焙煎豆
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「おこんばんは」
にっこり笑う幼馴染に起こされて、嫌になる。結局あの邂逅から、この娘のイルミナティに関する一切を知ることができなくなった。
いや、調べる事はできるのだ。自分が知ることを拒んでいるだけ。誰にも言えない事が増えて、心のモヤが増えて、作り笑いさえできなくなる惨事を招くのが、惜しいだけなのだ。
少女の手に握られる、上質な紙袋。かったるい身体を起こして寮室の窓を見ると、白いレースカーテンが夜風になびいている。ちゃんとした入り口から入室した訳ではなさそうだ。
「おみやげ♡」
彼女が可愛く言って枕元に置いてきたのは、虎屋が贔屓にしている老舗のコーヒー豆だった。
──ただ高いだけの、棚の肥やしになるであろうコーヒー豆。そう、自分に豆を挽く趣味はないし、彼女にもそんな趣味はなかった気がするのであるが。少女はこれを、さも「好きだったでしょう?」と言いたげに押し付けてきた。
一瞬メッセージの暗喩か暗号かと勘ぐるも、スパイである自分に香りの強い食品を送りつけるただの嫌がらせという考えが浮かんできてしまえば、もう、そうとしか思えなくなった。
それこそ五歳から十五歳に至るまで、この娘は学習しているはずなのだ。スパイのみぞ知る注意点、心持ち。己という余分な要素の消し方。
「いらん」
「へへっ……つれへんでおま……」
「いや、おまとちゃう。いらん」
他のベッドで眠る同室の学生を意識し、ボリュームを抑えながらひと押しした。
「要らん」
仮にも、ここは男子寮である。年頃の少女がむざむざ足を運んでいい理由がなければ、運べるような体制を取られてもいない。くだらない嫌がらせのために高所の窓から侵入するなど、馬鹿のする事だ。
「ふうん、そう」
要らない。その言葉は、発言主と傍聴者で受け止め方がずっと違うのだろう。そのまま考えればコーヒー豆に対する受け答えだが、自分と彼女の関係を鑑みればどう行き着いても過ぎるネガティブだ。
「ああ、しまったな」と他人事のように思う。馬鹿の真似をして、少女がここまで御土産を持ってきてくれたのは紛れもない善意だったろうに。彼女は、わざわざ持ってきたコーヒー豆を、枕元に置きかけた御土産を、ちゃんと持ち直した。
「照れてはるわけではないんやねぇ?」
にっこり笑う幼馴染に起こされて、嫌になる。結局あの邂逅から、この娘のイルミナティに関する一切を知ることができなくなった。
いや、調べる事はできるのだ。自分が知ることを拒んでいるだけ。誰にも言えない事が増えて、心のモヤが増えて、作り笑いさえできなくなる惨事を招くのが、惜しいだけなのだ。
少女の手に握られる、上質な紙袋。かったるい身体を起こして寮室の窓を見ると、白いレースカーテンが夜風になびいている。ちゃんとした入り口から入室した訳ではなさそうだ。
「おみやげ♡」
彼女が可愛く言って枕元に置いてきたのは、虎屋が贔屓にしている老舗のコーヒー豆だった。
──ただ高いだけの、棚の肥やしになるであろうコーヒー豆。そう、自分に豆を挽く趣味はないし、彼女にもそんな趣味はなかった気がするのであるが。少女はこれを、さも「好きだったでしょう?」と言いたげに押し付けてきた。
一瞬メッセージの暗喩か暗号かと勘ぐるも、スパイである自分に香りの強い食品を送りつけるただの嫌がらせという考えが浮かんできてしまえば、もう、そうとしか思えなくなった。
それこそ五歳から十五歳に至るまで、この娘は学習しているはずなのだ。スパイのみぞ知る注意点、心持ち。己という余分な要素の消し方。
「いらん」
「へへっ……つれへんでおま……」
「いや、おまとちゃう。いらん」
他のベッドで眠る同室の学生を意識し、ボリュームを抑えながらひと押しした。
「要らん」
仮にも、ここは男子寮である。年頃の少女がむざむざ足を運んでいい理由がなければ、運べるような体制を取られてもいない。くだらない嫌がらせのために高所の窓から侵入するなど、馬鹿のする事だ。
「ふうん、そう」
要らない。その言葉は、発言主と傍聴者で受け止め方がずっと違うのだろう。そのまま考えればコーヒー豆に対する受け答えだが、自分と彼女の関係を鑑みればどう行き着いても過ぎるネガティブだ。
「ああ、しまったな」と他人事のように思う。馬鹿の真似をして、少女がここまで御土産を持ってきてくれたのは紛れもない善意だったろうに。彼女は、わざわざ持ってきたコーヒー豆を、枕元に置きかけた御土産を、ちゃんと持ち直した。
「照れてはるわけではないんやねぇ?」