BLACK BOX
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「やあ。遅ればせながら明けましておめでとうございます。お仕事お疲れ様です」
「……」
「アラ。ナマエさんじゃあないですか。私は奥村雪男くんに会いに来たのですがね」
「彼なら急な任務が入ったとかで先刻東京を出ました」
「そうでしたか。彼も藤本に似て忙しい人ですねぇ」
「……貴方は何故ここに」
「奥村くんに野暮用がありましてね。しかしアナタにも用があったので無駄足にはなりませんでした。プラマイゼロってヤツですね☆」
がたがたとカウンターに膝をぶつけながら卿が足を組んだ。私は利き手のボールペンを広げていたA4用紙の上に置き、椅子を一歩後ろに引いた。
卿はいつもの白とピンクを基調とした正装でも、白い團服でもない──新雪のように真っ白なトンビコートを着込んでいた。胸元に騎士團のバッヂが見当たらないので、メフィスト・フェレス個人の用向きで相談窓口に訪れたらしい。
「本日はどうされましたか」
聞くと卿は大げさにかぶりを振って頬に手を当てた。「ナマエさんが着物を着てくれなくて」
「ああ、ナマエさんというのは私の直属の部下で」
「はい」
「数か月前にお願いですから着物を着て下さいと傅き、靴を舐めたのですが、サッパリ聞き入れてくれなくて。これって試されているんですかね靴を舐めるより先ず五体投地した方が良いのでしょうかね? 教えて下さい考えていると朝も昼も夜も眠れなくて!」
「……」
内容に生理的嫌悪感を覚えたのもあるが、こちらの応答を受け付けない速さで一息に言われたため思わず仰け反っていた。
私はぐっと顎を引き、姿勢を正す。
「……靴を舐められた覚えも、傅かれた覚えも、ありませんが」
卿はニンマリ笑った。
「冗談です」
「……そうですか。冗談で安心しました」
「スイマセン」
私は目を逸らした。
「冗談でも不快でした」
「……すみません」
しばらく黙っていると、卿がコートから一枚の紙を取り出した。
丁寧に四つ折りされているそれを、彼は恭しい手つきでカウンターに広げて見せる。
都内で開催されているイルミネーションのチラシだった。十二月初旬から二月中旬までの期間、大通りの街路樹に取り付けられた色とりどりの電飾が点灯されているようだ。点灯時間は、午後四時から日付けが変わるまで……。
がたがたとカウンターに膝をぶつけながら卿が足を組みなおす。私がチラシを手に取ると、「以前」と卿は切り出した。
「アナタが『着物姿が見たいのなら旅館か温泉に』とアドバイスしてくれたでしょう。ここはひとつ従ってみようと」
「これは……。裏返してもイルミネーションのチラシにしか見えませんが……」
「そのイベントがある大通りを抜けて、5分ほど歩いた路地に隠れ旅館があります」
「なるほど。しかし着物、浴衣は旅館内でしか着用できないと思いますよ」
私の言葉に卿が身を乗り出した。
ゴツン、やけに大きな音と共にカウンターが揺れる。また膝をぶつけたようだった。
「前にも言いましたがね、私はアナタの普段着さえ見たことがないんですよ!!」
「声が大きい」
「嘆かわしい……ッ! 私たちもう長い付き合いなのに……ッ!」
「そこまで嘆くことですかね」
「清々しいまでに他人事ですね!?」
「他人事も何も。貴方が、女性の着物を、見に行くんでしょう。行ってらっしゃい」
「い、……ぐぬぬ! 一緒に行きませんか!!」
背後から事務職員の視線を感じた。
卿の後ろに見える、待合スペースの柱にある振り子時計は正午過ぎを指している。目の前の彼と話しはじめたのが午前の受付終了間際だったので、既に私たち以外の人々は昼食を摂っている最中だった。
箸の先が弁当箱の底に当たる音や、菓子パンの包装紙を破く音が聞こえる。誰かが作ったカップラーメンの匂いがした。
「とりあえず席を変えましょう。さっきから貴方の膝が気になって仕方ない」
椅子から立ち上がるついでに、チラシを元の四つ折りに直して卿に渡す。ボールペンやA4用紙は置いて行っても良いだろう。
裏手からカウンターの仕切りを周り、身を乗り出したまま打ちひしがれている卿の横に立つ。卿の悪魔としての角──いつもなら、つむじから空に向かって伸びている毛束のような角が、今は地面にしょげていた。
「階下にカフェがあります。そこで話しませんか」
卿が勢い良くこちらを見た。しょげた角の調子さえ演技だったのかと思ってしまうくらい元気な表情だった。
2020/1月・BLACK BOX
「……」
「アラ。ナマエさんじゃあないですか。私は奥村雪男くんに会いに来たのですがね」
「彼なら急な任務が入ったとかで先刻東京を出ました」
「そうでしたか。彼も藤本に似て忙しい人ですねぇ」
「……貴方は何故ここに」
「奥村くんに野暮用がありましてね。しかしアナタにも用があったので無駄足にはなりませんでした。プラマイゼロってヤツですね☆」
がたがたとカウンターに膝をぶつけながら卿が足を組んだ。私は利き手のボールペンを広げていたA4用紙の上に置き、椅子を一歩後ろに引いた。
卿はいつもの白とピンクを基調とした正装でも、白い團服でもない──新雪のように真っ白なトンビコートを着込んでいた。胸元に騎士團のバッヂが見当たらないので、メフィスト・フェレス個人の用向きで相談窓口に訪れたらしい。
「本日はどうされましたか」
聞くと卿は大げさにかぶりを振って頬に手を当てた。「ナマエさんが着物を着てくれなくて」
「ああ、ナマエさんというのは私の直属の部下で」
「はい」
「数か月前にお願いですから着物を着て下さいと傅き、靴を舐めたのですが、サッパリ聞き入れてくれなくて。これって試されているんですかね靴を舐めるより先ず五体投地した方が良いのでしょうかね? 教えて下さい考えていると朝も昼も夜も眠れなくて!」
「……」
内容に生理的嫌悪感を覚えたのもあるが、こちらの応答を受け付けない速さで一息に言われたため思わず仰け反っていた。
私はぐっと顎を引き、姿勢を正す。
「……靴を舐められた覚えも、傅かれた覚えも、ありませんが」
卿はニンマリ笑った。
「冗談です」
「……そうですか。冗談で安心しました」
「スイマセン」
私は目を逸らした。
「冗談でも不快でした」
「……すみません」
しばらく黙っていると、卿がコートから一枚の紙を取り出した。
丁寧に四つ折りされているそれを、彼は恭しい手つきでカウンターに広げて見せる。
都内で開催されているイルミネーションのチラシだった。十二月初旬から二月中旬までの期間、大通りの街路樹に取り付けられた色とりどりの電飾が点灯されているようだ。点灯時間は、午後四時から日付けが変わるまで……。
がたがたとカウンターに膝をぶつけながら卿が足を組みなおす。私がチラシを手に取ると、「以前」と卿は切り出した。
「アナタが『着物姿が見たいのなら旅館か温泉に』とアドバイスしてくれたでしょう。ここはひとつ従ってみようと」
「これは……。裏返してもイルミネーションのチラシにしか見えませんが……」
「そのイベントがある大通りを抜けて、5分ほど歩いた路地に隠れ旅館があります」
「なるほど。しかし着物、浴衣は旅館内でしか着用できないと思いますよ」
私の言葉に卿が身を乗り出した。
ゴツン、やけに大きな音と共にカウンターが揺れる。また膝をぶつけたようだった。
「前にも言いましたがね、私はアナタの普段着さえ見たことがないんですよ!!」
「声が大きい」
「嘆かわしい……ッ! 私たちもう長い付き合いなのに……ッ!」
「そこまで嘆くことですかね」
「清々しいまでに他人事ですね!?」
「他人事も何も。貴方が、女性の着物を、見に行くんでしょう。行ってらっしゃい」
「い、……ぐぬぬ! 一緒に行きませんか!!」
背後から事務職員の視線を感じた。
卿の後ろに見える、待合スペースの柱にある振り子時計は正午過ぎを指している。目の前の彼と話しはじめたのが午前の受付終了間際だったので、既に私たち以外の人々は昼食を摂っている最中だった。
箸の先が弁当箱の底に当たる音や、菓子パンの包装紙を破く音が聞こえる。誰かが作ったカップラーメンの匂いがした。
「とりあえず席を変えましょう。さっきから貴方の膝が気になって仕方ない」
椅子から立ち上がるついでに、チラシを元の四つ折りに直して卿に渡す。ボールペンやA4用紙は置いて行っても良いだろう。
裏手からカウンターの仕切りを周り、身を乗り出したまま打ちひしがれている卿の横に立つ。卿の悪魔としての角──いつもなら、つむじから空に向かって伸びている毛束のような角が、今は地面にしょげていた。
「階下にカフェがあります。そこで話しませんか」
卿が勢い良くこちらを見た。しょげた角の調子さえ演技だったのかと思ってしまうくらい元気な表情だった。
2020/1月・BLACK BOX