欲を食らわば墓まで
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自由時間。約束通り二人きりになったオレ達は、名前の提案で由比ヶ浜海水浴場へとやって来た。
「見て、海面が煌めいて凄く綺麗!」
海に着くなり名前は目を輝かせながら走り出した。海水浴をしている人は居らず、ゆったりと落ち着いている。
「折角だから裸足で歩こうかな。隆也はどうする?」
「オレはやめとく」
「そっか」
ガラスを踏んで怪我でもしたら野球に差し障る。そう考えて断ると名前は軽く返事をして、靴と靴下を脱いで波打ち際を歩き出した。砂に足を取られて歩きにくそうにしているが、表情は明るく楽しそうだ。
「あっ、シーグラスだ」
「なんだそれ?」
名前はしゃがみ込んで砂を漁り、水色の石のような物をつまみ上げた。
「ガラス片だよ。波に揉まれて角が取れて、すりガラスみたいになるの。綺麗でしょう?」
「そうだな。お、これもシーグラスか?」
オレンジ色のすりガラス片を見つけて、それを拾い上げる。名前に見せると目を丸くして、それから興奮気味に口を開いた。
「凄い!オレンジ色のシーグラスなんて初めて見たよ!」
「そんなに珍しいのか?」
「うん。オレンジ色のガラス自体が珍しいからね。そうだ、シーグラス集めしよう」
「集めてどうするんだ?」
「思い出として飾ったり、アクセサリーにするよ」
アクセサリーにしたいと思うほど、このガラス片が好きなんだろうか。オレにはよく分からないが、こいつがそうしたいなら付き合うことにしよう。
「それじゃあ集めるか」
それから暫く二人でシーグラス集めをしていると、様々な色と形のシーグラスが両手いっぱいに集まった。
「ふふっ、いっぱい集めたね。私は持って帰るけど、隆也はどうする?」
「お前にやるよ。オレが持ってても仕方ねえからな」
「良いの?嬉しいよ。ありがとう」
にっこりと笑う名前はシーグラスをハンカチで丁寧に包んで鞄の中へと入れた。海に来てからずっと笑顔で、はしゃいでいる姿が可愛い。
「お前、よっぽど海が好きなんだな」
「うん。中でもこの由比ヶ浜は思い出の場所なんだ。幼い頃に家族と来て、凄く楽しかったの。あの時は凄く幸せだったよ」
「なあ、お前の家族についてもっと詳しく教えてくれねえか?」
「えっ?」
そう切り出すと名前は少し驚いた様子でこちらを向いた。それから難しい顔をして考え込んだかと思えば、顔を上げて申し訳なさそうに眉を下げた。
「私の家庭事情を知ったら、人によっては気分を害するかもしれない。それでも良いと思えるなら教えるよ」
その言葉だけで、オレが思っているよりもずっと複雑な家庭なんだと分かる。それでも踏み込む覚悟は出来ていた。
「ああ、教えてくれ。お前のことが知りたいんだ」
真剣な眼差しで告げると、彼女は安堵したように胸を撫で下ろした。それから海の方へと視線を移して、ゆっくりと口を開き始めた。
「私には両親と姉が居るんだ。仕事人間だけど教育熱心な父と、病気の母と姉っていう、愛すべき家族がね」
明るい声で発せられた言葉の中には、重い事実が隠されていた。
「母は病気で料理や洗濯に掃除をすることが難しくてね。父親の帰りも遅いから、ずっと私が代わりに家事をしていたんだ。それから三歳上の姉も精神的な病気で、だからとは限らないんだけど攻撃的な性格でね。毎日のように酷い事をされる日々を送っているうちに悟ったよ。人間の本質は欲にあるんだと。だから姉は欲のままに酷いことをするんだと考えるようになったんだ」
今のオレはどんな顏をしているんだろうか。涙が滲んで視界が揺らぐ中、名前は慌てた様子でオレの顔を覗き込んできた。
「ごめん、あまりにも重い話だったよね」
彼女は顔を曇らせて、申し訳なさそうに呟いた。確かにこいつの家庭事情は、オレが想像していたよりも重い。今の話だってかいつまんだものだから、もっと言えないような事や酷い事もあっただろう。だけど今まで言えなかった苦しみを、オレに打ち明けてくれたことが嬉しかった。
「お前がこれまでの人生の中で抱え込んできたことを、オレに話してくれて嬉しいよ」
ぐすんと鼻を啜り、涙を手の甲で拭う。名前はそんなオレを見て、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「実は小学生の頃にね、家庭事情を友達に話したことがあるの。そしたら引かれちゃってさ。その頃から友達を作るのが怖くなったんだ。それでも不思議なんだけど、隆也となら友達になっても良いかなって、この話をしても良いかなって思えたの。隆也が愚直なまでに素直だから、そう思ったのかもしれないね」
彼女の言葉に、再び視界が滲む。好きな女の前で泣くなんて情けねえけど、どうしたって止められないものは仕方ない。
「でもこれは過去の話。今は一人暮らしをして家族から距離を置いてるし、こんな私の人生を受け入れてくれる友達が居る。だから悲観することは無いんだよ。聞いてくれてありがとね」
名前は穏やかな声色でそう告げた。沢山の嫌なことがあった筈なのに、こいつはしっかりと前を向いている。暗い過去に引っ張られることなく、明るく生きていくことがどれだけ凄いことか。
「これからも辛いことがあれば教えろよ。オレはどんな時も名前の味方だから」
「……ありがとう」
名前の手を握りしめる。一回り小さな手のひらを確かに掴みながら、オレは本気でこいつのことを守りたいと思った。
「見て、海面が煌めいて凄く綺麗!」
海に着くなり名前は目を輝かせながら走り出した。海水浴をしている人は居らず、ゆったりと落ち着いている。
「折角だから裸足で歩こうかな。隆也はどうする?」
「オレはやめとく」
「そっか」
ガラスを踏んで怪我でもしたら野球に差し障る。そう考えて断ると名前は軽く返事をして、靴と靴下を脱いで波打ち際を歩き出した。砂に足を取られて歩きにくそうにしているが、表情は明るく楽しそうだ。
「あっ、シーグラスだ」
「なんだそれ?」
名前はしゃがみ込んで砂を漁り、水色の石のような物をつまみ上げた。
「ガラス片だよ。波に揉まれて角が取れて、すりガラスみたいになるの。綺麗でしょう?」
「そうだな。お、これもシーグラスか?」
オレンジ色のすりガラス片を見つけて、それを拾い上げる。名前に見せると目を丸くして、それから興奮気味に口を開いた。
「凄い!オレンジ色のシーグラスなんて初めて見たよ!」
「そんなに珍しいのか?」
「うん。オレンジ色のガラス自体が珍しいからね。そうだ、シーグラス集めしよう」
「集めてどうするんだ?」
「思い出として飾ったり、アクセサリーにするよ」
アクセサリーにしたいと思うほど、このガラス片が好きなんだろうか。オレにはよく分からないが、こいつがそうしたいなら付き合うことにしよう。
「それじゃあ集めるか」
それから暫く二人でシーグラス集めをしていると、様々な色と形のシーグラスが両手いっぱいに集まった。
「ふふっ、いっぱい集めたね。私は持って帰るけど、隆也はどうする?」
「お前にやるよ。オレが持ってても仕方ねえからな」
「良いの?嬉しいよ。ありがとう」
にっこりと笑う名前はシーグラスをハンカチで丁寧に包んで鞄の中へと入れた。海に来てからずっと笑顔で、はしゃいでいる姿が可愛い。
「お前、よっぽど海が好きなんだな」
「うん。中でもこの由比ヶ浜は思い出の場所なんだ。幼い頃に家族と来て、凄く楽しかったの。あの時は凄く幸せだったよ」
「なあ、お前の家族についてもっと詳しく教えてくれねえか?」
「えっ?」
そう切り出すと名前は少し驚いた様子でこちらを向いた。それから難しい顔をして考え込んだかと思えば、顔を上げて申し訳なさそうに眉を下げた。
「私の家庭事情を知ったら、人によっては気分を害するかもしれない。それでも良いと思えるなら教えるよ」
その言葉だけで、オレが思っているよりもずっと複雑な家庭なんだと分かる。それでも踏み込む覚悟は出来ていた。
「ああ、教えてくれ。お前のことが知りたいんだ」
真剣な眼差しで告げると、彼女は安堵したように胸を撫で下ろした。それから海の方へと視線を移して、ゆっくりと口を開き始めた。
「私には両親と姉が居るんだ。仕事人間だけど教育熱心な父と、病気の母と姉っていう、愛すべき家族がね」
明るい声で発せられた言葉の中には、重い事実が隠されていた。
「母は病気で料理や洗濯に掃除をすることが難しくてね。父親の帰りも遅いから、ずっと私が代わりに家事をしていたんだ。それから三歳上の姉も精神的な病気で、だからとは限らないんだけど攻撃的な性格でね。毎日のように酷い事をされる日々を送っているうちに悟ったよ。人間の本質は欲にあるんだと。だから姉は欲のままに酷いことをするんだと考えるようになったんだ」
今のオレはどんな顏をしているんだろうか。涙が滲んで視界が揺らぐ中、名前は慌てた様子でオレの顔を覗き込んできた。
「ごめん、あまりにも重い話だったよね」
彼女は顔を曇らせて、申し訳なさそうに呟いた。確かにこいつの家庭事情は、オレが想像していたよりも重い。今の話だってかいつまんだものだから、もっと言えないような事や酷い事もあっただろう。だけど今まで言えなかった苦しみを、オレに打ち明けてくれたことが嬉しかった。
「お前がこれまでの人生の中で抱え込んできたことを、オレに話してくれて嬉しいよ」
ぐすんと鼻を啜り、涙を手の甲で拭う。名前はそんなオレを見て、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「実は小学生の頃にね、家庭事情を友達に話したことがあるの。そしたら引かれちゃってさ。その頃から友達を作るのが怖くなったんだ。それでも不思議なんだけど、隆也となら友達になっても良いかなって、この話をしても良いかなって思えたの。隆也が愚直なまでに素直だから、そう思ったのかもしれないね」
彼女の言葉に、再び視界が滲む。好きな女の前で泣くなんて情けねえけど、どうしたって止められないものは仕方ない。
「でもこれは過去の話。今は一人暮らしをして家族から距離を置いてるし、こんな私の人生を受け入れてくれる友達が居る。だから悲観することは無いんだよ。聞いてくれてありがとね」
名前は穏やかな声色でそう告げた。沢山の嫌なことがあった筈なのに、こいつはしっかりと前を向いている。暗い過去に引っ張られることなく、明るく生きていくことがどれだけ凄いことか。
「これからも辛いことがあれば教えろよ。オレはどんな時も名前の味方だから」
「……ありがとう」
名前の手を握りしめる。一回り小さな手のひらを確かに掴みながら、オレは本気でこいつのことを守りたいと思った。