正十字騎士團・日本支部長の執務室にノックをし、了承を受けてから入室した。用件は出不精な上司から頼まれた報告書の提出と、その事後報告、また近況個人で受けた依頼の報告。
相変わらず怠そうに書類にハンコを押したりサインを付けたりしている支部長は、こちらに一度目をやってから作業に戻った。私も彼の反応には慣れたもので、手にしていた書類を部屋の中央にあるロココ調の応接セットにそっと置いた。

件の上司いわく、日本支部長にとっては「入室した者が誰であるかなど視線を向けるまでもない承知のこと」らしい。しかし彼の素性を知らない人間(騎士團に所属している以上そのような人はなかなか居ないだろうが)がここへやってきたときにノーリアクションでは困るとヴァチカン本部から苦情が入り、いつもこうして入室者に目配せしているそうだ。忙しいので報告だけしてさっさと帰って下さい、という意思表示のために。

「毎年12月25日に各国で行われていた夜宴のウィッチを討伐。その際に囚われていた人間の少女をひとり救出。少女は身寄りがないそうなので、のち養護施設へ送る予定です」

癖で組みかけていた後ろ手を止める。つい昨日友人に咎められたばかりなのに、なかなかどうして抜けないものだ。紙面を万年筆で引っかく音が部屋の中で休むことなく続いている。支部長から返事は無いが、慣れている。報告を続ける。

「私個人の近況としては、魍魎駆除が3件、悪魔憑き祓魔が10件、それから先述した夜宴の大規模任務に参加したのみです。魍魎は厳しい冷え込みからか発生件数がほとんど無く、受けた3件は全て定例の排水路清浄作業でした。合計発生数は10月から今日まで3件です」

万年筆をインク瓶に浸けるような音がする。返事は無い。続けて報告する。

「悪魔憑きは例年通り発生件数が多く、憑いた悪魔の質も上がっている感覚がありました。これは相手の自我が確立していて、我々への精神攻撃が多かったせいもあるかもしれません。憑いた悪魔の10件中9件は腐の眷属でした。残り1件は水の眷属でした」
「何故」

本日初めての支部長の声に、一瞬だけ鼓動が速まった。

「何故、水の眷属だったか貴女の所感を聞かせて下さい」

思いもよらなかったので堪らず瞬きを三回して前方を確認したが、彼はやはりこちらを向いてはいなかった。伏せた瞼の先でゆっくりと上下する睫毛は実に興味も無さ気で、果たしてこの質問に答える意味はあるのかと疑問に思う。