焙煎豆
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「……帰りよし」
今できる精一杯の拒否を込めて利き手をシッと振った。なびくレースカーテンを背に、幼馴染は自嘲気味に口を吊り上げる。どこか辛そうな、気づいて欲しそうな。そういえば、昔からこの子はこんな笑い方をしていた。
「あらそう。ま、どうでもよかったんやけど、最近あんさん元気なかったからさ。珈琲の香りでもプレゼントしよ思たんよ」
「皮肉か。ちうかどうでもよかったんかい」
「オヤ。なにか理由が欲しかった?」
「ほざけ……」
「へえ、左様で。ほな帰りますわ」
枕に口元を沈めて、窓枠に足をかける幼馴染を見る。
今夜は満月であったが、寮の位置事情から月明りは寮の壁によって遮られていた。月明りにも照らされないというのが、妙にスパイらしくて笑えた。
「天の下では、」
彼女が振り向かないで言う。
「何事にも定まった時期があり、 すべての営みには時がある」
「……なに?」
「人間は為すべきことを為さずに、為さなくてはよいことを為す。その身に健全なものはなに一つない」
深夜2時だった。ルームメイトは揃って寝息を立てていて、誰かが狸寝入りしている様子などはなかった。発生した音は、必ず耳に入ってくる。だから彼女の言葉を聞き逃すはずがなかった。
「聖書と祈祷書って、漫画の本家と二次創作ばりに差があるよね。でも二つとも素晴らしいものに変わりはない。信じるものが必ずある」
「……何が言いたい」
「説教か。励ましか。二つ全てか、どちらか一方か。或いはそのどちらでもないかもしれない」
聞き逃すはずはなかった。見逃すはずだって。
知らず、自分は彼女から発せられる信号を読み解こうとしていた。
「まぁ、捉え方は人次第だよ」
幼馴染はいつだって、喜びも悲しみも、なにもつまびらかにして話そうとしなかった。だから読み解かなければ通じ合えない。そもそも、彼女自身が他人と分かり合うことを諦めているような節があった。
自分は彼女を理解しようとしていた。しかし腐りきった頭から「イルミナティからの暗号なのでは」という疑問が離れず、信号は解読手前にも行かず靄がかって見えなくなる。すると、現実までもが濃い霧のなかにいるような心地がしてきて、ピントが逸れないよう無意識で目に力を入れていた。
だから彼女が急に振り向いてきて思考が停止した。
「ほいじゃ志摩坊。気張りなはれ」
それは視界いっぱいに、凝縮した太陽の灯りを投げつけられた感覚だった。
「待っ!!」
窓枠の上部を掴んでいた幼馴染の手が、ゆるりと離れて落ちていく。咄嗟に伸ばした自分の利き手は、精一杯伸ばしても届かない距離だったために空を切った。
「はあ……ッ、くそ」
血を吐くように溜息をつく。志摩家の本尊が宿る錫杖を持って、レースカーテンの窓にかじりついた。外に人はいない。涼しいだけの綺麗な夜がそこにあった。
「……あいつほんま、」
観念して床に戻ろうとすると、
「……」
彼女からの御土産が袋ごと自分の机に置いてあった。
短編・焙煎豆《了》
今できる精一杯の拒否を込めて利き手をシッと振った。なびくレースカーテンを背に、幼馴染は自嘲気味に口を吊り上げる。どこか辛そうな、気づいて欲しそうな。そういえば、昔からこの子はこんな笑い方をしていた。
「あらそう。ま、どうでもよかったんやけど、最近あんさん元気なかったからさ。珈琲の香りでもプレゼントしよ思たんよ」
「皮肉か。ちうかどうでもよかったんかい」
「オヤ。なにか理由が欲しかった?」
「ほざけ……」
「へえ、左様で。ほな帰りますわ」
枕に口元を沈めて、窓枠に足をかける幼馴染を見る。
今夜は満月であったが、寮の位置事情から月明りは寮の壁によって遮られていた。月明りにも照らされないというのが、妙にスパイらしくて笑えた。
「天の下では、」
彼女が振り向かないで言う。
「何事にも定まった時期があり、 すべての営みには時がある」
「……なに?」
「人間は為すべきことを為さずに、為さなくてはよいことを為す。その身に健全なものはなに一つない」
深夜2時だった。ルームメイトは揃って寝息を立てていて、誰かが狸寝入りしている様子などはなかった。発生した音は、必ず耳に入ってくる。だから彼女の言葉を聞き逃すはずがなかった。
「聖書と祈祷書って、漫画の本家と二次創作ばりに差があるよね。でも二つとも素晴らしいものに変わりはない。信じるものが必ずある」
「……何が言いたい」
「説教か。励ましか。二つ全てか、どちらか一方か。或いはそのどちらでもないかもしれない」
聞き逃すはずはなかった。見逃すはずだって。
知らず、自分は彼女から発せられる信号を読み解こうとしていた。
「まぁ、捉え方は人次第だよ」
幼馴染はいつだって、喜びも悲しみも、なにもつまびらかにして話そうとしなかった。だから読み解かなければ通じ合えない。そもそも、彼女自身が他人と分かり合うことを諦めているような節があった。
自分は彼女を理解しようとしていた。しかし腐りきった頭から「イルミナティからの暗号なのでは」という疑問が離れず、信号は解読手前にも行かず靄がかって見えなくなる。すると、現実までもが濃い霧のなかにいるような心地がしてきて、ピントが逸れないよう無意識で目に力を入れていた。
だから彼女が急に振り向いてきて思考が停止した。
「ほいじゃ志摩坊。気張りなはれ」
それは視界いっぱいに、凝縮した太陽の灯りを投げつけられた感覚だった。
「待っ!!」
窓枠の上部を掴んでいた幼馴染の手が、ゆるりと離れて落ちていく。咄嗟に伸ばした自分の利き手は、精一杯伸ばしても届かない距離だったために空を切った。
「はあ……ッ、くそ」
血を吐くように溜息をつく。志摩家の本尊が宿る錫杖を持って、レースカーテンの窓にかじりついた。外に人はいない。涼しいだけの綺麗な夜がそこにあった。
「……あいつほんま、」
観念して床に戻ろうとすると、
「……」
彼女からの御土産が袋ごと自分の机に置いてあった。
短編・焙煎豆《了》
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