閉架書庫入り口


「【戒めよ純潔の連環】――【ライトチェイン】」

 迫る危機を間一髪免れた――灰髪の少年レイは、喉に詰まっていた息をはっと吐き出す。
 王城の一角。大胆にも陽光ひかりに紛れて兵士の目を掻い潜り潜入した盗賊と――不運にも城を訪れていたレイは鉢合わせてしまい――喉元を掻っ切られるところを、参上したヴィルヘルムの束縛魔法が盗賊を捕えたことで難を逃れた。
 続いて光魔法を放ち、気を失った盗賊が兵士に連れて行かれるのを他所に。ヴィルヘルムはレイを見遣る。

「ごめんね、レイ。大丈夫?」
「うんっ! 助けてくれてありがとうヴィル」

 破顔するレイに、良かったと安堵する。

「ところで……今日はどうして城に?」

 レイは普段、城下町に構える居住を中心に行動しており、こうして時折城を訪れる。
 本日も――ヴィルヘルムの命により顔パスで門を通過したレイは、あのねと鞄から紙束を取り出した。

「マスターさんに聞きたいことがあってさ。この手紙の内容についてね」
「手紙……? 見てもいいかな?」
「いいよー」

 束ねられた数十枚のうちの一枚に目を通したヴィルヘルムは、最後まで読むことなく畳む。
 そしてレイから紙束を優しく奪い取ると、ミリ単位まで粉々に切り裂いた。

「どうせクレイジーの嫌がらせだよ」
「あ、やっぱり? 変なことばっかり書いてあったからおかしいなーって思ったんだよね」

 塵となった紙をゴミ袋にまとめたレイに、ヴィルヘルムは焦燥を滲ませる。

「それよりその手紙、どこで受け取ったの?」
「ん? 僕の家のポストに入ってたよ⁇」
「……レイ。今から君の家に行って結界魔法かけていい? あいつが来るかもしれないから」
「駄目だよ⁉︎ 僕、家から出られなくなるし!」
「そう……だね」

 今度はレイが安堵する中、ヴィルヘルムが兵士に呼ばれたことで。二人は「またあとで」とそれぞれ別方面に歩き出す。

「――あっ、そうだヴィ……」

 何かを思い出したレイが振り返るも、真剣な面持ちで兵士の言葉に頷くヴィルヘルムに口を閉ざした。



 またあとで、と言葉を交わしてから何時間経過しただろうか。
 盗賊騒ぎが落ち着くや否や、今度は『乱闘部署』関連の仕事を熟し、そしてまた発生する問題――とトラブル続きの一日。
 ようやく休息できる、と窓の外を見遣れば。すでに陽は落ち、月が地上を見下ろす時間帯。
 気を遣った誰かが残してくれた夕食を食べ終えたヴィルヘルムは、食器を食堂に片した帰り道。あれから別れたっきりのレイと巡り合う。

「お疲れ様ヴィル! やっと会えた!」
「レイ……こんな時間まで何してるの? それに『会えた』って?」
「ヴィルを待っていたんだよ」

 纏う雰囲気が一変――普段の優しい笑みはそのままに、元気の良さが落ち着いている。
 こちらに向けられる眼差し。それは、真面目な話をするという合図だとヴィルヘルムは知っている。

「僕、ヴィルの魔法にずっと違和感を感じてたんだ」
「違和感……?」

 ぽっかりと空いた城の回廊から差し込む月の光に、二人の足元で影が生まれる。

「何かに似てるなぁって思ってて、ふと昨日気がついたんだ」

 レイの影が動く。
 その身いっぱいに光を浴びながら、遙か天上に浮かぶ月を見上げた。

「月の光。ヴィルの魔法って、月の光と似てるね」

 訝しげに自身の手を見下げるヴィルヘルムに、小さく笑みをこぼす。

「暖かくはないけれど、暗闇を導くほど力強くて、綺麗で、そっと寄り添ってくれるような優しい光」

 レイは最後に微笑むと――いつもの明るい笑顔に戻る。

「それだけ! 引き留めてごめんね、おやすみヴィル!」

 軽く手を振り、今度こそヴィルヘルムと別れたレイの姿が回廊の奥に消える。
 残されたヴィルヘルムは、言葉を光景ごと閉じ込めるように瞑目。

(僕にとっての『月の光』はきっとレイだろうけど……。
君はひとりでも輝けるから、月や星とはきっと違うね)

 あの闇の中で取った掌は。
 まだ解けることはない。

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