Phosphorescence
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幼稚園児の頃、園のみんな一丸となって段ボールの迷路を作った。卒園前の年長さんが立って入れるくらいに高く、保護者の人が這ってやっと入れるくらいに低い、明り取りのない洞あなのような迷路だった。
迷路の内と外の壁に新聞紙を重ねて貼り、その上に思い思いに絵の具を塗った。なにせ大がかりな工作だったので、糊と絵の具の臭いが、迷路が設置された体育館全体に漂っていた。
それは今でも如実に思い出せるほど強烈な臭いだ。だから私は糊も絵の具も食べたことはないが、糊と絵の具がどんな味で、どんな臭いをしているか分かる。
絵の具代わりに先生が持ってきた、油性マジックのインキの臭い。粉っぽいペンキの臭い。段ボールを切り損なった、カッターの刃の、鉄錆の臭いも。
「──ストレスや精神的ショックが、人の嗅覚を過敏にさせることがあるんだよ」
秘密結社イルミナティの空中母艦。
ドミナスリミニス内の或る部屋の前で立ち止まった私に、付き添いの藤堂さんが伴った。
笑いまじりの揶揄いに特に思うこともなく、じっと扉を見つめていると言葉が続く。
「そこね、総帥の御身体の保管場所。あと少しで完成しそうなんだよね」
藤堂さんの解説に「ふーん」とだけ声を漏らした。
絵の具と臭いが似ているフェノールかカルキを、肉体の消毒や防腐剤として使っているのだろう。少し臭うのは数が多いからか。
「ぱっと見、他と同じ構造の扉ですし、こうして教わらない限りはストックの保管場所だなんて分かりませんね」
「だね。部外者には口が裂けても言えません」
「……」
「私の顔に何か?」
「何も……」
私が歩き出すと、一緒になって藤堂さんも扉から離れた。
まっ白で四角四面とした廊下を行きかう一部の組織構成員が、私を見、隣の藤堂さんを見て視線を外す。
ここでの私は外面上『部外者』だ。正規の制服を着ていても分かる人には分かるのだろう。
名字ナマエという人間は、イルミナティの構成員名簿には載っていない。プロファイル自体は存在するが、重要そうな書き方はされていない上、アクセスには何段階かのセキュリティロックを解除する必要がある。
「今日はどうしてここに?」
藤堂さんの問いかけに、私は後ろ髪を撫でた。
「今朝、祓魔塾に行った帰りに階段から落ちて」
「ははあ。したたかに後頭部を打ったわけ」
後ろ髪の手をうなじに持っていき、首を傾げるように頷く。後頭部に皮膚の削れた痕があったが、いくら触れても痛みは感じない。
生傷はいつもひんやりとする。血は出るがそれ止まりで、痛みは無い。
しばらくして艦内のフードコートに辿り着くと、唐突に何か思い出したらしい藤堂さんが「あ!」と吹き出した。
何ですかと振り向いて仰げば、狸顔がしわくちゃになって笑っていた。
「じゃあ君、学園の始業もサボったの?」
あ。
「……あー」
フードコートの大時計へ顔を向ける。
午後四時。
短縮授業なら間に合わないね。と、口を押さえながら震える藤堂さんの笑い声が気に食わなかったので、向こうずねに蹴りを一発お見舞いした。藤堂さんは声にならない悲鳴を上げて倒れた。
そんな私の暴挙に、フードコートを利用していた構成員たちがギョッとして動きを止める。
「……大袈裟ですよ」
フードコートに少し視線をやり、床に倒れたまま動かない藤堂さんにしゃがみ込むと、やはり演技だったようで、けろりと愉快そうに見上げられた。「バレちゃったか」
「まあ、晩ご飯でも食べてお帰りよ」
私は素直に頷いた。夕食を摂るには早い時間帯だったが、学園に帰ってもどうせ寝るか勉強をするしか用事が無いので、メニューは敢えて品数の多い和食を選ぶことにした。
◆
[Hour]2×××/04/11/13:37
[From]志摩廉造
[ Sub ]駄目だと思います。
ご無沙汰しております。
祓魔塾ならず学園の始業も欠席するという素行の悪さ、感服いたしました。
普通に駄目だと思います。
貴方の素行について、貴方のお兄様が震えていました。
さて、ここで問題です。
【この三つの内のどれに彼は震えていた?】
【一・喜び 二・悲しみ 三・怒り】
【ヒント 八咫烏には足が三本ありますね】
・
[Hour]2×××/04/11/19:30
[From]名字ナマエ
[ Sub ]Re:駄目だと思います。
ご無沙汰しております。
まず初めに、塾と学園の始業を欠席した件、謝罪いたします。
ごめんなさい。
震える義兄についての問題ですが、一を答えとさせて頂きます。
悲しみは打ちひしがれるものなので、二は国語的観点から除外されます。また、義兄は年中怒りに震えておりますので、たまには喜びに震えてほしいなあという願望を込めて一です。
ファイナルアンサー。
・
[Hour]2×××/04/11/19:37
[From]志摩廉造
[ Sub ]Re:Re:駄目だと思います。
謝罪は俺じゃなく坊にして下さい。
貴方に謝られる筋合いは俺にありません。
でも俺は許します
問題の回答ですが、終わりのふざけた一文が目に入るまで、本気で貴方の共感能力の欠如について坊と子猫さんに相談しようか悩みました。
メールでは、貴方がふざけている、いないの判断が難しいです。たまにどきっとします。冗談は時と場合を考えるべきだと俺は思います。
明日、学校できちんと話しましょう。
約束できますか。
・
[Hour]2×××/04/11/20:00
[From]名字ナマエ
[ Sub ]Re:Re:Re:駄目だと思います。
おーきーどーきー。
行けるかどうか分かりませんが、約束はできます。
メールのやりとりは指切りが出来ないのが残念ですね。
廉造くんはどう思いますか?
明日会えたら話しましょう。
・
[Hour]2×××/04/11/20:00
[From]S.T
[ Sub ]読み終わったらゴミ箱へ
夏の作戦について、先導が私に決まったことをお知らせしておきます。
ますます鼻が利くようになってしまうね。
6・モルフォ蝶の集る底
迷路の内と外の壁に新聞紙を重ねて貼り、その上に思い思いに絵の具を塗った。なにせ大がかりな工作だったので、糊と絵の具の臭いが、迷路が設置された体育館全体に漂っていた。
それは今でも如実に思い出せるほど強烈な臭いだ。だから私は糊も絵の具も食べたことはないが、糊と絵の具がどんな味で、どんな臭いをしているか分かる。
絵の具代わりに先生が持ってきた、油性マジックのインキの臭い。粉っぽいペンキの臭い。段ボールを切り損なった、カッターの刃の、鉄錆の臭いも。
「──ストレスや精神的ショックが、人の嗅覚を過敏にさせることがあるんだよ」
秘密結社イルミナティの空中母艦。
ドミナスリミニス内の或る部屋の前で立ち止まった私に、付き添いの藤堂さんが伴った。
笑いまじりの揶揄いに特に思うこともなく、じっと扉を見つめていると言葉が続く。
「そこね、総帥の御身体の保管場所。あと少しで完成しそうなんだよね」
藤堂さんの解説に「ふーん」とだけ声を漏らした。
絵の具と臭いが似ているフェノールかカルキを、肉体の消毒や防腐剤として使っているのだろう。少し臭うのは数が多いからか。
「ぱっと見、他と同じ構造の扉ですし、こうして教わらない限りはストックの保管場所だなんて分かりませんね」
「だね。部外者には口が裂けても言えません」
「……」
「私の顔に何か?」
「何も……」
私が歩き出すと、一緒になって藤堂さんも扉から離れた。
まっ白で四角四面とした廊下を行きかう一部の組織構成員が、私を見、隣の藤堂さんを見て視線を外す。
ここでの私は外面上『部外者』だ。正規の制服を着ていても分かる人には分かるのだろう。
名字ナマエという人間は、イルミナティの構成員名簿には載っていない。プロファイル自体は存在するが、重要そうな書き方はされていない上、アクセスには何段階かのセキュリティロックを解除する必要がある。
「今日はどうしてここに?」
藤堂さんの問いかけに、私は後ろ髪を撫でた。
「今朝、祓魔塾に行った帰りに階段から落ちて」
「ははあ。したたかに後頭部を打ったわけ」
後ろ髪の手をうなじに持っていき、首を傾げるように頷く。後頭部に皮膚の削れた痕があったが、いくら触れても痛みは感じない。
生傷はいつもひんやりとする。血は出るがそれ止まりで、痛みは無い。
しばらくして艦内のフードコートに辿り着くと、唐突に何か思い出したらしい藤堂さんが「あ!」と吹き出した。
何ですかと振り向いて仰げば、狸顔がしわくちゃになって笑っていた。
「じゃあ君、学園の始業もサボったの?」
あ。
「……あー」
フードコートの大時計へ顔を向ける。
午後四時。
短縮授業なら間に合わないね。と、口を押さえながら震える藤堂さんの笑い声が気に食わなかったので、向こうずねに蹴りを一発お見舞いした。藤堂さんは声にならない悲鳴を上げて倒れた。
そんな私の暴挙に、フードコートを利用していた構成員たちがギョッとして動きを止める。
「……大袈裟ですよ」
フードコートに少し視線をやり、床に倒れたまま動かない藤堂さんにしゃがみ込むと、やはり演技だったようで、けろりと愉快そうに見上げられた。「バレちゃったか」
「まあ、晩ご飯でも食べてお帰りよ」
私は素直に頷いた。夕食を摂るには早い時間帯だったが、学園に帰ってもどうせ寝るか勉強をするしか用事が無いので、メニューは敢えて品数の多い和食を選ぶことにした。
◆
[Hour]2×××/04/11/13:37
[From]志摩廉造
[ Sub ]駄目だと思います。
ご無沙汰しております。
祓魔塾ならず学園の始業も欠席するという素行の悪さ、感服いたしました。
普通に駄目だと思います。
貴方の素行について、貴方のお兄様が震えていました。
さて、ここで問題です。
【この三つの内のどれに彼は震えていた?】
【一・喜び 二・悲しみ 三・怒り】
【ヒント 八咫烏には足が三本ありますね】
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[Hour]2×××/04/11/19:30
[From]名字ナマエ
[ Sub ]Re:駄目だと思います。
ご無沙汰しております。
まず初めに、塾と学園の始業を欠席した件、謝罪いたします。
ごめんなさい。
震える義兄についての問題ですが、一を答えとさせて頂きます。
悲しみは打ちひしがれるものなので、二は国語的観点から除外されます。また、義兄は年中怒りに震えておりますので、たまには喜びに震えてほしいなあという願望を込めて一です。
ファイナルアンサー。
・
[Hour]2×××/04/11/19:37
[From]志摩廉造
[ Sub ]Re:Re:駄目だと思います。
謝罪は俺じゃなく坊にして下さい。
貴方に謝られる筋合いは俺にありません。
でも俺は許します
問題の回答ですが、終わりのふざけた一文が目に入るまで、本気で貴方の共感能力の欠如について坊と子猫さんに相談しようか悩みました。
メールでは、貴方がふざけている、いないの判断が難しいです。たまにどきっとします。冗談は時と場合を考えるべきだと俺は思います。
明日、学校できちんと話しましょう。
約束できますか。
・
[Hour]2×××/04/11/20:00
[From]名字ナマエ
[ Sub ]Re:Re:Re:駄目だと思います。
おーきーどーきー。
行けるかどうか分かりませんが、約束はできます。
メールのやりとりは指切りが出来ないのが残念ですね。
廉造くんはどう思いますか?
明日会えたら話しましょう。
・
[Hour]2×××/04/11/20:00
[From]S.T
[ Sub ]読み終わったらゴミ箱へ
夏の作戦について、先導が私に決まったことをお知らせしておきます。
ますます鼻が利くようになってしまうね。
6・モルフォ蝶の集る底