BLACK BOX
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受け皿に添えられていた角砂糖を、ひとつ摘んで紅茶に落とした。白くて甘い粒子が溶けて見えなくなってから、これまた受け皿に添えられていたスプーンで、ティカップをかき混ぜる。角砂糖一個分の甘さを確認するために、私はティカップからスプーンを抜き、それを口に含んだ。
熱い金属の味。と、バラの実の酸っぱい味。
砂糖の気配はあまりない。
「おいしい」
「それは重畳」
私がスプーンを受け皿に戻し、カップを持ったのと同時に、向かい側の卿も自分の紅茶に手を付けた。
卿の執務室に急遽作成されたティタイムスペースは、非常に小ぢんまりとしている。脚の長い丸テーブルに、ティセットが二式。柔いクッションの椅子が二脚。テーブルから足を逸らすようにして座っている卿は、すらりとした足の爪先で宙に円を描いている。
「ローズヒップティは季節外れですが」
卿は言って、音を立てずにカップを受け皿に戻した。
「これはこれで趣がありますね」
「そうですね」
私は紅茶に関する知見はないが、特に気負うことなく答えた。つまりは冬にアイスを食べるのと同じようなことだろう。卿が「フフフ」と笑った。組んだ足をそのままに、上半身だけをこちらに捻って頬杖をついてくる。
「ナマエさんは本当に飾り気がない」
「そうですかね」
「そうですよ。飾り気がない、言い換えれば、ものぐさな。アナタはいつも素直で安定しています」
「確かに服装に関心が無さすぎるとよく言われます」
「そういうことではなくてですね。いやその通りなのですけど。今日だって團服ですし。どうしてアナタ待機命令もない休日に團服を着込んでいらっしゃるんです」
「騎士團の團服は従来のコートより温かいんですよ」
私は指を立てた。「そして必需品が全てポケットに収まる」
「あと単純に着慣れている」
「最後に集約されている気がしますが」
「ふふふ」
「フフフまあ流されておきましょう」
卿は頬杖を解いて、大きな両手でティカップを受け皿ごと持ち上げた。それを組んだ足の腿に置く。テーブルから足を逸らした体勢で、机上のカップを取ったり戻したりするのは不便だったのだろう。卿は椅子の背に深くもたれかかった。ギ、と木の軋む音がする。
「そう言えば」
ティカップの赤い水面を見て、私は何故か思い出した。そう言えば、そう言えば。卿宛に持ってきたものがあったのだった。
腰元のポケットを探り、ポリエチレンの滑やかな小袋を取り出す。これは先月の旅館のお礼だ。本当はホワイトデーに合わせて渡そうと思っていたのだが、卿は祓魔塾や正十字学園の新入生手続きで忙しいし、私は本部からの任務が立て続いて日本に居られないしで、なかなか顔を合わせる機会がなかったのだ。
今回のティブレイクは「疲れましたナマエさんを補給させて下さい」「ご心配なく休みはもぎ取りました指定の日付に是非ファウスト邸に」「いえ支部長命令です来なさい」と卿が日本支部長のアドレスでメールを送ってきたからだった。人間を補給ってどういう。補充の誤字だろうか。あとこれは職権濫用ではなかろうか。私も用事があったので良いが。
「これ、先月の旅館のお礼です」
「あらあら何です嬉しいじゃありませんか」
「マーブルチョコです。……ホワイトデーにお渡ししようと思っていたので、包装に“WHITE DAY”と書かれていますが、特に意味は無いのでお気になさらないで下さい」
「特に意味は……。いえ、贈答は行為そのものに意味があるのです。ありがたく頂戴します。時を止めて半永久的に保存します」
「二日以内に食べて下さい」
「まあまあ……」
卿は笑んだ口元から薄く息を漏らした。
「マーブルチョコはトリュフチョコのような生モノではありません。きっとナマエさんが考えているより日持ちしますよ」
「日持ちはすれど味が落ちます。食べ物は食べて下さい」
「柔いんだか堅いんだか分からない人ですねぇ。では一日一粒ずつ噛みしめるように頂くとしましょ」
「……それなら、はい。結構です」
私が知らずテーブルに乗り出していた身体を引っ込めると、卿はさっそく小袋を開いて一粒取った。ピンク色のマーブルチョコ。それを口に放って入れ、舌で転がすようにして食べながら、卿は私にニッコリ笑った。
2020/3月・BLACK BOX
熱い金属の味。と、バラの実の酸っぱい味。
砂糖の気配はあまりない。
「おいしい」
「それは重畳」
私がスプーンを受け皿に戻し、カップを持ったのと同時に、向かい側の卿も自分の紅茶に手を付けた。
卿の執務室に急遽作成されたティタイムスペースは、非常に小ぢんまりとしている。脚の長い丸テーブルに、ティセットが二式。柔いクッションの椅子が二脚。テーブルから足を逸らすようにして座っている卿は、すらりとした足の爪先で宙に円を描いている。
「ローズヒップティは季節外れですが」
卿は言って、音を立てずにカップを受け皿に戻した。
「これはこれで趣がありますね」
「そうですね」
私は紅茶に関する知見はないが、特に気負うことなく答えた。つまりは冬にアイスを食べるのと同じようなことだろう。卿が「フフフ」と笑った。組んだ足をそのままに、上半身だけをこちらに捻って頬杖をついてくる。
「ナマエさんは本当に飾り気がない」
「そうですかね」
「そうですよ。飾り気がない、言い換えれば、ものぐさな。アナタはいつも素直で安定しています」
「確かに服装に関心が無さすぎるとよく言われます」
「そういうことではなくてですね。いやその通りなのですけど。今日だって團服ですし。どうしてアナタ待機命令もない休日に團服を着込んでいらっしゃるんです」
「騎士團の團服は従来のコートより温かいんですよ」
私は指を立てた。「そして必需品が全てポケットに収まる」
「あと単純に着慣れている」
「最後に集約されている気がしますが」
「ふふふ」
「フフフまあ流されておきましょう」
卿は頬杖を解いて、大きな両手でティカップを受け皿ごと持ち上げた。それを組んだ足の腿に置く。テーブルから足を逸らした体勢で、机上のカップを取ったり戻したりするのは不便だったのだろう。卿は椅子の背に深くもたれかかった。ギ、と木の軋む音がする。
「そう言えば」
ティカップの赤い水面を見て、私は何故か思い出した。そう言えば、そう言えば。卿宛に持ってきたものがあったのだった。
腰元のポケットを探り、ポリエチレンの滑やかな小袋を取り出す。これは先月の旅館のお礼だ。本当はホワイトデーに合わせて渡そうと思っていたのだが、卿は祓魔塾や正十字学園の新入生手続きで忙しいし、私は本部からの任務が立て続いて日本に居られないしで、なかなか顔を合わせる機会がなかったのだ。
今回のティブレイクは「疲れましたナマエさんを補給させて下さい」「ご心配なく休みはもぎ取りました指定の日付に是非ファウスト邸に」「いえ支部長命令です来なさい」と卿が日本支部長のアドレスでメールを送ってきたからだった。人間を補給ってどういう。補充の誤字だろうか。あとこれは職権濫用ではなかろうか。私も用事があったので良いが。
「これ、先月の旅館のお礼です」
「あらあら何です嬉しいじゃありませんか」
「マーブルチョコです。……ホワイトデーにお渡ししようと思っていたので、包装に“WHITE DAY”と書かれていますが、特に意味は無いのでお気になさらないで下さい」
「特に意味は……。いえ、贈答は行為そのものに意味があるのです。ありがたく頂戴します。時を止めて半永久的に保存します」
「二日以内に食べて下さい」
「まあまあ……」
卿は笑んだ口元から薄く息を漏らした。
「マーブルチョコはトリュフチョコのような生モノではありません。きっとナマエさんが考えているより日持ちしますよ」
「日持ちはすれど味が落ちます。食べ物は食べて下さい」
「柔いんだか堅いんだか分からない人ですねぇ。では一日一粒ずつ噛みしめるように頂くとしましょ」
「……それなら、はい。結構です」
私が知らずテーブルに乗り出していた身体を引っ込めると、卿はさっそく小袋を開いて一粒取った。ピンク色のマーブルチョコ。それを口に放って入れ、舌で転がすようにして食べながら、卿は私にニッコリ笑った。
2020/3月・BLACK BOX