短編
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ナマエという人間は、頭ごなしに罵倒されて気を害さないほど出来上がってはいない。働けば疲れるし、辛ければ泣くし、楽しければ笑う。
「本当にいとをかしですよ、貴女」
「あん?」
顎髭をいじる手を真似て、此方を見上げる姿は子供のよう。この子供を愛おしいと思っている、夜中の工事現場。
メフィストは彼女が心底好きだが、こういう時どうすればいいのか分からない。面白おかしく捲し立てる事はできても、寄り添うことには慣れていない。こんな有様で出来ることと言えば、悪魔として利用価値のある感情を事細かに分析することぐらいだ。パズルのピースを嵌めるが如く、相手が望むしてほしいことの真逆をしてあげるまでだ。
「いとをかし、おかし、……お菓子は如何かな?」
「おちょくりやがって。このピエロ」
正十字学園町の本土より、幅五十メートルはある川を挟んだ、青白いライティングの工業地帯。めいっぱい歪められたナマエの笑顔の後ろで、川べりに衝突した不衛生な水が飛沫を上げる。それが人工のライトを受けて、星くずのような煌めきを足元に散らす。
「全部見てたんだろう」
尋問室で散々罵られた挙句、頭を冷やしに人気のない工業地帯へ立ち寄った先には、メフィスト・フェレス。
ナマエはメフィストが嫌いではないが、事あるごとに揶揄してくる彼の姿勢だけは許せなかった。悪魔という種は人を馬鹿にするのが生き甲斐なのだ、そう割り切ろうとするのは職業柄仕方ないのだと思う。
「侯爵よ 」
ナマエは今の気持ちを悟られないように、両手で作ったシルクハットを頭の上に乗せながら、くるりと回転してみせた。
「お願いです。どうか私を一人にして下さい」
仰々しい言葉とは正反対のふざけた仕草だ。
メフィストは彼女の遊びに付き合うつもりで、彼女の頭上の細い手首を持ち上げた。
が。途端、顔から表情が消える。
持ち上げたナマエが病的に軽かったのだ。
こうしなければ気が付かないほど、重厚感ある騎士團の團服でカモフラージュされている。ナマエは感情をすぐに吐露する、そんなメフィストの固定観念が覆された瞬間だった。
彼女は両手を持ち上げられたまま、
「この体勢って、される側だと凄く痛いの知ってました?」
と少し切なそうな顔をした。
「手首に体重がかかって、骨が、外れそう」
風が吹けば闇に溶けそうだった。
改まって考えてみると、乱暴にし過ぎた気がする。メフィストは外れた笑顔を手繰り寄せ、また貼り付けると慣れた所作でナマエを横抱きにした。
いつもとは全く違う、気弱な彼女。加減を緩めれば腰からすとんと落ちてしまいそうで、赤子を抱えるように、大事に、大事に胸に寄せた。
「失礼。では、オヒメサマ抱っこが宜しいかな?」
「断る前にされてどうしろと……?」
「嫌なら行動で示さないとね」
「いや、理屈で判れよ……」
つれない言葉とは裏腹に、温かくもないこの身体へ縮こまるその姿が、無垢な仔猫を彷彿とさせてやまない。愛らしい。そうだ。この子供をメフィストは愛しく思っていた。
小さな想い人を腕に抱き、メフィストは町の夜空へ繰り出した。宵闇に踵を引っかけ、まるで階段を登るようにしてすいすい高度を上げていく。
さて置き彼女はというと、こんなことを異性、ましてや悪魔にされた事が無かったので『こいつヤバイ薬でもしてるんじゃないか』なんて思っていた。大変失礼である。が、メフィストも大概失礼であるのでお相子である。
でも少しだけトキめいたり………しない。
いや………………しない。しない。しない。
「さてナマエさん。最低でも一日二食は摂って下さいね」
「夜行バスだ。終電が走ってる。あれは、燐くんたちの寮だ……」
「ちょっと聞いてますぅ? 落としますよぅ? この状況でどうして私以外の話題が出るんですか、普通トキメキませんか!?」
空を歩きながらメフィストはナマエを見おろして、態とらしく眦を吊り上げた。
彼女は彼に目もくれず、しんと夜景を眺めている。
「心に刻んでおくわ」
何が、と聞きかけたがやめた。
それは楽しそうな声音だったのだ。
短編・寒空散歩《了》
「本当にいとをかしですよ、貴女」
「あん?」
顎髭をいじる手を真似て、此方を見上げる姿は子供のよう。この子供を愛おしいと思っている、夜中の工事現場。
メフィストは彼女が心底好きだが、こういう時どうすればいいのか分からない。面白おかしく捲し立てる事はできても、寄り添うことには慣れていない。こんな有様で出来ることと言えば、悪魔として利用価値のある感情を事細かに分析することぐらいだ。パズルのピースを嵌めるが如く、相手が望むしてほしいことの真逆をしてあげるまでだ。
「いとをかし、おかし、……お菓子は如何かな?」
「おちょくりやがって。このピエロ」
正十字学園町の本土より、幅五十メートルはある川を挟んだ、青白いライティングの工業地帯。めいっぱい歪められたナマエの笑顔の後ろで、川べりに衝突した不衛生な水が飛沫を上げる。それが人工のライトを受けて、星くずのような煌めきを足元に散らす。
「全部見てたんだろう」
尋問室で散々罵られた挙句、頭を冷やしに人気のない工業地帯へ立ち寄った先には、メフィスト・フェレス。
ナマエはメフィストが嫌いではないが、事あるごとに揶揄してくる彼の姿勢だけは許せなかった。悪魔という種は人を馬鹿にするのが生き甲斐なのだ、そう割り切ろうとするのは職業柄仕方ないのだと思う。
「
ナマエは今の気持ちを悟られないように、両手で作ったシルクハットを頭の上に乗せながら、くるりと回転してみせた。
「お願いです。どうか私を一人にして下さい」
仰々しい言葉とは正反対のふざけた仕草だ。
メフィストは彼女の遊びに付き合うつもりで、彼女の頭上の細い手首を持ち上げた。
が。途端、顔から表情が消える。
持ち上げたナマエが病的に軽かったのだ。
こうしなければ気が付かないほど、重厚感ある騎士團の團服でカモフラージュされている。ナマエは感情をすぐに吐露する、そんなメフィストの固定観念が覆された瞬間だった。
彼女は両手を持ち上げられたまま、
「この体勢って、される側だと凄く痛いの知ってました?」
と少し切なそうな顔をした。
「手首に体重がかかって、骨が、外れそう」
風が吹けば闇に溶けそうだった。
改まって考えてみると、乱暴にし過ぎた気がする。メフィストは外れた笑顔を手繰り寄せ、また貼り付けると慣れた所作でナマエを横抱きにした。
いつもとは全く違う、気弱な彼女。加減を緩めれば腰からすとんと落ちてしまいそうで、赤子を抱えるように、大事に、大事に胸に寄せた。
「失礼。では、オヒメサマ抱っこが宜しいかな?」
「断る前にされてどうしろと……?」
「嫌なら行動で示さないとね」
「いや、理屈で判れよ……」
つれない言葉とは裏腹に、温かくもないこの身体へ縮こまるその姿が、無垢な仔猫を彷彿とさせてやまない。愛らしい。そうだ。この子供をメフィストは愛しく思っていた。
小さな想い人を腕に抱き、メフィストは町の夜空へ繰り出した。宵闇に踵を引っかけ、まるで階段を登るようにしてすいすい高度を上げていく。
さて置き彼女はというと、こんなことを異性、ましてや悪魔にされた事が無かったので『こいつヤバイ薬でもしてるんじゃないか』なんて思っていた。大変失礼である。が、メフィストも大概失礼であるのでお相子である。
でも少しだけトキめいたり………しない。
いや………………しない。しない。しない。
「さてナマエさん。最低でも一日二食は摂って下さいね」
「夜行バスだ。終電が走ってる。あれは、燐くんたちの寮だ……」
「ちょっと聞いてますぅ? 落としますよぅ? この状況でどうして私以外の話題が出るんですか、普通トキメキませんか!?」
空を歩きながらメフィストはナマエを見おろして、態とらしく眦を吊り上げた。
彼女は彼に目もくれず、しんと夜景を眺めている。
「心に刻んでおくわ」
何が、と聞きかけたがやめた。
それは楽しそうな声音だったのだ。
短編・寒空散歩《了》
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