欲を食らわば墓まで
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月曜日の朝。朝練を終えて教室に入ると、苗字の席の周りに人だかりができていた。珍しい光景に驚きながら自分の席に鞄を置くと、隣で話している声が耳に入って来る。
「まさか苗字がメイド喫茶でバイトしてるとは思わなかったわ」
は?メイド喫茶?え、アイツが?整理のつかない頭で視線を送ると、苗字はげんなりとした表情をしていた。
「その話はあまりしてほしくないところだけど……まあ、これだけの人に見られてしまったし仕方ないか」
こいつは本当にメイド喫茶でバイトをしているらしい。オレがバイトについて聞いた時に、言い淀んでいたのはこれが原因だったのか。それにしてもメイド服で接客をする苗字なんて想像がつかない。
「それでさ、苗字にお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「グリーンティーカフェで接客してくれないかな?今裏方の方が人数多いからさ」
「……土曜日のバイトは仕方なく接客に入っていただけで、普段はキッチンの仕事をしているんだ。接客は苦手だから周りに迷惑をかけるかもしれない」
「オレらもサポートするから頼む!もう苗字にしか頼めないんだ」
頼むと言いながら断れないように周りを固めている気がする。苗字はしばらく悩んだ後、小さく息を吐いて頷いた。
「分かった。文化祭当日は接客に入るよ」
「ありがとう!助かるよ」
それだけ言ってクラスメイトが散り散りになっていく中、オレ苗字に体を向けた。
「お前のバイト先ってメイド喫茶だったんだな」
「阿部って本当に愚直だよね。確かに私のバイト先はメイド喫茶。それもメイドとして働いてるんだ。存分に笑えば良い」
苗字は早口でまくし立てた後、机に突っ伏してしまった。どうやらメイドをしていることに負い目を感じているらしい。
「笑うわけねえだろ。大変なのにスゲーなって尊敬する」
「お高くとまるこの私が給仕の真似事をするなんて滑稽だとは思わないの?」
「別に思わねえよ。つーか、そんな言い方したら同じ仕事してる奴に失礼だろ」
「……確かに阿部の言う通りだけど誤解しないで欲しい。メイドが悪いんじゃなくて、私がメイドをしているのが変だっていう話で……」
「ンなことよりも、お前文化祭で接客することになって良かったのか?明らかに嫌そうだったけど」
こいつは周りに勝手に期待されて、嫌々接客を引き受けることになってた。それが気になって尋ねると、苗字は困ったように眉を下げた。
「良くないけど、仕方ないよ。断ろうと思ったけど許されない空気だったからさ」
「お前、空気とか読めたんだな」
「まさか。私が読めるのは字だけだよ」
苗字は自嘲気味に笑った後、大きな溜息を吐いた。否定をされてしまったが、嫌なことを頼まれて引き受ける奴が、空気を読めないとは思えない。彼女は思いのほか、優しい人間なんだろう。
「つーかそんなに接客嫌なのに、なんでメイドやってんだ?普段はキッチンってゆうのウソだろ」
「珍しく鋭いね。あけすけに言うなら時給の良さで選んだんだ。最初はキッチン希望だったんだけどメイドを勧められて、結局押し切られる形で今に至るって感じだよ」
「お前、意外と押しに弱いのな」
「期待されると応えたくなってしまうところはあるかな。勉強とか習い事とか色々押し付けられて育ってきたから、染み付いているのかもしれない」
「お前、苦労してきたんだな」
なんでもそつなくこなしているから、苦労しているように見えなかったが、こいつにも色々と悩みがあるらしい。前にも複雑な家庭環境だと言っていたし、そのせいなんだろう。
「一人暮らしするようになってからは気楽だけどね。誰にも文句を言われないし、理不尽な暴力を受けることもない。不自由があるとすればアパートが狭すぎるくらいかな」
「は?暴力ってお前……」
「ああ、ごめん。今のは気にしないで」
苗字はそう言って話を切り上げる。気にするなと言われて気にならない訳がないが、彼女の表情からこれ以上は踏み込まない方が良いと思った。
「そうだ。阿部に返さないといけないものがあるんだ」
唐突に何かを思い出したのか、苗字はサッチェルバッグから財布とペットボトルを取り出した。
「はい。前に借りた二百円と、お礼のスポーツドリンク」
「え。二百円はともかく、お礼ってなんだよ」
「阿部が二百円貸してくれなかったら飢え死にしてたかもしれない。命の恩人にはお礼をしないとね」
冗談っぽく笑っているが、本当にお礼のつもりでスポーツドリンクを買って来たんだろう。律儀な奴だ。ありがたくペットボトルを受け取ると、苗字は財布を鞄に仕舞っていつもの澄まし顔に戻った。
「まさか苗字がメイド喫茶でバイトしてるとは思わなかったわ」
は?メイド喫茶?え、アイツが?整理のつかない頭で視線を送ると、苗字はげんなりとした表情をしていた。
「その話はあまりしてほしくないところだけど……まあ、これだけの人に見られてしまったし仕方ないか」
こいつは本当にメイド喫茶でバイトをしているらしい。オレがバイトについて聞いた時に、言い淀んでいたのはこれが原因だったのか。それにしてもメイド服で接客をする苗字なんて想像がつかない。
「それでさ、苗字にお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「グリーンティーカフェで接客してくれないかな?今裏方の方が人数多いからさ」
「……土曜日のバイトは仕方なく接客に入っていただけで、普段はキッチンの仕事をしているんだ。接客は苦手だから周りに迷惑をかけるかもしれない」
「オレらもサポートするから頼む!もう苗字にしか頼めないんだ」
頼むと言いながら断れないように周りを固めている気がする。苗字はしばらく悩んだ後、小さく息を吐いて頷いた。
「分かった。文化祭当日は接客に入るよ」
「ありがとう!助かるよ」
それだけ言ってクラスメイトが散り散りになっていく中、オレ苗字に体を向けた。
「お前のバイト先ってメイド喫茶だったんだな」
「阿部って本当に愚直だよね。確かに私のバイト先はメイド喫茶。それもメイドとして働いてるんだ。存分に笑えば良い」
苗字は早口でまくし立てた後、机に突っ伏してしまった。どうやらメイドをしていることに負い目を感じているらしい。
「笑うわけねえだろ。大変なのにスゲーなって尊敬する」
「お高くとまるこの私が給仕の真似事をするなんて滑稽だとは思わないの?」
「別に思わねえよ。つーか、そんな言い方したら同じ仕事してる奴に失礼だろ」
「……確かに阿部の言う通りだけど誤解しないで欲しい。メイドが悪いんじゃなくて、私がメイドをしているのが変だっていう話で……」
「ンなことよりも、お前文化祭で接客することになって良かったのか?明らかに嫌そうだったけど」
こいつは周りに勝手に期待されて、嫌々接客を引き受けることになってた。それが気になって尋ねると、苗字は困ったように眉を下げた。
「良くないけど、仕方ないよ。断ろうと思ったけど許されない空気だったからさ」
「お前、空気とか読めたんだな」
「まさか。私が読めるのは字だけだよ」
苗字は自嘲気味に笑った後、大きな溜息を吐いた。否定をされてしまったが、嫌なことを頼まれて引き受ける奴が、空気を読めないとは思えない。彼女は思いのほか、優しい人間なんだろう。
「つーかそんなに接客嫌なのに、なんでメイドやってんだ?普段はキッチンってゆうのウソだろ」
「珍しく鋭いね。あけすけに言うなら時給の良さで選んだんだ。最初はキッチン希望だったんだけどメイドを勧められて、結局押し切られる形で今に至るって感じだよ」
「お前、意外と押しに弱いのな」
「期待されると応えたくなってしまうところはあるかな。勉強とか習い事とか色々押し付けられて育ってきたから、染み付いているのかもしれない」
「お前、苦労してきたんだな」
なんでもそつなくこなしているから、苦労しているように見えなかったが、こいつにも色々と悩みがあるらしい。前にも複雑な家庭環境だと言っていたし、そのせいなんだろう。
「一人暮らしするようになってからは気楽だけどね。誰にも文句を言われないし、理不尽な暴力を受けることもない。不自由があるとすればアパートが狭すぎるくらいかな」
「は?暴力ってお前……」
「ああ、ごめん。今のは気にしないで」
苗字はそう言って話を切り上げる。気にするなと言われて気にならない訳がないが、彼女の表情からこれ以上は踏み込まない方が良いと思った。
「そうだ。阿部に返さないといけないものがあるんだ」
唐突に何かを思い出したのか、苗字はサッチェルバッグから財布とペットボトルを取り出した。
「はい。前に借りた二百円と、お礼のスポーツドリンク」
「え。二百円はともかく、お礼ってなんだよ」
「阿部が二百円貸してくれなかったら飢え死にしてたかもしれない。命の恩人にはお礼をしないとね」
冗談っぽく笑っているが、本当にお礼のつもりでスポーツドリンクを買って来たんだろう。律儀な奴だ。ありがたくペットボトルを受け取ると、苗字は財布を鞄に仕舞っていつもの澄まし顔に戻った。