事案が発生
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温かいティーカップを両手で包み、お気に入りのスツールに腰かける。部屋の中は暖炉が焚かれていて、小窓からは月明かりが落ちている。テーブルには焼きたてのスコーン。その隣には白い陶器に入ったブルーベリージャムがあって、私はそれを幸せそうに眺めている……。
「シアワセ」
「焼きそば食いながらようそんな妄想ができるな。ていうか夏やで。暖炉て」
お昼どきの祓魔塾にて。いつもの教室に着席していた名字ナマエと勝呂竜士は、二人揃って焼きそばを頬張っていた。ナマエの挙げた幸せな暮らしとは程遠い、もっぱら廃墟同然の教室には彼らしかいない。二人の咀嚼音だけが淡々と耳に入ってくるなかで、趣のない空調で巻き上げられた埃が絶妙に鼻につく。
「夢がないねぇ、これだから脳筋は」
「誰が脳筋や。脳筋言うたら奥村やろ」
「たしかに奥村センセーも脳筋、三輪クンも脳筋、出雲チャンも脳筋……。ってここの候補生みんな脳筋やんけ!」
「俺は兄の方を言うてんやけどな……」
一般的に「脳筋」とは「脳ミソが筋肉」「脳ミソまで筋肉」を略した言葉で、多くは他者を馬鹿にする意図で使われる。しかしナマエの言う「脳筋」は脳にしわが多い人、すなわち優れた頭脳を持つ人間を指すところらしい。
いま彼女の誤認を正せば、今後発生するだろう脳筋関連のいざこざを生まずに済むだろうが、とりわけ彼女に良い感情があるわけでも、かと言って悪い感情がないわけでもなかった勝呂はキュッと口を引き結んだ。そして発泡トレーの隅に残りの焼きそばを移動する作業に移った。
◆
正十字学園で昼食を摂らなかったのは、勝呂のクラスがやけに騒がしかったからだ。もともと勝呂が騒がしい場所を好まないのもあるが、その部屋の騒がしさは暗記などのテスト勉強にはふさわしくなかったため彼は逃げるようにして祓魔塾へ行くための鍵を使った。
はしゃぎ回る人間がいない、空調が設備されている教室はさぞ勉学に勤しむことができただろう。しかしながら先客がいた。
「ちーっす」
人差し指と中指を束ね、頭の上でちらつかせた塾生は、焼きそばを口に含みながら勝呂を軽く歓迎した。ナマエである。何となく先客が居たこと、彼女と同じ焼きそばを昼食に持ってきていたことに苛立ちを覚えた勝呂は即刻扉を閉めようとしたが、それは華麗に阻止された。このとき勝呂はナマエの細い身体に一体どれほどの機動力が潜んでいるのか疑問であった。
「勝呂クンも学園から逃亡してきたんすか~? 実は私もなんですよねえ。あ、コレ理事長には内緒にしてくださいね~。この間もコレしてぼこられたので。ともかく私も内緒にしますから~!」
◆
本来祓魔塾生に渡される魔法の鍵は、授業を受けに行くという目的以外での使用を禁じられている。魔法の行使には慎重になるべきである、と、それは塾生になる前に理事長──もとい塾の管理人であるメフィスト・フェレス卿が念入りに忠告していくお約束である。
普段は真面目な勝呂にしては珍しい規則違反だった。偶然にも痛いところを突かれた彼は、同じ「痛いところ」を持つ彼女の共犯にならざるを得なかったのだ。
「ところでこのメッフィー焼きそばを確保するほどの胆力、見た目通りすぎて感心です」
「ほんま失礼やな。それ言うたらお前も同じモン持っとるやないか」
「バレました? まぁ日々鍛えられてますからね。主に理事長のお仕置きで」
ナマエが誇らしげに己の太ももを叩いてみせたが、それは一目で筋肉が付いていないと分かる脚力とは無縁の代物だった。そして聞き捨てならないことを聞いた。お仕置きで脚力が鍛えられるとはどういうことだ。というかお仕置きとはなんだ。真っ当な青年男子の勝呂にはいかんせん理解し難い。
「いやぁ逃亡に関しては一流っすよ。今回は購買競争でしたがね。よう相棒、いつも頼りになってるぜ」
脚力に関してはそういうことらしい。
「お仕置きについて? ンン、なんと言えばいいのかな……たぶん理事長がしちゃいけないことですよね。道徳的に、冒涜的な……まぁそんな感じの犯罪行為ですよ。まったく年寄りの趣向とやらは度し難い。さっさと天に召されて欲しい」
「りじちょう……」
とんでもないところでとんでもないことを聞いてしまった気がする。それは恐らく気のせいではない。
ナマエが垂れこんだソレにあまりの衝撃を受けた勝呂は、これ以上踏み込むことは自分の命を脅かすだろうと判断し別の話題に頭を切り替えた。
いやはや、しかし不真面目で有名なこの生徒が学園内で昼食を摂ることをやめる喧しさだったとは。勝呂のクラス以外でも人が騒いでいたらしいことを鑑みるに、学園全体で事件が起きていたのかもしれない。面倒事に巻き込まれなかったと捉えれば、ある意味ここへきて正解だったか。お好みソースでしんなりとしたキャベツを嚙みつつ思う。
して、昼寝の邪魔だったというのなら納得が行くが、なにゆえナマエはわざわざ祓魔塾で昼食を摂ろうと思ったのか。屋上の鍵さえ教師に気取られず盗んだ犯歴を持つナマエなら、どこへだって静かな場所へ行けたはずなのに。
勝呂は堅い背もたれに寄りかかり、ナマエを見つめた。
「そういや、お前はなんでここに昼飯食いにきたんや? ……昼寝ならまだしも、俺みたいに暗記しながら食うタチ違うやろ」
「シアワセ」
「焼きそば食いながらようそんな妄想ができるな。ていうか夏やで。暖炉て」
お昼どきの祓魔塾にて。いつもの教室に着席していた名字ナマエと勝呂竜士は、二人揃って焼きそばを頬張っていた。ナマエの挙げた幸せな暮らしとは程遠い、もっぱら廃墟同然の教室には彼らしかいない。二人の咀嚼音だけが淡々と耳に入ってくるなかで、趣のない空調で巻き上げられた埃が絶妙に鼻につく。
「夢がないねぇ、これだから脳筋は」
「誰が脳筋や。脳筋言うたら奥村やろ」
「たしかに奥村センセーも脳筋、三輪クンも脳筋、出雲チャンも脳筋……。ってここの候補生みんな脳筋やんけ!」
「俺は兄の方を言うてんやけどな……」
一般的に「脳筋」とは「脳ミソが筋肉」「脳ミソまで筋肉」を略した言葉で、多くは他者を馬鹿にする意図で使われる。しかしナマエの言う「脳筋」は脳にしわが多い人、すなわち優れた頭脳を持つ人間を指すところらしい。
いま彼女の誤認を正せば、今後発生するだろう脳筋関連のいざこざを生まずに済むだろうが、とりわけ彼女に良い感情があるわけでも、かと言って悪い感情がないわけでもなかった勝呂はキュッと口を引き結んだ。そして発泡トレーの隅に残りの焼きそばを移動する作業に移った。
◆
正十字学園で昼食を摂らなかったのは、勝呂のクラスがやけに騒がしかったからだ。もともと勝呂が騒がしい場所を好まないのもあるが、その部屋の騒がしさは暗記などのテスト勉強にはふさわしくなかったため彼は逃げるようにして祓魔塾へ行くための鍵を使った。
はしゃぎ回る人間がいない、空調が設備されている教室はさぞ勉学に勤しむことができただろう。しかしながら先客がいた。
「ちーっす」
人差し指と中指を束ね、頭の上でちらつかせた塾生は、焼きそばを口に含みながら勝呂を軽く歓迎した。ナマエである。何となく先客が居たこと、彼女と同じ焼きそばを昼食に持ってきていたことに苛立ちを覚えた勝呂は即刻扉を閉めようとしたが、それは華麗に阻止された。このとき勝呂はナマエの細い身体に一体どれほどの機動力が潜んでいるのか疑問であった。
「勝呂クンも学園から逃亡してきたんすか~? 実は私もなんですよねえ。あ、コレ理事長には内緒にしてくださいね~。この間もコレしてぼこられたので。ともかく私も内緒にしますから~!」
◆
本来祓魔塾生に渡される魔法の鍵は、授業を受けに行くという目的以外での使用を禁じられている。魔法の行使には慎重になるべきである、と、それは塾生になる前に理事長──もとい塾の管理人であるメフィスト・フェレス卿が念入りに忠告していくお約束である。
普段は真面目な勝呂にしては珍しい規則違反だった。偶然にも痛いところを突かれた彼は、同じ「痛いところ」を持つ彼女の共犯にならざるを得なかったのだ。
「ところでこのメッフィー焼きそばを確保するほどの胆力、見た目通りすぎて感心です」
「ほんま失礼やな。それ言うたらお前も同じモン持っとるやないか」
「バレました? まぁ日々鍛えられてますからね。主に理事長のお仕置きで」
ナマエが誇らしげに己の太ももを叩いてみせたが、それは一目で筋肉が付いていないと分かる脚力とは無縁の代物だった。そして聞き捨てならないことを聞いた。お仕置きで脚力が鍛えられるとはどういうことだ。というかお仕置きとはなんだ。真っ当な青年男子の勝呂にはいかんせん理解し難い。
「いやぁ逃亡に関しては一流っすよ。今回は購買競争でしたがね。よう相棒、いつも頼りになってるぜ」
脚力に関してはそういうことらしい。
「お仕置きについて? ンン、なんと言えばいいのかな……たぶん理事長がしちゃいけないことですよね。道徳的に、冒涜的な……まぁそんな感じの犯罪行為ですよ。まったく年寄りの趣向とやらは度し難い。さっさと天に召されて欲しい」
「りじちょう……」
とんでもないところでとんでもないことを聞いてしまった気がする。それは恐らく気のせいではない。
ナマエが垂れこんだソレにあまりの衝撃を受けた勝呂は、これ以上踏み込むことは自分の命を脅かすだろうと判断し別の話題に頭を切り替えた。
いやはや、しかし不真面目で有名なこの生徒が学園内で昼食を摂ることをやめる喧しさだったとは。勝呂のクラス以外でも人が騒いでいたらしいことを鑑みるに、学園全体で事件が起きていたのかもしれない。面倒事に巻き込まれなかったと捉えれば、ある意味ここへきて正解だったか。お好みソースでしんなりとしたキャベツを嚙みつつ思う。
して、昼寝の邪魔だったというのなら納得が行くが、なにゆえナマエはわざわざ祓魔塾で昼食を摂ろうと思ったのか。屋上の鍵さえ教師に気取られず盗んだ犯歴を持つナマエなら、どこへだって静かな場所へ行けたはずなのに。
勝呂は堅い背もたれに寄りかかり、ナマエを見つめた。
「そういや、お前はなんでここに昼飯食いにきたんや? ……昼寝ならまだしも、俺みたいに暗記しながら食うタチ違うやろ」
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