愛されたいのはアンタだけ
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オレは毎日のように図書室へ通って、苗字さんに話しかけた。先輩はカウンターで図書委員の仕事をしていることもあれば、長机に教科書やテキストを開いて勉強していたりと、過ごし方は様々だ。そして昼はいつも図書室に居る。なんでも三年間図書委員を務めているらしい。
「苗字さん。こんにちは」
図書室に入るとすぐに先輩の後ろ姿を見つけた。黒いセーラー服を着ているから分かりやすい。どうやら今日は図書委員の仕事は無いらしく、長机に向かい本を読んでいる。声をかけてから隣へ座ると、彼女はこちらに椅子を寄せてきた。恐らく小声で会話するために近付けたんだろう。そう理解しているのに、心臓の鼓動が速まっていく。
「こんにちは」
穏やかな声と柔らかい微笑みに癒される。先輩によって乱された心が、先輩によって落ち着きを取り戻す。恋というのは不思議なものだ。
「おすすめしてくれた小説、全部読みました」
「どうでしたか?」
「どれも読後感が悪くて、嫌な気持ちになりましたよ。あとこれ、先輩に返します」
ポケットから小説を取り出して先輩に手渡す。カフカの変身だ。主人公が巨大な毒虫になるという話で、読み終わった後しばらく気分が悪かった。おすすめされた本も全て読んだけれども、心の中にわだかまりを残したままだ。先輩はくすくすと笑って小説を受取る。
「本当に読んでくれたんですね」
「まさかオレのこと、試したんですか?」
「どうでしょう。どちらにしても、おすすめの本には変わりないですよ」
オレのことを本好きだと信じている。そう思っていたのに。この人は全てを見透かした上で、オレと接していたんだ。手のひらの上で転がされていたことに気付いて悔しくなる。と、同時に一筋縄ではいかない相手だと分かり、燃えてくる。
「苗字さんのこと、もっと知りたいです」
「それなら私の書いた小説を貸しましょう。きっと理解できますよ」
「は?」
予想外の返答に間抜けな声が出た。驚くオレに構わず、スカートのポケットから本を取り出して渡してくる。文庫本サイズのそれは厚みがやや薄いものの、売られている小説と変わりのない装丁だ。これを本当にこの人が書いたのか? オレは渡された本の表紙をまじまじと見つめる。ナズナの恋と書かれたそれは、タイトルからして恋愛ものだろう。
「小説家なんですか?」
「まさか。趣味で書いたものを印刷所に頼んで、製本して貰ったんです」
「こんな綺麗に作れるんですね。売り物と変わんねえ」
「そうでしょう。読んだら感想くださいね」
先輩はどこか楽しそうだ。受け取った本のページをめくると、『暗闇の中で光に出会った。』という一行が目に入る。どうやらナズナという少女が、光という名前の少年と出会う、といった話のようだ。読み進めていると、先輩が「ところで」と話を切り出してきた。顏を上げて彼女の方を見る。
「野球部の応援に興味ありませんか?」
「は?」
「二年生の浜田君が応援団の人集めをしているんです。私も応援に行くので阿部君も一緒にどうでしょうか?」
応援するというのに、オレが野球部員だということ知らないらしい。この人にとってオレはただの後輩で、それ以下でもそれ以上でもないんだろう。唇をぐっと噛みしめて下を見る。
「阿部君?」
「オレは野球部です」
込み上げてくる悔しさが、そのまま声に乗った。しばらくして、先輩の体が小刻みに震えだすのが目に入る。何事か。思わず顔を上げると、彼女は口を手のひらで押さえて笑っていた。
「なんスか」
「野球部を野球部の応援に誘うなんて……ふふっ……」
肩を震わせて涙目になっていく姿を見て、腹立たしさがどうでも良くなった。可愛い。可愛くて仕方がない。オレはこの人が好きだ。高ぶる気持ちを抑えて、先輩をじっと見つめる。
「アンタ、あんまり人に興味ないでしょ」
「そういう風に見えますか?」
「見えます。今だってオレが野球部だって知らなかったし、浜田も二年じゃなくて一年ですよ。それにオレから話しかけないと、あいさつすらしないじゃないですか」
先輩は俯きがちに目を伏せる。少し考えるそぶりをしてから、オレのことを上目で見てきた。
「嫌いになりました?」
その問いかけは狡い。嫌いになんてなれるわけがない。オレの気持ちを知っていて聞いているんだろうか。そうだとしたらこの質問に、何を答えるのが正解なんだろう。嫌いだと言えば傷を付け、好きだと言えば思う壺で。
「苗字さんはオレのこと、どう思ってるんですか?」
結局質問で返してしまったオレに、先輩は柔らかく微笑みかけてきた。
「素直で可愛いので、後輩として好きですよ」
優しい声で紡がれる言葉には一定の距離を感じる。やっぱりこの人を落とすのは至難の業だと思いながらも、諦めるという選択肢はオレの中にはなかった。
「苗字さん。こんにちは」
図書室に入るとすぐに先輩の後ろ姿を見つけた。黒いセーラー服を着ているから分かりやすい。どうやら今日は図書委員の仕事は無いらしく、長机に向かい本を読んでいる。声をかけてから隣へ座ると、彼女はこちらに椅子を寄せてきた。恐らく小声で会話するために近付けたんだろう。そう理解しているのに、心臓の鼓動が速まっていく。
「こんにちは」
穏やかな声と柔らかい微笑みに癒される。先輩によって乱された心が、先輩によって落ち着きを取り戻す。恋というのは不思議なものだ。
「おすすめしてくれた小説、全部読みました」
「どうでしたか?」
「どれも読後感が悪くて、嫌な気持ちになりましたよ。あとこれ、先輩に返します」
ポケットから小説を取り出して先輩に手渡す。カフカの変身だ。主人公が巨大な毒虫になるという話で、読み終わった後しばらく気分が悪かった。おすすめされた本も全て読んだけれども、心の中にわだかまりを残したままだ。先輩はくすくすと笑って小説を受取る。
「本当に読んでくれたんですね」
「まさかオレのこと、試したんですか?」
「どうでしょう。どちらにしても、おすすめの本には変わりないですよ」
オレのことを本好きだと信じている。そう思っていたのに。この人は全てを見透かした上で、オレと接していたんだ。手のひらの上で転がされていたことに気付いて悔しくなる。と、同時に一筋縄ではいかない相手だと分かり、燃えてくる。
「苗字さんのこと、もっと知りたいです」
「それなら私の書いた小説を貸しましょう。きっと理解できますよ」
「は?」
予想外の返答に間抜けな声が出た。驚くオレに構わず、スカートのポケットから本を取り出して渡してくる。文庫本サイズのそれは厚みがやや薄いものの、売られている小説と変わりのない装丁だ。これを本当にこの人が書いたのか? オレは渡された本の表紙をまじまじと見つめる。ナズナの恋と書かれたそれは、タイトルからして恋愛ものだろう。
「小説家なんですか?」
「まさか。趣味で書いたものを印刷所に頼んで、製本して貰ったんです」
「こんな綺麗に作れるんですね。売り物と変わんねえ」
「そうでしょう。読んだら感想くださいね」
先輩はどこか楽しそうだ。受け取った本のページをめくると、『暗闇の中で光に出会った。』という一行が目に入る。どうやらナズナという少女が、光という名前の少年と出会う、といった話のようだ。読み進めていると、先輩が「ところで」と話を切り出してきた。顏を上げて彼女の方を見る。
「野球部の応援に興味ありませんか?」
「は?」
「二年生の浜田君が応援団の人集めをしているんです。私も応援に行くので阿部君も一緒にどうでしょうか?」
応援するというのに、オレが野球部員だということ知らないらしい。この人にとってオレはただの後輩で、それ以下でもそれ以上でもないんだろう。唇をぐっと噛みしめて下を見る。
「阿部君?」
「オレは野球部です」
込み上げてくる悔しさが、そのまま声に乗った。しばらくして、先輩の体が小刻みに震えだすのが目に入る。何事か。思わず顔を上げると、彼女は口を手のひらで押さえて笑っていた。
「なんスか」
「野球部を野球部の応援に誘うなんて……ふふっ……」
肩を震わせて涙目になっていく姿を見て、腹立たしさがどうでも良くなった。可愛い。可愛くて仕方がない。オレはこの人が好きだ。高ぶる気持ちを抑えて、先輩をじっと見つめる。
「アンタ、あんまり人に興味ないでしょ」
「そういう風に見えますか?」
「見えます。今だってオレが野球部だって知らなかったし、浜田も二年じゃなくて一年ですよ。それにオレから話しかけないと、あいさつすらしないじゃないですか」
先輩は俯きがちに目を伏せる。少し考えるそぶりをしてから、オレのことを上目で見てきた。
「嫌いになりました?」
その問いかけは狡い。嫌いになんてなれるわけがない。オレの気持ちを知っていて聞いているんだろうか。そうだとしたらこの質問に、何を答えるのが正解なんだろう。嫌いだと言えば傷を付け、好きだと言えば思う壺で。
「苗字さんはオレのこと、どう思ってるんですか?」
結局質問で返してしまったオレに、先輩は柔らかく微笑みかけてきた。
「素直で可愛いので、後輩として好きですよ」
優しい声で紡がれる言葉には一定の距離を感じる。やっぱりこの人を落とすのは至難の業だと思いながらも、諦めるという選択肢はオレの中にはなかった。