閉架書庫入り口


 王国は爽やかな朝を迎え、人々が目覚め始める頃。
 珍しく早起きしたマリオが、マネージャーであるヴィルヘルムの部屋を訪れた。

「ヴィル〜、朝礼前にちょっといい……」

 施錠されていない扉を開け放つも、目的の人物の姿はなく。軽く部屋を見渡したマリオは、壁にかけられた時計を見遣る。

(……鍛錬から戻るにはまだ早い時間だったか)

 付き合いが長くなれば、その人のルーティンが何となく分かってしまうもの。
 早朝から朝礼までの間。ヴィルヘルムは城の地下に作られた彼専用のトレーニングルームにて鍛錬をしている日が多い。

(たまにはいいよな? 見に行っても)

 マリオは軽快な足取りでトレーニングルームへと向かった。



 秘密の地下室に続く道は多岐に渡り、かつ辿り着く先も数多。
 ヴィルヘルムが使用する専用トレーニングルームへは、廊下の隅で眠る時計柱から行くことが出来る。最も、マリオが知る限りではだが。
 日の明かりすらなく、人工的な灯りすらもない中を。マリオはファイアーボールを片手に階段を降りていく。

(……ん?)

 途中、違和感を覚えて足を止める。
 激しく打ち鳴らされる打撃音の他に――何かを叫ぶヴィルヘルムの声。

 ――まさか敵襲か⁉︎

 急ぎ階段を飛び降りたマリオが、トレーニングルームを覗くとそこには。

(……なんだ、『ラフェルト』か)

 分厚いガラス越しに広がっていたのは、至って『普通』の鍛錬風景。
 練習着に着替えたヴィルヘルムの鍛錬に――彼と同じく賢主の一人であり、未だ謎に包まれている――軽装の『ラフェルト』が付き合っているという流れか。
 声を掛けるのも気が引けたマリオは、そのまま様子を見守ることに。

 ――ヴィルヘルムは普段使用している長杖《ルミナスクロス》から離れ、その身ひとつでラフェルトに勇壮にも攻撃を繰り出している。
 正面は勿論、背後、左右、足元、頭上。視覚できないさせない速度でたちまち場所を変えては拳を、脚を、その躯に撃ち込む。荒くれ者の如く力任せかと思えば、旅芸人の如くしなやかな動きへ。一連の動きはまるで、どんな形にも変貌する『光』を彷彿とさせるような力強さ。
 そこに在るのは、『マネージャー』としてのヴィルヘルムではなく――。

『ッッ⁉︎』

 水を打ったように。ヴィルヘルムの顔が苦痛に歪む。
 次にはトレーニングルームの床に背中から叩きつけられ、その口から空気と少量の血が吐き出される。
 徐に一発、腹部に手刀を入れたラフェルトは、悠然と見下ろしていた。

「大丈夫か?」

 鍛錬終了と捉えたマリオが、激しく息を切らすヴィルヘルムの傍に駆け寄る。

「……ここで何してるの?」

 ヴィルヘルムはそう尋ねつつ、上体を起こし乱雑に服の袖で口を拭う。

「朝礼前にちょっと話したいことがあってな。ここにいるかと思って」
「急ぎの案件?」
「いんや、全然。落ち着いてからでいいぞ」
「うん、わかった」

 呼吸が整わない最中、ラフェルトが「はい」と水を手渡してきた。

「どうも」

 不服げに――まるで睨みつけるような眼差しで受け取るヴィルヘルムを、ラフェルトは愉快そうに目を細める。

「大丈夫そ?」
「うっさい」

 物凄いスピードで減っていく水に苦笑を浮かべながら、マリオは「凄いな」とヴィルヘルムに話しかける。

「最近始めたというわりにはさっきの動き、スピードもパワーも申し分なかったな。流石ボク達のマネ――」
「マリオ」

 遮るように名前を呼んだヴィルヘルムは、むすっと眉間に皺を寄せている状態。
 なんだなんだと困惑するマリオに淡々と告げる。

「……杖無し、魔力による肉体強化の維持時間は十分間。その間、僕がラフェルトに攻撃した回数は968回」
「まあ単純計算すれば1秒に2回ぐらい攻撃してるってことだよな」
「だけど。それを全部『片手』だけで防がれて、『1ミリ』すらその場からラフェルトそいつを動かすことはできなかった。……ここまで言えば、僕がどうしてこんな顔をしているか分かってもらえるよね? ねぇ?」
「お、おう。悪いななんか……」

 気迫に押され、マリオは否応無しに頷く。
 圧倒的な力の差。それらを前にして『悔しい』と感じられるのは、きっといい事なのだろう。
 ヴィルヘルムに隠れて――マリオは密かに唇を綻ばせる。出会った当初より、彼は幾分か年相応の振る舞いを見せるようになった。ラフェルトとの出会いをきっかけに。……当の本人達の仲は凄まじく悪いが。

「じゃあね」
「ちょっと、今日定例会議あるんだけど」
「知らないよそんなの。僕は君と違って忙しいの」
「いや僕も暇じゃないよ。君より働いてるよ」

 蝶のように気まぐれなラフェルトはさっさと部屋を、城を後にしようとする。
 そんな彼に嘆息しながら、ヴィルヘルムは後ろ姿に投げかけた。

「今日来るだろうなと思って、わざわざ、調理班にシチューの材料頼んだのだけど」

 ラフェルトの動きが止まる。

「朝、昼、晩。三食いけるよ」
「……制服は?」
「君が置いて行った制服なら、僕の部屋にあるけど」

 確認したラフェルトは一足先にトレーニングルームから姿を消す。
 分かりやす、とヴィルヘルムが白けた目線を送る。

「ヴィル、ボク達も戻ろうぜ」
「うん。ありがとう、マリオ」

 マリオに助けられながら立ち上がるヴィルヘルム。
 今日もまた、長い一日が始まる。


「そういえば……僕に用って何?」
「今度のチーム戦のメンバー変えてくれないか? 何の恨みがあってドンキーとクッパをボクと同じチームにしたんだ」
「好き嫌いはよくないし、エンタメだよ。これを機に仲良くしてほしいな」
「ブーメラン発言だぞ」

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