欲を食らわば墓まで
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文化祭当日。オレはクラスメイトが準備している姿をぼんやりと眺めていた。皆忙しそうにしているがオレは暇だ。時計に目を向けると、文化祭開始まで十分程の時間があった。
「万物の根源は何だと思う?」
急に後ろから話しかけられて、驚いて振り返ると苗字が立っていた。いつものサイズの合っていない制服姿ではなく、赤い矢絣柄の浴衣に山吹色の帯を締めている。普段下ろされている黒髪は、後ろで纏められているようだ。見惚れていると、苗字は口角を上げて言葉を続けた。
「万物は縁起により生じるという説があるんだけど、縁起と言えばこの矢絣柄は縁起物として有名だよね。それはさておき、阿部は万物の根源についてどう思う?」
「分かんねえけど、素粒子とかじゃねえか?」
「クォークとレプトンか。阿部はどちらかと言えば理系タイプなんだね」
なんでこんなことをオレに聞いてくるのか分からないが、こいつにとっては血液型や星座を尋ねるくらい自然なことなんだろう。オレの答えを聞いて満足そうに頷いている。
「そういうお前はどう考えてんの?」
「存在が万物の根源であると考える一方で、存在は不確かなものだとも思っているよ」
「よく分かんねえな」
「分からないから面白い」
「つーかオレにそんなこと聞くよりもさ、もっと頭の良い奴とかに聞いた方が面白いんじゃねえの?」
「阿部は頭良いよ」
ストレートな物言いに驚いて隣を見ると、苗字は真面目な顔をしてこちらを見ていた。お世辞を言うようなタイプでもないし、本気で言っているんだろう。そう思うと素直に嬉しかった。
「そりゃどーも」
「それに阿部のことが知りたいんだ。考えていることや、見ている世界が気になるから、もっと話がしたい」
「は?」
思わぬ言葉に間抜けな声が出る。オレは苗字とは違って普通の人間で、面白い考えも持っていない。それなのにどうしてオレと話がしたいと思うのか。沈黙が続くと、苗字は不安そうに眉を下げた。
「……もしかして、嫌だった?」
「嫌じゃねえよ。むしろ……」
「むしろ?」
むしろ。その続きはなんだ?オレは何を言おうとした? 苗字はきょとんとした顔でオレを見ていて、その表情を見た途端我に返った。
「なんでもねぇ」
慌てて顔を背けると、苗字は不思議そうに首を傾げた。自分でも分からない感情に戸惑っていると、クラスメイトの高橋が大きなプラカードを持ってやって来た。
「苗字似合ってんじゃん」
「それはどうも」
「それで悪いんだけど、今からこのプラカード持って、二十分くらい呼び込みして来てくれない?」
高橋の持つプラカードには、グリーンティーカフェと大きく書かれている。確かに和装の苗字がコレを持って立っているだけで、それなりに人が集まってきそうだ。
「うん、良いよ。でも一人だと心細いから、阿部と一緒に行ってきても良いかな?」
「え。オレも?」
「おー、それじゃあ二人で行ってきてくれ!」
高橋はプラカードを苗字に渡して持ち場へと消えていった。
「なんでオレも呼び込みしないといけないんだよ」
「まあついてきなって」
そう言って苗字は下駄を鳴らしながら歩き出す。教室のドアを開けると、廊下は人で溢れていた。既に一般客も入ってきているようだ。そして思った通り、浴衣でプラカードを持つ苗字は人の目を引いている。しかし客引きをする様子は無い。
「ねえ、阿部。一緒にサボらない?」
立ち止まった苗字が振り返り、目を細めて悪戯っぽく笑う。その表情が妙に色っぽく見えて、思わず顔を背けると苗字は覗き込むようにオレを見た。
「もしかして浴衣姿の私に今更照れてるのかな?」
「ンなわけあるか。それよりもお前、最初からサボる気でオレのこと巻き込んだだろ」
「うん。それで阿部はどうする?」
「サボる」
「そう来なくちゃね」
上機嫌に笑うと、苗字は再び歩き出した。迷いなく進んでいくのを見るに、目的地があるようだ。
「どこに行くんだ?」
「職員室に行って図書室の鍵を借りるんだよ」
「流石に今借りるのは怪しまれねえ?」
文化祭真っ只中に、図書室の鍵を借りる奴なんて居ないだろう。そう思ったけれど苗字はにんまりと笑っている。随分自信があるらしい。
「私が勉強するって言えば、誰も疑問に思わないよ」
「……確かに」
勉強熱心で優等生のこいつなら、文化祭の最中に勉強しても不思議ではない。それどころか、文化祭で和装喫茶の接客をするという、俗っぽいことをする方がイメージに合わない。納得したオレは彼女の意見に乗っかり、職員室へ向かうことにした。
「万物の根源は何だと思う?」
急に後ろから話しかけられて、驚いて振り返ると苗字が立っていた。いつものサイズの合っていない制服姿ではなく、赤い矢絣柄の浴衣に山吹色の帯を締めている。普段下ろされている黒髪は、後ろで纏められているようだ。見惚れていると、苗字は口角を上げて言葉を続けた。
「万物は縁起により生じるという説があるんだけど、縁起と言えばこの矢絣柄は縁起物として有名だよね。それはさておき、阿部は万物の根源についてどう思う?」
「分かんねえけど、素粒子とかじゃねえか?」
「クォークとレプトンか。阿部はどちらかと言えば理系タイプなんだね」
なんでこんなことをオレに聞いてくるのか分からないが、こいつにとっては血液型や星座を尋ねるくらい自然なことなんだろう。オレの答えを聞いて満足そうに頷いている。
「そういうお前はどう考えてんの?」
「存在が万物の根源であると考える一方で、存在は不確かなものだとも思っているよ」
「よく分かんねえな」
「分からないから面白い」
「つーかオレにそんなこと聞くよりもさ、もっと頭の良い奴とかに聞いた方が面白いんじゃねえの?」
「阿部は頭良いよ」
ストレートな物言いに驚いて隣を見ると、苗字は真面目な顔をしてこちらを見ていた。お世辞を言うようなタイプでもないし、本気で言っているんだろう。そう思うと素直に嬉しかった。
「そりゃどーも」
「それに阿部のことが知りたいんだ。考えていることや、見ている世界が気になるから、もっと話がしたい」
「は?」
思わぬ言葉に間抜けな声が出る。オレは苗字とは違って普通の人間で、面白い考えも持っていない。それなのにどうしてオレと話がしたいと思うのか。沈黙が続くと、苗字は不安そうに眉を下げた。
「……もしかして、嫌だった?」
「嫌じゃねえよ。むしろ……」
「むしろ?」
むしろ。その続きはなんだ?オレは何を言おうとした? 苗字はきょとんとした顔でオレを見ていて、その表情を見た途端我に返った。
「なんでもねぇ」
慌てて顔を背けると、苗字は不思議そうに首を傾げた。自分でも分からない感情に戸惑っていると、クラスメイトの高橋が大きなプラカードを持ってやって来た。
「苗字似合ってんじゃん」
「それはどうも」
「それで悪いんだけど、今からこのプラカード持って、二十分くらい呼び込みして来てくれない?」
高橋の持つプラカードには、グリーンティーカフェと大きく書かれている。確かに和装の苗字がコレを持って立っているだけで、それなりに人が集まってきそうだ。
「うん、良いよ。でも一人だと心細いから、阿部と一緒に行ってきても良いかな?」
「え。オレも?」
「おー、それじゃあ二人で行ってきてくれ!」
高橋はプラカードを苗字に渡して持ち場へと消えていった。
「なんでオレも呼び込みしないといけないんだよ」
「まあついてきなって」
そう言って苗字は下駄を鳴らしながら歩き出す。教室のドアを開けると、廊下は人で溢れていた。既に一般客も入ってきているようだ。そして思った通り、浴衣でプラカードを持つ苗字は人の目を引いている。しかし客引きをする様子は無い。
「ねえ、阿部。一緒にサボらない?」
立ち止まった苗字が振り返り、目を細めて悪戯っぽく笑う。その表情が妙に色っぽく見えて、思わず顔を背けると苗字は覗き込むようにオレを見た。
「もしかして浴衣姿の私に今更照れてるのかな?」
「ンなわけあるか。それよりもお前、最初からサボる気でオレのこと巻き込んだだろ」
「うん。それで阿部はどうする?」
「サボる」
「そう来なくちゃね」
上機嫌に笑うと、苗字は再び歩き出した。迷いなく進んでいくのを見るに、目的地があるようだ。
「どこに行くんだ?」
「職員室に行って図書室の鍵を借りるんだよ」
「流石に今借りるのは怪しまれねえ?」
文化祭真っ只中に、図書室の鍵を借りる奴なんて居ないだろう。そう思ったけれど苗字はにんまりと笑っている。随分自信があるらしい。
「私が勉強するって言えば、誰も疑問に思わないよ」
「……確かに」
勉強熱心で優等生のこいつなら、文化祭の最中に勉強しても不思議ではない。それどころか、文化祭で和装喫茶の接客をするという、俗っぽいことをする方がイメージに合わない。納得したオレは彼女の意見に乗っかり、職員室へ向かうことにした。