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ハズビンホテル、正式にはハッピーホテル。
地獄最上層にある巨大なホテルの正面玄関から、ほどなく進んだ受付窓口へと向かう悪魔がひとり。
憔悴しきった顔の頭には白百合の輪がしらしらと揺れ、レースの襟で詰めた首にはかすみ草の輪が飾られる。腕には赤薔薇の花束が、肩から提げたショルダーバッグには白ばかりの花が。薔薇にカラーリリー、チューリップ。
純潔 に無垢 に情熱 に清純 、新たな愛 。
──今日ってなんかの記念日か?
と、受付窓口に待機していたハスクは目を眇めた。
近づいてくる赤白の花々は、朝方ゆえに抑えられた屋内照明を受け、シルクのようなひらめきを見せている。
すんと嗅げば、みずみずしい青さが香る。
模造品ではないらしい。
「あ゛ァ〜」
受付カウンターに辿りついた悪魔が、尻切れとんぼに吐き出した。
この悪魔──ナマエは、車の免許を持たないからと徒歩で出勤してくるせいで、毎朝一つは厄介ごとに巻き込まれていた。それを憂いた当ホテルのオーナー、地獄の王女たるチャーリー・モーニングスターからホテルの一室を宿舎として貸し与えられていたが、まあ、屋外から出勤してくるあたりろくに使ってはいまい。
「もうウンザリ。馬鹿は死んでも直らんね」
カウンターに片手を突き、項垂れながらナマエが言う。おかげでハスクの鼻先にナマエが冠る白百合が掛かり、青さと甘さが一層香った。ユリ科の花は香りがきつい。
「チャーリー」
疲れた声だ。
ハスクは首を引いてエントランスを振り返った。
チャーリーはまだ起き出していない。
「なんか一杯引っかけながらズートピア鑑賞しようペンライト振りながら応援しよう。きっとめちゃめちゃ楽しいぞ保証する」
話しまくるナマエに顔を戻すと、視界いちめんに白百合が飛び込んできてハスクは思わず目をつむる。
「あっていうかチャーリーはズートピア観たことある? 3Dアニメーションのコメディアドベンチャーだよ主人公がふたりいてね頑張り屋さんで努力家な主人公が君にそっくりもうひとりはエンジェルに似てるかなおいたん実はあいつが大好きで」
「オレ様はチャーリーじゃない」
「うわ声低っ」
ハスクは自分が座っている椅子を半歩引いた。
「このやりとり何回目だ」
「ああハスクか。雰囲気すごいかわいいからチャーリーかと思った。いやよく見たら全然かわいくないかわいい」
「よく見てねえだろ」
実際ナマエは項垂れたままだ。
「……徹夜明けか?」
吐息まじりに訊ねると、ナマエは「いえ寝て起きての今です」と首を違えそうな体勢のまま返事をした。
「ここに来るまでに疲れちゃって」
「それでオレとチャーリーを見違えたのかよ。視力落ちすぎだろ」
「でも似てるよ。首のリボンとか」
「大きさが一回りも二回りも違えよ。だいたいあいつのは黒だし、オレのは赤だし」
「あっそうだ。赤で思い出した」
「なんだよ……」
はさりと。
項垂れるナマエが、腕に抱えていた赤薔薇の花束をカウンターに置いた。
視線を落とすと、太いリボンで絞った持ち手にメッセージカードが括り付けられている。
「アラスター来てない?」
「見てない」
「そう。居たら、この薔薇あげようと思ってたんだけどね」
ハスクは眼下のメッセージカードを手に取ってみた。赤地に白の印字。薔薇の本数と花言葉がしゃれた書体で記されている。裏返すと案の定、親愛なる、から始まる愛し恋しの告白だ。
宛先はナマエ。
「……お前なあ…」
呆れながら、ハスクは爪先でカウンターの花束を押し返した。
「こんな大層なもん、他人様にやるなよ」
『大層』
というのは、花束に込められた想いと、地獄で生花が高級品だという意味での『大層』だ。
地獄で育つ植物はその殆どが肉食性であり、おおむねなんらかの捕食器官を持つ。そして蔓や枝葉で自立歩行してハエを喰うように悪魔を喰らう。
太陽がなく雨も降らない、しかし毎年やってくる粛清天使の“間引き”によって引き起こされる激しい環境の変化に、適応するために進化した果てがそれだった。
故にしおらしく咲く花は珍しい。値が張る。
草木を凶暴化させないよう育てるのには文字通り骨が折れる上、植栽や品種改良を億劫がる者はルシファーの目を盗んで人間界へ現物を摘みにいく。どちらも手間がかかるため原価は高い。求めるものが花束となれば、ねずみ算式に値札の0は増えていく。
「花って好きじゃない」
しかしナマエは一刀両断した。
好意と悪意は表裏一体だ。
充てた金額が想いの尺度になる──とは必ずしもそうではないとハスクは思うが、少なくとも、花を贈られる程度には想われている現状が嫌なのだろう。
「返事はしたのか?」
「した。中途半端に断ると角が立つから」
「ふーん」と返事をする。
断ったくせに花は貰ってきたのか。
押しつけられてきたのだろうか。
先ほど読んだカードには『100本の薔薇 100%の愛』と書かれていた。仮に押しつけられてきたなら、相手方の愛はずいぶんと投げやりだ。ナマエもナマエで受動的が過ぎるが、まあ、同情の余地はあるか。
とは言え……。
「……だからって、よりによってアイツ…」
ハスクがうんざりと思い浮かべたのは、ナマエが花束を渡そうとしているアラスターの姿だ。
ナチュラルハイ常時スマイルな鹿の悪魔。
ロマンス? あっそうだ“We'll Meet Again”って歌があってねえ……と流しつつ花言葉には詳しい男(これは自分が影響しているかもしれない。なにせ奴はハスクが花好きなのを知って、ご機嫌取りに切り花を贈ってくるので)
そんなアラスターと親交が深いハスクはナマエの言動に眉をひそめるしかない。
あの悪魔は、薔薇の花言葉はもとより本数の意味も知っているはずだ。苦い顔で流されるならまだ良いが、相手がナマエではどうなるか分からない。
両者のやりとりはいつだってハスクを怖がらせる。
挨拶までは穏やかだ。しかし二言三言交わすうちにアラスター側に青筋が浮き始める。ナマエはそれに気づかず、或いは気づいていながら神経逆撫でするような発言を繰り返す。
会話の噛み合わなさが一触即発の危険を連れてくる。
アラスターはナマエの冗談を解せないし、ナマエはアラスターの冗談を解せない。年齢が人間の三世代分は開いているせいだ。あまつさえどちらも我が強く、歩み寄ろうとしない。
だいたい良い気にならないだろう。他者の好意を横流しするナマエにも、それを押しつけられる状況にも。なにせ捉えようによっては、ゴミ箱扱いされたことになる。
「アラスターって花好きじゃなかった?」
ナマエの声で現実に戻る。
項垂れているせいでくぐもった声音が、どこか拗ねている風に聞こえる。
「アイツは花より食い気な」
そしてハスクは嘘を吐いた。
確かに奴は花より食い気だが、地獄の高級住宅街にあるひっそりとしたバラ園を散歩コースに入れているほどだ。
いつか無理やり連れられたそこで聞かされたのは、『赤い薔薇は好き』『色が血肉に似てるでしょ?』。
「薔薇って食えるかな」
「やめとけ」
二重の意味で。
ハスクは花束から数えて、薔薇を8本だけ抜き取った。茎から棘が除かれているところに、贈り主の配慮があった。
かわいそうな恋文を取り外し、客からは見えないカウンター足元の屑籠に放る。
かこんっ、と軽く捨てられたカードに、これまでずっと項垂れていたナマエが顔を上げた。
ひどい表情だ。機嫌悪そうな目と口が、嘔気を堪えているように見える。
ナマエは先ずハスクの手元に視線を配り、なにやら得心したように「ああ」と声を洩らした。カードの方には反応なし。むしろ捨てられて清々したに違いない。心なしか嬉しそうに、冠っていた白百合を外し、首に掛けていたかすみ草の輪も脱いでいた。
そうして白い花ふたつを両手のひらに乗せ、色の抜けきった表情で「あげる」と送られた言葉を、ハスクは顔を逸らして拒否した。
「てかよお」
ふらりと手の薔薇をちらつかせる。
「今日ってなんかの記念日か?」
顔を戻せば、やっと目が合ったナマエが口を尖らせていた。今は確かに嘔吐きそうな顔だ。
ナマエは行く方ない花輪を92%になった愛の横に置き、くるりとハスクに背を向けてカウンターに腰をもたせた。
「バレンタイン」
その一言で納得がいった。
どうりで花など贈られてくるわけだ。
なるほどね──と、ハスクが8本の薔薇をどうしようかと動いたときだった。
空気が揺らぐ。
風はナマエが入ってきた正面玄関から、ぬるい室温を裂くように吹いてくる。
香気が一段と濃くなった。
ハスクは思わず動きを止めて、しかし玄関には一瞥もくれず自らのほわほわとした胸毛からリボンを取り出す。リボンで薔薇を束ねている間に、ガッ!と玄関で鈍い音がした。音の元凶はガッガッと何度か挑戦して、その度に「おや」「はて」「あらあら」と小さな笑い声を上げている。
ややあってガラガラ……と車輪の回る音が近づいてきた。
束ねた薔薇を白い花輪の隣に置き、ハスクがやっとそちらを見ると。
よく知る顔が、まるで道楽の花ざかり。
青臭さが増すはずだった。正面玄関から押してきたらしい四輪の台車には、色とりどりの草花がどっさりと積まれている。
「ご機嫌よう!」
いがらっぽい笑声はよくよく覚えがある。
「君たち、お花はいかが?」
にやつく瞳と目が合ってしまい、ハスクは鼻を怒らせて威嚇した。
アラスターだ。
男はまるで本日の主役と言わんばかりに、枝角から腰までを華美に花で飾りつけていた。“飾られている”が適当かもしれない。
赤で揃えた古い礼装に赤薔薇の花がわんさと咲いて、まるでそういう妖精だ。勝手な善意で子を取替えたり詛いと見紛う祝福をかけたり、妖精のように他人を振り回す性格などまさに。
地獄最上層にある巨大なホテルの正面玄関から、ほどなく進んだ受付窓口へと向かう悪魔がひとり。
憔悴しきった顔の頭には白百合の輪がしらしらと揺れ、レースの襟で詰めた首にはかすみ草の輪が飾られる。腕には赤薔薇の花束が、肩から提げたショルダーバッグには白ばかりの花が。薔薇にカラーリリー、チューリップ。
──今日ってなんかの記念日か?
と、受付窓口に待機していたハスクは目を眇めた。
近づいてくる赤白の花々は、朝方ゆえに抑えられた屋内照明を受け、シルクのようなひらめきを見せている。
すんと嗅げば、みずみずしい青さが香る。
模造品ではないらしい。
「あ゛ァ〜」
受付カウンターに辿りついた悪魔が、尻切れとんぼに吐き出した。
この悪魔──ナマエは、車の免許を持たないからと徒歩で出勤してくるせいで、毎朝一つは厄介ごとに巻き込まれていた。それを憂いた当ホテルのオーナー、地獄の王女たるチャーリー・モーニングスターからホテルの一室を宿舎として貸し与えられていたが、まあ、屋外から出勤してくるあたりろくに使ってはいまい。
「もうウンザリ。馬鹿は死んでも直らんね」
カウンターに片手を突き、項垂れながらナマエが言う。おかげでハスクの鼻先にナマエが冠る白百合が掛かり、青さと甘さが一層香った。ユリ科の花は香りがきつい。
「チャーリー」
疲れた声だ。
ハスクは首を引いてエントランスを振り返った。
チャーリーはまだ起き出していない。
「なんか一杯引っかけながらズートピア鑑賞しようペンライト振りながら応援しよう。きっとめちゃめちゃ楽しいぞ保証する」
話しまくるナマエに顔を戻すと、視界いちめんに白百合が飛び込んできてハスクは思わず目をつむる。
「あっていうかチャーリーはズートピア観たことある? 3Dアニメーションのコメディアドベンチャーだよ主人公がふたりいてね頑張り屋さんで努力家な主人公が君にそっくりもうひとりはエンジェルに似てるかなおいたん実はあいつが大好きで」
「オレ様はチャーリーじゃない」
「うわ声低っ」
ハスクは自分が座っている椅子を半歩引いた。
「このやりとり何回目だ」
「ああハスクか。雰囲気すごいかわいいからチャーリーかと思った。いやよく見たら全然かわいくないかわいい」
「よく見てねえだろ」
実際ナマエは項垂れたままだ。
「……徹夜明けか?」
吐息まじりに訊ねると、ナマエは「いえ寝て起きての今です」と首を違えそうな体勢のまま返事をした。
「ここに来るまでに疲れちゃって」
「それでオレとチャーリーを見違えたのかよ。視力落ちすぎだろ」
「でも似てるよ。首のリボンとか」
「大きさが一回りも二回りも違えよ。だいたいあいつのは黒だし、オレのは赤だし」
「あっそうだ。赤で思い出した」
「なんだよ……」
はさりと。
項垂れるナマエが、腕に抱えていた赤薔薇の花束をカウンターに置いた。
視線を落とすと、太いリボンで絞った持ち手にメッセージカードが括り付けられている。
「アラスター来てない?」
「見てない」
「そう。居たら、この薔薇あげようと思ってたんだけどね」
ハスクは眼下のメッセージカードを手に取ってみた。赤地に白の印字。薔薇の本数と花言葉がしゃれた書体で記されている。裏返すと案の定、親愛なる、から始まる愛し恋しの告白だ。
宛先はナマエ。
「……お前なあ…」
呆れながら、ハスクは爪先でカウンターの花束を押し返した。
「こんな大層なもん、他人様にやるなよ」
『大層』
というのは、花束に込められた想いと、地獄で生花が高級品だという意味での『大層』だ。
地獄で育つ植物はその殆どが肉食性であり、おおむねなんらかの捕食器官を持つ。そして蔓や枝葉で自立歩行してハエを喰うように悪魔を喰らう。
太陽がなく雨も降らない、しかし毎年やってくる粛清天使の“間引き”によって引き起こされる激しい環境の変化に、適応するために進化した果てがそれだった。
故にしおらしく咲く花は珍しい。値が張る。
草木を凶暴化させないよう育てるのには文字通り骨が折れる上、植栽や品種改良を億劫がる者はルシファーの目を盗んで人間界へ現物を摘みにいく。どちらも手間がかかるため原価は高い。求めるものが花束となれば、ねずみ算式に値札の0は増えていく。
「花って好きじゃない」
しかしナマエは一刀両断した。
好意と悪意は表裏一体だ。
充てた金額が想いの尺度になる──とは必ずしもそうではないとハスクは思うが、少なくとも、花を贈られる程度には想われている現状が嫌なのだろう。
「返事はしたのか?」
「した。中途半端に断ると角が立つから」
「ふーん」と返事をする。
断ったくせに花は貰ってきたのか。
押しつけられてきたのだろうか。
先ほど読んだカードには『100本の薔薇 100%の愛』と書かれていた。仮に押しつけられてきたなら、相手方の愛はずいぶんと投げやりだ。ナマエもナマエで受動的が過ぎるが、まあ、同情の余地はあるか。
とは言え……。
「……だからって、よりによってアイツ…」
ハスクがうんざりと思い浮かべたのは、ナマエが花束を渡そうとしているアラスターの姿だ。
ナチュラルハイ常時スマイルな鹿の悪魔。
ロマンス? あっそうだ“We'll Meet Again”って歌があってねえ……と流しつつ花言葉には詳しい男(これは自分が影響しているかもしれない。なにせ奴はハスクが花好きなのを知って、ご機嫌取りに切り花を贈ってくるので)
そんなアラスターと親交が深いハスクはナマエの言動に眉をひそめるしかない。
あの悪魔は、薔薇の花言葉はもとより本数の意味も知っているはずだ。苦い顔で流されるならまだ良いが、相手がナマエではどうなるか分からない。
両者のやりとりはいつだってハスクを怖がらせる。
挨拶までは穏やかだ。しかし二言三言交わすうちにアラスター側に青筋が浮き始める。ナマエはそれに気づかず、或いは気づいていながら神経逆撫でするような発言を繰り返す。
会話の噛み合わなさが一触即発の危険を連れてくる。
アラスターはナマエの冗談を解せないし、ナマエはアラスターの冗談を解せない。年齢が人間の三世代分は開いているせいだ。あまつさえどちらも我が強く、歩み寄ろうとしない。
だいたい良い気にならないだろう。他者の好意を横流しするナマエにも、それを押しつけられる状況にも。なにせ捉えようによっては、ゴミ箱扱いされたことになる。
「アラスターって花好きじゃなかった?」
ナマエの声で現実に戻る。
項垂れているせいでくぐもった声音が、どこか拗ねている風に聞こえる。
「アイツは花より食い気な」
そしてハスクは嘘を吐いた。
確かに奴は花より食い気だが、地獄の高級住宅街にあるひっそりとしたバラ園を散歩コースに入れているほどだ。
いつか無理やり連れられたそこで聞かされたのは、『赤い薔薇は好き』『色が血肉に似てるでしょ?』。
「薔薇って食えるかな」
「やめとけ」
二重の意味で。
ハスクは花束から数えて、薔薇を8本だけ抜き取った。茎から棘が除かれているところに、贈り主の配慮があった。
かわいそうな恋文を取り外し、客からは見えないカウンター足元の屑籠に放る。
かこんっ、と軽く捨てられたカードに、これまでずっと項垂れていたナマエが顔を上げた。
ひどい表情だ。機嫌悪そうな目と口が、嘔気を堪えているように見える。
ナマエは先ずハスクの手元に視線を配り、なにやら得心したように「ああ」と声を洩らした。カードの方には反応なし。むしろ捨てられて清々したに違いない。心なしか嬉しそうに、冠っていた白百合を外し、首に掛けていたかすみ草の輪も脱いでいた。
そうして白い花ふたつを両手のひらに乗せ、色の抜けきった表情で「あげる」と送られた言葉を、ハスクは顔を逸らして拒否した。
「てかよお」
ふらりと手の薔薇をちらつかせる。
「今日ってなんかの記念日か?」
顔を戻せば、やっと目が合ったナマエが口を尖らせていた。今は確かに嘔吐きそうな顔だ。
ナマエは行く方ない花輪を92%になった愛の横に置き、くるりとハスクに背を向けてカウンターに腰をもたせた。
「バレンタイン」
その一言で納得がいった。
どうりで花など贈られてくるわけだ。
なるほどね──と、ハスクが8本の薔薇をどうしようかと動いたときだった。
空気が揺らぐ。
風はナマエが入ってきた正面玄関から、ぬるい室温を裂くように吹いてくる。
香気が一段と濃くなった。
ハスクは思わず動きを止めて、しかし玄関には一瞥もくれず自らのほわほわとした胸毛からリボンを取り出す。リボンで薔薇を束ねている間に、ガッ!と玄関で鈍い音がした。音の元凶はガッガッと何度か挑戦して、その度に「おや」「はて」「あらあら」と小さな笑い声を上げている。
ややあってガラガラ……と車輪の回る音が近づいてきた。
束ねた薔薇を白い花輪の隣に置き、ハスクがやっとそちらを見ると。
よく知る顔が、まるで道楽の花ざかり。
青臭さが増すはずだった。正面玄関から押してきたらしい四輪の台車には、色とりどりの草花がどっさりと積まれている。
「ご機嫌よう!」
いがらっぽい笑声はよくよく覚えがある。
「君たち、お花はいかが?」
にやつく瞳と目が合ってしまい、ハスクは鼻を怒らせて威嚇した。
アラスターだ。
男はまるで本日の主役と言わんばかりに、枝角から腰までを華美に花で飾りつけていた。“飾られている”が適当かもしれない。
赤で揃えた古い礼装に赤薔薇の花がわんさと咲いて、まるでそういう妖精だ。勝手な善意で子を取替えたり詛いと見紛う祝福をかけたり、妖精のように他人を振り回す性格などまさに。