バッティングセンターを出たオレは、歩きながら名前のことを考えていた。あいつはオレのことが好きだ。そう気付いてしまって、どうしたらいいのか分からなかった。幼馴染としては大切な存在だと思っていたが、それ以上の気持ちなんて考えたことがない。
　
「……はぁ」
　
　名前がオレをどう思っているかを知ってしまった今、オレは名前のことをどう思っているのか、はっきりさせなければならないだろう。あいつが他の男と仲良くしていると、どうしようもなく腹が立つのは、異性として名前が好きだからなのか？元希さんが卒団した後も仲良くしていると聞いた時、心の中が嫌な気分でぐちゃぐちゃになったのは、ただの幼馴染としての独占欲なのか。

「くそ……」

　気を紛らわすために早足で歩き続ける。だけど、どれだけ歩いても、頭の中から名前のことが離れない。オレは立ち止まって深く息を吐く。目を閉じて頭を冷やそうとするが、名前の笑顔が頭に浮かんでしまう。その笑顔が今までよりも愛おしく感じて、自分が何を考えているのか分からなくなっていた。
　
「タカちゃーん！」

　ふと、背後から聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。名前が息を切らしながら、こちらに走って来るのが見えた。ヒールをガツガツと鳴らして全力で走っていて危なっかしい。

「おい、危ねェぞ！」
　
　オレが声をかけるのとほぼ同時に、名前は躓いてバランスを崩した。急いで駆け寄り、手を伸ばしてなんとか支えようとするも、勢いを止めきれずその場に倒れ込む。気がつくと名前がオレを押し倒すような形になっていて、お互いの息遣いが聞こえてくる程の距離になった。

「ごめん……タカちゃん、大丈夫？」

「おう。名前は怪我してないか？」

「うん、大丈夫。ありがとう」

　名前は顔を赤くしながら小さく頷いて、ゆっくりと立ち上がってオレに手を差し伸べる。オレより一回り小さなその手を掴んで立ち上がると、名前は大きく深呼吸をしてから真剣な眼差しでこちらを見てきた。

「大事な話があるんだけど、いいかな？」

「……おう」

「さっき、タカちゃんに言ったこと……あれは困らせるつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、私の気持ちを知って欲しかっただけなの。タカちゃんが他の女の子と話しているのを見るとすごく胸が痛くなるし、誰よりもタカちゃんのことを一番理解しているのは私だって思いたい。それって私がタカちゃんに恋をしているからだと思うの」

　震えながら発せられた名前の言葉が心に深く響く。

「……私ね、タカちゃんのことがずっと前から好きなんだ。タカちゃんがどれだけ私の気持ちに気づいてくれなくても、タカちゃんのことが好きで他の誰にもあげたくない。タカちゃんが私をどう思っているか分からないけど、私はこの気持ちを伝えたかったの」

　名前が勇気を出して告白してきたんだから、オレも自分の気持ちに向き合わざるを得ないだろう。

「オレも、名前のことが好き……かもしれない」

　自分の気持ちが不確かであることを正直に伝えると、名前は一瞬驚いたような表情を見せてから微笑んだ。

「お前のことは大切だと思っているし、他の男と居るのを見ると嫌だとも思う。でもそれが恋愛感情なのか、オレにはまだ分からねぇ」

「かもしれないでも凄く嬉しい。それに、今すぐに答えを出さなくてもいいんだよ」

　名前はオレの手を優しく握りしめた。その手の温もりが、オレの心を落ち着かせていく。

「ねえタカちゃん。私たち付き合ってみない？タカちゃんが本当に私のことを好きになるか、これから一緒に過ごしながら考えてみてほしい。それで、タカちゃんが私を好きになってくれたらそれでいいし、もしそうじゃなくても……やっぱり私はタカちゃんのそばにいたいな。ずっと一緒にいたいから、タカちゃんが好きになってくれるような女の子になるよ。だから……」

　オレはその言葉を聞いて、さらに心が揺れ動くのを感じた。名前がこれほどまでにオレのことを思ってくれているのに、オレは自分の気持ちに確信を持てずにいる。

「……まだオレには自分の気持ちがはっきりと分かんねぇ。でもそれを一緒に探していけるんだったら、オレも名前と付き合いたいと思う」

「うん……！ありがとう、タカちゃん」

　名前は嬉しそうに笑ってからオレを抱きしめた。その温もりが心地よくて、オレも彼女の背中に手を回す。この選択が正しいのかは分からないけれど、幸せそうな名前を見ると間違いじゃないと思えた。