短い話まとめ

共鳴




 小学二年生ではじめたバスケットは、学年が五年にあがったころには辞めたいと思うようになっていた。
 バスケ自体が嫌いになったわけじゃなかった。
 ぐんぐんと身長が伸びはじめた当時、動くたびに体が痛くて、それでも所属していたミニバスの監督は「負けるな、乗り越えろ」と休むことを許さなかった。激しく動くたび、自分の体が油の足りない機械みたいに悲鳴を上げた。
 その感覚は体だけじゃなくて心にまで及んで、練習中に泣いたことがあった。当然、男なら強くなれと叱られて、そういった根性論が当たり前のなかでやるバスケは辛くて、自分からやりたいと言い出したにも関わらず、投げ出したいと思っていた。
 それを見かねてなのか、偶然なのかはわからない。ゴールデンウィークの最終日、じーちゃんに連れられて向かった先は県立体育館だった。
 ユニフォームを着た人やメガホンを持つ人、いろんな人でごった返すなか、看板には実業団リーグ決勝戦の文字。驚いてじーちゃんを見た。
 じーちゃんは、チケット取るの大変だったんだぞ、と目尻にシワを寄せて得意げに笑った。

 思い出すたび、オレはじーちゃんに感謝する。あの試合をみていなかったら、今頃バスケットはしていなかったと思う。

 熱気に包まれた会場。雷鳴のように轟く観衆の声援。ヒリヒリするような真剣勝負。どれもこれもはじめての体験だった。青いユニフォームのリーグ五連覇中の王者と、赤いユニフォームの前回準優勝のチームの試合だった。
 どちらのチームにも肩入れしていなかったはずが、いつの間にか青いユニフォームのチームを応援していて、選手たちがチームワークを発揮して戦う姿は、まるでひとつの生き物みたいだと思った。心臓から手脚に血が巡るみたいに、ポイントガードを起点として他の選手が動き、あらゆる戦術で見る人すべてを興奮させて夢中にさせる。
 とくに、その心臓の役割を果たす選手がボールを持つたび心が弾んだ。どう攻めるのか誰にパスを出すのか、次の行動を必死に考えて、予想が当たっても外れても楽しくて、わくわくした気持ちが溢れて止まらなかった。
 試合は四十分で終わらず延長戦にもつれ込み、その結果、青のチームは負けた。
 優勝争いだけあって激動の戦いだったが、負けてしまった。天を仰ぐ選手や下を向く選手がいるなか、スコアボードを真っ直ぐに見つめて涙を流すあの選手から、オレは目が離せなかった。

 かっこいいと思った。強いと思った。ああなりたいと強く思った。

 ミニバスでの指導が正しいとは思わないが、負けるな、乗り越えろ。男なら強くなれ。その監督の言葉の意味が、なんとなく理解できたような気がした。
 じーちゃんがハンカチを渡してくるまで、オレは自分も泣いていることに気がつかず、ずっとあの人を見ていた。
 帰ってから握り締めてぐしゃぐしゃになったパンフレットを見て、あの人が山王工業出身だと知った。地元で開催される決勝戦、当時子供だったオレでも、思い入れは相当だっただろうと想像がついた。
 高校バスケ界で最強とされる山王工業を経て、さっきまで王者とされていたチームで戦うあの人は、いったいどれほどのものを背負ってきたんだろう。
 あの人みたいに強くなりたい。いつかあの人とバスケがしたい。そう思った。 
 



「松本、準備できてるか」
「はい」

 オレは今、あの人の指導のもとバスケを続けている。
 運命なのか、偶然なのかはわからない。冬の選抜、決勝戦、場所は秋田県立体育館。夏に緒戦敗退した山王工業が、ふたたび頂点に立つために戦う。
 外は雪が降りしきり、気温もマイナスを示していたが、体育館はあのときと同じ熱気に包まれ、両校の応援の声が響きわたっている。二階席に目をやると、ずっと変わらないじーちゃんが、あのときよりも深くなったシワを寄せて笑っていた。

「先生」
「なんだ?」
「絶対勝ちます」

 あの日この場所で感じた思いを胸に、今度はオレが戦う番だ。




 

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