BLACK BOX
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シー、と歯の隙間から息を吐く。
目蓋まで凍ってしまいそうな外気から逃げるようにして、ちょうど視界に入った無断駐車のワンボックスカーに魔法の鍵を挿し入れた。
──世間はもう仕事納めの時期だというのに、休むことを知らないのか。
別にワーカホリックではない。確かに騎士團は出来高制で、功績を上げれば上げるほど給金は増えるが、それより何より祓魔師は万年人手不足なのだ。身も蓋もない言い方をすれば、毎年増加する一方の祓魔依頼と、依頼に割ける人員との釣り合いが取れていない。
日本支部所属の私に本部から依頼が回ってくるあたり、この界隈がどれほど逼迫しているかが分かる。
それにしても酷い任務だった。
現場の吹雪に煽られた髪はあちこちが絡まり、その状態で固まっていて手ぐしも通せそうにない。この髪の有り様をあの人は笑うだろうか。どうでもいいけれど、少し気になってしまったので、固まった髪の一部をそろそろと撫でた。まるで氷みたいに冷たかった。
ワンボックスカーから鍵を使って訪れたヴァチカン本部は、年明け間近、それも夜半であったので通りすがる人が少ない。私は現場で作成した報告書片手に総務局へと急いだ。ともすれば受け付けが終わっているかもしれない。
「アラ」
不意に耳慣れた声がした。
足はそのまま、声がした方へ目だけを向けると、会議にでも呼ばれていたのだろうか、白い團服のメフィスト・フェレス卿が本部の職員だろう方と談笑していた。
バロックの美しい装飾と、私を見つけて笑んだ彼が、一緒くたになって視界の外へ流れていく。
「奇遇ですねナマエさ──」
彼らに軽く会釈をし、歩くスピードを上げた。今は時間が惜しい。
はらはらと急いでいると、ブーツの底が一段と大きな音を立てた。ややあって建物内を急ぐ靴音が一つ増えていることに気付き、それが私を追っているらしいことに意識が総務局を離れていく。この、気配、は。
「奇遇ぅー、ですねぇー!」
振り向くと卿が満面の笑みで私を追いかけてきている。先ほどまで卿と談笑していた職員の方がはるか後ろで手を振っている。
何故手を振る。何故追いかける。
私は追いつかれまいと走り出した。普段基地内では走らないのだが、どうも急かされているようで困った。
卿が「あ」と口を開けた。
「どうして! どうして走るんです!」
「すみません今話してる暇なくてー!」
遠慮なしに叫びながら前を向く。後ろから「えっえっ」と柄にもない狼狽が聞こえた。
天井の高い広々とした廊下に、私と卿の余裕のない足音が響いている。
「走りながら話しましょー!」
「えー!? イヤですー!!」
「えー!? 異議を申し立てますー!!」
「却下しますー!! さようならー!!」
「マ、待って、速い、アアアッ!!」
《総務局こちら→》と記されたパネルの角を曲がる。
固まった髪がいちいち頬に当たるので、乱暴に撫でつけて耳にかけた。
年末に何をしているんだろうと思う。
2019/12月・BLACK BOX
目蓋まで凍ってしまいそうな外気から逃げるようにして、ちょうど視界に入った無断駐車のワンボックスカーに魔法の鍵を挿し入れた。
──世間はもう仕事納めの時期だというのに、休むことを知らないのか。
別にワーカホリックではない。確かに騎士團は出来高制で、功績を上げれば上げるほど給金は増えるが、それより何より祓魔師は万年人手不足なのだ。身も蓋もない言い方をすれば、毎年増加する一方の祓魔依頼と、依頼に割ける人員との釣り合いが取れていない。
日本支部所属の私に本部から依頼が回ってくるあたり、この界隈がどれほど逼迫しているかが分かる。
それにしても酷い任務だった。
現場の吹雪に煽られた髪はあちこちが絡まり、その状態で固まっていて手ぐしも通せそうにない。この髪の有り様をあの人は笑うだろうか。どうでもいいけれど、少し気になってしまったので、固まった髪の一部をそろそろと撫でた。まるで氷みたいに冷たかった。
ワンボックスカーから鍵を使って訪れたヴァチカン本部は、年明け間近、それも夜半であったので通りすがる人が少ない。私は現場で作成した報告書片手に総務局へと急いだ。ともすれば受け付けが終わっているかもしれない。
「アラ」
不意に耳慣れた声がした。
足はそのまま、声がした方へ目だけを向けると、会議にでも呼ばれていたのだろうか、白い團服のメフィスト・フェレス卿が本部の職員だろう方と談笑していた。
バロックの美しい装飾と、私を見つけて笑んだ彼が、一緒くたになって視界の外へ流れていく。
「奇遇ですねナマエさ──」
彼らに軽く会釈をし、歩くスピードを上げた。今は時間が惜しい。
はらはらと急いでいると、ブーツの底が一段と大きな音を立てた。ややあって建物内を急ぐ靴音が一つ増えていることに気付き、それが私を追っているらしいことに意識が総務局を離れていく。この、気配、は。
「奇遇ぅー、ですねぇー!」
振り向くと卿が満面の笑みで私を追いかけてきている。先ほどまで卿と談笑していた職員の方がはるか後ろで手を振っている。
何故手を振る。何故追いかける。
私は追いつかれまいと走り出した。普段基地内では走らないのだが、どうも急かされているようで困った。
卿が「あ」と口を開けた。
「どうして! どうして走るんです!」
「すみません今話してる暇なくてー!」
遠慮なしに叫びながら前を向く。後ろから「えっえっ」と柄にもない狼狽が聞こえた。
天井の高い広々とした廊下に、私と卿の余裕のない足音が響いている。
「走りながら話しましょー!」
「えー!? イヤですー!!」
「えー!? 異議を申し立てますー!!」
「却下しますー!! さようならー!!」
「マ、待って、速い、アアアッ!!」
《総務局こちら→》と記されたパネルの角を曲がる。
固まった髪がいちいち頬に当たるので、乱暴に撫でつけて耳にかけた。
年末に何をしているんだろうと思う。
2019/12月・BLACK BOX