欲を食らわば墓まで
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あれから難なく鍵を借りた苗字は、慣れた手つきで図書室の扉を開けた。文化祭の喧騒が遠くに感じられるほど図書室の中は静かだ。苗字は一歩足を踏み入れると、照明のスイッチを入れて室内を明るくした。
「ここなら静かに休憩できる」
苗字は窓際の席に座ってプラカードを置いた。オレはその向かいに腰を下ろす。大きく枠取られた西向きの窓の外に目を向けると、沢山の一般客が楽しそうに校内を歩き回っているのが見えた。
「お前もサボったりするんだな」
「興味がないものにはとことん興味が持てないんだよ」
「勉強には興味があんの?」
「そうだね。授業も将来自分が教鞭を執る時の為を思うと身が入る」
「教師になりてェのか?」
「うん。教師として家に居場所がない子供たちの拠り所になりたいと思っているよ」
苗字が真っ直ぐな目で答えた。彼女の口から将来の話を聞くのは初めてだ。子供たちの拠り所になりたいなんて教師らしい立派な夢だと思うが、苗字の家庭環境に要因がありそうで引っかかる。
「なあ、お前ってどんな子供だったの?」
「うん?今と何も変わらない子供だったよ。なまじ頭がいいばかりに捻くれて、友達と呼べる存在も居なかったね」
なまじどころではないと思うが、確かにこいつは冷めた目をしているし、特定の誰かと仲良くしている所を見たことがない。その割にはオレに話しかけてくるし、よく分からない不思議な奴だ。
「苗字ってなんでオレに話しかけてくるの?」
そう尋ねると、苗字は目を数回瞬きをして小さく笑った。
「阿部となら友達になれると思ったからだよ」
「は?なんでオレ?」
「阿部は愚直だから。思ったことをそのまま口にするところが、気を遣わなくていいから楽なんだよ」
「はあ……」
褒めているのか貶しているのか分からないが、とりあえず悪い意味で言っているわけではないらしい。
「というわけで、私と友達にならないかな?」
苗字は浴衣の帯からスマホを取り出すと、トークアプリのQRコードをこちらに向けてきた。どうやら連絡先の交換をしたいらしい。
「特に連絡することないだろ」
「あるよ。例えば野球部が公欠した時の板書を写真で送ったり」
「……確かに」
それなら交換をしておいても損はないだろう。そう思ってポケットからスマホを取り出して、QRコードを読み取ると画面上に友達として苗字の名前が登録された。彼女のアイコンには黒い猫が映っている。
「猫飼ってンの?」
「ううん。猫カフェに行った時の写真だよ。毎週通いたいくらいなんだけど、なにせ貧乏だからね。でもこうやってアイコンにすれば、画面越しで会えるでしょう?」
「へぇ。猫好きなんだな」
「動物は全般的に好きだけど、猫は特に可愛いと思うよ。気まぐれで自由なところが魅力的だね。生まれ変わるなら猫になりたいよ」
朗らかに笑って答える苗字は、普段よりも楽しそうに見える。猫が好きという新しい一面を知って、彼女に対する印象が変わっていく。
「けっこう可愛いところあるんだな」
思ったことをそのまま口にすると、苗字はニンマリと口角を吊り上げて目を細めた。
「阿部のそういう素直なところが好きだよ」
好きという言葉に心臓が跳ね上がる。深い意味なんてないことは分かっているのに調子が狂ってしまう。オレは誤魔化すように机へ突っ伏して、顔を見られないように隠した。
「そんなに照れるなんて、阿部にも可愛いところがあるんだね」
苗字の声は普段より弾んでいて、悪い顔で笑っている姿が目に浮かんでくる。
「それはそうとさ、せっかくだから友達らしく名前で呼び合ってみようよ」
「はあ?」
名前で呼び合う。つまりは下の名前で呼ぶということだろうか。顏を上げると苗字は頬杖をついてオレを見ていた。
「もしかして隆也は私の名前を覚えてないのかな?」
「……名前、だろ」
「うん。これからは友達としてよろしくね」
名前は満足そうに笑って手を差し出す。その一回り小さな手を軽く握ると体温が伝わってきて、何故か胸が締め付けられるように痛くなった。
「ここなら静かに休憩できる」
苗字は窓際の席に座ってプラカードを置いた。オレはその向かいに腰を下ろす。大きく枠取られた西向きの窓の外に目を向けると、沢山の一般客が楽しそうに校内を歩き回っているのが見えた。
「お前もサボったりするんだな」
「興味がないものにはとことん興味が持てないんだよ」
「勉強には興味があんの?」
「そうだね。授業も将来自分が教鞭を執る時の為を思うと身が入る」
「教師になりてェのか?」
「うん。教師として家に居場所がない子供たちの拠り所になりたいと思っているよ」
苗字が真っ直ぐな目で答えた。彼女の口から将来の話を聞くのは初めてだ。子供たちの拠り所になりたいなんて教師らしい立派な夢だと思うが、苗字の家庭環境に要因がありそうで引っかかる。
「なあ、お前ってどんな子供だったの?」
「うん?今と何も変わらない子供だったよ。なまじ頭がいいばかりに捻くれて、友達と呼べる存在も居なかったね」
なまじどころではないと思うが、確かにこいつは冷めた目をしているし、特定の誰かと仲良くしている所を見たことがない。その割にはオレに話しかけてくるし、よく分からない不思議な奴だ。
「苗字ってなんでオレに話しかけてくるの?」
そう尋ねると、苗字は目を数回瞬きをして小さく笑った。
「阿部となら友達になれると思ったからだよ」
「は?なんでオレ?」
「阿部は愚直だから。思ったことをそのまま口にするところが、気を遣わなくていいから楽なんだよ」
「はあ……」
褒めているのか貶しているのか分からないが、とりあえず悪い意味で言っているわけではないらしい。
「というわけで、私と友達にならないかな?」
苗字は浴衣の帯からスマホを取り出すと、トークアプリのQRコードをこちらに向けてきた。どうやら連絡先の交換をしたいらしい。
「特に連絡することないだろ」
「あるよ。例えば野球部が公欠した時の板書を写真で送ったり」
「……確かに」
それなら交換をしておいても損はないだろう。そう思ってポケットからスマホを取り出して、QRコードを読み取ると画面上に友達として苗字の名前が登録された。彼女のアイコンには黒い猫が映っている。
「猫飼ってンの?」
「ううん。猫カフェに行った時の写真だよ。毎週通いたいくらいなんだけど、なにせ貧乏だからね。でもこうやってアイコンにすれば、画面越しで会えるでしょう?」
「へぇ。猫好きなんだな」
「動物は全般的に好きだけど、猫は特に可愛いと思うよ。気まぐれで自由なところが魅力的だね。生まれ変わるなら猫になりたいよ」
朗らかに笑って答える苗字は、普段よりも楽しそうに見える。猫が好きという新しい一面を知って、彼女に対する印象が変わっていく。
「けっこう可愛いところあるんだな」
思ったことをそのまま口にすると、苗字はニンマリと口角を吊り上げて目を細めた。
「阿部のそういう素直なところが好きだよ」
好きという言葉に心臓が跳ね上がる。深い意味なんてないことは分かっているのに調子が狂ってしまう。オレは誤魔化すように机へ突っ伏して、顔を見られないように隠した。
「そんなに照れるなんて、阿部にも可愛いところがあるんだね」
苗字の声は普段より弾んでいて、悪い顔で笑っている姿が目に浮かんでくる。
「それはそうとさ、せっかくだから友達らしく名前で呼び合ってみようよ」
「はあ?」
名前で呼び合う。つまりは下の名前で呼ぶということだろうか。顏を上げると苗字は頬杖をついてオレを見ていた。
「もしかして隆也は私の名前を覚えてないのかな?」
「……名前、だろ」
「うん。これからは友達としてよろしくね」
名前は満足そうに笑って手を差し出す。その一回り小さな手を軽く握ると体温が伝わってきて、何故か胸が締め付けられるように痛くなった。