Gift
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「クソ」
「こぉらハスカー。朝からお口が汚いぞ」
「口が悪いところもかわいいよハスカー」
「そのあだ名でオレを呼ぶな」
ハスクは肩越しに笑いかけてきたナマエにも鼻を怒らせた。
「お前らオレをいじめるために生きてんのか」
「そうかも。アラスターは?」
「たぶん、おそらく、きっと、そうかも……」
「おおむね?」とアラスターが人差し指をハスクに向ける。指にはつやめく黒薔薇の指輪が嵌められていた。恐らく意味を分かった上で、嵌めている。
睨むように目配せすれば、アラスターは口端を邪悪に吊り上げた。もはやハスクの懸念など完ぺきに外れていて、アラスターはナマエと同じ心算でこのホテルにやってきたのだろう。
「チャーリーたちは何処に?」
この二の句だ。
ハスクがバトンを渡すまでもなく、奴と同志のナマエが「まだ来てないよ」と返事をよこした。肩越しに振り返っていた顔が、今はアラスターに向いている。「ねえアラスター」
「みんなが揃ったらズートピア観ようよ」
またそれか。
「“Zootopia”?」
「3Dアニメーションのもふもふ映画」
「映画か。私、映画はねえ……テレビ嫌いなのよね」
やめろ。
「じゃあ客室に花ぁ配ってまわる?」
「妙案だ! しかし肝心の客が居ないな」
「アラスターが作ったぬいぐるみ置く」
やめろ。
「ままごとはもう飽きたんだが」
「ブードゥ魔術で動かしてさ」
「ほおー……」
あああやめろやめろやめろ。
「そうだなあナマエ。君が言っているのは恐らくマジカル・ポペットだし、あれはどこにでもある類感魔術だよ。ブードゥ由来でない上にそもそも用途が違う」
「じゃあアラスターが操ってたあれはなに?」
「……」
もう続けるな。
「チャクラ糸で操ってんの?」
「“Chakra”? ヒンドゥー教の?」
「いやNARUTO。ジャパンの漫画」
「……」
「ナマエそこら辺にしとけ。……お前も、いちいち相手にすんな」
ハスクはじゃっかん青筋が浮いて見えるアラスターに釘を刺し、カウンターに腰をもたせているナマエの服を引っ張った。
これでナマエがあの花束を渡していたら、刃傷沙汰が起きていたに違いない。8取って92にしといて良かった、と内心で嘆息しながら、ハスクはナマエの首襟を引き寄せた。「あのな」
「生きてた年代が違いすぎんだよ。話が合うなんて考えるな。オレもアイツも見た目はこうだが、中身は90超えの爺さんなんだからな」
「へえー若作りしてる自覚はあるんだね」
「……テメエ…」
ハスクは思わず直前の胸ぐらを掴みかけたが、掴む前に半目になった。どこ吹く風で薄ら笑うナマエの後ろに、台車のハンドルに頬杖をついているアラスターが見えた。
先ほどの青筋は幻覚だったのか、嫌味たらしい笑みを浮かべて、こちらを見物している風情。
鬱陶しさに舌打ちをして、前傾していた上体を引く。
途端。
ドォン!という轟音につんのめった。
はっとして正面玄関を見ると、開ききった両開きの扉からまたも四輪の台車が。積まれているのは花ではなくプレゼント箱。メタリックカラーの大小さまざまな箱を後方に散らしながら、ものすごい速さで受付に滑ってくる。
玄関から受付までの、丁度直線上に立っていたアラスターが横へ後じさった。倣うようにナマエが受付カウンターへ乗り上げ、ハスクは咄嗟にナマエの腕を掴んで共に裏へと身体を伏せた。2秒フラットで受付に衝突したそれが、積まれた箱ごと宙に舞った。
「ッんの──馬鹿しか居ねえのかここは!!」
叫ぶハスクもけんもほろろに、台車はまだまだ滑ってくる。
2・3・4と、プレゼント箱に花も混じった台車が続けざまに受付へ突貫。揺れでナマエのショルダーバッグからカラーリリーの花束が抜け落ちた。ナマエの後頭を庇っていたハスクは、ナマエがそちらへ振り向くのを押し止める。
受付窓口は台車の突撃で砂塵が舞っていた。恐らく、見るも無惨に壊れているのは滑ってきた台車の方で、受付カウンターは欠けもせず無傷だろう。
はらはらと花びらが降ってきた。乾ききって色の淡いこれは、ドライフラワーか。
ハスクは追随がないことにナマエから手を放した。「いやん乱暴っ」という媚びた非難を無視し、首根を掴んで立ちあがらせる。床に見つけたカラーリリーは不幸中の幸いで無傷。ナマエにそれを渡してやりながら、カウンターを振り返ればやはり無傷。
さすが地獄の王女が勤めるホテルだった。発起当初は物置き同然だったが、まあ、ぼろにしても王族が所有する建築物が、堅牢でないはずがないのか。
ちらと視線を配れば、傷ひとつないアラスターが渋い顔つきで正面玄関を眺めている。腕を組んだその手にはいつの間に盗ったのか、ハスクが作った薔薇の花束が握られていた。
だる、とハスクは目で空を仰いだ。どうせ誰も助けてくれない。諦めて正面玄関へと意識を向ける。
「……」
一拍置いて、まるで視線が集まるのを待っていたかのように、長細い脚が扉の裾から現れた。
腿の根までを隠すブーツは彼しか履かない。
今までの苛烈さが嘘に思えるほど、長い躯体をしならせて登場したのはエンジェル・ダストだ。
遠目にも分かる。白い蜘蛛の悪魔。
エンジェルは両腕──蜘蛛は4対の脚を持つが、彼はそのうちの1対を隠している──4本の腕いっぱいに嵩の大きな花束を抱え、ゆったりと足を交差させながらこちらに歩んできた。
距離が狭まると何の花か分かる。千日紅 だ。ボンボンのような丸い花はすべてに乾燥加工がされているようで、色が淡かった。おかげで香気は一切なく、代わりに、そよぐと枯れた音を立てる。
花の後ろからエンジェルが顔を覗かせた。アラスター、ハスク、ナマエと順繰りに姿を認めて品の悪い笑みを浮かべてくる。同類を見つけた顔だ。なにもしなければ天使のような優美さがあるのに、横暴で露悪的な立ち振る舞いがそれを台無しにしていた。天使のよう──だからこそ、エンジェルの動向を面白がる連中が大勢いる。どろどろに溺れる者も。フロントに積み上がった残骸は恐らくそれらの贈答品だろう。
ろくなやつがいない。
「あっり〜。またおれなんかやっちゃったカンジ?」
立ち止まったエンジェルは軽薄に言うと、贈答品の残骸に手のものをすべて放り出した。
「申し訳ないけど責任取れない♡」
そう満面の笑みで言って、自由になった4本の腕で自分を掻き抱いてみせる。
「おれってまだまだ更生の途中だからさあ大目に見……って、あれ。チャーリーとバギー居ないのか」
「エンジェル!」
ハスクの真隣に立つナマエが嬉しそうに笑った。
この惨状でよく笑えるな、とハスクは辟易としながら、自分を含めたこの場の全員ろくな感性していないことには目をつむった。
エンジェルが手をひとつ動かして「ハァイ」と応える。彼はヤク中、ハスクはアル中だった。ナマエは知らんがアラスターは契約中毒。悪魔も人も食い物にしすぎて、今では誰もアラスターの手を取らない。
「ねえチャーリーとバギーは?」
エンジェルがナマエに訊ねた。
チャーリーは先述したように当ホテルのオーナー。地獄の王女。
バギーはチャーリーの恋人だ。眼帯で左目を隠した白い長髪の悪魔で、まめな彼女とエンジェルは水と油の関係だった。
「奴ら、おれが起き出す頃にはそこらへん歩いてるのにさぁ」
「まだ来てないよ。ねえハスク」
「……」
「ねえアラスター」
「……」
「死んだ?」
「あーっと分かった分かっちゃいました。あんたらおれのモテ具合を見てハートがずたずたになっちゃったんだろ! やーい憐れな罪人ども、このゴミ拾うの許してあげるよ!」
己を掻き抱くのをやめて、「観客席〜! 盛り下がってるぅ〜?」とエンジェルがハスクとアラスターに激励まがいの野次を飛ばす。
無邪気さに呆れかえったハスクがアラスターを窺い見ると、奴は口元に例の花束を押しあててどこかあらぬ方向に瞳の焦点を定めていた。
なんだその感情。怖いからやめてほしい。
「でも二人とも本当に遅いね」
呟いたナマエへ顔を逸らす。直立不動のアラスターを視界の外に消した。
ハスクは早口で「そうだな」と返し、「ニフティも来てないしな」と話題に乗っかった。会話の輪に入ろうとエンジェルが寄ってくる。
「ニフティもここに住んでたよね」
ナマエが階上を窺うように首をかしげる。
ニフティとは単眼の悪魔だ。ハスクやアラスターとは旧知の仲で、家事好き。物置き同然だったこのホテルを再建した恐らく一番の功労者だ。ニフティも客室をひとつ与えられていたはずだが。
「あいつ朝早えんだけどな」
ハスクは呟いて、カウンターに両肘を突いたエンジェルを見下ろした。
エンジェルもニフティと同様、ホテルに住んでいるが、これは従業員ではなく客としての宿泊だ。話題性ばつぐんの似非天使は、チャーリーが提唱した罪人更生プロジェクトの被験者第一号。名目上一日一回は顔を出すが、ホテルで夜を明かすことは少ない。
本日はバレンタインということもあり、エンジェルは職場に“荷物”を受け取りに出ていたのだろう。事実として、「ぜんぶ捨てろよお」とぼやく後ろ姿をハスクは昨夜見送っていた。
はたとハスクは片眉を上げた。
フロントに揃った顔はみな、屋外から来ている。
当のハスクはどうか?
チャーリーに共鳴したアラスターに召喚され、ハスクはホテルのフロント係を押しつけられていた。先方のように客室も与えられていたが、アル中と物臭が噛み合ったせいで部屋には滅多に戻らない。エントランスホールに酒場があれば尚更だ。受付窓口がハスクの私室だった。
むろん昨夜からここを動いていない。
「ヘンだね」
神妙に呟いたナマエが、白い花束が詰まったショルダーバッグから、地獄専用のスマートフォンを探り当てた。
覗き見た液晶には11:24 AMの文字。客らしい客が居ないから良いようなものの、宿泊施設の始業にしては遅すぎる。
慣れた速さでニフティに発信したナマエを見送り、ハスクはエンジェルに呼びかけた。
「お前、オーナーと最後に会ったのは昨日の何時だ?」
「ンなの」
「覚えてるわけないじゃん」と、上目遣いにエンジェルが答える。
「じゃあ、最後見たときどんな様子だったかは」
「んん〜。おれ昨日ヤクで飛ばしてたからなぁ。ボスがどぎついピンク色のズッキーニに見えてさぁ、取り巻きがなんかディルド」
ハスクは真面目に聞くのをやめた。
つまり姿を見ていたところで、それが自分の幻覚かどうか区別できる状態ではなかった。ということだ。
「……繋がったか?」
「いや」
落ち着き払って応えたナマエが、携帯の液晶画面を見せてくる。
ニフティの愛らしい自撮りアイコンの下で、通話時間のカウントが刻々と進んでいる。状況把握に一拍ほど時間を要したが、どうやら留守番電話サービスに繋がっているらしい。
「もしもしニフティ。これを聞いたら直ぐに折り返しお電話ください。待ってまーす」
軽々に通話を切ったナマエが、次はバギーに発信する。
「着信拒否って線はないか?」
「されてたら留守電に繋がらんよ。でも携帯の電源は切ってるっぽい……こちらも」
ピーーという録音開始の音がする。
ナマエは先と同じ文句をバギーに残し、さらにチャーリーへと発信する。
「これで駄目なら探しにいこう」
「どこに」
「そりゃァ……」
ピーー。
「ハズビンホテルに?」
短編・Gift《…了?》
「こぉらハスカー。朝からお口が汚いぞ」
「口が悪いところもかわいいよハスカー」
「そのあだ名でオレを呼ぶな」
ハスクは肩越しに笑いかけてきたナマエにも鼻を怒らせた。
「お前らオレをいじめるために生きてんのか」
「そうかも。アラスターは?」
「たぶん、おそらく、きっと、そうかも……」
「おおむね?」とアラスターが人差し指をハスクに向ける。指にはつやめく黒薔薇の指輪が嵌められていた。恐らく意味を分かった上で、嵌めている。
睨むように目配せすれば、アラスターは口端を邪悪に吊り上げた。もはやハスクの懸念など完ぺきに外れていて、アラスターはナマエと同じ心算でこのホテルにやってきたのだろう。
「チャーリーたちは何処に?」
この二の句だ。
ハスクがバトンを渡すまでもなく、奴と同志のナマエが「まだ来てないよ」と返事をよこした。肩越しに振り返っていた顔が、今はアラスターに向いている。「ねえアラスター」
「みんなが揃ったらズートピア観ようよ」
またそれか。
「“Zootopia”?」
「3Dアニメーションのもふもふ映画」
「映画か。私、映画はねえ……テレビ嫌いなのよね」
やめろ。
「じゃあ客室に花ぁ配ってまわる?」
「妙案だ! しかし肝心の客が居ないな」
「アラスターが作ったぬいぐるみ置く」
やめろ。
「ままごとはもう飽きたんだが」
「ブードゥ魔術で動かしてさ」
「ほおー……」
あああやめろやめろやめろ。
「そうだなあナマエ。君が言っているのは恐らくマジカル・ポペットだし、あれはどこにでもある類感魔術だよ。ブードゥ由来でない上にそもそも用途が違う」
「じゃあアラスターが操ってたあれはなに?」
「……」
もう続けるな。
「チャクラ糸で操ってんの?」
「“Chakra”? ヒンドゥー教の?」
「いやNARUTO。ジャパンの漫画」
「……」
「ナマエそこら辺にしとけ。……お前も、いちいち相手にすんな」
ハスクはじゃっかん青筋が浮いて見えるアラスターに釘を刺し、カウンターに腰をもたせているナマエの服を引っ張った。
これでナマエがあの花束を渡していたら、刃傷沙汰が起きていたに違いない。8取って92にしといて良かった、と内心で嘆息しながら、ハスクはナマエの首襟を引き寄せた。「あのな」
「生きてた年代が違いすぎんだよ。話が合うなんて考えるな。オレもアイツも見た目はこうだが、中身は90超えの爺さんなんだからな」
「へえー若作りしてる自覚はあるんだね」
「……テメエ…」
ハスクは思わず直前の胸ぐらを掴みかけたが、掴む前に半目になった。どこ吹く風で薄ら笑うナマエの後ろに、台車のハンドルに頬杖をついているアラスターが見えた。
先ほどの青筋は幻覚だったのか、嫌味たらしい笑みを浮かべて、こちらを見物している風情。
鬱陶しさに舌打ちをして、前傾していた上体を引く。
途端。
ドォン!という轟音につんのめった。
はっとして正面玄関を見ると、開ききった両開きの扉からまたも四輪の台車が。積まれているのは花ではなくプレゼント箱。メタリックカラーの大小さまざまな箱を後方に散らしながら、ものすごい速さで受付に滑ってくる。
玄関から受付までの、丁度直線上に立っていたアラスターが横へ後じさった。倣うようにナマエが受付カウンターへ乗り上げ、ハスクは咄嗟にナマエの腕を掴んで共に裏へと身体を伏せた。2秒フラットで受付に衝突したそれが、積まれた箱ごと宙に舞った。
「ッんの──馬鹿しか居ねえのかここは!!」
叫ぶハスクもけんもほろろに、台車はまだまだ滑ってくる。
2・3・4と、プレゼント箱に花も混じった台車が続けざまに受付へ突貫。揺れでナマエのショルダーバッグからカラーリリーの花束が抜け落ちた。ナマエの後頭を庇っていたハスクは、ナマエがそちらへ振り向くのを押し止める。
受付窓口は台車の突撃で砂塵が舞っていた。恐らく、見るも無惨に壊れているのは滑ってきた台車の方で、受付カウンターは欠けもせず無傷だろう。
はらはらと花びらが降ってきた。乾ききって色の淡いこれは、ドライフラワーか。
ハスクは追随がないことにナマエから手を放した。「いやん乱暴っ」という媚びた非難を無視し、首根を掴んで立ちあがらせる。床に見つけたカラーリリーは不幸中の幸いで無傷。ナマエにそれを渡してやりながら、カウンターを振り返ればやはり無傷。
さすが地獄の王女が勤めるホテルだった。発起当初は物置き同然だったが、まあ、ぼろにしても王族が所有する建築物が、堅牢でないはずがないのか。
ちらと視線を配れば、傷ひとつないアラスターが渋い顔つきで正面玄関を眺めている。腕を組んだその手にはいつの間に盗ったのか、ハスクが作った薔薇の花束が握られていた。
だる、とハスクは目で空を仰いだ。どうせ誰も助けてくれない。諦めて正面玄関へと意識を向ける。
「……」
一拍置いて、まるで視線が集まるのを待っていたかのように、長細い脚が扉の裾から現れた。
腿の根までを隠すブーツは彼しか履かない。
今までの苛烈さが嘘に思えるほど、長い躯体をしならせて登場したのはエンジェル・ダストだ。
遠目にも分かる。白い蜘蛛の悪魔。
エンジェルは両腕──蜘蛛は4対の脚を持つが、彼はそのうちの1対を隠している──4本の腕いっぱいに嵩の大きな花束を抱え、ゆったりと足を交差させながらこちらに歩んできた。
距離が狭まると何の花か分かる。
花の後ろからエンジェルが顔を覗かせた。アラスター、ハスク、ナマエと順繰りに姿を認めて品の悪い笑みを浮かべてくる。同類を見つけた顔だ。なにもしなければ天使のような優美さがあるのに、横暴で露悪的な立ち振る舞いがそれを台無しにしていた。天使のよう──だからこそ、エンジェルの動向を面白がる連中が大勢いる。どろどろに溺れる者も。フロントに積み上がった残骸は恐らくそれらの贈答品だろう。
ろくなやつがいない。
「あっり〜。またおれなんかやっちゃったカンジ?」
立ち止まったエンジェルは軽薄に言うと、贈答品の残骸に手のものをすべて放り出した。
「申し訳ないけど責任取れない♡」
そう満面の笑みで言って、自由になった4本の腕で自分を掻き抱いてみせる。
「おれってまだまだ更生の途中だからさあ大目に見……って、あれ。チャーリーとバギー居ないのか」
「エンジェル!」
ハスクの真隣に立つナマエが嬉しそうに笑った。
この惨状でよく笑えるな、とハスクは辟易としながら、自分を含めたこの場の全員ろくな感性していないことには目をつむった。
エンジェルが手をひとつ動かして「ハァイ」と応える。彼はヤク中、ハスクはアル中だった。ナマエは知らんがアラスターは契約中毒。悪魔も人も食い物にしすぎて、今では誰もアラスターの手を取らない。
「ねえチャーリーとバギーは?」
エンジェルがナマエに訊ねた。
チャーリーは先述したように当ホテルのオーナー。地獄の王女。
バギーはチャーリーの恋人だ。眼帯で左目を隠した白い長髪の悪魔で、まめな彼女とエンジェルは水と油の関係だった。
「奴ら、おれが起き出す頃にはそこらへん歩いてるのにさぁ」
「まだ来てないよ。ねえハスク」
「……」
「ねえアラスター」
「……」
「死んだ?」
「あーっと分かった分かっちゃいました。あんたらおれのモテ具合を見てハートがずたずたになっちゃったんだろ! やーい憐れな罪人ども、このゴミ拾うの許してあげるよ!」
己を掻き抱くのをやめて、「観客席〜! 盛り下がってるぅ〜?」とエンジェルがハスクとアラスターに激励まがいの野次を飛ばす。
無邪気さに呆れかえったハスクがアラスターを窺い見ると、奴は口元に例の花束を押しあててどこかあらぬ方向に瞳の焦点を定めていた。
なんだその感情。怖いからやめてほしい。
「でも二人とも本当に遅いね」
呟いたナマエへ顔を逸らす。直立不動のアラスターを視界の外に消した。
ハスクは早口で「そうだな」と返し、「ニフティも来てないしな」と話題に乗っかった。会話の輪に入ろうとエンジェルが寄ってくる。
「ニフティもここに住んでたよね」
ナマエが階上を窺うように首をかしげる。
ニフティとは単眼の悪魔だ。ハスクやアラスターとは旧知の仲で、家事好き。物置き同然だったこのホテルを再建した恐らく一番の功労者だ。ニフティも客室をひとつ与えられていたはずだが。
「あいつ朝早えんだけどな」
ハスクは呟いて、カウンターに両肘を突いたエンジェルを見下ろした。
エンジェルもニフティと同様、ホテルに住んでいるが、これは従業員ではなく客としての宿泊だ。話題性ばつぐんの似非天使は、チャーリーが提唱した罪人更生プロジェクトの被験者第一号。名目上一日一回は顔を出すが、ホテルで夜を明かすことは少ない。
本日はバレンタインということもあり、エンジェルは職場に“荷物”を受け取りに出ていたのだろう。事実として、「ぜんぶ捨てろよお」とぼやく後ろ姿をハスクは昨夜見送っていた。
はたとハスクは片眉を上げた。
フロントに揃った顔はみな、屋外から来ている。
当のハスクはどうか?
チャーリーに共鳴したアラスターに召喚され、ハスクはホテルのフロント係を押しつけられていた。先方のように客室も与えられていたが、アル中と物臭が噛み合ったせいで部屋には滅多に戻らない。エントランスホールに酒場があれば尚更だ。受付窓口がハスクの私室だった。
むろん昨夜からここを動いていない。
「ヘンだね」
神妙に呟いたナマエが、白い花束が詰まったショルダーバッグから、地獄専用のスマートフォンを探り当てた。
覗き見た液晶には11:24 AMの文字。客らしい客が居ないから良いようなものの、宿泊施設の始業にしては遅すぎる。
慣れた速さでニフティに発信したナマエを見送り、ハスクはエンジェルに呼びかけた。
「お前、オーナーと最後に会ったのは昨日の何時だ?」
「ンなの」
「覚えてるわけないじゃん」と、上目遣いにエンジェルが答える。
「じゃあ、最後見たときどんな様子だったかは」
「んん〜。おれ昨日ヤクで飛ばしてたからなぁ。ボスがどぎついピンク色のズッキーニに見えてさぁ、取り巻きがなんかディルド」
ハスクは真面目に聞くのをやめた。
つまり姿を見ていたところで、それが自分の幻覚かどうか区別できる状態ではなかった。ということだ。
「……繋がったか?」
「いや」
落ち着き払って応えたナマエが、携帯の液晶画面を見せてくる。
ニフティの愛らしい自撮りアイコンの下で、通話時間のカウントが刻々と進んでいる。状況把握に一拍ほど時間を要したが、どうやら留守番電話サービスに繋がっているらしい。
「もしもしニフティ。これを聞いたら直ぐに折り返しお電話ください。待ってまーす」
軽々に通話を切ったナマエが、次はバギーに発信する。
「着信拒否って線はないか?」
「されてたら留守電に繋がらんよ。でも携帯の電源は切ってるっぽい……こちらも」
ピーーという録音開始の音がする。
ナマエは先と同じ文句をバギーに残し、さらにチャーリーへと発信する。
「これで駄目なら探しにいこう」
「どこに」
「そりゃァ……」
ピーー。
「ハズビンホテルに?」
短編・Gift《…了?》
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