三十三章
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――ごめんなさい
それは大きな桜の木の下で、その人は涙を流していた
はらり、ひらりと、桜の花が降っていく
その人は私を見て、また「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした
「ごめんなさい、あなた達をこんな目に遭わせてしまって
ごめんなさい……ごめんなさい」
……桜佳様、千年前の木花開耶姫
落ちる透明な涙の一雫さえ綺麗な、私の祖先
「……どうか謝らないでください
救いなどどこにもありはしないと知っていて、私達はそれでも足掻きたかっただけなのです」
他の方法なんて存在しないと分かっていて、それでも死の宿命に抗いたかっただけだった
……恨んだことがないとは言わない
どうしてあんな契約をと思ったことは、一度や二度ではない
でも、今はそれよりも、私の両親のことを思っていた
生まれる前から、死ぬ事が定められていた私を、両親はどんな思いで産んで、育てたんだろう
あの儀式に向かった私を、どんな気持ちで見つめていたんだろうって、そればかりが頭に浮かんだ
「……桜佳様
私と真弘で、鬼斬丸を破壊することができると思いますか」
「あれは原初の頃よりこの世に在ったもの
国産みの時代から今日まで在り続けた、果ての力です
覚醒したとはいえ、二人の力では、生きて破壊することも、封印することも不可能でしょう」
目を伏せて涙を流し、桜佳様は力なく首を振った
それから、何かに思い至ったように「でも」と何かを言いかける
けれどやはり、桜佳様はゆるゆると首を振った
「……可能性は、本当にないのでしょうか
万に一つでもあるのなら、私は、それに賭けてみたいと思っています」
桜佳様は黙って私を見つめていた
けれどやがて、何かを決意したかのように、淑やかな眼差しに力強さが籠る
「ひとつだけあります
限りなく可能性は低いですが、空疎の子孫と本当の意味で思いをひとつにすることが出来れば、破壊か封印か、そのどちらかが可能かもしれません」
「……!!」
「ですが、そこに至る切っ掛けは、己次第
あなたと真弘がどれだけ心を通わせられるか――それにかかっているでしょう
それでも、挑みますか」
ふ、と私は微笑んだ
挑むか、などというのは愚問だ
「私、生まれた時から真弘と一緒に育ってきたんです
真弘のこと、十年以上、見つめてきました
私と真弘に出来ないことなんて、ないんです」
それだけは自信を持って言える
私と真弘に出来ないことなんてひとつもない
私達で、世界も、自分たちだって、ぜんぶひっくるめて救ってやる
* * *
部屋の中に光が差し込んでくる
ここが一瞬どこか分からなかった
そして、以前見たことのある景色だと分かる
宇賀谷家の客間、いつかみんなでお泊まりになったとき、使わせてもらった部屋だ
随分前のことのように思えるけど、ちょっと前くらいでしかないんだな……
「あれからどのくらい経ったの……」
客間にはカレンダーがないから、日付の感覚が分からない
半日なのか、一日なのか、それとも数日経ったのか
それよりも不安がある
「……真弘、どこに行っちゃったんだろう」
外を確かめようと窓に手を触れる
直前、バチンと音がして、指先に電流が走ったみたいに弾かれた
「痛ッ……!」
予想だにしない痛みで手が跳ねる
これは……結界だ、しかも強力なもの
じゃあと思って襖を見やる
試しに呪符を投げると、やはりそれは電撃のような光を這わせて、焼け焦げた
「……閉じ込められてる」
誰がこんなことを
……いや、こんなことをする人なんて、一人しかいない
(ババ様だ……)
なんでこんなことを……私を閉じ込めてどうするつもりなの
「とにかく真弘の無事を確認しなきゃ……!」
強い攻撃性の呪符を襖へ投げつける
けれどそれも結界に阻まれ、焼け落ちてしまった
「そんな……どうしたら……」
あれだけの強い呪符が効かないんだもの、相当強い結界だ
この部屋から出られないまま、すべてが始まってしまうのを待つだけなの?
私達、こうしてこのまま、死ぬのをただじっと待っていることしかできないの?
為す術がないように思えて、座り込む
神隠し、鬼斬丸の封印
祖先が交わした契約
大切な人のために死んだアイン
ただ一人残されたアリアの悲しげな瞳
それから――
これから、世界を終わらせないために、私と一緒に死んでいくであろう、真弘……
真弘は叫んでいた
ずっと死を恐れてきたって
生きることの意味を、ずっとずっと考えて来たって
それは私も全く同じ
生きることは、醜いものなんかじゃない
死が救済になるとも思いたくない
(でもね、真弘
あなたがいない世界なんて、いらないの)
あなたを犠牲にしなきゃ生き永らえない世界なんて、醜いだけだ
悪戯っぽく笑って、全部の理不尽を吹き飛ばす真弘の顔が浮かぶ
でもふとした瞬間に、優しいまなざしを向けてくれて
そして私を、心から愛してくれた
そんな真弘がいなくなるなんて、信じたくない
「……真弘
消えてしまわないで……」
私の呟きは、部屋の中に溶けた
結局、他の方法なんて見つからなかったな……
『諦めるな
封印はずっともう一人のシビルの血が管理してきたのであろう?
封印できるものなら、壊すこともできる
探せ、二人で探せ』
アリアはそう言ってくれた
でも、どうすればいいのか分からない
あれは、何千年、何万年もの間、壊されずに残ってきたもの
運命や世界は私にはひたすら大きくて、私一人に、何ができるというのだろう
窓の外は綺麗な青空が広がって、私は一人、部屋の中に閉じ込められている
贄の儀が始まると告げられるのを、ただ待つだけ
それしか、私には残されていない
それは大きな桜の木の下で、その人は涙を流していた
はらり、ひらりと、桜の花が降っていく
その人は私を見て、また「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした
「ごめんなさい、あなた達をこんな目に遭わせてしまって
ごめんなさい……ごめんなさい」
……桜佳様、千年前の木花開耶姫
落ちる透明な涙の一雫さえ綺麗な、私の祖先
「……どうか謝らないでください
救いなどどこにもありはしないと知っていて、私達はそれでも足掻きたかっただけなのです」
他の方法なんて存在しないと分かっていて、それでも死の宿命に抗いたかっただけだった
……恨んだことがないとは言わない
どうしてあんな契約をと思ったことは、一度や二度ではない
でも、今はそれよりも、私の両親のことを思っていた
生まれる前から、死ぬ事が定められていた私を、両親はどんな思いで産んで、育てたんだろう
あの儀式に向かった私を、どんな気持ちで見つめていたんだろうって、そればかりが頭に浮かんだ
「……桜佳様
私と真弘で、鬼斬丸を破壊することができると思いますか」
「あれは原初の頃よりこの世に在ったもの
国産みの時代から今日まで在り続けた、果ての力です
覚醒したとはいえ、二人の力では、生きて破壊することも、封印することも不可能でしょう」
目を伏せて涙を流し、桜佳様は力なく首を振った
それから、何かに思い至ったように「でも」と何かを言いかける
けれどやはり、桜佳様はゆるゆると首を振った
「……可能性は、本当にないのでしょうか
万に一つでもあるのなら、私は、それに賭けてみたいと思っています」
桜佳様は黙って私を見つめていた
けれどやがて、何かを決意したかのように、淑やかな眼差しに力強さが籠る
「ひとつだけあります
限りなく可能性は低いですが、空疎の子孫と本当の意味で思いをひとつにすることが出来れば、破壊か封印か、そのどちらかが可能かもしれません」
「……!!」
「ですが、そこに至る切っ掛けは、己次第
あなたと真弘がどれだけ心を通わせられるか――それにかかっているでしょう
それでも、挑みますか」
ふ、と私は微笑んだ
挑むか、などというのは愚問だ
「私、生まれた時から真弘と一緒に育ってきたんです
真弘のこと、十年以上、見つめてきました
私と真弘に出来ないことなんて、ないんです」
それだけは自信を持って言える
私と真弘に出来ないことなんてひとつもない
私達で、世界も、自分たちだって、ぜんぶひっくるめて救ってやる
* * *
部屋の中に光が差し込んでくる
ここが一瞬どこか分からなかった
そして、以前見たことのある景色だと分かる
宇賀谷家の客間、いつかみんなでお泊まりになったとき、使わせてもらった部屋だ
随分前のことのように思えるけど、ちょっと前くらいでしかないんだな……
「あれからどのくらい経ったの……」
客間にはカレンダーがないから、日付の感覚が分からない
半日なのか、一日なのか、それとも数日経ったのか
それよりも不安がある
「……真弘、どこに行っちゃったんだろう」
外を確かめようと窓に手を触れる
直前、バチンと音がして、指先に電流が走ったみたいに弾かれた
「痛ッ……!」
予想だにしない痛みで手が跳ねる
これは……結界だ、しかも強力なもの
じゃあと思って襖を見やる
試しに呪符を投げると、やはりそれは電撃のような光を這わせて、焼け焦げた
「……閉じ込められてる」
誰がこんなことを
……いや、こんなことをする人なんて、一人しかいない
(ババ様だ……)
なんでこんなことを……私を閉じ込めてどうするつもりなの
「とにかく真弘の無事を確認しなきゃ……!」
強い攻撃性の呪符を襖へ投げつける
けれどそれも結界に阻まれ、焼け落ちてしまった
「そんな……どうしたら……」
あれだけの強い呪符が効かないんだもの、相当強い結界だ
この部屋から出られないまま、すべてが始まってしまうのを待つだけなの?
私達、こうしてこのまま、死ぬのをただじっと待っていることしかできないの?
為す術がないように思えて、座り込む
神隠し、鬼斬丸の封印
祖先が交わした契約
大切な人のために死んだアイン
ただ一人残されたアリアの悲しげな瞳
それから――
これから、世界を終わらせないために、私と一緒に死んでいくであろう、真弘……
真弘は叫んでいた
ずっと死を恐れてきたって
生きることの意味を、ずっとずっと考えて来たって
それは私も全く同じ
生きることは、醜いものなんかじゃない
死が救済になるとも思いたくない
(でもね、真弘
あなたがいない世界なんて、いらないの)
あなたを犠牲にしなきゃ生き永らえない世界なんて、醜いだけだ
悪戯っぽく笑って、全部の理不尽を吹き飛ばす真弘の顔が浮かぶ
でもふとした瞬間に、優しいまなざしを向けてくれて
そして私を、心から愛してくれた
そんな真弘がいなくなるなんて、信じたくない
「……真弘
消えてしまわないで……」
私の呟きは、部屋の中に溶けた
結局、他の方法なんて見つからなかったな……
『諦めるな
封印はずっともう一人のシビルの血が管理してきたのであろう?
封印できるものなら、壊すこともできる
探せ、二人で探せ』
アリアはそう言ってくれた
でも、どうすればいいのか分からない
あれは、何千年、何万年もの間、壊されずに残ってきたもの
運命や世界は私にはひたすら大きくて、私一人に、何ができるというのだろう
窓の外は綺麗な青空が広がって、私は一人、部屋の中に閉じ込められている
贄の儀が始まると告げられるのを、ただ待つだけ
それしか、私には残されていない
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