欲を食らわば墓まで
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「人間の本質は何だと思う?」
苗字はいつだって唐突だ。オレが美丞大狭山との対戦で捻挫をして、学校で松葉杖を突いていたのを見た時も「阿部はハンディキャップの語源を知っているかな?」と言ってきた。怪我をしているのが当たり前というような口調で。そんな奴だから、夏休み明けの再会で出た言葉が哲学的な話だろうと、驚きはしない。しかし。
「お前、挨拶とかないワケ?」
オレが朝練を終えて教室に入るなり、隣の席の苗字は挨拶をすっ飛ばして話しかけてきた。いつもそうだ。突拍子もなく哲学的な話題を出しては、オレに意見を求めてくる。どういう思考回路をしているのか、頭の中を見てみたいくらいには変なヤツだ。
「おはよう。これで満足かな?」
「はぁ……それで人間の本質って何だよ。善悪とか感情とか、そういう話?」
「そういう話」
「理性じゃねえか?他の動物にはないものだろ」
「阿部は洞察力に富んでいるね。確かに人間は理性を持つことで、他の生物と一線を画しているし、感情を抑えて論理的に判断することができる」
オレの回答に満足した様子で、長い黒髪を耳に掛けながら微笑を浮かべる。お嬢様然としているがこいつの瞳はいつも氷柱のように冷たく鋭い。
「そういうお前はどう思ってるんだ?」
「私は欲だと思っているよ」
「欲?」
どうして人間の本質を欲だと考えるのだろう。興味と疑問が混ざり合う中、苗字の言葉に耳を傾ける。
「人間の行動の根底には、常に何かを求める欲望があるんだ。食べたい、知りたい、愛されたい。野球をしている時は、勝ちたいって思うでしょう?」
「それはそうだけどさ、欲だけだと動物と変わんねえだろ」
「確かに君の言う通り、秩序を保つためには理性が必要だよね。しかしその理性さえも、自分達を守りたいという欲望から生まれると思うんだ。暴力を振るうのが当たり前の世の中だと、自分も殴られて嫌な思いをするからね。つまり人間の本質は欲であり、それを制御する理性もまた、欲の一部なんだよ」
「理性すら欲望から生まれる……そう言われてみればそうかも知んねえ。お前の考え方って新鮮で面白いな」
「そう思ってくれて嬉しいよ」
「それにしても、何でまた急にそんな話をしたんだ?」
オレの質問に苗字は何かを考えるように俯いて、虚空をぼんやりと見つめた。難しい質問をしたつもりは無いが、何か引っかかることでもあるのだろうか。
「苗字」
痺れを切らして呼びかけると、我に返った彼女が顔を上げた。
「ああ、ごめん。この考えに至ったのは、小学三年生の頃だったんだけど、今まで誰にも話したことが無かったから、阿部に聞いて貰おうと思ったんだよ」
やはりと言うべきか、最初に質問してきた時から、オレに自分の考えを聞かせる気だったらしい。それは別に良いとして、一つだけ引っかかることがあった。
「お前って子供の頃から、人間の本質について考えてたのか?」
「そうだけど。阿部は考えたことが無いの?」
馬鹿にしている訳では無く、ただ単純な疑問を投げかけてみた、というような感じで尋ねられてしまった。こういう所で、地頭の差というか、頭の出来の違いを感じる。実際こいつは学力特待生として入学したらしく、入学式でも新入生代表の挨拶をしていた。思えばあの時も「人生は無意味で無価値である」という、インパクトのある挨拶をかましていたのだが、この話はとりあえず置いておこう。
「考えたことも無いのが普通だろ」
「それなら君は普段どういう事を考えてるの?」
「野球のことだな」
「阿部は根っからのスポーツマンだね」
苗字は口元を手で隠しながら、くすくすと小さく笑った。いちいち仕草が上品なくせに、毎回不作法に話しかけてくるのは何故なのだろう。こいつは不思議なことだらけだ。夏休み中に用事も無いのに学校へ赴いていたり、気まぐれにグラウンドの草むしりを手伝ったり。理由を聞くと「家に居ても暇だから」と言うばかりで、何を考えているのか分からない。
「オレは苗字の考えてることが知りてえよ」
切実な思いを口に出すと、彼女は困ったように眉を下げた。
「少し眠たいとか、お腹が空いたとか、つまらないことを考えているよ」
「……お前がオレと変わらなくて安心したわ」
難しいことばかり考えているものだと決めつけていたが、案外そうでもないらしい。ほんの少し親近感を覚えた。とはいえ人間の根源的な部分について考えているのは、やはり普通ではないのだろう。そういう所も含めてこいつのことを理解したいと思った。
苗字はいつだって唐突だ。オレが美丞大狭山との対戦で捻挫をして、学校で松葉杖を突いていたのを見た時も「阿部はハンディキャップの語源を知っているかな?」と言ってきた。怪我をしているのが当たり前というような口調で。そんな奴だから、夏休み明けの再会で出た言葉が哲学的な話だろうと、驚きはしない。しかし。
「お前、挨拶とかないワケ?」
オレが朝練を終えて教室に入るなり、隣の席の苗字は挨拶をすっ飛ばして話しかけてきた。いつもそうだ。突拍子もなく哲学的な話題を出しては、オレに意見を求めてくる。どういう思考回路をしているのか、頭の中を見てみたいくらいには変なヤツだ。
「おはよう。これで満足かな?」
「はぁ……それで人間の本質って何だよ。善悪とか感情とか、そういう話?」
「そういう話」
「理性じゃねえか?他の動物にはないものだろ」
「阿部は洞察力に富んでいるね。確かに人間は理性を持つことで、他の生物と一線を画しているし、感情を抑えて論理的に判断することができる」
オレの回答に満足した様子で、長い黒髪を耳に掛けながら微笑を浮かべる。お嬢様然としているがこいつの瞳はいつも氷柱のように冷たく鋭い。
「そういうお前はどう思ってるんだ?」
「私は欲だと思っているよ」
「欲?」
どうして人間の本質を欲だと考えるのだろう。興味と疑問が混ざり合う中、苗字の言葉に耳を傾ける。
「人間の行動の根底には、常に何かを求める欲望があるんだ。食べたい、知りたい、愛されたい。野球をしている時は、勝ちたいって思うでしょう?」
「それはそうだけどさ、欲だけだと動物と変わんねえだろ」
「確かに君の言う通り、秩序を保つためには理性が必要だよね。しかしその理性さえも、自分達を守りたいという欲望から生まれると思うんだ。暴力を振るうのが当たり前の世の中だと、自分も殴られて嫌な思いをするからね。つまり人間の本質は欲であり、それを制御する理性もまた、欲の一部なんだよ」
「理性すら欲望から生まれる……そう言われてみればそうかも知んねえ。お前の考え方って新鮮で面白いな」
「そう思ってくれて嬉しいよ」
「それにしても、何でまた急にそんな話をしたんだ?」
オレの質問に苗字は何かを考えるように俯いて、虚空をぼんやりと見つめた。難しい質問をしたつもりは無いが、何か引っかかることでもあるのだろうか。
「苗字」
痺れを切らして呼びかけると、我に返った彼女が顔を上げた。
「ああ、ごめん。この考えに至ったのは、小学三年生の頃だったんだけど、今まで誰にも話したことが無かったから、阿部に聞いて貰おうと思ったんだよ」
やはりと言うべきか、最初に質問してきた時から、オレに自分の考えを聞かせる気だったらしい。それは別に良いとして、一つだけ引っかかることがあった。
「お前って子供の頃から、人間の本質について考えてたのか?」
「そうだけど。阿部は考えたことが無いの?」
馬鹿にしている訳では無く、ただ単純な疑問を投げかけてみた、というような感じで尋ねられてしまった。こういう所で、地頭の差というか、頭の出来の違いを感じる。実際こいつは学力特待生として入学したらしく、入学式でも新入生代表の挨拶をしていた。思えばあの時も「人生は無意味で無価値である」という、インパクトのある挨拶をかましていたのだが、この話はとりあえず置いておこう。
「考えたことも無いのが普通だろ」
「それなら君は普段どういう事を考えてるの?」
「野球のことだな」
「阿部は根っからのスポーツマンだね」
苗字は口元を手で隠しながら、くすくすと小さく笑った。いちいち仕草が上品なくせに、毎回不作法に話しかけてくるのは何故なのだろう。こいつは不思議なことだらけだ。夏休み中に用事も無いのに学校へ赴いていたり、気まぐれにグラウンドの草むしりを手伝ったり。理由を聞くと「家に居ても暇だから」と言うばかりで、何を考えているのか分からない。
「オレは苗字の考えてることが知りてえよ」
切実な思いを口に出すと、彼女は困ったように眉を下げた。
「少し眠たいとか、お腹が空いたとか、つまらないことを考えているよ」
「……お前がオレと変わらなくて安心したわ」
難しいことばかり考えているものだと決めつけていたが、案外そうでもないらしい。ほんの少し親近感を覚えた。とはいえ人間の根源的な部分について考えているのは、やはり普通ではないのだろう。そういう所も含めてこいつのことを理解したいと思った。
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