閉架書庫入り口
「これを……ヴィル様に?」
明くる日の平日。『大乱闘』が行われたスタジアムからアルス王城に戻ってきたエレナは、『大乱闘』のリプライをSNS向けに切り取る作業を行うべく『乱闘部署』室に向かおうとしていた──その足を、暫しの間止めた。
何故なら、男子向け制服に黄色のケープを羽織った『炊事部署』所属の男に声を掛けられたからだ。彼は小さなパックをエレナに渡す。中身は植物の種のようだが……?
「ああ。“
「なんだかロマンチックなお茶ですね」
「だろ? 飲み終わったあとは水に移し替えてインテリアにもなる」
「へえ〜!」
珍しいお茶の話にエレナは興味津々。相手の男性に謝辞を述べ、その場をあとにした。
彼女の背をひらひらと手を振り見送っていた男はその姿が見えなくなると、すっと瞳を細める。
「……これで【光の賢主】も終わりだな」
(とても素敵なものを貰っちゃった!)
「ヴィル様! ただいま戻り──……あれ」
興奮を隠そうともせず、エレナは意気揚々と部室の扉を開けるも。中は無人。彼女は目を
(ヴィル様、今日は予定がたくさんあるんだ……)
カレンダーの軸びっしりに詰め込まれた業務は、エレナの終業時間まで及ぶ。ヴィルヘルムは『乱闘部署』部長及び【乱闘部隊】マネージャーであるが、【光の賢主】として他の部署から上がる企画書などの採否も行う非常に多忙な立場だ。最終的な決議は宰相マスターの仕事だが、他部署間と密な関係を結ぶのはヴィルヘルムだ。よって、最近はエレナひとりで『大乱闘』の諸々を任せられることが多い。それに──。
(ヴィル様はお茶ダメだから、くださった方には申し訳ないけど飲ませないほうがいいよね)
ヴィルヘルムはその特異体質から、口に含むものに限りがある。口に出来るのは、せいぜい水と食事代わりの栄養剤ぐらい。この事を知るのは、関係者の中でも僅か一握り。
観賞用にも出来るという話だからと、エレナはヴィルヘルムの代わりに工芸茶を頂くことにした。説明書を読みながら透明な茶器に一粒とお湯を注ぎ、『大乱闘』のリプライを確認しつつ数分待機。すると種が開き、しっかりと色のついたお茶が完成した。茶器の中で咲く花はとても美しい。凄いと目を輝かせ、エレナは一口お茶を含んだ。
「よっと。邪魔するぜェ」
軽々と王城三階に位置する『乱闘部署』室へ窓から侵入したクレイジー。しかし彼は物音ひとつしない部室に、つまらなそうに眉を曲げる。が、部屋は誰もいないというわけではなかった。
「……あン?」
見つけたのは、可憐な少女が床に倒れている姿。クレイジーは訝しみながら、そっと体に触れ軽く揺するも。少女──エレナは指先ひとつ動かさない。瞳は固く閉じられたまま。
「……オイ、どうし」
「エレナー、ネットに『大乱闘』の切り抜きがアップされてないけど何して──」
そこに運悪くも訪れてしまったヴィルヘルムは床に倒れているエレナをクレイジーが触れている光景に、目をあらん限りに見開いては長杖を顕現。そして彼の背後にいたレイは鼓膜を破壊しそうな絶叫を上げる。
「ぎゃあああああああああああ⁉︎⁉︎ クレイジーさんのえっち‼︎‼︎‼︎」
「貴様! あろうことか僕の部下に無体を働こうとは‼︎」
「えっち? 無体? どういうこと?」
三者三様の反応。
唯一同行していたラフェルトだけは不思議そうに彼らの言葉を反芻していて。喚く若干二名にクレイジーは嘆息した。
「するわけねェだろ、ドアホ。俺が来たときには既に倒れてたンだよ」
その言葉に飛び出したヴィルヘルムはすぐさまエレナの脈を確認。
「……かなり弱くなってる」
「ええ⁉︎」
「【ハイルミッテル】!」
回復魔法の光がエレナの体を包み込む。そして即座に、エレナが気絶している理由を感知した。
「体全体に毒が回ってる」
「毒⁉︎ エレナちゃんは助かるの⁉︎」
「遅効性みたいだから完全に回り切る前に治せれば……!」
だがそれもエレナの体次第のようだ。ハラハラと落ち着かないレイだったが、ふとラフェルトを見遣る。
「……ところで、フェルはさっきからなんで虚空を掴んでるの?」
このような一大事にどういうわけか、ラフェルトはまるで風船を持つような仕草で虚無を掴んでいる。レイに問われ、小首を傾げながら彼はあっけらんと告げた。
「エレナの肉体から離れた魂捕まえてる」
「良くやったフェルッッッ‼︎」
「今日という今日ほど君に感謝したことはない!」
「うん、ありがとう」
「……完全に悪口じゃね?」
その言葉にレイと蘇生を試みるヴィルヘルムが拳を作ってまで歓喜するのを前に、にこりと片笑むラフェルトをクレイジーが哀れみの眼差しを向ける。
「……、ラフェルト! 魂を肉体に戻して!」
ヴィルヘルムの言葉に応じ、ラフェルトは捕まえていた魂を肉体に戻す。そうして一際眩い光を放ち、回復魔法の行使を終えた彼はふうと一息。
「大丈夫。無事に毒を浄化出来たよ」
「良かった〜……」
胸を撫で下ろす二人と、未だ状況を深く理解していないラフェルト、あらぬ疑いをかけられたクレイジーは規則正しい寝息を立てるエレナを見つめる。
「ンで、結局原因はなンだよ」
「多分これかな?」
腕を組むクレイジーに、レイはエレナのデスクに置かれた茶器を翳してみせた。
「この花に毒が含まれていたんだよ。エレナちゃんが買ったにしてはおかしいし、恐らく貰い物かな」
「流石本業探偵」
「副業です」
──その会話を部室の近くで側耳を立てていた『炊事部署』の男は小さく舌を弾き、気づかれぬよう部屋を離れる。
(何か違う作戦を──)
「おっと危ない」
「⁉︎」
思案するあまり現実逃避していた男は、曲がり角で宰相マスターと鉢合わせる。危うく衝突しそうになるもマスターが彼の肩を掴んだことで事なきを得た。
「マスター様、申し訳ありません……!」
「ああ、いや、気にしないでくれ。ところで……」
不敵な笑みを見せたマスターは流れるように男の耳元で囁く。
「残念だったな。ヴィルを殺せなくて」
極限まで瞠目する双眸をマスターへ向ける。
相変わらず宰相は、柔らかで冷ややかな笑みを湛えていたのだった。