ごめんなさい、早く帰らないといけないのに……」
「そんな状態のてめぇを連れて行くわけにもいかねぇだろ」
「今は休め、迷惑だとか思う必要はねぇ
終バスにさえ間に合えばいいんだ」
でも……と逸る心とは裏腹に、足には力が入らない
私を抱えるように真弘が移動した先には、ベンチが二つ並んでいた
「寒いか」
「ん……少し」
「これ着てろ、少しは暖かくなるだろ」
真弘が、自分の着ていたコートを脱いで、私の肩にかける
そこへ拓磨が戻ってきて、私に温かいお茶をくれた
「優佳先輩、人混みが苦手だったんですもんね
気付けなくてごめんなさい」
「ううん、大丈夫……
ちょっと休んだら、すぐに良くなるから……」
震えを隠すようにペットボトルの蓋を開けようとして……手に力が入らなくて、蓋が回らない
何を言う前に真弘が私の手からペットを取り上げて、蓋を開けるとそのまま私の手に握らせた
「あ、りがとう……」
「……まだ怖いか」
真弘の静かな問いに、私は小さく頷いた
少しだけ、と呟いてお茶を飲む
温かさがじんわりと体の中に広がって、縮こまっていた体が少しだけ緩んだ
「本当に、少しだけ……
みんながいてくれるから、去年程じゃないよ」
「怖い……?
優佳先輩が怖がるようなものが、受験会場にあったとは思えないっすけど……」
「優佳は対人恐怖症を抱えてんだ」
感情の乗らない声は、本当に真弘のものか疑わしくなるほどだ
だけれど間違いなく喋っているのは真弘だった
まるで自分の中に生まれた感情を押し殺すみたいに……彼は淡々と呟いた
一年前も訪れた場所に、また戻ってくることになるとは
それも、まったく同じ理由で
「……緊張してきちゃったな」
手を握り合わせながら呟いて、目の前にある建物を見上げる
……冬のとある日、私は受験生として、再び大学へやってきた
前回は真弘、祐一と
でも今回は──更に大所帯だ
「……サインコサインタンジェント……」
「拓磨、さっきからそれしか言ってないよ?」
「ふん……馬鹿の一つ覚えだな」
「てめぇだってさっきから化学の公式ばっか呟いてるだろうが、灰色頭」
「はいはい、ここまで来て喧嘩しない!」
二人とも緊張してるのか、いつもより喧嘩も覇気がない
……というか、一番騒ぎそうな人物が静まり返っているせいで、なおのこと調子が狂っているというか
「真弘先輩が静かなのって、落ち着かないですね……」
「珍しいこともあるもんだな……」
「そうなのよ……
朝ご飯で変なもの食べさせたっけ……」
「お前はどういう心配の仕方をしてんだよ」
呆れたような顔で言って、真弘がさっさと歩いていく
受験会場となる教室は、五人ともまばらで、私と珠紀ちゃんが同じ教室
真弘は遼と一緒で、拓磨だけひとり別の教室だ
「珠紀ちゃん、行こう」
「は、はい!」
男性陣と別れて、受験会場へと入る
同じ受験生の人たちはみんな机に向かって最後の追い込みをかけていて、私と珠紀ちゃんはこくりと唾を飲むと、それぞれの席に座った
そうして、時計の針が九時を刻んだ、瞬間
「──始め!」
二度目の大学受験が、始まった
* * *
試験を終えた私たちは、受験生の流れに従って講義棟から外へと出た
すいすいと先に行ってしまう珠紀ちゃんを呼び止めたかったけど、鳩尾の辺りが冷えてしまったせいか、声が出ない
思わず目の前がくらりと暗転しかけた時──
「危ねぇ!」
誰かがそんな声と共に、私の体を引き寄せた
混濁しかけた頭を持ち上げて背後を見やると、私を支えていたのは真弘だ
「あ、れ……どうして……」
「話は後だ
ひとまずここを出て、あいつらと合流するぞ」
真弘の手が私の手をしっかりと握って、人の波を縫うように歩いていく
そうしてようやく人だかりを抜けた先には、珠紀ちゃんと拓磨と遼がいて、私たちを待っていた
「優佳先輩、真弘先輩!」
「あー良かった……
見失ったままはぐれたのかと思いましたよ」
「ご、ごめん……」
「とりあえず、帰るぞ」
遼がそう言って歩き出して、珠紀ちゃんと拓磨もそれを追いかける
私もそうしようとしたところで、足がもつれてふらついてしまった
「大丈夫か」
私の身体を支えてくれたのはやっぱり真弘で、耳元で低い声がそう囁いた
ここで頷いても良かったけど……真弘の前では、強がらないって約束した
「……ごめん、ちょっとだけ、どこかで休みたい……」
「わかった
──おい、珠紀!」
真弘の声が風に乗って珠紀ちゃんのところへ届く
振り返った珠紀ちゃんは私たちよりはるか先に行ってしまっていたけど、私たちがついてきていないと気付いてすぐに走って戻ってきてくれた
「優佳先輩、どうしました!?」
「人に酔ったらしい
拓磨、そこの自販機で温かいお茶、買ってこい」
「うす」
真弘が自分の鞄から財布を取り出して、拓磨に投げる
震えが止まらない手を握り締めて、私は体を縮こまらせた
……結局、一年経ってもこれだ
「ごめんなさい、早く帰らないといけないのに……」
「そんな状態のてめぇを連れて行くわけにもいかねぇだろ」
「今は休め、迷惑だとか思う必要はねぇ
終バスにさえ間に合えばいいんだ」
でも……と逸る心とは裏腹に、足には力が入らない
私を抱えるように真弘が移動した先には、ベンチが二つ並んでいた
「寒いか」
「ん……少し」
「これ着てろ、少しは暖かくなるだろ」
真弘が、自分の着ていたコートを脱いで、私の肩にかける
そこへ拓磨が戻ってきて、私に温かいお茶をくれた
「優佳先輩、人混みが苦手だったんですもんね
気付けなくてごめんなさい」
「ううん、大丈夫……
ちょっと休んだら、すぐに良くなるから……」
震えを隠すようにペットボトルの蓋を開けようとして……手に力が入らなくて、蓋が回らない
何を言う前に真弘が私の手からペットを取り上げて、蓋を開けるとそのまま私の手に握らせた
「あ、りがとう……」
「……まだ怖いか」
真弘の静かな問いに、私は小さく頷いた
少しだけ、と呟いてお茶を飲む
温かさがじんわりと体の中に広がって、縮こまっていた体が少しだけ緩んだ
「本当に、少しだけ……
みんながいてくれるから、去年程じゃないよ」
「怖い……?
優佳先輩が怖がるようなものが、受験会場にあったとは思えないっすけど……」
「優佳は対人恐怖症を抱えてんだ」
感情の乗らない声は、本当に真弘のものか疑わしくなるほどだ
だけれど間違いなく喋っているのは真弘だった
まるで自分の中に生まれた感情を押し殺すみたいに……彼は淡々と呟いた
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