さよならバッテリー
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昼ご飯を食べ終えた私は、例によって七組へと足を運ぶ。扉から一番近い席の阿部君は、なにやら花井君と二人で話をしている様子だった。
「阿部君に花井君、こんにちは」
「良いところに来た」
「どうかした?」
阿部君はキャッチャーミットを持って立ち上がる。首を傾げていると、彼は私の目の前に来た。
「変化球も入るようになってきたから、今日はバッター入れて投げてみようぜ。そんでこいつがバッター」
こいつと言って、花井君を指さす。
「阿部から話は聞いたよ。昼休みに二人で何してるんだろうって思ってたけど、そういう事だったんだな」
どうやら私がイップスだということを花井君に話したらしい。別に隠すようなことでもないので構わないけれども、バッターを入れての投球はイップスになって以来初めてだ。緊張で手が震える。阿部君はそんな私を見て肩をポンと叩いた。
「そんな固くなるなって。花井にならぶつけても大丈夫だから」
「オイ!それはないだろ」
花井君が阿部君を小突く。そのやり取りが面白くて、思わず笑みがこぼれる。
「あははっ、それじゃあ当たって砕けろって感じで投げるね」
「その場合砕けるのはオレなんだけど!?」
「ジョーダンだよ。ちゃんとミットに投げて見せるから」
それから三人でワイワイと話ながらグラウンドに向かって歩き出す。バッターを入れて投げられるようになれば、完璧にイップスを克服したといえるだろう。そうしたら皆の打撃投手として役に立てる。
「貸し切りだ」
太陽がグラウンドを明るく照らす中、静かなマウンドが出迎えてくれた。部活中は色んな部と併用していて狭いと感じるグラウンドが、誰も居ない今は広く大きいように感じる。
「それじゃあ花井はバット持って打つ気で立って」
「おう」
三人で倉庫に向かい扉を開けて、それぞれ自分に必要な道具を持ち出す。ミットとロジンを持った私はいつものように阿部君の防具の装着を手伝い、花井君はヘルメットを被りバッティンググローブをはめてバットを持つ。
「苗字、手出して」
「手?」
阿部君に言われるがまま手を出すと、そこに一回り大きな彼の掌が重なった。
「緊張はしてねえみたいだな」
どうやら毎日部活でしている手を繋いでリラックスする方法を試したらしい。私と彼の掌の温度はあまり変わらなかった。
「おかげさまでね。でもマウンド上がったら分からないかも」
「そしたらいつでも呼べよ。手貸すから」
「うん。ありがとう」
私の緊張を解こうとしてくれる。それが嬉しくて強く頷いた。阿部君はキャッチャースボックスへと入っていき、花井君もバッターボックスに立って準備万端だ。私は大きく深呼吸をしてからマウンドに立つ。
「ふう……」
バッターが入るとやっぱり景色が違う。阿部君と花井君がこちらを真っすぐに見つめる。ざわついた胸の奥がちりちりと焼けるように痛い。マウンドに立ったことで、再びイップスの気配が顔を覗かせた。
「大丈夫。大丈夫……」
言い聞かせるように唱えてから、ロジンを軽く叩いてボールを握り込む。牛革特有のしっとりとした感触を確かに掴みながら、大きく振りかぶってミットに向かってボールを投げる。アウトコースいっぱいのストライクゾーンに入っていき、パンッ!と良い音を立ててキャッチャーミットに収まった。それを見た私は強く拳を握ってガッツポーズをする。
「よしっ!」
「ナイスボール!」
「球が速いとは聞いてたけど、百二十五キロは出てるんじゃねえか?本当にイップスなんだよな?」
信じられないと言った様子で花井君は首を捻る。私の同年代の男子に負けないの球速は、シニア時代に結構有名だった。阿部君のお陰もあって昔と変わらない球速で投げられるようになってきている。
「もう一球!」
阿部君から投げられた球をキャッチして、もう一度ボールを握って振りかぶって投げる。彼の構えたインコースから大きく外れて、アウトコースのボールゾーンへ入っていった。駄目だ。やっぱり打者側のインコースを狙うと、デッドボールが蘇ってコントロールが効かなくなってしまう。力なくマウンドに膝をつくと、阿部君が駆け寄ってきた。
「キャッチボールと打者入れた投球を続けて、少しずつ克服していこうぜ」
阿部君はそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる。その掌の温かさに胸の奥が熱くなるのを感じながら、またこれからも頑張ろうと自分を奮い立たせた。
「阿部君に花井君、こんにちは」
「良いところに来た」
「どうかした?」
阿部君はキャッチャーミットを持って立ち上がる。首を傾げていると、彼は私の目の前に来た。
「変化球も入るようになってきたから、今日はバッター入れて投げてみようぜ。そんでこいつがバッター」
こいつと言って、花井君を指さす。
「阿部から話は聞いたよ。昼休みに二人で何してるんだろうって思ってたけど、そういう事だったんだな」
どうやら私がイップスだということを花井君に話したらしい。別に隠すようなことでもないので構わないけれども、バッターを入れての投球はイップスになって以来初めてだ。緊張で手が震える。阿部君はそんな私を見て肩をポンと叩いた。
「そんな固くなるなって。花井にならぶつけても大丈夫だから」
「オイ!それはないだろ」
花井君が阿部君を小突く。そのやり取りが面白くて、思わず笑みがこぼれる。
「あははっ、それじゃあ当たって砕けろって感じで投げるね」
「その場合砕けるのはオレなんだけど!?」
「ジョーダンだよ。ちゃんとミットに投げて見せるから」
それから三人でワイワイと話ながらグラウンドに向かって歩き出す。バッターを入れて投げられるようになれば、完璧にイップスを克服したといえるだろう。そうしたら皆の打撃投手として役に立てる。
「貸し切りだ」
太陽がグラウンドを明るく照らす中、静かなマウンドが出迎えてくれた。部活中は色んな部と併用していて狭いと感じるグラウンドが、誰も居ない今は広く大きいように感じる。
「それじゃあ花井はバット持って打つ気で立って」
「おう」
三人で倉庫に向かい扉を開けて、それぞれ自分に必要な道具を持ち出す。ミットとロジンを持った私はいつものように阿部君の防具の装着を手伝い、花井君はヘルメットを被りバッティンググローブをはめてバットを持つ。
「苗字、手出して」
「手?」
阿部君に言われるがまま手を出すと、そこに一回り大きな彼の掌が重なった。
「緊張はしてねえみたいだな」
どうやら毎日部活でしている手を繋いでリラックスする方法を試したらしい。私と彼の掌の温度はあまり変わらなかった。
「おかげさまでね。でもマウンド上がったら分からないかも」
「そしたらいつでも呼べよ。手貸すから」
「うん。ありがとう」
私の緊張を解こうとしてくれる。それが嬉しくて強く頷いた。阿部君はキャッチャースボックスへと入っていき、花井君もバッターボックスに立って準備万端だ。私は大きく深呼吸をしてからマウンドに立つ。
「ふう……」
バッターが入るとやっぱり景色が違う。阿部君と花井君がこちらを真っすぐに見つめる。ざわついた胸の奥がちりちりと焼けるように痛い。マウンドに立ったことで、再びイップスの気配が顔を覗かせた。
「大丈夫。大丈夫……」
言い聞かせるように唱えてから、ロジンを軽く叩いてボールを握り込む。牛革特有のしっとりとした感触を確かに掴みながら、大きく振りかぶってミットに向かってボールを投げる。アウトコースいっぱいのストライクゾーンに入っていき、パンッ!と良い音を立ててキャッチャーミットに収まった。それを見た私は強く拳を握ってガッツポーズをする。
「よしっ!」
「ナイスボール!」
「球が速いとは聞いてたけど、百二十五キロは出てるんじゃねえか?本当にイップスなんだよな?」
信じられないと言った様子で花井君は首を捻る。私の同年代の男子に負けないの球速は、シニア時代に結構有名だった。阿部君のお陰もあって昔と変わらない球速で投げられるようになってきている。
「もう一球!」
阿部君から投げられた球をキャッチして、もう一度ボールを握って振りかぶって投げる。彼の構えたインコースから大きく外れて、アウトコースのボールゾーンへ入っていった。駄目だ。やっぱり打者側のインコースを狙うと、デッドボールが蘇ってコントロールが効かなくなってしまう。力なくマウンドに膝をつくと、阿部君が駆け寄ってきた。
「キャッチボールと打者入れた投球を続けて、少しずつ克服していこうぜ」
阿部君はそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる。その掌の温かさに胸の奥が熱くなるのを感じながら、またこれからも頑張ろうと自分を奮い立たせた。