勘違いで冷めかける
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「……季節ごとに、出現する悪魔も変わります。悪魔にも得手不得手があるからでしょう。腐の眷属は陰気な質の強い人間を好むので日本人に憑きやすい傾向があります、腐の眷属についてはこれで理由付けが可能ですが、たしかに水の眷属の憑依は稀に見る事件でした。 水の眷属は清潔な水辺や湿気の強い場所を好みます。彼らの召喚に水を使う場面も多くありますので、被害者も水の類を好む性質があったのかと初めは思いました」
話はまだ終わっていないので、支部長は返事を寄越さない。ただ、彼の左手で動きを止めている万年筆の様子から流れ作業的に聞いてはいないことが分かった。そのことに少しだけ安堵した。
「実際、現場の室内は水辺と化していました。それが事後か事後前なのかはさておき、憑依した悪魔好みの環境がそこに出来上がっていたのでしょう。しかし、任務を終えて、この事件に水は限りなく関係がないと私は判断しました」
「ほう?」
「水の眷属の王・エギュンは“アブラメリンの書”でアリトンと同一視されます。アリトンの名はヘブライ語で“暴露する”、またはギリシア語で“秘密”を意味します。調べたところ今回憑依された男性は配偶者に多くの秘密を持っていたようです。おそらくこの“秘密”が憑かれたおおよその原因だと私は考えています」
「……成る程。ところで」
支部長と目が合った。私がポカンとしていると、彼は自分自身の首筋を指さし、こちらの首に何かが付いていることを示してきた。
「昨晩はお楽しみでしたか」
質問の意味が分からず、支部長の示す首に左手で触れる。ちょうど水の眷属憑依事件の際、水辺に群がっていた蚊に噛まれて赤くなったところだった。意識するとまた痒くなったので、ガリ、と爪を立てて不躾に掻いてしまう。
「昨晩ですか。はい、そうですね。相手にとってはお楽しみで必要なことだったかと」
「ホー、それはそれは……」
支部長が何故か口をすぼめて、可哀想なものを見る目でこちらの顔を伺った。
うろ覚えではあるが、吸血行為は蚊にとって子孫を残すために必要だった気がする。雌が卵を作るために栄養を欲するので、その過程で動物の血を吸うとか、なんとか。それがどうして可哀想な目で見られることに繋がるのか。
……いや。案外、祓魔師というのはこういった私の中での些事を重要視するのかもしれない。そう考えると今しがたの支部長の質問は皮肉のような気がしてきた。きっと私の意識が低く注意が散漫なのが皮肉を言われる原因だが、あの出不精な上司のせいで反射的にとびっきりの笑顔になってしまった。
「冬だと油断して沢山噛まれてしまいました。こういうこともあるんですね。支部長もお疲れでしょうが、どうかお気を付けになって下さい。最近は傷口からウイルス感染なんてこともあるみたいですから」
にっこり愛想よく微笑んで。首の虫刺されをがりがりと掻きながら私は支部長に表面的なお節介を焼いた。今更、昨夜友人と交わした食事の約束を思い出したのも、急ぎ足でここを離れなければという使命感を煽った。
「え、ぇ……。これは、どうも、ご丁寧に」
その、可哀想なものを見る目を右下に逸らし、支部長はモゴモゴと考え込んでしまった。ついに気になって腕時計を確認すると、友人と約束していた食事の時間が近かったので、私は素早く丁寧にお辞儀をする。
「報告は以上です。失礼します」
◆
支部長の邸宅から出て、この話を食事の際に友人に聞かしてやると、ひどく切なそうな視線を向けられた。
いわく『フェレス卿がかわいそう』だと。
短編・勘違いで冷めかける《了》
話はまだ終わっていないので、支部長は返事を寄越さない。ただ、彼の左手で動きを止めている万年筆の様子から流れ作業的に聞いてはいないことが分かった。そのことに少しだけ安堵した。
「実際、現場の室内は水辺と化していました。それが事後か事後前なのかはさておき、憑依した悪魔好みの環境がそこに出来上がっていたのでしょう。しかし、任務を終えて、この事件に水は限りなく関係がないと私は判断しました」
「ほう?」
「水の眷属の王・エギュンは“アブラメリンの書”でアリトンと同一視されます。アリトンの名はヘブライ語で“暴露する”、またはギリシア語で“秘密”を意味します。調べたところ今回憑依された男性は配偶者に多くの秘密を持っていたようです。おそらくこの“秘密”が憑かれたおおよその原因だと私は考えています」
「……成る程。ところで」
支部長と目が合った。私がポカンとしていると、彼は自分自身の首筋を指さし、こちらの首に何かが付いていることを示してきた。
「昨晩はお楽しみでしたか」
質問の意味が分からず、支部長の示す首に左手で触れる。ちょうど水の眷属憑依事件の際、水辺に群がっていた蚊に噛まれて赤くなったところだった。意識するとまた痒くなったので、ガリ、と爪を立てて不躾に掻いてしまう。
「昨晩ですか。はい、そうですね。相手にとってはお楽しみで必要なことだったかと」
「ホー、それはそれは……」
支部長が何故か口をすぼめて、可哀想なものを見る目でこちらの顔を伺った。
うろ覚えではあるが、吸血行為は蚊にとって子孫を残すために必要だった気がする。雌が卵を作るために栄養を欲するので、その過程で動物の血を吸うとか、なんとか。それがどうして可哀想な目で見られることに繋がるのか。
……いや。案外、祓魔師というのはこういった私の中での些事を重要視するのかもしれない。そう考えると今しがたの支部長の質問は皮肉のような気がしてきた。きっと私の意識が低く注意が散漫なのが皮肉を言われる原因だが、あの出不精な上司のせいで反射的にとびっきりの笑顔になってしまった。
「冬だと油断して沢山噛まれてしまいました。こういうこともあるんですね。支部長もお疲れでしょうが、どうかお気を付けになって下さい。最近は傷口からウイルス感染なんてこともあるみたいですから」
にっこり愛想よく微笑んで。首の虫刺されをがりがりと掻きながら私は支部長に表面的なお節介を焼いた。今更、昨夜友人と交わした食事の約束を思い出したのも、急ぎ足でここを離れなければという使命感を煽った。
「え、ぇ……。これは、どうも、ご丁寧に」
その、可哀想なものを見る目を右下に逸らし、支部長はモゴモゴと考え込んでしまった。ついに気になって腕時計を確認すると、友人と約束していた食事の時間が近かったので、私は素早く丁寧にお辞儀をする。
「報告は以上です。失礼します」
◆
支部長の邸宅から出て、この話を食事の際に友人に聞かしてやると、ひどく切なそうな視線を向けられた。
いわく『フェレス卿がかわいそう』だと。
短編・勘違いで冷めかける《了》
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