欲を食らわば墓まで
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四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、昼メシの時間がやってきた。エナメルバッグから弁当を取り出していると、目の前に苗字がやってきてオレを見下ろす。一体どうしたんだろうか。
「阿部、二百円貸してくれないかな?」
「別に良いけど、どうしたんだ?」
「いつも学食なんだけど、財布を忘れてしまったんだよ」
こいつが忘れ物をするなんて、珍しい事もあるもんだ。今日は矢でも降るんじゃないか、なんてことを思いながら財布を取り出して、二百円を手渡す。
「ほらよ、二百円」
「ありがとう」
「つーか、それだけで足りんの?」
オレは普段学食を使わないからよく分からないけど、二百円だけでまともなものが食べられるんだろうか。もしかしたら借りるのを遠慮して……いや、こいつに遠慮なんていう概念があるわけないか。なんて失礼なことを考えていると、苗字は口角を上げてにっこりと笑った。
「大丈夫。学食の麺類はどれも二百円で、なかなか美味しいんだ。特に焼きうどん。一人暮らしの貧乏人にとっては最高のご馳走だよ」
「は?誰が一人暮らしで貧乏人?」
思わぬ言葉に聞き返す。苗字は顔色を変えずに、自身の顔を指差した。
「私がだけど」
「マジかよ。なんつーか、意外だな。お嬢様なんだと勝手に勘違いしてた」
「実家はそれなりに裕福なんだけど、どうしても自分で生計を立てたくてね。バイトをしながら節約生活をしているんだ」
「は!?」
衝撃的な言葉を放つ苗字に思わず大声を出してしまうと、周りの視線がオレに集中する。慌てて手で口を抑えるがもう遅い。
「自分で生計立ててるって言ったよな?そんなことが現実的に可能なのかよ」
「可能だよ。切り詰めていけば、扶養内でも自立できる。特待生だから学費は免除されているしね。私が西浦を選んだのは制服代が浮くからなんだ。中学の時の制服で良いのはとても助かる」
即答だった。確かに言われてみると、こいつがいつも着ている制服は、スカートの丈や袖が短めだ。優等生の苗字らしくないと不思議だったが、そんな事情があったとは。
「なんのバイトしてんの?」
「それは……」
珍しく言い淀む苗字は目を泳がせた。聞かれたら不味いバイトでもしてるんだろうか。そう考えていると彼女はこちらの目を真っすぐに見て、再び口を開いた。
「カフェの接客だよ」
「カフェの接客って、どんなことすんの?」
「うん?席に案内したり、商品を提供したり、レジに入ったりだよ」
「へえ。大変だな」
「慣れるまでは大変だったけれど、今となっては流れ作業だね」
返ってきた答えは普通の仕事内容だ。怪しいバイトでもしているのかと思ったが、どうやらオレの思い過ごしだったらしい。しかし、疑問はまだ残っている。
「家が裕福なのに、なんでわざわざそんなことしてんの?」
「どうしても家を頼りにしたくなかったんだよ。まあ簡単に言うと複雑な家庭なんだ。後は察してくれると助かるよ」
「察しろって言われても、それだけじゃ全然分かんねえよ」
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。まあ毎日当たり前にお弁当を作ってくれたり、汚れたユニフォームを綺麗にしてくれる家族が居る人には、あまり理解ができないかもしれないね」
「は?なんだよそれ」
嫌味な言い方をされて、思わず顔を顰めてしまった。確かにオレの母さんは毎日弁当を作って、ユニフォームを洗ってくれる。でもそんなの当たり前だろ。それが一体何だと言うんだ。
「気を悪くしたのなら謝るけど、意地悪で言った訳じゃないんだよ。どちらかと言えば嫉妬かもしれない。私は自分で料理や洗濯をしなくちゃいけないから、どうしようもなく羨ましいんだ。幸せそうな家族を見るとね」
寂しそうに呟く苗字にどう返して良いか分からず黙り込む。こいつの家庭環境が複雑だというのは分かった。そしてオレの家族が羨ましいということも。この話はこれ以上踏み込んではいけない気がする。微妙な空気のまま黙っていると、苗字はお腹を押さえた。
「それじゃあお腹が空いたから、私は食堂に行ってくるよ。二百円貸してくれて本当にありがとう。この借りはかならず返すね」
苗字は小銭を片手に教室を出ていってしまった。残されたオレは苗字の言葉を思い返してみる。家を頼りたくない理由ってなんだ?複雑な家庭って何だよ。気になるとはいえ、本人が話したくないんならこれ以上は追及できねえ。もやもやする気持ちを抱えたまま、オレは弁当の蓋を開けた。
「阿部、二百円貸してくれないかな?」
「別に良いけど、どうしたんだ?」
「いつも学食なんだけど、財布を忘れてしまったんだよ」
こいつが忘れ物をするなんて、珍しい事もあるもんだ。今日は矢でも降るんじゃないか、なんてことを思いながら財布を取り出して、二百円を手渡す。
「ほらよ、二百円」
「ありがとう」
「つーか、それだけで足りんの?」
オレは普段学食を使わないからよく分からないけど、二百円だけでまともなものが食べられるんだろうか。もしかしたら借りるのを遠慮して……いや、こいつに遠慮なんていう概念があるわけないか。なんて失礼なことを考えていると、苗字は口角を上げてにっこりと笑った。
「大丈夫。学食の麺類はどれも二百円で、なかなか美味しいんだ。特に焼きうどん。一人暮らしの貧乏人にとっては最高のご馳走だよ」
「は?誰が一人暮らしで貧乏人?」
思わぬ言葉に聞き返す。苗字は顔色を変えずに、自身の顔を指差した。
「私がだけど」
「マジかよ。なんつーか、意外だな。お嬢様なんだと勝手に勘違いしてた」
「実家はそれなりに裕福なんだけど、どうしても自分で生計を立てたくてね。バイトをしながら節約生活をしているんだ」
「は!?」
衝撃的な言葉を放つ苗字に思わず大声を出してしまうと、周りの視線がオレに集中する。慌てて手で口を抑えるがもう遅い。
「自分で生計立ててるって言ったよな?そんなことが現実的に可能なのかよ」
「可能だよ。切り詰めていけば、扶養内でも自立できる。特待生だから学費は免除されているしね。私が西浦を選んだのは制服代が浮くからなんだ。中学の時の制服で良いのはとても助かる」
即答だった。確かに言われてみると、こいつがいつも着ている制服は、スカートの丈や袖が短めだ。優等生の苗字らしくないと不思議だったが、そんな事情があったとは。
「なんのバイトしてんの?」
「それは……」
珍しく言い淀む苗字は目を泳がせた。聞かれたら不味いバイトでもしてるんだろうか。そう考えていると彼女はこちらの目を真っすぐに見て、再び口を開いた。
「カフェの接客だよ」
「カフェの接客って、どんなことすんの?」
「うん?席に案内したり、商品を提供したり、レジに入ったりだよ」
「へえ。大変だな」
「慣れるまでは大変だったけれど、今となっては流れ作業だね」
返ってきた答えは普通の仕事内容だ。怪しいバイトでもしているのかと思ったが、どうやらオレの思い過ごしだったらしい。しかし、疑問はまだ残っている。
「家が裕福なのに、なんでわざわざそんなことしてんの?」
「どうしても家を頼りにしたくなかったんだよ。まあ簡単に言うと複雑な家庭なんだ。後は察してくれると助かるよ」
「察しろって言われても、それだけじゃ全然分かんねえよ」
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。まあ毎日当たり前にお弁当を作ってくれたり、汚れたユニフォームを綺麗にしてくれる家族が居る人には、あまり理解ができないかもしれないね」
「は?なんだよそれ」
嫌味な言い方をされて、思わず顔を顰めてしまった。確かにオレの母さんは毎日弁当を作って、ユニフォームを洗ってくれる。でもそんなの当たり前だろ。それが一体何だと言うんだ。
「気を悪くしたのなら謝るけど、意地悪で言った訳じゃないんだよ。どちらかと言えば嫉妬かもしれない。私は自分で料理や洗濯をしなくちゃいけないから、どうしようもなく羨ましいんだ。幸せそうな家族を見るとね」
寂しそうに呟く苗字にどう返して良いか分からず黙り込む。こいつの家庭環境が複雑だというのは分かった。そしてオレの家族が羨ましいということも。この話はこれ以上踏み込んではいけない気がする。微妙な空気のまま黙っていると、苗字はお腹を押さえた。
「それじゃあお腹が空いたから、私は食堂に行ってくるよ。二百円貸してくれて本当にありがとう。この借りはかならず返すね」
苗字は小銭を片手に教室を出ていってしまった。残されたオレは苗字の言葉を思い返してみる。家を頼りたくない理由ってなんだ?複雑な家庭って何だよ。気になるとはいえ、本人が話したくないんならこれ以上は追及できねえ。もやもやする気持ちを抱えたまま、オレは弁当の蓋を開けた。