Phosphorescence
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浅い眠りを繰り返す日々、夢を見ないのは思い出がないからか。
単に思い入れがないのか、夢を見させる器官が機能していないからか。
悪魔だから、私は夢を見ないのだろうか。
腹部の重みで目が覚めた。
気遣いながら半身を起こすと、彼女だ。まるで糸が切れたマリオネットのように、私の腹部に頬を預けて眠っている。
「ナマエ」
こちらを向いている顔は、穏やか。寝息すら聞こえてこない。
加減を推しはかりながら髪を梳くと、ふわふわとした感触が指の股を通り抜ける。やがて指先が彼女の頭皮に触れると、自分が彼女より高い体温を有していることに気づいた。
「……ナマエ?」
髪を梳いていた手で頬を撫でる。閉じられた瞼に親指を滑らせるが、彼女の目じりがへんてこに伸びるだけだ。およそ四、五年前──むかし、であれば、この動作を数回繰り返せば目を開けてくれた。近頃の彼女は、私のもとへ戻ってきてくれても起きてはくれない。瞳は閉じられたまま、呼吸すらしていないことが多い。
きっと今回も。
私は軋む体を屈めて、彼女のつむじに唇を当てた。ひとつ、息を吹き込む。もうひと息。三回もすれば彼女は目を覚ます。
「ん、ぅ……」
少しの魔力で蘇る熱に、いつも胸のすく思いをする。
私の腹部にかけられたシーツに、彼女が頭を押しつける。まともに動く手があるというのに、贅沢にも頭の推力だけで上体を起こした彼女は、この白い部屋の眩しさに一瞬むず痒そうな表情をした。
こちらの視線に気がつくと、癖にでもなっているのだろうか、やはり「ふふ」と含み笑う。
「ごきげんよう」
彼女からすれば、死ぬことも寝ることも大差無いのだろう。
痛みとも苦しみとも無縁そうな顔で、微笑んでくる。淡白な視線。
その微笑みを真似て「ご機嫌よう?」と尋ねると、もとから柔らかい彼女の表情が一層柔らかくなって返ってきた。こんなやり取りだけで充ち足りたような気持ちになる。
彼女は「ぼちぼち」と大きな伸びをして、「もう少し寝ていたかったかも」今度はきちんと足で立ち上がった。
人ひとり分の重みが去って、軽くベッドが揺れる。
ゴウンゴウンと空中母艦が唸っていた。
昨日は山の斜面でも転げて死んだのだろうか──はやばやと部屋の出入り口へ向かう彼女の手足には、青紫に変色した打撲痕と、木の枝で引っかけたような無数の小さな切り傷が見えた。
もしも私が人間であったなら、今よりずっとずっと感情豊かに彼女のことを嘆けただろう。
しかし私が人間であったなら、彼女にしてやれることは少なかったはずだ。
「いやはや。ここってほーんと寒いですねえ」
出入り口前で足を止めて、彼女が扉に手を振っている。
「隙間風は……相変わらず大丈夫そう…」
肩を落とす。
すぐに立ち直る。
その背姿に滲む気配から、私は二の句を察せてしまう。
「では」
彼女は別れを告げるとき、とびきりの笑顔を誰彼かまわず振りまいた。私はその笑顔を向けられる度に思い出す。私は、彼女と、彼女の心と魂が好ましい。だから手元に置いているのだと。
「お身体、大事になさって下さいね」
ナマエが振り向き、私は彼女と見合わせて、何を言われるか分かった。
「さようなら」
私も、別れは短く済ませたかった。
「さようなら」
彼女に倣って再度微笑むと、なぜだろう、少し困った顔をされる。
けれど分かる。彼女は誰かに甘えたいとき、どこか辛そうな、何かに気づいて欲しそうな表情をした。私は彼女のその表情を、誰よりも好ましく思っていた。
「貴方も気をつけて」
「はい」
出入り口の自動ドアがやっと反応した。急な外気に目を細めると、まるで映像をぶつ切りにしたかのように、彼女は忽然と消えてしまった。
1・ベッドの脇
単に思い入れがないのか、夢を見させる器官が機能していないからか。
悪魔だから、私は夢を見ないのだろうか。
腹部の重みで目が覚めた。
気遣いながら半身を起こすと、彼女だ。まるで糸が切れたマリオネットのように、私の腹部に頬を預けて眠っている。
「ナマエ」
こちらを向いている顔は、穏やか。寝息すら聞こえてこない。
加減を推しはかりながら髪を梳くと、ふわふわとした感触が指の股を通り抜ける。やがて指先が彼女の頭皮に触れると、自分が彼女より高い体温を有していることに気づいた。
「……ナマエ?」
髪を梳いていた手で頬を撫でる。閉じられた瞼に親指を滑らせるが、彼女の目じりがへんてこに伸びるだけだ。およそ四、五年前──むかし、であれば、この動作を数回繰り返せば目を開けてくれた。近頃の彼女は、私のもとへ戻ってきてくれても起きてはくれない。瞳は閉じられたまま、呼吸すらしていないことが多い。
きっと今回も。
私は軋む体を屈めて、彼女のつむじに唇を当てた。ひとつ、息を吹き込む。もうひと息。三回もすれば彼女は目を覚ます。
「ん、ぅ……」
少しの魔力で蘇る熱に、いつも胸のすく思いをする。
私の腹部にかけられたシーツに、彼女が頭を押しつける。まともに動く手があるというのに、贅沢にも頭の推力だけで上体を起こした彼女は、この白い部屋の眩しさに一瞬むず痒そうな表情をした。
こちらの視線に気がつくと、癖にでもなっているのだろうか、やはり「ふふ」と含み笑う。
「ごきげんよう」
彼女からすれば、死ぬことも寝ることも大差無いのだろう。
痛みとも苦しみとも無縁そうな顔で、微笑んでくる。淡白な視線。
その微笑みを真似て「ご機嫌よう?」と尋ねると、もとから柔らかい彼女の表情が一層柔らかくなって返ってきた。こんなやり取りだけで充ち足りたような気持ちになる。
彼女は「ぼちぼち」と大きな伸びをして、「もう少し寝ていたかったかも」今度はきちんと足で立ち上がった。
人ひとり分の重みが去って、軽くベッドが揺れる。
ゴウンゴウンと空中母艦が唸っていた。
昨日は山の斜面でも転げて死んだのだろうか──はやばやと部屋の出入り口へ向かう彼女の手足には、青紫に変色した打撲痕と、木の枝で引っかけたような無数の小さな切り傷が見えた。
もしも私が人間であったなら、今よりずっとずっと感情豊かに彼女のことを嘆けただろう。
しかし私が人間であったなら、彼女にしてやれることは少なかったはずだ。
「いやはや。ここってほーんと寒いですねえ」
出入り口前で足を止めて、彼女が扉に手を振っている。
「隙間風は……相変わらず大丈夫そう…」
肩を落とす。
すぐに立ち直る。
その背姿に滲む気配から、私は二の句を察せてしまう。
「では」
彼女は別れを告げるとき、とびきりの笑顔を誰彼かまわず振りまいた。私はその笑顔を向けられる度に思い出す。私は、彼女と、彼女の心と魂が好ましい。だから手元に置いているのだと。
「お身体、大事になさって下さいね」
ナマエが振り向き、私は彼女と見合わせて、何を言われるか分かった。
「さようなら」
私も、別れは短く済ませたかった。
「さようなら」
彼女に倣って再度微笑むと、なぜだろう、少し困った顔をされる。
けれど分かる。彼女は誰かに甘えたいとき、どこか辛そうな、何かに気づいて欲しそうな表情をした。私は彼女のその表情を、誰よりも好ましく思っていた。
「貴方も気をつけて」
「はい」
出入り口の自動ドアがやっと反応した。急な外気に目を細めると、まるで映像をぶつ切りにしたかのように、彼女は忽然と消えてしまった。
1・ベッドの脇