短編
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「イヴイヴの日ならワンチャンあるかと思ったわけですよ」
「何がですか?」
またまたぁ、とメフィストは片手のひらを胸前で振った。浴衣に袢纏 に、ベビーピンク色のもふもふマフラーを身につけた完全防寒の格好である。対する私はシャツにスラックスに騎士團の黒コート。任務帰りである。そのため腰に拳銃を携帯している。
場所は東京都が正十字学園町──『日本のモン・サン=ミシェル』と呼ばれるこの町の最上層に建つ、ヨハン・ファウスト邸の展望デッキ。その石造りの欄干に並び立ちながら、私たちは木枯らしのきつい夜の町明かりを見おろしていた。
「明日の今はクリスマスイヴでしょう?」
「はい」
「そして今日はイヴのイヴ!」
「はい」
「つまり悪魔が何らかを祝うことに何の後腐れもなく」
「はい」
「……」
「はい」
「あなた誰と話してるんです?」
私は顔をしかめながら、歯の隙間からズィーと息を吸った。それがドイツ語の「あなた(Sie)」に聞こえたらしく、山羊髭の悪魔が「んもう、意地悪なんだから……っ♡」と科を作りながら目を伏せてくる。本当にぬくそうな格好だ。こちらとしてはそちらほど防寒をしていないから、会話は屋内でしたいし何なら家に帰りたい。任務報告も既に終えているのだ。
しかしメフィストは私をデッキに拘束したいらしい。
ここは素直に断らねば家には帰れないだろう。
そう悟った私がやにわに背を正すと、
「実は私、あなたのことが恋愛的に好きで……」
などと先に切出された。
私は正したばかりの姿勢を崩した。
「はあ!?」
「それでイヴイヴの日じゃないですか」
「何がそれでイヴイヴの日なんですか!? 帰らせていただきますが?!」
「あ、そうですかありがとうございます。ではご一緒に参りましょう」
「ご、っご、ご一緒に参りませんが?!」
私は咄嗟に腰の拳銃を取り、セーフティを外しながらメフィストと距離を取った。
メフィスト。メフィスト・フェレス。その実態は虚無界の第二権力者、時の王サマエルである。たいていの悪魔に祓魔効果がある銀製の弾丸も、メフィストが相手ではたとえ急所に当たったところでダメージにもならないだろう、が。
その眉間に照準を定めつつ、後退る。
浴衣に袢纏にもふもふマフラー装備の、傍目には丸腰の寝不足に悩まされていそうな痩せぎすのドイツ人男性である。ただし彼の脳天にはいわゆる"アホ毛"のような角が生えており、正十字騎士團に属する祓魔師は、そこから彼が正真正銘の悪魔憑きである現実を再認するのである。
「近寄らないで。撃ちます」
私が睨むと、メフィストは「ククク…」と邪悪に笑った。
「今夜は風がきつい」
確かに今夜は風がきつい。
弾の軌道が風に煽られ、逸れるかもしれない。
しかしこの至近距離である。私が構えているものは自動拳銃。遠方を狙うライフル銃ではないのである。
「それに、とても寒い……。あまり長居はできませんが、この時期このデッキから見おろす町は非常に美しく」
私はじりじりと後退る。
メフィストは欄干に片肘を突き、そこを動かない。
「今の私には、あなたがより輝いて見える」
ビュオオ!と夜風が音を立てて吹き抜けた。
口説くにしてももう少しタイミングを考えてほしい。日本では聖夜を性夜などと揶揄することがあるのである。クリスマスイヴイヴの流れが明らかにおかしいのである。どうせ口説いてくれるならば、年明けか大晦日にしてほしかった。
私は強風に暴れまわる髪を肩でどうにか脇に除けた。寒さに晒されて耳が痛む。こんなところで、……こんなときに、どうか告白してくれるなよ。
「メフィスト」
「はい」
「メフィスト・フェレス!!」
「はい!!」
眉間に銃口を定められているはずの悪魔が、めちゃくちゃな笑顔で返事をする。
私の腰に石造りの欄干が触れる。展望デッキの端まで、辿り着いたのだ。メフィストは依然近づいてこない。それでも私はメフィストに銃を向けたまま、背後の欄干に乗り上げた。
「本日を以て!!」
「はい!!」
「私は!!」
「ハッ!!」
メフィストが様子のおかしさに肘を解いた。
私は腕の銃を下ろし、欄干の向こうへと片脚を伸ばす。
「騎士團を脱退させていただきます」
「オアっ!?」
そうして私は展望デッキを飛び降りた。
美しいイスラム建築の丸屋根を厚底ブーツで無遠慮に駆け、時たま強風に身を傾けて颯爽と降りてゆく。任務帰りの疲れた心身などは今はどこかへ消え去って──ああ、確かに、ここから見える町明かりはとても美しい。
「嘘だッ、嘘ですよねぇぇ!?」
はるか遠くからメフィストの叫び声が聞こえる。
そんなことには決して振り向かず、私は今日までの悪魔との戦闘で手に入れた身軽さで以て、クリスマス・イヴ・イヴの空をどこまでも降りていった。
さあ、明日から職探しだ!
短編・クリスマス・イヴ・イヴ☆《了》
「何がですか?」
またまたぁ、とメフィストは片手のひらを胸前で振った。浴衣に
場所は東京都が正十字学園町──『日本のモン・サン=ミシェル』と呼ばれるこの町の最上層に建つ、ヨハン・ファウスト邸の展望デッキ。その石造りの欄干に並び立ちながら、私たちは木枯らしのきつい夜の町明かりを見おろしていた。
「明日の今はクリスマスイヴでしょう?」
「はい」
「そして今日はイヴのイヴ!」
「はい」
「つまり悪魔が何らかを祝うことに何の後腐れもなく」
「はい」
「……」
「はい」
「あなた誰と話してるんです?」
私は顔をしかめながら、歯の隙間からズィーと息を吸った。それがドイツ語の「あなた(Sie)」に聞こえたらしく、山羊髭の悪魔が「んもう、意地悪なんだから……っ♡」と科を作りながら目を伏せてくる。本当にぬくそうな格好だ。こちらとしてはそちらほど防寒をしていないから、会話は屋内でしたいし何なら家に帰りたい。任務報告も既に終えているのだ。
しかしメフィストは私をデッキに拘束したいらしい。
ここは素直に断らねば家には帰れないだろう。
そう悟った私がやにわに背を正すと、
「実は私、あなたのことが恋愛的に好きで……」
などと先に切出された。
私は正したばかりの姿勢を崩した。
「はあ!?」
「それでイヴイヴの日じゃないですか」
「何がそれでイヴイヴの日なんですか!? 帰らせていただきますが?!」
「あ、そうですかありがとうございます。ではご一緒に参りましょう」
「ご、っご、ご一緒に参りませんが?!」
私は咄嗟に腰の拳銃を取り、セーフティを外しながらメフィストと距離を取った。
メフィスト。メフィスト・フェレス。その実態は虚無界の第二権力者、時の王サマエルである。たいていの悪魔に祓魔効果がある銀製の弾丸も、メフィストが相手ではたとえ急所に当たったところでダメージにもならないだろう、が。
その眉間に照準を定めつつ、後退る。
浴衣に袢纏にもふもふマフラー装備の、傍目には丸腰の寝不足に悩まされていそうな痩せぎすのドイツ人男性である。ただし彼の脳天にはいわゆる"アホ毛"のような角が生えており、正十字騎士團に属する祓魔師は、そこから彼が正真正銘の悪魔憑きである現実を再認するのである。
「近寄らないで。撃ちます」
私が睨むと、メフィストは「ククク…」と邪悪に笑った。
「今夜は風がきつい」
確かに今夜は風がきつい。
弾の軌道が風に煽られ、逸れるかもしれない。
しかしこの至近距離である。私が構えているものは自動拳銃。遠方を狙うライフル銃ではないのである。
「それに、とても寒い……。あまり長居はできませんが、この時期このデッキから見おろす町は非常に美しく」
私はじりじりと後退る。
メフィストは欄干に片肘を突き、そこを動かない。
「今の私には、あなたがより輝いて見える」
ビュオオ!と夜風が音を立てて吹き抜けた。
口説くにしてももう少しタイミングを考えてほしい。日本では聖夜を性夜などと揶揄することがあるのである。クリスマスイヴイヴの流れが明らかにおかしいのである。どうせ口説いてくれるならば、年明けか大晦日にしてほしかった。
私は強風に暴れまわる髪を肩でどうにか脇に除けた。寒さに晒されて耳が痛む。こんなところで、……こんなときに、どうか告白してくれるなよ。
「メフィスト」
「はい」
「メフィスト・フェレス!!」
「はい!!」
眉間に銃口を定められているはずの悪魔が、めちゃくちゃな笑顔で返事をする。
私の腰に石造りの欄干が触れる。展望デッキの端まで、辿り着いたのだ。メフィストは依然近づいてこない。それでも私はメフィストに銃を向けたまま、背後の欄干に乗り上げた。
「本日を以て!!」
「はい!!」
「私は!!」
「ハッ!!」
メフィストが様子のおかしさに肘を解いた。
私は腕の銃を下ろし、欄干の向こうへと片脚を伸ばす。
「騎士團を脱退させていただきます」
「オアっ!?」
そうして私は展望デッキを飛び降りた。
美しいイスラム建築の丸屋根を厚底ブーツで無遠慮に駆け、時たま強風に身を傾けて颯爽と降りてゆく。任務帰りの疲れた心身などは今はどこかへ消え去って──ああ、確かに、ここから見える町明かりはとても美しい。
「嘘だッ、嘘ですよねぇぇ!?」
はるか遠くからメフィストの叫び声が聞こえる。
そんなことには決して振り向かず、私は今日までの悪魔との戦闘で手に入れた身軽さで以て、クリスマス・イヴ・イヴの空をどこまでも降りていった。
さあ、明日から職探しだ!
短編・クリスマス・イヴ・イヴ☆《了》
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