のんびりと歩きながら、玉依毘売神社に到着


そこから更に宇賀屋家の蔵へと回った


蔵の前について、大蛇さんが鍵穴に鍵を差し込む


くるりと鍵穴は回るけれど、開く音はしない


「鍵穴に差しても反応なしって、どういうことなんだろう」


珠紀ちゃんが呟いて、拓磨を見やる


拓磨が押しても引いても、蔵の扉は開かない


「びくともしない
ダメだ、これは」
「開かない扉はない」
「私もそう思います
ですが、これは何かの仕掛けがなされているのかもしれませんね」
「二人とも、入ったことないんですか？」
「ここは、玉依の血筋の者が許さないと入れないんです
私たちは誰一人として、この中に入ったことはありません」


大蛇さんの言葉に、珠紀ちゃんが表情を暗くした


……たぶん、この中で開け方を知ってるのは、私と真弘


大蛇さんの言葉は一つ間違っている


入ったことのある存在が、ここに二人いる


そう遠くない昔の出来事が脳裏を過ぎって、思わず掌を握り締めた


「おい、そこのリーダー気取り、ちょっとこっち来い」
「なに、そのリーダー気取りって！
私は別に好きで……」


珠紀ちゃんの言葉が消えた


真弘がすごく真剣な顔だったから


「扉に手を当ててこう言え
『主来たれり』」
「は？」
「いいから」


そう言う真弘は、少し青ざめて見えた


……黙っていることも出来た、少なくとも私はそのつもりだった


それでも真弘は、珠紀ちゃんの為に、蔵の開け方を教えたんだと思う


「……どうした、優佳」
「何が？」
「手が震えている」


祐一に言われて、初めて気づいた


いつかの日を恐れているのは、私も同じか……


「ううん、何でもない
やってみて、珠紀ちゃん」
「いいですけど……こうですか
『主来たれり』」


特に、何の変化もないように見える


少なくとも表面上は


「……何にも起きないじゃないですか」
「押してみろ」


珠紀ちゃんが真弘に言われた通り、扉を押した


その瞬間、蔵の扉が音を立てて開いていく


「……さっきまで、びくともしなかったのに」
「これは、結界ですね
鍵はフェイク、ですか」
「そうだ
玉依の血による結界
同じ血筋でなければ決して開けられない」
「真弘先輩、なんで知ってるの？」
「……別に、どうだっていいだろ、そんなこと
入るぞ、優佳」
「あ、うん」


真弘に手を取られて、私は蔵の中に足を踏み入れた


手を握られた時、真弘の手も震えていることに気が付いて


そっと私も、真弘の手を握り返した


「かび臭いな、ここ」


珠紀ちゃんがそう言って入ってくる


他の皆もその後に続いた


「長い間、誰も入ってないみたいだからね」


少なくとも、最後に入ったのは数年前の私と真弘だ


ぼんやりとする真弘の近くで、適当に書物を開いた


もちろんそれは、中身を読むためではなく――調べ物をしているフリ、だけれど



＊　＊　＊



蔵で調べ物を始めてからしばらくして、珠紀ちゃんに異変が起きた


突然、珠紀ちゃんがふらついたのだ


「大丈夫か？
顔が真っ青だ」
「……大丈夫です
ありがと」
「軽い貧血のようですね
大事ないでしょう
めぼしいものも特にないようですし、皆さん、今日はこれくらいに」


大蛇さんの言葉で、蔵から出ようという流れになり、私たちは暗がりから夕陽の差す外へ出た


珠紀ちゃんは玉依姫としての力を呼び起こす儀式を受けていないから、力を発現させないだろうと思っていたけど……


もしかしたらそうではないのかもしれない


もし、珠紀ちゃんが玉依姫として覚醒して、珠紀ちゃんの手でアレを――


（やめよう、どうせ無駄な期待に終わるだけだから……）


縋れるような希望なんて、私にはもう用意されていない


それに……『そうなること』は、私の望むことでもある


だけどやっぱり、真弘まで背負うことない


私だけが背負えばいい話


（真弘を守るためなら、私は怖くないよ）


「どうした？」


私の視線に気付いたのか、真弘が少し振り返って私にそう尋ねた


それに首を振って、「なんでもない」と微笑む


――ああでも、もう少しだけ、真弘と一緒に居たいなぁ


高校を卒業して、祐一と三人で卒業旅行なんかしたりして……


そうできたら、充分かもな、なんて


終わらせてあげなきゃ、こんな悲しい歴史


みんなを、つらい役目から解放してあげなくちゃ


そのために私は『生かされて』きたのだから