さよならバッテリー
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目の前に転がる白球を手に取り、握りしめると額に嫌な汗が流れた。マウンドからホームベースくらいの距離に、もっと具体的に言うと約十八メートル先に、キャッチャーの阿部君が立っている。手を高く上げてミットをこちらに向ける彼は、私がこのボールを投げるのを待っているらしい。
「ワリー!投げてくれ!」
私がシニア時代にエースを務めていたことを阿部君は知っている。だからこの距離でも余裕で投げられると踏んでいるんだろう。大きく深呼吸をしてからフォーシームで球を握り、彼のキャッチャーミットに向かってそれを投げた。
「オイオイ、暴投すんなよ」
私の投げたボールはミットを大きく左に外して、後ろのフェンスに当たりガシャンと音を立て跳ね返る。呆然と立ち尽くしていると、球を拾った阿部君がこちらに向かってきた。
「顔色悪いけど大丈夫か?」
一体今の私はどんな醜悪な顏をしているんだろうか。考えたくもない。口角を吊り上げながら目を細めて、必死でそれらしい笑顔を作り上げる。
「あはは、大丈夫だよ。ノーコンでごめんね」
「……大丈夫って顏じゃねえだろ。それに苗字ってコントロール良かったじゃん」
確かに制球力には自信があったけれど昔の話だ。いっそのこと野球から離れようと思っていたのに、未だにマネージャーとして野球に触れている。そんな自分が心底嫌いだ。視界が滲み頬を伝う涙が落ちて、地面に小さな丸い染みを作っていく。
「お、おい、ホントに大丈夫かよ」
「……イップスなの」
「は?」
「中学三年のシニアの夏季大会の時に、大事な場面でデッドボールを出してから、ずっとイップスなの……」
ジャージの裾で涙を拭いながら嗚咽を抑える。いきなり泣き始めた私に困り果てた様子の阿部君は、何かを考え込むように腕組みをしてから、私の手を両手で取って包み込むように握ってきた。
「えっ、何?」
彼の突拍子もない行動に涙が引っ込む。どういう思考回路で手を握ってきたのかは分からないけれど、泣き止ませるためにしたのなら効果は抜群だ。阿部君は真剣な目で私のことを見つめてくる。
「それならイップス克服しようぜ」
「……でも、私、今までもイップス克服のために色々やってきたよ」
「だろうな。腕は震えてたけど投げられるようになるまで努力したんだろ?それに浦和西シニアの苗字っていったら、スゲー負けず嫌いだったもんな」
その言葉が胸に突き刺さる。確かにあの頃の私は誰にも負けたくなくて、男子しかいない中ひたすら努力を重ね続けて、実力でエースナンバーを勝ち取った。それが今はその努力さえも忘れて、ベンチに座っているだけになってしまって、イップスを克服することも諦めてしまっている。
「野球で出来た傷は野球でしか癒せねえ。このままだとお前は一生傷付いたままだぞ」
彼の熱い眼差しに見つめられて思わず視線を逸らすと、グラウンドで練習に打ち込む野球部員達が目に入ってきた。私もあの輪の中に入れたらと、マネージャーになってから何度思っただろう。このまま野球を呪いながら皆の応援をするなんてあんまりだ。
「分かった。イップス克服してみせるよ」
阿部君に向き直って真っすぐ見据えると彼はそれまで握っていた手を離し、ニッと明るく笑いながら私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。いつも無愛想でタレ目なのに目つきの悪い彼が、こんな風に笑ってスキンシップをとるなんて驚きだ。
「明日から昼休憩にキャッチボールでもするか。的は外れても投げられるみたいだしな」
「うん。それじゃあご飯食べ終わったら阿部君のクラスに行くね」
「おう。待ってるぜ」
彼はそう言って練習へと戻っていった。イップスを克服するとは言ったものの、本当にそんなことができるのか分からない。だけど何もしなかったら、ずっと今のままなんだ。私は野球を嫌いになりたくないし、今よりも強い私になりたい。
「頑張ろう」
イップスを克服した暁には打撃投手になって少しでも皆の役に立ちたい。そして野球が大好きな自分を取り戻せたら、再び選手として野球をするんだ。赤く燃える空を見上げながら心に誓った。
「ワリー!投げてくれ!」
私がシニア時代にエースを務めていたことを阿部君は知っている。だからこの距離でも余裕で投げられると踏んでいるんだろう。大きく深呼吸をしてからフォーシームで球を握り、彼のキャッチャーミットに向かってそれを投げた。
「オイオイ、暴投すんなよ」
私の投げたボールはミットを大きく左に外して、後ろのフェンスに当たりガシャンと音を立て跳ね返る。呆然と立ち尽くしていると、球を拾った阿部君がこちらに向かってきた。
「顔色悪いけど大丈夫か?」
一体今の私はどんな醜悪な顏をしているんだろうか。考えたくもない。口角を吊り上げながら目を細めて、必死でそれらしい笑顔を作り上げる。
「あはは、大丈夫だよ。ノーコンでごめんね」
「……大丈夫って顏じゃねえだろ。それに苗字ってコントロール良かったじゃん」
確かに制球力には自信があったけれど昔の話だ。いっそのこと野球から離れようと思っていたのに、未だにマネージャーとして野球に触れている。そんな自分が心底嫌いだ。視界が滲み頬を伝う涙が落ちて、地面に小さな丸い染みを作っていく。
「お、おい、ホントに大丈夫かよ」
「……イップスなの」
「は?」
「中学三年のシニアの夏季大会の時に、大事な場面でデッドボールを出してから、ずっとイップスなの……」
ジャージの裾で涙を拭いながら嗚咽を抑える。いきなり泣き始めた私に困り果てた様子の阿部君は、何かを考え込むように腕組みをしてから、私の手を両手で取って包み込むように握ってきた。
「えっ、何?」
彼の突拍子もない行動に涙が引っ込む。どういう思考回路で手を握ってきたのかは分からないけれど、泣き止ませるためにしたのなら効果は抜群だ。阿部君は真剣な目で私のことを見つめてくる。
「それならイップス克服しようぜ」
「……でも、私、今までもイップス克服のために色々やってきたよ」
「だろうな。腕は震えてたけど投げられるようになるまで努力したんだろ?それに浦和西シニアの苗字っていったら、スゲー負けず嫌いだったもんな」
その言葉が胸に突き刺さる。確かにあの頃の私は誰にも負けたくなくて、男子しかいない中ひたすら努力を重ね続けて、実力でエースナンバーを勝ち取った。それが今はその努力さえも忘れて、ベンチに座っているだけになってしまって、イップスを克服することも諦めてしまっている。
「野球で出来た傷は野球でしか癒せねえ。このままだとお前は一生傷付いたままだぞ」
彼の熱い眼差しに見つめられて思わず視線を逸らすと、グラウンドで練習に打ち込む野球部員達が目に入ってきた。私もあの輪の中に入れたらと、マネージャーになってから何度思っただろう。このまま野球を呪いながら皆の応援をするなんてあんまりだ。
「分かった。イップス克服してみせるよ」
阿部君に向き直って真っすぐ見据えると彼はそれまで握っていた手を離し、ニッと明るく笑いながら私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。いつも無愛想でタレ目なのに目つきの悪い彼が、こんな風に笑ってスキンシップをとるなんて驚きだ。
「明日から昼休憩にキャッチボールでもするか。的は外れても投げられるみたいだしな」
「うん。それじゃあご飯食べ終わったら阿部君のクラスに行くね」
「おう。待ってるぜ」
彼はそう言って練習へと戻っていった。イップスを克服するとは言ったものの、本当にそんなことができるのか分からない。だけど何もしなかったら、ずっと今のままなんだ。私は野球を嫌いになりたくないし、今よりも強い私になりたい。
「頑張ろう」
イップスを克服した暁には打撃投手になって少しでも皆の役に立ちたい。そして野球が大好きな自分を取り戻せたら、再び選手として野球をするんだ。赤く燃える空を見上げながら心に誓った。