二十九章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
矢のごとく、撃ち出された弾丸のごとく、私達は妖が迫る森の中を駆け抜けた
真弘は右腕で私を抱えて――身長がほとんど変わらないから、半分くらい俵担ぎだったけど、文句は言えない――妖たちをも置き去りにするようなスピードで走っていく
そうして不意に周囲の気配が変わった
今までとはまるで違う、清浄な空気が満ちている
「宝具の封印、その結界の中に入った
これでもう心配ない
……にしても、まさかお前まで面倒事に首突っ込む性格になるとはな
そういうのは珠紀だけにしてくれよ」
真弘は私を見て、ため息をつく
……宝具を封印していた森は静寂に満ち、虫の音も聞こえない
真弘は月明かりの中に立って、疲れたような、けれど優しい色に満ちた目で私を見つめた
「……ごめん、なさい」
私は俯いて、そう呟く
あの時真弘にぶつけたたくさんの言葉は、きっと真弘を傷つけて苦しめたはずなのに
真弘はいつものように、私を助けて、傍にいてくれる
月明かりの中で、真弘は生きてそこにいる
どうして、こんなに強くて優しい人が、私と共に死ななきゃいけないのか
そう考えて、また胸が苦しくなる
「……ごめん、なさい」
私は、もう一度呟く
私が宿命を受け入れられていたら、こんなことには……
「気にすんな、お前のせいじゃねえよ」
言葉の意味を感じ取ったかのように、真弘はそう優しく呟く
それがなお苦しくて、私は黙って首を振った
「どうして、私のこと、追いかけてくれたの?」
まさか追いかけて来てくれるなんて思いもしなかったから、危険が遠ざかった今、純粋に驚きと不思議な気持ちでいっぱいだ
確かに真弘は守護者として覚醒していないから、真弘が贄になるときは私も一緒に沈まなければならないけど……
どうも私を連れ戻しに来たようには見えなかった
「……別に
最近はカミが騒いでるし、それに……
あんなのが最後にかわした言葉、なんてのもな、かっこつかないだろ」
真弘の笑みは、とても優しくて温かくて
それ以上に、悲しいものだった
「……優佳、頼む
俺はお前に笑っていてほしいんだ
そうすりゃよ、俺も笑って死ねる」
私の目に、また涙があふれる
もう真弘が死ぬことは覆らないんだ
私と一緒に沈んでしまうしかないんだ
そう理解した瞬間、心の中にあった、か細い支えに、ヒビが入る
「ああまた!!
泣くな!
泣くなよ!
まるで俺が泣かしてるみたいじゃねえか」
真弘が困ったようにそう言う
それがあまりにもいつも通りで、私には余計に悲しくて
――そして、不意に、足音がした
私はさっと呪符を構え、暗がりから現れようとする存在を睨みつけた
私たちに相対するように、二人の人物が現れる
その姿を見て、私は目を疑った
「……やはりここだったか、二人とも」
「櫻葉さん、帰りましょう
儀式はもうすぐ始まります
鴉取君も」
「……祐一に、大蛇さん?
どうして、こんなところに」
「お前を探しに来た」
祐一は静かな、打ち沈んだ声でそう言う
パキ、と何かにヒビが入る音がまた聞こえた
「お前はこれから、封印の儀の贄となる
連れ戻しに、来た」
「……も、う?」
時間がほしいとは言ったけれど、こんなに早く……
「……そんなに必死で追っかけてこなくても、俺たちは逃げたりしねえよ」
真弘は静かにそう呟いた
何もかもを諦めたような瞳で
祐一と大蛇さんは静かに頷く
「悪いな、祐一、大蛇さん
なんかよ、悪者みたいになっちまって
随分損な役回りだよな」
「……それは、私たちのセリフです」
大蛇さんはそう言って、一歩、私と真弘に近づこうとした
――その時
「だめ!」
封印域に響いたのは、ここにいるはずのない人の声
誰かが私達の間に割って入り、大蛇さんを睨み付けていた
それは、その後ろ姿は、間違いようがなく、珠紀ちゃんだった
「珠紀ちゃん!?」
少し向こうには、拓磨が見える
きっと、贄の儀の事を聞いて、追いかけてきたんだ
「連れてくって、どういうことですか?
これからって、何ですか
ダメですよ!
真弘先輩と優佳先輩は、帰ったら殺されちゃうんですよ!?」
珠紀ちゃんは、私たちを庇うように立っていた
「……鴉取君と櫻葉さんの役割がどのようなものかは聞かされました
……あなたの気持ちはわかります
けれどこれは、世界に関わるんですよ」
世界に関わる、世界が終わる
嫌というほど聞かされ続けてきた言葉だ
私達が逃げ出せば、みんな死ぬ
私達二人じゃ背負いきれないようなものを、それでも私達はこの十何年、ずっと背負い続けてきた
彼らに黙って、隠したまま、ずっと今日まで背負ってきた
……みんな知っている、もう分かっている
分かっていてこの二人は、私達を連れて行こうとしている
「……何、言ってるんですか……」
「珠紀、もういい
俺たちは――」
「一緒に戦った、仲間じゃないですか!
ずっと一緒にいた友達じゃないですか!
なのに!
なんでそんなにひどいことが言えるんです!」
珠紀ちゃんは、真弘に向かってそう叫んだ
拓磨と視線が重なる
珠紀ちゃんの眼差しが私に映る
……私が死んで、みんなが宿命からも解放されて、好きなように生きられるなら
真弘は、きっといつか、笑って生きていける
だったら――もう、それでいいのかもしれない
一段と大きな音が耳の奥で響いた
一度は諦め、それでもまた手にしてしまった、生への執着心
それが今……音を立てて、崩れた
真弘は右腕で私を抱えて――身長がほとんど変わらないから、半分くらい俵担ぎだったけど、文句は言えない――妖たちをも置き去りにするようなスピードで走っていく
そうして不意に周囲の気配が変わった
今までとはまるで違う、清浄な空気が満ちている
「宝具の封印、その結界の中に入った
これでもう心配ない
……にしても、まさかお前まで面倒事に首突っ込む性格になるとはな
そういうのは珠紀だけにしてくれよ」
真弘は私を見て、ため息をつく
……宝具を封印していた森は静寂に満ち、虫の音も聞こえない
真弘は月明かりの中に立って、疲れたような、けれど優しい色に満ちた目で私を見つめた
「……ごめん、なさい」
私は俯いて、そう呟く
あの時真弘にぶつけたたくさんの言葉は、きっと真弘を傷つけて苦しめたはずなのに
真弘はいつものように、私を助けて、傍にいてくれる
月明かりの中で、真弘は生きてそこにいる
どうして、こんなに強くて優しい人が、私と共に死ななきゃいけないのか
そう考えて、また胸が苦しくなる
「……ごめん、なさい」
私は、もう一度呟く
私が宿命を受け入れられていたら、こんなことには……
「気にすんな、お前のせいじゃねえよ」
言葉の意味を感じ取ったかのように、真弘はそう優しく呟く
それがなお苦しくて、私は黙って首を振った
「どうして、私のこと、追いかけてくれたの?」
まさか追いかけて来てくれるなんて思いもしなかったから、危険が遠ざかった今、純粋に驚きと不思議な気持ちでいっぱいだ
確かに真弘は守護者として覚醒していないから、真弘が贄になるときは私も一緒に沈まなければならないけど……
どうも私を連れ戻しに来たようには見えなかった
「……別に
最近はカミが騒いでるし、それに……
あんなのが最後にかわした言葉、なんてのもな、かっこつかないだろ」
真弘の笑みは、とても優しくて温かくて
それ以上に、悲しいものだった
「……優佳、頼む
俺はお前に笑っていてほしいんだ
そうすりゃよ、俺も笑って死ねる」
私の目に、また涙があふれる
もう真弘が死ぬことは覆らないんだ
私と一緒に沈んでしまうしかないんだ
そう理解した瞬間、心の中にあった、か細い支えに、ヒビが入る
「ああまた!!
泣くな!
泣くなよ!
まるで俺が泣かしてるみたいじゃねえか」
真弘が困ったようにそう言う
それがあまりにもいつも通りで、私には余計に悲しくて
――そして、不意に、足音がした
私はさっと呪符を構え、暗がりから現れようとする存在を睨みつけた
私たちに相対するように、二人の人物が現れる
その姿を見て、私は目を疑った
「……やはりここだったか、二人とも」
「櫻葉さん、帰りましょう
儀式はもうすぐ始まります
鴉取君も」
「……祐一に、大蛇さん?
どうして、こんなところに」
「お前を探しに来た」
祐一は静かな、打ち沈んだ声でそう言う
パキ、と何かにヒビが入る音がまた聞こえた
「お前はこれから、封印の儀の贄となる
連れ戻しに、来た」
「……も、う?」
時間がほしいとは言ったけれど、こんなに早く……
「……そんなに必死で追っかけてこなくても、俺たちは逃げたりしねえよ」
真弘は静かにそう呟いた
何もかもを諦めたような瞳で
祐一と大蛇さんは静かに頷く
「悪いな、祐一、大蛇さん
なんかよ、悪者みたいになっちまって
随分損な役回りだよな」
「……それは、私たちのセリフです」
大蛇さんはそう言って、一歩、私と真弘に近づこうとした
――その時
「だめ!」
封印域に響いたのは、ここにいるはずのない人の声
誰かが私達の間に割って入り、大蛇さんを睨み付けていた
それは、その後ろ姿は、間違いようがなく、珠紀ちゃんだった
「珠紀ちゃん!?」
少し向こうには、拓磨が見える
きっと、贄の儀の事を聞いて、追いかけてきたんだ
「連れてくって、どういうことですか?
これからって、何ですか
ダメですよ!
真弘先輩と優佳先輩は、帰ったら殺されちゃうんですよ!?」
珠紀ちゃんは、私たちを庇うように立っていた
「……鴉取君と櫻葉さんの役割がどのようなものかは聞かされました
……あなたの気持ちはわかります
けれどこれは、世界に関わるんですよ」
世界に関わる、世界が終わる
嫌というほど聞かされ続けてきた言葉だ
私達が逃げ出せば、みんな死ぬ
私達二人じゃ背負いきれないようなものを、それでも私達はこの十何年、ずっと背負い続けてきた
彼らに黙って、隠したまま、ずっと今日まで背負ってきた
……みんな知っている、もう分かっている
分かっていてこの二人は、私達を連れて行こうとしている
「……何、言ってるんですか……」
「珠紀、もういい
俺たちは――」
「一緒に戦った、仲間じゃないですか!
ずっと一緒にいた友達じゃないですか!
なのに!
なんでそんなにひどいことが言えるんです!」
珠紀ちゃんは、真弘に向かってそう叫んだ
拓磨と視線が重なる
珠紀ちゃんの眼差しが私に映る
……私が死んで、みんなが宿命からも解放されて、好きなように生きられるなら
真弘は、きっといつか、笑って生きていける
だったら――もう、それでいいのかもしれない
一段と大きな音が耳の奥で響いた
一度は諦め、それでもまた手にしてしまった、生への執着心
それが今……音を立てて、崩れた
1/4ページ