さよならバッテリー
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インコースに投げられないまま二週間が経った。あれから何の進展もないどころか、制球力が乱れ始めてきていたある日の昼休み、阿部君と花井君が珍しく私のクラスにやってきた。阿部君の手にはスマホが握られている。
「二人ともどうしたの?」
首を傾げて問いかけると、阿部君が口を開いた。
「投手のイップスについて色々調べてたんだけどさ、小さい成功体験を積み重ねるのが良いって記事で見かけたんだ。今の苗字って全力投球でインコースに入れようとしてるだろ?そうじゃなくてまずは百キロくらいでインコースに入れてみる練習してみたら良いんじゃねえかって思って」
私の居ない間にも彼は色々調べてくれたらしい。確かに最近の私はイップスを完璧に克服することにこだわって、小さな成功の積み重ねを蔑ろにしていたかもしれない。
「言われてみればその通りだね。目標に手が届きそうになって焦っていた気がする」
今になって考えてみれば当たり前のことだけど、最初から百二十キロでインコースに投げようとするなんて無謀だ。だけど今まで当たり前のようにできていた事だからこそ思いつかなかった。私が最初っから素人であればもっと早くに気づいていた事だろう。
「っつーわけで、今日はスピードにこだわらず投げてみようぜ」
スマホを収めた阿部君は花井君に預けていたキャッチャーミットを手に取った。まずはインコースのストライクゾーンに入れることを目標に始めよう。そう決めた私は立ち上がり、皆でグラウンドへと歩き出す。
「イップスになった最初の頃ってどんな感じだったの?」
歩いていると花井君が質問してきた。
「最初は投げられてたけどコントロールが乱れてたの。それを繰り返しているうちに悪化して、投げる時にひきつけが起こって、まともに投げることさえ出来なくなったんだ」
「その状態からよく投げられるまでになったな」
「本当に色々試したからね。野球から離れてみたり、カウンセリングに行ってみたり。でもここまで投げられるようになったのは、やっぱり阿部君と花井君の力が大きいよ。いつも練習に付き合ってくれてありがとう」
素直に感謝の言葉を口にすると、二人は照れくさいのか曖昧な返事をした。本当に有難い存在だ。イップス克服を諦めていた時の私は、自分自身に劣等感を抱いて、野球どころか自分さえ嫌いになっていた。きっと今と比べても暗くて卑屈な性格だったと思う。
「オレは最近になってからだけど、阿部はずっと練習付き合ってたんだよな?」
「そうだけど」
「なんでそこまでしてやれんの?」
「打撃投手になればオレらのためになるってのもあるけど、それよりもなんつーか、ほっとけなかったんだよ。こいつ、泣き出すし」
そうだ。あの時の私は心のダムが決壊して、阿部君に泣きついてしまったんだった。なんだか恥ずかしいことを思い出してしまって、頬が熱くなっていくのを感じる。
「この苗字が泣いてたの?」
「昔話はそこまでにして倉庫に行くよ」
これ以上恥ずかしい思いをしたくないので、私は二人の背中を叩いて急かして歩く。グラウンドの倉庫に辿り着いて重たい扉を開けると、コンクリートの香りがツンと鼻を刺激した。そこから三人で道具を持ち出して、それぞれのポジションにつく。
「いくよー!」
「おう!」
阿部君はミットをアウトコースに構える。私は腕を上げて振りかぶり、彼に向かってボールを投げた。パンッ!と乾いた音と共にボールがミットに収まる。うん。力を抑えていることもあって、コントロールも乱れていないし良い感じだ。流石に三橋君のように思ったところそのままへ投げることは出来ないが、これまでの練習の成果もあってアウトコースには安定して投げられるようになった。
「そろそろインコースいってみるか!」
「うん!」
何度かアウトコースに投げたところで、阿部君が打者側にキャッチャーミットを構える。息を短く吸ってから長く吐き、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。アウトコースに投げるのとやることは同じだ。
「オレのミットだけ見て投げろ!」
真剣な顏で阿部君が叫ぶ。彼の言う通りミットに集中して腕を振る。私の投げた球はインコースに構えた阿部君のミットに吸い込まれていった。
「やったー!」
「スゲー!」
「やったな!」
二人ともマウンドに集まり、皆でハイタッチをして喜びを分かち合う。感極まった私の目に涙が浮かんで、頬に涙が伝いポロポロと落ちる。
「お前、泣き虫だな」
阿部君が私の涙を優しく指で拭う。これは嬉し涙だ。あの時の涙とは違う。
「だって……やっとここまで来たんだって思うと、嬉しくて……」
泣き続ける私を見て、花井君は驚いた顔をして、阿部君は嬉しそうに笑う。野球をやっていて良かった。イップスにかかって苦しんで、一度はボールを握る事を諦めたけれど、ここまで頑張ってきて良かったと心から思う。これも全ては阿部君と花井君のお陰だ。感謝してもしきれない。
「二人のおかげだよ。本当にありがとう」
「苗字が諦めずに頑張ったからだろ」
阿部君に頭をわしゃわしゃと撫でられて、その大きな掌の温もりに目を細める。この日私はイップス克服の夢に大きな一歩を踏み出した。
「二人ともどうしたの?」
首を傾げて問いかけると、阿部君が口を開いた。
「投手のイップスについて色々調べてたんだけどさ、小さい成功体験を積み重ねるのが良いって記事で見かけたんだ。今の苗字って全力投球でインコースに入れようとしてるだろ?そうじゃなくてまずは百キロくらいでインコースに入れてみる練習してみたら良いんじゃねえかって思って」
私の居ない間にも彼は色々調べてくれたらしい。確かに最近の私はイップスを完璧に克服することにこだわって、小さな成功の積み重ねを蔑ろにしていたかもしれない。
「言われてみればその通りだね。目標に手が届きそうになって焦っていた気がする」
今になって考えてみれば当たり前のことだけど、最初から百二十キロでインコースに投げようとするなんて無謀だ。だけど今まで当たり前のようにできていた事だからこそ思いつかなかった。私が最初っから素人であればもっと早くに気づいていた事だろう。
「っつーわけで、今日はスピードにこだわらず投げてみようぜ」
スマホを収めた阿部君は花井君に預けていたキャッチャーミットを手に取った。まずはインコースのストライクゾーンに入れることを目標に始めよう。そう決めた私は立ち上がり、皆でグラウンドへと歩き出す。
「イップスになった最初の頃ってどんな感じだったの?」
歩いていると花井君が質問してきた。
「最初は投げられてたけどコントロールが乱れてたの。それを繰り返しているうちに悪化して、投げる時にひきつけが起こって、まともに投げることさえ出来なくなったんだ」
「その状態からよく投げられるまでになったな」
「本当に色々試したからね。野球から離れてみたり、カウンセリングに行ってみたり。でもここまで投げられるようになったのは、やっぱり阿部君と花井君の力が大きいよ。いつも練習に付き合ってくれてありがとう」
素直に感謝の言葉を口にすると、二人は照れくさいのか曖昧な返事をした。本当に有難い存在だ。イップス克服を諦めていた時の私は、自分自身に劣等感を抱いて、野球どころか自分さえ嫌いになっていた。きっと今と比べても暗くて卑屈な性格だったと思う。
「オレは最近になってからだけど、阿部はずっと練習付き合ってたんだよな?」
「そうだけど」
「なんでそこまでしてやれんの?」
「打撃投手になればオレらのためになるってのもあるけど、それよりもなんつーか、ほっとけなかったんだよ。こいつ、泣き出すし」
そうだ。あの時の私は心のダムが決壊して、阿部君に泣きついてしまったんだった。なんだか恥ずかしいことを思い出してしまって、頬が熱くなっていくのを感じる。
「この苗字が泣いてたの?」
「昔話はそこまでにして倉庫に行くよ」
これ以上恥ずかしい思いをしたくないので、私は二人の背中を叩いて急かして歩く。グラウンドの倉庫に辿り着いて重たい扉を開けると、コンクリートの香りがツンと鼻を刺激した。そこから三人で道具を持ち出して、それぞれのポジションにつく。
「いくよー!」
「おう!」
阿部君はミットをアウトコースに構える。私は腕を上げて振りかぶり、彼に向かってボールを投げた。パンッ!と乾いた音と共にボールがミットに収まる。うん。力を抑えていることもあって、コントロールも乱れていないし良い感じだ。流石に三橋君のように思ったところそのままへ投げることは出来ないが、これまでの練習の成果もあってアウトコースには安定して投げられるようになった。
「そろそろインコースいってみるか!」
「うん!」
何度かアウトコースに投げたところで、阿部君が打者側にキャッチャーミットを構える。息を短く吸ってから長く吐き、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。アウトコースに投げるのとやることは同じだ。
「オレのミットだけ見て投げろ!」
真剣な顏で阿部君が叫ぶ。彼の言う通りミットに集中して腕を振る。私の投げた球はインコースに構えた阿部君のミットに吸い込まれていった。
「やったー!」
「スゲー!」
「やったな!」
二人ともマウンドに集まり、皆でハイタッチをして喜びを分かち合う。感極まった私の目に涙が浮かんで、頬に涙が伝いポロポロと落ちる。
「お前、泣き虫だな」
阿部君が私の涙を優しく指で拭う。これは嬉し涙だ。あの時の涙とは違う。
「だって……やっとここまで来たんだって思うと、嬉しくて……」
泣き続ける私を見て、花井君は驚いた顔をして、阿部君は嬉しそうに笑う。野球をやっていて良かった。イップスにかかって苦しんで、一度はボールを握る事を諦めたけれど、ここまで頑張ってきて良かったと心から思う。これも全ては阿部君と花井君のお陰だ。感謝してもしきれない。
「二人のおかげだよ。本当にありがとう」
「苗字が諦めずに頑張ったからだろ」
阿部君に頭をわしゃわしゃと撫でられて、その大きな掌の温もりに目を細める。この日私はイップス克服の夢に大きな一歩を踏み出した。