BLACK BOX
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信号待ちの車窓から、着物姿の少女が見えた。両手をそれぞれ両親に預け、赤い鼻緒のちいさな草履で跳ねるように歩いている。可憐な和装に、あるいは両親と手を繋げることが嬉しいのか。浮き立つ少女の足取りに合わせて、歩幅が短いふたりの大人。
向かっていくのは神社の方だ。
「今は七五三の時期ですね」
同じところに視線を向けながら、卿が話を振ってきた。
先月末のハロウィーンで影が薄れがちだが、小さな子の居る世帯にとって、七五三というイベントは大変に重要だ。何故なら、親たちにとって七五三は絶好のシャッターチャンスであるからだ。晴れ着姿の可愛い息子、娘。これをカメラに収めずしてどうするのか。そういう具合で重要なのである。
「かわいい」
そう呟くと「ええ。可愛らしいですね」とうなずかれる。
信号が青に変わり、車が発進すると、1分と経たないうちに親子は見えなくなった。
「ねぇ、ナマエさん」
「はい」
呼び掛けられたので車窓から目を離した。
卿はこちらをジッと見つめ、薄ら笑んでいた。
「アナタも、あんな風に神社へ行かれたの?」
私は素直にうなずいた。
行った記憶は朧げだが、親に当時の写真や着物を見せて貰ったことがある。写真があるなら行ったのだろう。そんな内容のことを話すと卿は「フーン」と鼻を鳴らした。微塵も興味がなさそうな「フーン」だった。
「私、團服を着たアナタしか見たことがないので、着物姿のアナタは想像がつきません」
「はあ。そう言えばここ数年、和服を着た記憶がないなぁ」
「お贈りしましょうか?」
「結構です。着付けが面倒なので」
「相変わらずものぐさな人。ベリアルも付けて贈りますので着て下さい」
「えぇ……。梱包されて配送されるベリアルさんの身も考えてあげて下さいよ」
「もー。じゃあどうすればアナタは着物を着て下さるんですかー?」
卿は不服そうに眉をひそめていた。私はと言えば、彼が何故着物に執着しだしたのか、さっぱり分からなくて首を捻った。不服なのはこっちの方だった。
ちょうど車が停まった。大通りの端に駐車しているので、ここから祓魔依頼を受けた現場まで、少し歩かねばならないだろうことが想像できた。運転席と後部座席の間にある小窓から、先ほど話題に出てきたベリアルさんにお礼を言って、私は車から出ようとする。すると後ろから左の手首を掴まれた。顔だけで振り向くと、やっぱりメフィスト・フェレス卿だった。
「着物、贈りますので」
まだ言っている。私は手首を痛めないよう卿に向き合って楽な体勢をとった。
それを何と勘違いしたのか、彼が私の頬に口付けしてきたので、一瞬だけ頭が真っ白になった。
「──びっくりした」
もちろん直ぐに正気を取り戻した。しかし、そんな私の反応が愉快だったらしい。「やっちゃいました、ウフフ」といった感じで彼はちろりと舌を出した。それは決して可愛くはなかったが、残念なことに彼は整った容姿の持主だったので、妙に様になっていた。
私は空いた片方の手で卿の手を解いた。彼はされるがまま、私の様子を眺めていた。
「それほど女性の着物姿が見たいのでしたら、旅館か温泉に出掛けられた方が手間は少ないと思いますよ」
「ふむ、なるほど」
卿は考え込むように言った。「その手がありましたね」
「しかしその言い方では、まるで私が手当たり次第に女性の着物を求めているようで何とも……」
「違うんですか?」
「そこはもっと疑って下さいよ」
「いつも疑ってますよ」
「きゃ! ハレンチ!」
「破廉恥なのは貴方でしょ。もういいです。任務に行ってきます。送ってくれてありがとう」
「ハイ気を付けていってらっしゃい☆」
「はーい」
やっとこさ車を出て腕時計を確認すると、15分もロスしていた。私は弾かれたように駆け出した。卿の車が停めてくれた大通りを抜け、人がひとり通れるくらいの細い路地に入る。
大丈夫。近道を使えば間に合う。
任務の集合時間まで、あと5分少し。
2019/11月・BLACK BOX
向かっていくのは神社の方だ。
「今は七五三の時期ですね」
同じところに視線を向けながら、卿が話を振ってきた。
先月末のハロウィーンで影が薄れがちだが、小さな子の居る世帯にとって、七五三というイベントは大変に重要だ。何故なら、親たちにとって七五三は絶好のシャッターチャンスであるからだ。晴れ着姿の可愛い息子、娘。これをカメラに収めずしてどうするのか。そういう具合で重要なのである。
「かわいい」
そう呟くと「ええ。可愛らしいですね」とうなずかれる。
信号が青に変わり、車が発進すると、1分と経たないうちに親子は見えなくなった。
「ねぇ、ナマエさん」
「はい」
呼び掛けられたので車窓から目を離した。
卿はこちらをジッと見つめ、薄ら笑んでいた。
「アナタも、あんな風に神社へ行かれたの?」
私は素直にうなずいた。
行った記憶は朧げだが、親に当時の写真や着物を見せて貰ったことがある。写真があるなら行ったのだろう。そんな内容のことを話すと卿は「フーン」と鼻を鳴らした。微塵も興味がなさそうな「フーン」だった。
「私、團服を着たアナタしか見たことがないので、着物姿のアナタは想像がつきません」
「はあ。そう言えばここ数年、和服を着た記憶がないなぁ」
「お贈りしましょうか?」
「結構です。着付けが面倒なので」
「相変わらずものぐさな人。ベリアルも付けて贈りますので着て下さい」
「えぇ……。梱包されて配送されるベリアルさんの身も考えてあげて下さいよ」
「もー。じゃあどうすればアナタは着物を着て下さるんですかー?」
卿は不服そうに眉をひそめていた。私はと言えば、彼が何故着物に執着しだしたのか、さっぱり分からなくて首を捻った。不服なのはこっちの方だった。
ちょうど車が停まった。大通りの端に駐車しているので、ここから祓魔依頼を受けた現場まで、少し歩かねばならないだろうことが想像できた。運転席と後部座席の間にある小窓から、先ほど話題に出てきたベリアルさんにお礼を言って、私は車から出ようとする。すると後ろから左の手首を掴まれた。顔だけで振り向くと、やっぱりメフィスト・フェレス卿だった。
「着物、贈りますので」
まだ言っている。私は手首を痛めないよう卿に向き合って楽な体勢をとった。
それを何と勘違いしたのか、彼が私の頬に口付けしてきたので、一瞬だけ頭が真っ白になった。
「──びっくりした」
もちろん直ぐに正気を取り戻した。しかし、そんな私の反応が愉快だったらしい。「やっちゃいました、ウフフ」といった感じで彼はちろりと舌を出した。それは決して可愛くはなかったが、残念なことに彼は整った容姿の持主だったので、妙に様になっていた。
私は空いた片方の手で卿の手を解いた。彼はされるがまま、私の様子を眺めていた。
「それほど女性の着物姿が見たいのでしたら、旅館か温泉に出掛けられた方が手間は少ないと思いますよ」
「ふむ、なるほど」
卿は考え込むように言った。「その手がありましたね」
「しかしその言い方では、まるで私が手当たり次第に女性の着物を求めているようで何とも……」
「違うんですか?」
「そこはもっと疑って下さいよ」
「いつも疑ってますよ」
「きゃ! ハレンチ!」
「破廉恥なのは貴方でしょ。もういいです。任務に行ってきます。送ってくれてありがとう」
「ハイ気を付けていってらっしゃい☆」
「はーい」
やっとこさ車を出て腕時計を確認すると、15分もロスしていた。私は弾かれたように駆け出した。卿の車が停めてくれた大通りを抜け、人がひとり通れるくらいの細い路地に入る。
大丈夫。近道を使えば間に合う。
任務の集合時間まで、あと5分少し。
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