欲を食らわば墓まで
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「なあ阿部、あの人苗字さんじゃない?」
水谷の声にハッと顔を上げると、名前の後ろ姿が目に入ってきた。遠くの方に居るが、あの艶やかな髪とサッチェルバッグは、間違いなくあいつだ。オレは走り出して、彼女を後を追いかけた。野球部の奴らが何事かと驚いているが関係ない。そんなことよりも、今あいつを追いかけなければ、二度と追いつけないと思った。
「名前!」
大声で呼びかけると、名前が振り返った。名前だ。やっぱり名前だった。そしてオレのことを見るなり、名前は走って逃げ出した。
「待てよ!」
走って追いかけながら思い出す。あいつ、クラスの女子の中でもずば抜けて足が……。
「おっせえなあ」
あまりにも足が遅く、あっという間に追いついた。逃げられないように彼女の手を握り、軽く引っ張ってこちらを向かせる。すると名前は今にも泣きそうな顏で、オレのことを見た。
「どうして追いかけてくるの?」
「どうしてって、こっちの台詞だ。なんで急に友達辞めるなんて言うんだよ。オレが何かしたなら言ってくれ」
肩を掴んで詰め寄ると、名前は諦めたようにため息を吐いた。
「分かった。全部話すから、その手を離して」
言われた通りに手を離してやると、名前はサッチェルバッグのベルトを握り締めた。
「ここは人通りが多いから、図書室に移動しよう」
その言葉にオレは頷いて、名前の後ろに続いた。
***
「それで、何でオレのこと避けてたんだ?」
二人きりの静かな図書室で、オレは直球に切り出した。名前は気まずそう目を逸らし、話し始めるのを躊躇っている様子だ。
「名前」
名前を呼んで促すと、彼女は小さな声で話し出した。
「隆也のことが好きなんだ」
「は?」
今なんて言った?オレのことが好きって言ったのか?混乱していると名前が話を続け出した。
「由比ヶ浜で私の人生を受け入れて、どんな時も味方だといってくれたあの時、私は隆也に恋をしてしまったの。君が私のことを友達だと思ってくれているのに、私は浅ましくも友達に恋をしてしまったんだよ。こんな気持ちで友達に接するなんて、純粋な思いやりに対する裏切りだと思ったんだ」
彼女がまばたきをした瞬間、それまで目に溜まっていた涙が、溢れるように落ちていった。その涙と悲痛な告白に、オレは自分のことを恥じた。こいつはオレのことを友達だと思っていたのに、オレは少しの下心を持って接していた。好きな女と仲良くなりたいという、不純な動機で隣に居座ろうとしたんだ。
「この気持ちに蓋をしようと思ったけれど無理だった。どうしようもなく隆也に焦がれているんだ。だから友達を辞めるしかないと思ったの」
そう言う彼女は、とても苦しそうだ。こんなにも純粋で真面目な名前に対して、なんてことをしていたんだと自責の念に駆られる。
「だから、ごめん。もう友達辞めよう」
「……お前の気持ちは分かった。友達を辞めよう」
オレがそう答えると、彼女は寂しそうな目をした後、唇をぐっと噛みしめた。そして鞄を肩に掛けて立ち上がる。帰ろうとしているのだろう。オレはそれを制止するように彼女の手首を掴んだ。
「オレの気持ちも聞いて欲しい」
彼女はゆっくりと振り返り、不安げな表情を見せた。
「うん。聞くよ」
静かに頷く名前の顏には緊張の色が見える。オレは掴んでいた手を離して、深く深呼吸をしてから口を開いた。
「オレも、オレも名前のことが好きだ」
「……え?」
「ずっと前から好きだった。お前とバッセンに行ったときから好きだったんだ。純粋な思いを裏切ってたのは、ずっとオレの方なんだよ」
話しているうちに声が震えて、視界が涙で滲んでいく。不純な気持ちで接していたことが分かったら、嫌われてしまうかもしれない。それでもこいつが勇気を出してオレに打ち明けてくれたんだから、オレの方も正直に伝えるべきだと思った。
「お前のことが知りたくて、オレだけの名前にしたくて、守りたいなんて思って。そんなこと考えながら、友達だってうそぶいて、ずっとお前の傍に居たんだよ」
空いた手で涙を拭いながら、オレは自分の想いを打ち明けた。名前は目を見開いて呆然としている。
「お前の純粋な気持ちを裏切ってごめん」
そう言って頭を下げた。彼女は今、どんな表情をしているのだろう。オレに幻滅したかもしれない。怒っているかもしれない。そう思うと中々顏を上げられなかった。
「隆也」
呼ばれて顔を上げると、柔らかく微笑む名前が居た。オレの頬に彼女の手が触れ、涙を指先で優しく拭ってくれる。その表情を見てホッとしたのも束の間、名前がオレの方に飛び込んできた。背中に手を回されて、強く抱きしめられる。
「裏切られたなんて思わないよ。私の事を好きでいてくれて嬉しい」
優しい囁きが耳をくすぐる中、オレも名前の背中に腕を回した。石鹸の香りが鼻をくすぐり、じんわり伝わってくる温もりが心地良い。暫くしてからそっと離れると、至近距離で視線が交わり合った。
「オレは不器用だし野球で忙しいから、寂しい思いもさせるかもしれない。それでも良いと思えるなら、これからは友達としてじゃなく、恋人として名前の傍に居させて欲しい」
オレの告白に彼女は幸せそうに笑い、ゆっくりと顏を寄せてきた。あ、キスされる。そう思って目を瞑ると、頬に柔らかなものが触れた。
「これからは恋人として、宜しくね。隆也」
目を開けると、そこには恥ずかしそうに、そして幸せそうに笑う名前が居た。
水谷の声にハッと顔を上げると、名前の後ろ姿が目に入ってきた。遠くの方に居るが、あの艶やかな髪とサッチェルバッグは、間違いなくあいつだ。オレは走り出して、彼女を後を追いかけた。野球部の奴らが何事かと驚いているが関係ない。そんなことよりも、今あいつを追いかけなければ、二度と追いつけないと思った。
「名前!」
大声で呼びかけると、名前が振り返った。名前だ。やっぱり名前だった。そしてオレのことを見るなり、名前は走って逃げ出した。
「待てよ!」
走って追いかけながら思い出す。あいつ、クラスの女子の中でもずば抜けて足が……。
「おっせえなあ」
あまりにも足が遅く、あっという間に追いついた。逃げられないように彼女の手を握り、軽く引っ張ってこちらを向かせる。すると名前は今にも泣きそうな顏で、オレのことを見た。
「どうして追いかけてくるの?」
「どうしてって、こっちの台詞だ。なんで急に友達辞めるなんて言うんだよ。オレが何かしたなら言ってくれ」
肩を掴んで詰め寄ると、名前は諦めたようにため息を吐いた。
「分かった。全部話すから、その手を離して」
言われた通りに手を離してやると、名前はサッチェルバッグのベルトを握り締めた。
「ここは人通りが多いから、図書室に移動しよう」
その言葉にオレは頷いて、名前の後ろに続いた。
***
「それで、何でオレのこと避けてたんだ?」
二人きりの静かな図書室で、オレは直球に切り出した。名前は気まずそう目を逸らし、話し始めるのを躊躇っている様子だ。
「名前」
名前を呼んで促すと、彼女は小さな声で話し出した。
「隆也のことが好きなんだ」
「は?」
今なんて言った?オレのことが好きって言ったのか?混乱していると名前が話を続け出した。
「由比ヶ浜で私の人生を受け入れて、どんな時も味方だといってくれたあの時、私は隆也に恋をしてしまったの。君が私のことを友達だと思ってくれているのに、私は浅ましくも友達に恋をしてしまったんだよ。こんな気持ちで友達に接するなんて、純粋な思いやりに対する裏切りだと思ったんだ」
彼女がまばたきをした瞬間、それまで目に溜まっていた涙が、溢れるように落ちていった。その涙と悲痛な告白に、オレは自分のことを恥じた。こいつはオレのことを友達だと思っていたのに、オレは少しの下心を持って接していた。好きな女と仲良くなりたいという、不純な動機で隣に居座ろうとしたんだ。
「この気持ちに蓋をしようと思ったけれど無理だった。どうしようもなく隆也に焦がれているんだ。だから友達を辞めるしかないと思ったの」
そう言う彼女は、とても苦しそうだ。こんなにも純粋で真面目な名前に対して、なんてことをしていたんだと自責の念に駆られる。
「だから、ごめん。もう友達辞めよう」
「……お前の気持ちは分かった。友達を辞めよう」
オレがそう答えると、彼女は寂しそうな目をした後、唇をぐっと噛みしめた。そして鞄を肩に掛けて立ち上がる。帰ろうとしているのだろう。オレはそれを制止するように彼女の手首を掴んだ。
「オレの気持ちも聞いて欲しい」
彼女はゆっくりと振り返り、不安げな表情を見せた。
「うん。聞くよ」
静かに頷く名前の顏には緊張の色が見える。オレは掴んでいた手を離して、深く深呼吸をしてから口を開いた。
「オレも、オレも名前のことが好きだ」
「……え?」
「ずっと前から好きだった。お前とバッセンに行ったときから好きだったんだ。純粋な思いを裏切ってたのは、ずっとオレの方なんだよ」
話しているうちに声が震えて、視界が涙で滲んでいく。不純な気持ちで接していたことが分かったら、嫌われてしまうかもしれない。それでもこいつが勇気を出してオレに打ち明けてくれたんだから、オレの方も正直に伝えるべきだと思った。
「お前のことが知りたくて、オレだけの名前にしたくて、守りたいなんて思って。そんなこと考えながら、友達だってうそぶいて、ずっとお前の傍に居たんだよ」
空いた手で涙を拭いながら、オレは自分の想いを打ち明けた。名前は目を見開いて呆然としている。
「お前の純粋な気持ちを裏切ってごめん」
そう言って頭を下げた。彼女は今、どんな表情をしているのだろう。オレに幻滅したかもしれない。怒っているかもしれない。そう思うと中々顏を上げられなかった。
「隆也」
呼ばれて顔を上げると、柔らかく微笑む名前が居た。オレの頬に彼女の手が触れ、涙を指先で優しく拭ってくれる。その表情を見てホッとしたのも束の間、名前がオレの方に飛び込んできた。背中に手を回されて、強く抱きしめられる。
「裏切られたなんて思わないよ。私の事を好きでいてくれて嬉しい」
優しい囁きが耳をくすぐる中、オレも名前の背中に腕を回した。石鹸の香りが鼻をくすぐり、じんわり伝わってくる温もりが心地良い。暫くしてからそっと離れると、至近距離で視線が交わり合った。
「オレは不器用だし野球で忙しいから、寂しい思いもさせるかもしれない。それでも良いと思えるなら、これからは友達としてじゃなく、恋人として名前の傍に居させて欲しい」
オレの告白に彼女は幸せそうに笑い、ゆっくりと顏を寄せてきた。あ、キスされる。そう思って目を瞑ると、頬に柔らかなものが触れた。
「これからは恋人として、宜しくね。隆也」
目を開けると、そこには恥ずかしそうに、そして幸せそうに笑う名前が居た。