短編
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どうしようもなく蒸し暑い夏の夜だった。
犯罪集団として認知されている“暁”の一員、鬼鮫とイタチは、非正規メンバーの少女を連れて行動していた。
この世の誰もがそれを知らないが、少女は大筒木系譜の突然変異である。端的に言えば自然エネルギーの塊。転生眼を持つ異様な存在。そんな彼女がなぜ良い様にしか扱われない犯罪集団と行動しているのかには、紆余曲折ある。
「……大丈夫ですか御二人共。ひどくやつれて見えますが」
「構わない」
荒い息遣いで尋ねた鬼鮫に、イタチが引き絞るような声で応答する。そんな彼ら二人に挟まれて歩く少女は、だらだらと汗を流しているだけだった。
真夏の森は湿気が多く、それだけでも汗が噴き出すというのに虫や雑草が肌に付いて思考までもが茹だされる。
忍として夜間時の行動は慎重になるべきだが、夏の夜は体力を消耗しやすい。お陰であらゆる行動にあらが出る。心身ともに滅入る一方だ。
やや前かがみにふらつく少女を真ん中に、鬼鮫とイタチは草をかき分けていく。少々乱暴に進んでいるため余計な音と痕跡が残り、その二つから居場所が特定される恐れがあったものの、特定した何者かが奇襲をかけてきても返り討ちにできる技量が三人にはあった。
この三人、誰も呑気に生きてきていないのだ。
「大丈夫ですか?」
鬼鮫の問いかけに、少女はふらつきながら「もんだいないです」と非常に小さな声で応答した。声も挙動も大丈夫そうではないが、二人に身体が当たらないよう注意して歩いてはいる。
「……少し額を貸してみろ。熱があるんじゃないか?」
イタチが少女の火照りすぎている顔に危機感を覚え、片手を伸ばして額に触れようとすると、彼女は「にょおお」と小さく仰け反った。
「やめてくださいさわらないでください」
彼女に、徹底して生き物を自分に触らせないポリシーがあることを二人はよく知っていた。そのポリシーを足蹴にした人間が、ことごとく死に絶えて行った現場だって見ていた。
それをイタチは失念していたようだ。宙で止まった片手が、彼女の白い髪に触れるか触れないかの瞬間にすっと直った。鬼鮫がくすりと笑う。
「頑なですねぇ。私はまだしも、このイタチさんまで嫌がるとは。よほどトラウマになるような事があったのでしょう」
鬼鮫。その名の通り彼はサメに似た半魚人で、自身が人からどう見えるかをよく知っていた。タッグを組むイタチが人のなかで群を抜いて美形であることからも、顔に関して後ろめたい思いがあるのだろう。
やがて鬼鮫が自己嫌悪にぶくぶく陥り始めたところで、少女がふらりと話を返した。「とらうまなー」
「アレ、ちっちゃい頃の話でぶっちゃけ覚えてないけど、こわい伝説をずっと信じてるような心地で生きてますよー」
へらへら笑いながら話す彼女の声は、暑さのせいか酒に酔ったようにふやけていた。誰も答えようとはしない。少女の両脇で草をかき分ける男二人は、この話題は横槍を入れて良いような話題ではないと知っているからだ。
アレとは、彼女が初めて人を殺してしまった話である。
「でも伝説がほんとだったら、私大好きな人をころしちゃいますからねー。現に触ってきたひとみーんな死んでますし、触らぬが大吉ですねー」
彼女の言葉はどれも居た堪れないものだ。普段なら絶対に言わないその言葉を、夏の森が彼女の口から出させているように思う。
「でも、触れたらいいなって思うから、できるように頑張るんです」
イタチと鬼鮫は少女を横目見た。首元の汗を拭いながら、じっと前だけを見つめている。口は笑いの形をしているが、目は闇を讃えるように静かだ。この少女は出会ったときからこの調子で、変わらず独りで生きている。
「ん?」
やがて二人がこちらを見ていることに気づいた彼女は、にひゃと柔らかく笑って、暁の長袖マントの上から二人の手を片方ずつ握った。
「大丈夫ですよ、布ごしなら手も繋げます!」
脈打つ血液、関節、皮膚、肉の有無。布ごしではあるが、その手からはちゃんと少女の命を感じられた。
イタチと鬼鮫は微笑んだ。
どうかこの少女が幸せになれますように。
できるなら、自分が幸せにしてあげたいと。
短編・特定の世界線にいる夢主の話《了》
犯罪集団として認知されている“暁”の一員、鬼鮫とイタチは、非正規メンバーの少女を連れて行動していた。
この世の誰もがそれを知らないが、少女は大筒木系譜の突然変異である。端的に言えば自然エネルギーの塊。転生眼を持つ異様な存在。そんな彼女がなぜ良い様にしか扱われない犯罪集団と行動しているのかには、紆余曲折ある。
「……大丈夫ですか御二人共。ひどくやつれて見えますが」
「構わない」
荒い息遣いで尋ねた鬼鮫に、イタチが引き絞るような声で応答する。そんな彼ら二人に挟まれて歩く少女は、だらだらと汗を流しているだけだった。
真夏の森は湿気が多く、それだけでも汗が噴き出すというのに虫や雑草が肌に付いて思考までもが茹だされる。
忍として夜間時の行動は慎重になるべきだが、夏の夜は体力を消耗しやすい。お陰であらゆる行動にあらが出る。心身ともに滅入る一方だ。
やや前かがみにふらつく少女を真ん中に、鬼鮫とイタチは草をかき分けていく。少々乱暴に進んでいるため余計な音と痕跡が残り、その二つから居場所が特定される恐れがあったものの、特定した何者かが奇襲をかけてきても返り討ちにできる技量が三人にはあった。
この三人、誰も呑気に生きてきていないのだ。
「大丈夫ですか?」
鬼鮫の問いかけに、少女はふらつきながら「もんだいないです」と非常に小さな声で応答した。声も挙動も大丈夫そうではないが、二人に身体が当たらないよう注意して歩いてはいる。
「……少し額を貸してみろ。熱があるんじゃないか?」
イタチが少女の火照りすぎている顔に危機感を覚え、片手を伸ばして額に触れようとすると、彼女は「にょおお」と小さく仰け反った。
「やめてくださいさわらないでください」
彼女に、徹底して生き物を自分に触らせないポリシーがあることを二人はよく知っていた。そのポリシーを足蹴にした人間が、ことごとく死に絶えて行った現場だって見ていた。
それをイタチは失念していたようだ。宙で止まった片手が、彼女の白い髪に触れるか触れないかの瞬間にすっと直った。鬼鮫がくすりと笑う。
「頑なですねぇ。私はまだしも、このイタチさんまで嫌がるとは。よほどトラウマになるような事があったのでしょう」
鬼鮫。その名の通り彼はサメに似た半魚人で、自身が人からどう見えるかをよく知っていた。タッグを組むイタチが人のなかで群を抜いて美形であることからも、顔に関して後ろめたい思いがあるのだろう。
やがて鬼鮫が自己嫌悪にぶくぶく陥り始めたところで、少女がふらりと話を返した。「とらうまなー」
「アレ、ちっちゃい頃の話でぶっちゃけ覚えてないけど、こわい伝説をずっと信じてるような心地で生きてますよー」
へらへら笑いながら話す彼女の声は、暑さのせいか酒に酔ったようにふやけていた。誰も答えようとはしない。少女の両脇で草をかき分ける男二人は、この話題は横槍を入れて良いような話題ではないと知っているからだ。
アレとは、彼女が初めて人を殺してしまった話である。
「でも伝説がほんとだったら、私大好きな人をころしちゃいますからねー。現に触ってきたひとみーんな死んでますし、触らぬが大吉ですねー」
彼女の言葉はどれも居た堪れないものだ。普段なら絶対に言わないその言葉を、夏の森が彼女の口から出させているように思う。
「でも、触れたらいいなって思うから、できるように頑張るんです」
イタチと鬼鮫は少女を横目見た。首元の汗を拭いながら、じっと前だけを見つめている。口は笑いの形をしているが、目は闇を讃えるように静かだ。この少女は出会ったときからこの調子で、変わらず独りで生きている。
「ん?」
やがて二人がこちらを見ていることに気づいた彼女は、にひゃと柔らかく笑って、暁の長袖マントの上から二人の手を片方ずつ握った。
「大丈夫ですよ、布ごしなら手も繋げます!」
脈打つ血液、関節、皮膚、肉の有無。布ごしではあるが、その手からはちゃんと少女の命を感じられた。
イタチと鬼鮫は微笑んだ。
どうかこの少女が幸せになれますように。
できるなら、自分が幸せにしてあげたいと。
短編・特定の世界線にいる夢主の話《了》
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